B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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不滅の魔王と異世界の勇者について

「……仮にアナタが記憶喪失でなかったとして」

「いや、だから間違いなく記憶喪失なんだって」

「だって、記憶喪失の人なんて見たことないし。完全には信じられないのは仕方ないでしょう?」

「そういうな、目に見えない部分に対して負の感情を向けることがいじめに繋がるんだぞ」

 

 こちらとしては適当に言い返しただけだったのだが、エルはいじめという言葉に反応したのか、存外に真剣な表情になってしまった。根は結構真面目で良いやつなのかもしれない。

 

 辺りには、この世界に着た直後から馴染みのある潮騒が聞こえている。これから街に向かうのに、どうやら海沿いを行くのが一番早く、安全とのことだった。確かに、海沿いを歩いていけばそのうち港町にはたどり着くだろうと予測はしていた。

 

 しかし、人間の足で何時間歩けば良いのかもわからないし、方角も適切だったかは、一人では判別できなかった。何より、食料などの補給もなしに人間の足でたどり着ける保証もなかったので、案内人がいるのはありがたい。先ほどの場所から三時間も歩けば街に着くとのことだった。

 

「それじゃあ、アナタが本当に記憶喪失だったとして……」

「そういう仮定がいらないんだけどな?」

「……確かにそうね。いえ、仮に記憶喪失のふりをしているだけなら、この場所や、この付近の状況について話すだけ無意味かな、と、そう言いたかったのだけれど」

「逆に、仮に俺が記憶喪失を騙っていたとして、それじゃ何について会話する?」

「……天気の話くらいしか思い浮かばないわね」

 

 月が綺麗ですねとでも言ってやろうか。しかし成程、コイツが前世にいたら、間違いなくボッチタイプだ。ボッチは話題も無い上に、相手から上手く情報を聞き出して、ノリで合わせるとか出来ないからボッチなのだ――なんだろう、そんなことを思ったら胸がずきんとした。きっと自分はボッチタイプではなかったはずなのだが。

 

「まぁ、ともかく、どうせ碌に話すこともないんだ、俺の質問に答えるのも、話題としてはちょうど良いんじゃないか?」

「私としては、黙って歩くだけでいいんだけどね」

「そしたらこちらから無駄に声かけまくってやる。寂しいからな!」

 

 見ると、うわ、という顔でこちらを見ていた。蔑む表情も美人がやると良い。

 

「はぁ……分かった。確かに、無駄に怪しいやつに主導権を握られるよりは良いかもね」

「いい加減、不審者扱いは止めて欲しいんだけどなぁ」

「それは無理ね。それで? 何を知りたい? 答えられることなら答えるわ」

「そうだな……それじゃ、無難に。まず、ここはどこだ?」

「レヴァル海岸……とか、聞きたいのはその規模じゃないわよね?」

「あぁ、出来れば世界の名前から頼む」

「世界、世界の名前……?」

 

 エルはきょとんした顔をしている。なんとなしに、ここが自分の居た世界でないのなら、世界の名前も知りたいと思ったのだが。確かに、自分だって世界の名前を教えてって言われたら、なんて答えるべきか悩んでいただろう。一応、惑星名でしっくりくる気もするが、中世風の文明レベルなはずなので、惑星の名前という概念は無いかもしれない。仮に天体学が発展していたとしても、彼我の区別のために自分に名前をつけるといえば、また別だろう。

 

「あー、変なこと聞いたな。別に答えずとも……」

「うーん、アナタの期待している答えかは分からないけれど……この惑星の名前でいいのかしら?」

 

 予想外に、惑星という概念を彼女は知っているようだった。いや、むしろ反省すべきか、中世風の文化レベル、などと無意識に下に見てしまっていたのかもしれない。レムが言っていたよう、この世界は独自の進化を遂げているはずなのだ、前世のそれをベースに考えるべきではない。もしかすると、前世より余程発展している分野もあるかもしれないのだ。

 

「あぁ、それが聞きたい」

「えぇ、分かったわ」

 

 彼女はすっ、と指をさした。その方向には、月と星の鏡になっている海がある。

 

「この惑星は、レム。原初の女神、海の化身であるレムがその名の由来」

「レム……」

 

 まさか、数少ない記憶と合致するとは思わなかった。そういえば、女神自身も最後に海の女神とかなんとか言っていた気もする。

 

「あら、何か思い出した?」

「いや、なんだかそんな知り合いがいたような気がしてな……」

「レムって名前の? さすがに、神の名前をつけられる子供はいないと思うのだけれど」

 

 確かに、レムという名は前世で例えるなら天照さんとかそんな感じになるのか。それなら、子供に名づけないのも頷ける。

 

「それで、この辺りは北東の辺境……ちょうどレムリア大陸と、東海を隔てた先にあるここは暗黒大陸。その玄関口であるレヴァルという港町が、今私たちが向かっている場所よ」

 

 西側にある海を東海と呼んでいるのは違和感があるが、本来はレムリア大陸から見た呼称なのだろう。

 

「今いる場所は暗黒大陸か……物騒な名前だな。未開拓って意味か?」

「半分正解。そもそも、暗黒大陸の奥地は寒冷な土地だからね。農耕には向かないし、あまり開拓する意味もないわ。どちらかと言えば、暗黒っていうのは言葉通りの意味ね」

「あー……化け物どもの本拠地的な意味合いか」

「えぇ……とくに、今は魔王が復活しているからね。魔族の動きも活発なのよ」

 

 そう言いながら、エルは先程の結晶をポケットから出して見せた。

 

「レヴァルの街には、もちろん魔王討伐のための正規軍も組まれているけれど、それでは手が追いつかない。なので、冒険者を集めて、こうやって魔族を倒した慰留品に報奨金を出しているのよ」

「成程、エルがあいつらを相手にしていた理由は分かった……だが、こんな夜に一人なんてのは危険なんじゃないのか?」

 

 普通、冒険者といえばパーティーを組むのが一般的な印象だが――それは前世の、しかも創作世界の常識か。しかし、こちらでもその常識はズレていないらしい、エルはどことなく居心地が悪そうにしている。

 

「夜なのは、ちょっとワーウルフの群れを深追いしてしまっただけ。今日中に四体分の賞金は確保しておきたかったのよ。一人なのは……そっちの方が性に合っているだけ」

「まぁ、その辺は人それぞれさな。一人は危険だけど、その分稼ぎはでかいだろうし」

 

 こちらの返答が意外だったのか、エルは一瞬目を丸くした。

 

「……てっきり、友達いないんだろ、とかからかわれるかと思ったわ」

「いやぁ、エルは優しいし、きっと知り合いも多いだろ。それとも、もう俺が友達だ、とか言おうか?」

「やめてよ気持ち悪い」

「気遣いの方か? それとも、友達発言の方か?」

「両方」

「うへぇ……んで、話の続きだ。魔王とか魔族とか、ピンとこないんだが」

「それについては、話すと長くなるわね……どこから話したものか……」

 

 エルは星空を眺めて、話す順番を整理しているようだった。少しの間の沈黙に合わせ、こちらも空を見上げてみる。なんとなく、自分の魂が覚えている夜空、それと比べてたくさんの星が輝いているように見える。

 

「えぇっと……まず、ちょっと魔族について触れるわね。魔族は、私たち人間や、人間に友好的な種族であるエルフやドワーフと敵対する者たちのことを指すわ。多くの魔族たちはここ、暗黒大陸を拠点にしている。

 魔族たちは種族は多いものの、種族ごとの個体数は多くない。その上、魔族同士も基本は徒党を組まないの」

「成程、だから、一体一体は強くても、種族としてみれば人間の方が優勢なんだな?」

「えぇ、普段はね……不定期ながら、平均すればおよそ三百年周期に一度、魔王が復活するの。魔王ブラッドベリ……アークエネミー、神々の仇敵、まぁ色々と呼び方もあるけれど。その力は無限にして、不滅の肉体を持つ、恐るべき人類の敵ね」

 

 またベタベタな設定の魔王がきたな、きっとその魔王を産んだヤツは、ベタな王道ファンタジーが好きなやつに違いないーーいや、魔王自体が自然発生したやつかもしれないが。

 

 そう考えている横で、エルが話を続ける。

 

「魔王そのものの力も強大なのだけれど、もう一つ厄介なのが、魔王が復活している期間は魔族の統制が取れ、団結すること。

 普段は暗黒大陸の奥地にいる魔族も、積極的に陸路でレムリア大陸に攻めて来る。だから、魔王が再封印されるまでは、人類と魔族の全面戦争になるのよ」

「すまん、脱線だが、レムリア大陸と暗黒大陸は陸続きなのか?」

「えぇ、地理上はね。ただ、二つの大陸の間を世界最高峰が連なる狂気山脈が隔ている。レムリア大陸から人間が陸路でここに来るのは、現実的ではないわね。なので、レヴァルの街が、人類にとって暗黒大陸の玄関口。平時は暗黒大陸の浅い部分で採掘できる幾ばくかの鉱物で本土と交易し、戦時は最前線になる訳ね」

「なるほどなぁ……なるほど?」

 

 つまり、あの女神、俺をこの世界でかなり危険なところに転生させたことになる。普通、魔王から遠いところに転生させるのが筋な気がするがーーまぁ、文句を言っても仕方がない。

 

「何か思い出せた?」

「いや、ただこんなところで記憶喪失になっている、己の不運さを呪ってただけさ」

「そうね……ということは、私がアナタを中々信用できない訳、分かってくれた?」

「普通の奴がこんなところで悠長に思い出なくして、化け物が闊歩する中で普通はのうのうと生きてる訳がないもんな。俺がエルの立場なら、多分俺みたいなやつは無視して逃げるぞ」

「そう、それなら私が逃げても文句言えないわね」

「そこはどうかご慈悲を……いつ魔族に襲われるとも限らないんだし」

「拾ってしまったなら、それがたとい不本意なものであっても、最低限の面倒は見ましょう」

「そんな捨て猫の面倒最後まで見ますみたいな……えぇっと、魔王の話に戻すと、およそ三百年周期で復活、と言っていたな? 毎回同じ奴が出てきているのか?」

 

 こちらの質問に、エルは小さく頷く。

 

「私自身が毎回見てる訳じゃないから、伝聞の話になるけれどね。魔王ブラッドベリの体は不滅が故に、倒し切ることはできないみたい。なので、毎回勇者の手によって封印されているのよ」

 

 成程、勇者はすでに他にいるらしい。だから、別に自分に魔王を倒せという依頼も来なかったのか。それとも、女神にとっては、魔王もこの世界の一部で、自分に見て欲しいものの一環なのかもしれない。

 

 しかし、自分には無関係であったとしても、勇者とはどんな存在なのか、それ自体には興味があった。

 

「なぁ、勇者ってどんなやつなんだ?」

「勇者、正式には異世界の勇者……魔王の復活を受け、教会によって召喚される、異世界から来たる勇者ね。確か今代の勇者は、シンイチとかいう名前だったかしら……どうしたの、変な顔してるけど」

 

 変なのはいつもか、と小さく付け加えられたが、それとは別に小さくショックを受けていたのは確かだった。もちろん、実際にこの世界の化け物と対峙して、その何倍も強いであろう魔王を倒してくれ、なんてのも酷い話というか、前世の善行に対する報酬にしては更なる過酷に放り込まれるのも理不尽な気もする。

 

 それでも、自分が選ばれた訳でないという疎外感もあった。自分でない何者か、それでも自分と同じ境遇を持つ何者かが選ばれ、自分は選ばれなかったわけだ。

 

(……割と前世では承認欲求が強かったのか、俺)

 

 そう自戒の念を抱くと、自分がショックを受けていること自体が恥ずかしくなってきた。特別じゃないのが普通なのだから、それを何か超常的な者に選定されて、なんていうのも都合のいい話なのかもしれない。

 

 まぁ、自分が矮小であったとて、隣にいる彼女にそれが伝わっている訳でもない。思うのは勝手だしと、気を取り直すことにする。

 

「うるせー変とか言うな、それにいつもってほど顔合わせもしてないだろうがよ……男の子にはな、センシティブな一面があるってこった。それで、もう少し勇者について聞かせてくれないか?」

「えぇと、そうね……異世界の勇者は、この世界に来て、三人の仲間を引き連れて、魔王と戦うの。それぞれ、戦士、魔術師、聖職者の三人ね。そして、試練を乗り越え、エルフとドワーフの秘術により聖剣を賜る。この聖剣だけが、魔王の無敵の躰を裂き、不滅の魂を封印することができる」

「成程、この世界の人間には聖剣が使えない。だから、使える奴を呼ぶんだな」

「そういうこと。まぁ、勇者とその仲間がいかに強いと言っても、大軍相手では消耗するし、同時多発的に起こる魔族の侵攻を全て止められる訳ではない。

 だから、普通に正規軍や冒険者も、魔王が復活している期間は総力で魔王軍との戦いに挑むわけね」

「ちなみに、勇者が負けることとかあるのか?」

「さぁ、とりあえず魔王は有史以来で八回は復活しているようだけれど、少なくと私の知る範囲で勇者が負けた、という話は聞かないわね。もちろん、八回とも偶然という可能性もあるから、絶対に負けないとも言い切れないけれど。ただ、負けたら本当に大変なことになる」

「まぁ、魔王倒せるやつがいない訳だしな……でも、もう一回召喚すればいいんじゃないか?」

「それが大変なのよ」

 

 確かに、負けることを想像すること自体が不謹慎なのかもしれないが、それにしても相手の真意を掴めない。

 

「……異世界の勇者を召喚するには、長い時間がかかるの。十五年ほど、召喚の儀式を行う必要があるわ」

「なんだそりゃ。その間、魔王軍は暴れ放題か」

「えぇ、防戦一方ね……戦場が荒れるのは勿論だけど、戦地の兵站を維持も厳しいの。最前線であるレヴァルの街では食料はそれなりに潤沢だけれど、地方の村とかはかなりの農作物を、男手を割いている上で献上しているから、この十五年で農地も荒れるし、人口はかなり減るわ。それこそ、次の十五年は、人類が持たないほどにね」

「……それなら、いつ魔王が現れても良いように、常に勇者様におわしていただいたらどうなんだ?」

「それがね、魔王の存在に呼応して召喚できるようになるとかで、魔王がいない時は召喚できないらしいのよ」

「はぁ……まぁ、確かに大変だな」

「そういうアナタは、まるで他人事ね」

 

 まぁ、事実として他人事みたいなものなのだが。しかし、エルからしてみれば、俺もこの世界に生まれ落ちた者なのだから、もう少し当事者感は出したほうが良いかもしれない。

 

「いかんせん、そういう記憶も一切ないからな……でも、シンイチとか言ってたから、もう魔王を倒すための勇者は召喚はされているんだろう?」

「そうね。すでに聖剣も授かっているみたい。今は三体いる魔将軍の内、一体の拠点を制覇するために遠征に出ているらしいわ」

 

 とりあえず、この世界の現状と自分のことを一旦整理すると、魔王軍に絶賛苦しめられている世界に、異世界の勇者が召喚され、もうすぐ決戦、という状態。そこに自分が放り込まれたのはタイミング的には何か意味合いを感じもするが、肝心の女神から魔王にはノータッチで良いといわれていると、こんな状況か。

 

 もうしばらく歩いたはずだが、まだ風景が変わる気配はない。行けども潮騒が聞こえるだけ。とはいえ、確かに森は少し海岸より遠ざかっており、道も徐々にハッキリとしてきている気もする。

 

「ところで、まだ街には着かないのか?」

「もう一息で見えてくるはずよ……その前に、アナタのことも少し確認しておきたいわ」

「何度聞かれても、名前以外のことは分からんぜ?」

「えぇ、アナタはそうでしょうけれど……とりあえず、質問に答えて頂戴。分からないなら分からないでいいわ。アナタ、記憶喪失と気づいたのはいつ、どこで?」

「今日の夕方、場所は海岸で目が覚めた」

「ふむ、成程……」

 

 エルは口元に手をあてながら少し考え込み、少しすると歩きながらこちらをまじまじと見てきた。顔というよりは、こちらの身なりを確認している印象だった。

 

「アナタの服装、輸送船の乗組員の物なのよね。船員の階級までは分からないけど、恐らく航海士とか、その辺りの……一つの仮説としては、アナタはレヴァルの街に来る途中の輸送船か何かの搭乗員で、何かの事故で海に放り出された。

 そして、そのまま海を漂い、海岸に流れ着いた……流されている間のショックか何かで、記憶が飛んでしまった。こんな風に考えれば、多少は筋が通っている感じもするわ」

 

 言われてみれば、もっともらしい仮説だった。むしろ、女神によって記憶喪失のまま異世界転生させられた、よりは現実的だとも思う。女神レムもポピュラーな存在のようだし、この世界の住人だったら誰でも知っているのだろう。だから、本当はこの世界の一員であった自分が、女神レムの白昼夢を見ていた、そんな可能性だってあるのだ。

 

 しかし一方で、自分の記憶はないものの、自分は確かに前世の知識がある。一朝一夕で身につかない知識量を、かつてのアラン・スミスが妄想で全て思いついていて、この世界との記憶と混同してしまっている、と言うには流石に無理がある気がする。

 

 ただそうなると、この服――エルの言うところの、船員の服を自分が身にまとっている、というのはなぜなのか。少し考えては見たものの、そこに関する明確な答えは分からなかった。

 

「うーん、ピンとこない?」

 

 こちらが考え込んでいると、エルがこちらを覗き込んできた。少し、心配そうな顔をしている――皮肉屋な部分もあるが、根は善良なのだろう、恐らく俺の記憶が戻るように、真剣に考えてくれていたようだ。

 

「あぁ、すまないが……でもありがとう、ピンとは来ないが、もしかしたらエルの言う通りなのかもしれない」

「えぇ、そうね……とりあえず街についたら、正規軍の駐屯所にアナタを連れて行って、船員だった可能性があるって説明するわね」

 

 唐突に駐屯所と言うと物騒な感じもするが、この世界のその辺りの仕組みについては良く分からないので、とりあえず頷いておくことにした。

 

「あ、そうだ。さっきの魔族の結晶、私に預けておいてくれないかしら?」

「換金できるんだって言ってたっけか」

「えぇ、でも大丈夫、悪いようにはしないから」

 

 言い分は詐欺師のようだが、エルは信じられる気がする。いや、騙される奴はいつも、この人なら大丈夫と思うのかもしれないが。しかし、そもそも魔族のほとんどを倒したのはエルだし、ここまで案内してもらって色々教えてくれた恩もある。すべて取られても良いと判断し、厚手のポケットから結晶を取り出した。

 

「はい、ありがとう……それにちょうど、見えてきたわよ」

 

 ちょうど拓けた場所に出た瞬間、エルが指している方角を見ると、海岸に幾つものかがり火が見えた。少し目を凝らしてみると、そこには港と城塞を足した様な風貌の巨大都市がある。小高い丘を切り崩して作ったのだろう、斜面には多くの建築物が並んでおり、自分の正面にある港も船着き場以外は断崖になっている。四方のうち、海の面は天然の要塞であり、他の平の部分は城壁で魔族からの侵入から街を守っているようだった。

 

「おぉ……意外と大きいんだな」

「言ったでしょう、平時でも交易には使うし、レヴァルだけは暗黒大陸だけでも発達しているの。さ、あと一息よ」

「ちなみに、あぁいうのって夜は門を閉ざしていて入れなかったりするんじゃないか?」

「ご明察。でも、正規軍の見回りがあるから、夜間でも二回は門が開くわ。そこに合わせて入れば大丈夫よ」

 

 幸い、ちょっと急げば九時の開門には間に合うわね、と続いた。今が何時か分からない――というか、九時と言っていたが、この世界も一日は二十四時間なのか、しかし惑星の構造が前世とほぼ同じなら恐らくそうなのか――が、ひとまずここからは会話せず、互いに早歩きで正門まで向かった。

 

 レヴァルの正門についた時には、何人かの冒険者風の者たちが、城塞の前の跳ね橋の前に居た。エルは他の冒険者たちから少し離れたところで座ったので、自分も合わせてその横に座る。

 

 お互いに少し疲れているので会話はなくなり、かといって手持無沙汰の解消に冒険者たちを観察すると、大体は四人組で、多くの場合は戦士風の武装をした者がそのうちの二人か三人、魔術師風の出で立ちの者が一人か二人、そんな構成が多いようだった。

 

 今度は、城壁に視線を移す。高さは前世でいう五階建てから六階建ての建物相当、堀に囲まれている。城壁の上には尖塔ごとに見張りがいるようで、彼らは遥か地平線の向こう――更なる東、恐らく魔の住む方角を見つめていた。

 

 そんな風に考察していると、街道の奥から松明の炎が数多に揺らめき、こちらに近づいてくるのが見えた。冒険者風の者たちと比べて、半分はそれらしい、半分は意外な感じだった。

 

「……正規軍には魔法使いが多いのか?」

 

 隣にいるエルに話しかける。正規軍は装備が画一されており、そういう面では軍隊という感じではあった。しかし、もっと鉄の鎧や兜に身を包んだ者が多いと思ったが、実際にそれは半数で、戦士風の者たちは長槍と盾という武装が多い。残り半数は白いローブを身にまとっていた。

 

「えぇ、魔術師が殲滅力では圧倒的だからね。正規軍は戦士がフロントで魔術師を守り、バックの魔術師が魔術にて敵を殲滅する先方が一般的なのよ……さて、ちょっとアナタはここで待っていて」

「一緒に行くのはダメなのか?」

「アナタにも身分証があれば、一緒でも良かったんだけれどね」

 

 私が話を通してくるから、そう言ってエルは門の方へ行き、冒険者達に紛れて後、少しして戻ってきた。それと同時に、城塞都市への門が開き、跳ね橋が降りてきた。

 

「……冷静に考えたんだけれど」

「なんだ?」

「もしアナタが身分証持ってたら、私はわざわざアナタを案内してないわ」

「真面目か」

 

 やはりエルは真面目というか、天然な所もあるのかもしれない。ともかく、城塞都市の門をくぐり、レヴァルの街にたどり着いた。門をくぐる時、一瞬だけ不思議な膜を通過した感じがした。魔法か何かで、入るものをチェックしているのかもしれない。

 

 城壁の内側からだと、建物と丘が見えるだけで、外から見た時ほどの感動は無い。唯一の門に通じるメインストリートがまっすぐ続いており、夜の九時過ぎだというのに、案外人通りは多い。それも、あまり品のよさそうな連中ではない。恐らく、冒険者が飲み歩ているせいで、この辺りの治安はそう良くはなさそうと想像できた。

 

 そして、そのせいもあるだろうか、もちろん防衛拠点としてすぐに動けるようにという意味合いもあるのだろうが、第一駐屯所なるものは、門をくぐったすぐ先にあった。駐屯所に入ると、受付でエルが何やら話した後、受付嬢がカウンターから出てきてこちらへ向かってきた。

 

「えぇと、アラン・スミスさんですか」

「はい、そのようです」

「はぁ……えと、それではこちらに」

 

 こちらのいい加減な返しに若干引き気味になったのか、受付の女性は顔を引きつらせてのち、一つの木製のドアを開けた。

 

「それじゃあ、私はここで」

 

 背後を振り向くと、エルが小さく手を振っていた。

 

「あぁ、世話になったな」

「ふぅ……ほんと、変な奴の子守は疲れたわ」

 

 やれやれ、という調子は半分本気、半分冗談だろう。こっちは世話になりっぱなしで何も返せていないのだがら、厄介ごとを押し付けられたが半分。残りは彼女自身がそこそこお人好しで、困っている人を助けられたという安堵の表情をしている、そんな印象だった。

 

 とはいえ、右も左も分からないのだから、出来れば今後もエルの世話になれるならなりたいのが本音だ。美人だし。

 

「なぁ、今後とも……」

「それはお断り……そんな捨て犬のような目でも駄目よ」

 

 泣き落としは通じないらしい。

 

「まぁ、あと一回は会うことになると思う。それじゃあね」

 

 エルは踵を返し、長い髪を棚引かせて外へと出て行った。

 

「あの……」

「あぁ、悪い」

 

 後ろで待たせていた受付嬢について行き、廊下の突き当りの部屋に入る。不思議な部屋で、縦横二メートルといった狭い空間、石の壁、そしてすぐ先にドアがある。受付嬢がドアを開け、着いて行こうとしたとき、不意に背後の扉が勢いよく閉まる音がした。驚いて振り向くと、今度は嬢が出て行ったドアも勢い良く締まる。

 

「お、おい、何事だ!?」

 

 あからさまに歓迎されていない雰囲気に対し、ドアの向こうにいる嬢に聞こえるように大きな声を出す。返答の代わりに、部屋の壁が淡く光りだし――四方から飛び出てきた視認がほぼできない粒子状の物が、自分の体を貫いた。

 

(まさか罠だったのか!? ……くそ……)

 

 痛みや苦痛は無いが、その代わりに意識が遠のいていく。体を支える力もなくなり、おそらく部屋の中に倒れこんでしまった瞬間、目の前が真っ暗になった。

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