B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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魔術神の本性

「皆さん、ズルいと思うんですよ」

 

 ダニエル・ゴードンの居城を目指す途中、先行して潜んでいる第五世代型を倒して戻ってくると、出し抜けにクラウディアが腕を組みながら何やら意味深そうに呟いた。

 

 彼女は真剣なことほど重くならないように少し軽い調子で話す癖がある。逆を言えば、今やたらと真剣な様子なのはくだらないことを考えているに違いない。それを他の者も分かっているのか、エルは眉間をつまみながらクラウディアに対して質問を返す。

 

「えぇっと、アナタは何を言っているかしら?」

「エルさんは狼じゃないですか? それに、虎、鳥と……なんだか皆さん格好いい動物に模したコードネーム的な物があって、羨ましいなぁと」

 

 私にだけそう言うの無いじゃないですか? クラウディアはそう続けて後、「よよよ」とわざとらしく呟きながら目元を袖で隠した。やはりくだらないことだったので無視して構わないかとも思ったのだが、心優しき我らが准将殿が緑の隣に並び、微笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ、クラウさんも何か動物を模したコードネームを作ればいいんじゃないかな?」

「それはそうかもですけど、コードネームとか二つ名を自称すると痛い奴って感じがするじゃないですか」

「でも、以前は大聖堂の異端者を自称していたよね?」

「むむっ、それはそうなんですが……あの頃は私も若かったので、そういうのに抵抗が無かったと言いますか……でもですね、冷静に思い返すと、こういうのはやっぱり人からつけてもらってこそ価値があると思うんです」

 

 そこで言葉を切り、クラウディアはこちらにチラ、と視線を送ってきた。自分に何か動物を模したコードネームを付けろと言うのか――別に本気で考えているわけでもないのだが、ひとまず何か思いついたら言ってやろうと彼女の方を見つめると、やはりその身体的な特徴の中でもとりわけ自己主張の激しい部分が視界に入ってきた。

 

「……アラン君、牛とか思っているでしょう?」

 

 呆れたような低めの声にぎくりとして視線を上げると、あからさまな侮蔑の色が彼女の顔に浮かんでいた。

 

「いいや、そんなことはないぞ?」

「声が上ずってますよ、まったく……」

 

 クラウディアはそう言いながらも、腰に手を当てて胸部を更に突き出して見せた。そんな態度なら余計に視線が向いてしまうのだが――なんだかソフィアの方から冷たい気配を感じて冷静に戻り、咳ばらいを一つしてから適当な言い訳を並べることにする。

 

「しかし、牛だって立派な動物だろう」

「それはそうですけど……なんというか、牛だとちょっと攻撃性が薄いと言いますか。いえ、角とかあって強い部分があるのも認めはするんですけど、もう少しこう、格好良さが欲しくなるじゃないですか?」

 

 牛という種族を慮ってか婉曲的に断ってきているが、クラウディアの言いたいことも分からないでもない。思春期特有の少年的な感性をその大きな胸に宿している彼女としては、もっとそれっぽい動物のコードネームを欲しいと思っているということなのだろう。自分が彼女の立場だとして、牛と言われても「そうじゃない」というに違いない。

 

 しかし、狼や虎、それに鳥と並ぶ格好いい動物と言えば何があるか。ふと蛇が思い浮かんだが、それは狡猾なイメージがあるし、クラウディアには相応しくない。そんな風に考えている傍らで、ソフィアの肩に止まっているグロリアがクラウディアの方を見つめて嘴を動かし始める。

 

「それなら、龍でいいんじゃない? セイリュウことホークウィンドの技を継いでいるわけだし」

「おぉ、確かに! それは良い感じですね! これで動物園チームが結成できますね!」

「龍のいる動物園……物騒ね……」

 

 クラウディアは折角良い感じの動物を出してくれたグロリアの言い分を無視して、「アチョー」と言いながら拳法家っぽいポーズを取っている。元々は忍者を目指していた彼女がアチョーも違う気もするのだが、ホークウィンドがアチョーな奴だったし、まぁいいのか――そんな風に思っていると、エルがまた眉間を指でつまみながら首を横に振った。

 

「まったく、アナタ達は呑気というか、マイペースというか……」

「まぁまぁ、エルさん。良いんじゃないかな? 変に緊張もしていないという証拠でもあるし、それになんだか皆が戻ってきた! って感じがするし」

 

 ソフィアはそう言いながら、エルの横に並んで朗らかな笑顔を浮かべた。ソフィアの言うことに自分としては共感であり、この感じはなんだか懐かしさを覚える。クラウディアがとぼけて、ソフィアが適度にかき乱し――時には天然で、時には狙って――それに対してエルが呆れて突っ込みを入れる。自分たちはこんな風に役割分担をしながら旅をしてきた。それがしばらくの間は欠員が居たり、精神的に余裕が無かったりして、こうやって楽しく会話をすることを久しくできてなかったが、ある意味では決戦を前にいつもの調子を取り戻せたのは嬉しいことと言える。

 

 クラウディアは結構周りに気を使うタイプなので、もしかしたらみんなの緊張がほぐれる様に敢えてボケてみせてくれたのかも。そうでなくとも、実は疲労が蓄積しており、いい加減な態度を取って誤魔化しているのかも――などとも思ったが、相変わらずアチョーとのたまいながらうろうろしているので、本当に何にも考えていないだけな気がしてきた。

 

 ともかくそんな調子で森林地帯を抜け、再び白い壁に覆われた未来的な通路にさしかかる頃には、第五世代型による迎撃はかなり散発的になっており、少し落ち着けるようになってきていた。

 

「レム、地上の様子はどうだ?」

 

 しばらく通路を進んだタイミングで、グロリアと反対側のソフィアの肩に乗っている――自分がADAMsでせわしなく動いているので、彼女の所が落ち着くらしい――レムに質問を投げかける。単純に疑問に思ったのもそうだが、果たして自分たちがやっていることが手遅れになっていないか確認する意味合いもある。

 

 声を掛けられたレムは、少し目を瞑り――地上からの通信を受けるのにラグがあるのだろう――そして小さく頷いた。

 

「今の所、目立った変化はありません。同時に、解析は進めているのですが、やはりメカニズムの原因究明はできていないので、次にいつ起こるのか、どの程度の規模間で起こるのか、そういったことは未だに不明なままです」

「それじゃあ、俺たちにできることは急ぐことってくらいことだな」

 

 要するに状況は代わりに無い訳だが、すでに出発から二時間以上経過している。次がもういつ起きてもおかしくない――そう思いながら足を速めることにする。敵の気配を感じ次第、自分が先行して敵機を倒して戻るという構図は変わりないが、少女たちも歩調を早めて進んでくれており――以前はこういう時にソフィアが遅れがちだったが、この一年で身長も伸びて体力も増えたことで、エルやクラウディアと並んでも遜色のない速度で走り続けてくれているのがなんだか印象的だった。

 

 そしてしばらく走り進んだ先で、一層大きな扉が自分たちの前に現れた。解除コードももちろんあるのだろうが、流石に互いを警戒する七柱達が自分を守るために作った最高級のセキュリティがあるはずであり、更にこれを作ったのが最高の知能を持つ魔術神アルジャーノンであるとすれば、それを解読している暇などはない。

 

 とはいえ、今の自分にこの扉を破壊できるだけの攻撃力もない――変身すればいけるかもしれないが、それは温存しておけと言われているし、自分でなくともこの堅牢な扉を物理的に破壊できるだけのメンバーは他にもいる。振り向いてエルの方を見ると、彼女は無言のまま頷いて翡翠の太刀を鞘から抜き出して目にもとまらぬ速さでそれを振り抜くと、巨大な扉に幾筋も線が走り、あとは不均等な瓦礫となってその場に崩れ落ちた。

 

 瓦礫の先には、またしばらく今までのような白い壁の通路が続いている。その中へと足を踏み入れようとすると、レムが「少し待ってください」と言いながら浮遊しながら自分たちの前へと移動した。

 

「さて、皆さん。この先こそダニエル・ゴードンの本体が眠っている彼の領域……とくに学院の長として社会に溶け込んでいた彼は、死亡のリスクは他の七柱と比較して高かった。そんな彼だからこそ、もしものケースに備えて、ここには堅牢な守りがあることが予想されます。

 彼の意識は止まっているゆえに、対応力こそ堕ちるとは思われますが、それでもどうか油断せずに進んで欲しいのです」

 

 そう言われて、改めてレムの後ろに続く通路に意識を向ける。自分が感じているものを同じように感じているのだろう、先ほどまでふざけた調子だったクラウディアが口元を引き結び、一歩前へと進んでこちらに視線を寄越す。

 

「なんだか、この先からは奇妙な気配を感じます。今まで感じたことが無いような……アラン君も感じていますか?」

「あぁ……何というか、無邪気な殺気というか……強いて言えば、敵対していた時のジブリールに近いか。ただ、万年の時を生きたジジイが発する気配とすると妙な感じはするな」

「アラン君には、そう感じられるんですね……私には、なんだか悲し気な感じと、怒りを感じると言いますか……そうですね、強いてを言えば、癇癪を起している子供がいるような、そんな気配を感じるんです」

 

 どちらにしても、幼さを感じるという点では共通しているかもしれませんね、クラウディアはそう言葉を繋げて瓦礫の先を見据えた。自分たちの評価に疑問を覚えたのか、エルは眉をひそめながら自分とクラウディアを交互に見てくる。

 

「でも、おかしいんじゃない? ダニエル・ゴードンは先日の戦いで意識を回復中なはずでしょう? それなのに、気配を感じるなんて……」

「うぅん、エルさん。私に心当たりがあるよ」

 

 エルの疑問を切ったのはソフィアだった。彼女には他者の意志を感じ取る能力はないはずだし、ゴードンの人となりについても自分やエルの方が――リーゼロッテの記憶を継承しているから――詳しいように思うのだが。それでも彼女にしか知りえない、または賢い彼女にしか理解しえないことがあるのだろう、ソフィアも通路の奥へとその碧眼を向けて口を開く。

 

「以前、ダニエル・ゴードンは思考領域を三つに分割していると言っていた……先日、海と月の塔で倒したのはそのうちの一つで、彼の理性部分に相当する部分。コンピューターにたとえるなら、これはOSのような役割。もう一つは、単純に思考を補佐する領域……ここがCPUと広大なメモリ、それにストレージを担っているんだと思う。

 思考領域が三つあるとするなら、もう一つも補助的な領域と考えるのが自然だけど……ただ、この補佐的な領域は、別にわざわざもう一つに分割する必要性はないはずなんだよ。一つある補助的な領域を拡張するって手段だってある訳だしね」

「それじゃあ、最後の一つの思考領域は不要だったってこと?」

 

 エルの質問に対し、ソフィアは小さく首を振って応える。

 

「補佐領域を分割する必要はないけれど、指令系統を分ける意味はある。とくに、七柱のように人格を転写中にやられてしまう危険性がある場合は、猶更……要するに、急に動けなくなった時に補佐的な人格があれば安全性が向上するから。

 乱暴だけど分かりやすく言うのなら、この一年間のクラウさんとティアさんの関係性にも近いと思う。クラウさんが動けない間、ティアさんが動いていた、みたいな……」

「つまり、ダニエル・ゴードンは魔術神としての人格が眠っている時の保険として、もう一つの人格を生成してこの場を守っているということ?」

「それは、分からない……」

「まぁ、そうよね。先に進んでみなければ……」

「うぅん、そういう意味じゃないの。もしかしたら、私たちが見ていた魔術神アルジャーノンこそ、後から作られた人為的に作られた人格なのかもしれないって思って……」

 

 ソフィアの声は、段々と自信のない調子へと変わっていく。それはいつも持ち前の頭脳で明晰に話す様子からはかけ離れている。根拠が無い故に自信もないのかもしれないが――直感を言語化することによって確かな推測に変えようとしているのか、ソフィアは静かに話を続ける。

 

「たとえば、私が以前に二重思考をしていた時、外に出していたのは後付けした意識だった。それは七柱の創造神たちに対して疑問を持っている本来の自己を覗かれないようにするためだったんだ。

 つまり、後から生成する人格というのは、外に出すのに都合がいいから生成されるものの可能性があるかなって」

「……それじゃあ、この無邪気な気配は、本来のダニエル・ゴードンのものだってことか?」

 

 しかし、そう考えれば辻褄が合う部分はあるように思う。レムはゴードンの受けた施術は、多くの場合は一年程度でその知性を低下させたと言っていた――もしかしたら彼は、人格を人為的に分けることで、知能低下のリスクを避けていた可能性がある。

 

 ソフィアはこちらの言葉で確証を得たのか、ゆっくり深く頷く。

 

「消したくても消すことは出来なかった本性……それが本来の彼だから。だから、隠しておくしかなかった。誰にも見られない場所に押し込んでおくしかなかった。それが、この先に待ち受けているもの……そんな気がするんだ」

 

 少女は言葉を切り、そして今度はどこか悲し気な瞳で通路の先へと視線を戻した。自分を含めたメンバーはしばらくそんなソフィアを眺め、ややあってからエルが一歩前に出て「ソフィアの予測が事実だとするなら」と切り出す。

 

「それなら今のダニエル・ゴードンには魔術を行使できるような知能は無いと言えるかしら?」

「結論から言えば、恐らくその答えはノーだよ。確かに、魔術神アルジャーノンと呼ばれる人格は修復中であり、残っている人格の知能は高くはないかもしれない。でも、理論的に魔術を使うことは不可能じゃない。演算用の思考領域は別にあるから、ゴードンの本体に魔術を撃つ意志さえあれば、その行使自体はできるはずだよ

 もっとも、エルさんの予測通りだったとしても、ゴードンが自らの居城を守るために魔術以外の強力な防衛機能を準備しているのは間違いない。

 どちらにしても、その答えはこの先にある……そしてどの道、私たちに退路はない。そうなれば、慎重に進むしかないね」

 

 ソフィアはそう言って、目を細めながら通路の奥を見つめた。事前に共有されていたように、七柱たちの居城はなお広大な面積を誇っているらしく、目視ではその果ては見えないが――いずれにしても彼女の言う通り、自分たちに引き返す道はない。四人で頷き合い、何が出てきても直ぐに対応できるように自分が先行して通路を進むことにする。

 

 通路は長くはあるものの、そこで何某かの罠が設置されていたりとか、アンドロイド等による襲撃は無かった。ただ、時折こちらの動きに反応して隔壁が降りてきて、それの破壊が必要になる程度である。

 

 恐らく、これは侵入者が入って来た時のための時間稼ぎだろうとレムは推測していた。仮に本気で七柱同士が潰し合うことになった場合、アンドロイドは三原則によって最後の世代を攻撃できないし、生半可なトラップなどは容易に看破される――それ故に出来ることは「襲撃者が入ってきた」ということを認識して迎撃態勢を取ることくらいであり、逆説的に言えば最奥の迎撃だけで十二分だとゴードンは考えていたのかもしれない。

 

 そしてエルが七つ目の隔壁を切り刻んだ後、その奥にまた一際大きな扉が姿を現した。自分が先ほど無邪気と評した気配が一層濃くなった気配を感じる。恐らく、あの扉の先が自分達の第一の――もちろん最終目標は右京だ――目的地であり、魔術神アルジャーノンと呼ばれた男の本性が隠されている場所である。

 

「それじゃあ、開けるわよ」

「明けた瞬間ズドン! もあると思うので、皆さんは私の後ろにいてください」

 

 エルが真剣の柄に手をかけ、クラウディアがメンバーの一番前に出て突然の攻撃に備える。翡翠色の剣閃が通路を走り、扉が両断される。しかし、扉が破壊されてなお、予想していたような迎撃は無かった。あまりに攻撃性が見られないので、皆少し困惑したように顔を示し合わせたが、ここで手をこまねいていても仕方ないと、扉の奥へと足を進めることにした。

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