B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
最奥と思しき空間は、一室としては広大と形容するのが適切だろうか。円柱状の空間であり、こちらから反対までの直径は二百メートルほどと思われる。距離に対する感覚は割とある方である自分がその距離を断定できないのは、その中心に円柱状の巨大な塔がそびえ立っており、反対の壁が見えないためだ。
円の直径よりも柱の高低差の方が長大だ。ここから天井までの高さはまた三百メートルほどだが、むしろ底の方が長大である――今自分たちが立っているのは円状の空間における鉄橋部分であり、真ん中にそびえる塔は下部まで伸びており、その底まではキロメートル単位もの長さがあり、その底は自分も目でも目視が出来ない程である。
そしてその中央にそびえ立つ柱こそが、ダニエル・ゴードンの本体が納められている城なのだろう。城というのが適切かは分からないが――その外観は雑然としたもので、恐らくは最初に作った規格から徐々に外付けをして改良して言ったせいなのだろうが、配線や釘や螺子、それに冷却用のファンのようなものなど、様々な機械が無理やり繋ぎ合わされた寄せ集めのような見た目になっている。
そしてその中央の柱に対して、円状の空間の壁からまた巨大な配線が無数に伸びている。この莫大な機構を維持するために、月の至る所からエネルギーが送られてきているのか、はたまた優秀極まる城主がこの配線を通して月の至る所に指示を送っているのか――恐らくは両方だろうと推察される。
ともかく、この空間の存在感に圧倒されていると、ミニチュアのレムが浮遊して自分達の前へと移動し、振り返って口を開いた。
「皆さん、あまりに威力のある攻撃は抑えてください……アレを破壊してしまうと、月の機能が失われてしまうかもしれませんから」
「どういうことだ?」
「あの中央の機器は、遥か下まで伸びています。チェンが事前に説明してくれましたが、月を制御するためのモノリスと直結しているのです。モノリスそのものは簡単には破壊されないでしょうが、中央を統制するコンピューターが破壊されれば、惑星レムへの影響を無視できません……気象コントロールが破壊される他、最悪の場合は月の軌道そのものに変化が生じてしまう恐れもあります」
惑星レムは人工の月のおかげで、人の住める環境になっている。それが無くなるということは、最後の世代が入植する以前に戻るということであり、ある意味では自然に還るだけとも言えるが――月がその制御を失うことは、自分が守りたい惑星レムの姿を失わせることになるというのは間違いない。
なればこそ、そもそも月を攻めるという行為が、ある意味では惑星レムを人質に取られているという行為であるということを改めて意識させられる。しかし、それならどうすれば良いのか――同じように思ったのか、グロリアがレムに自分の思考そのままの質問をした。
「この機器の中にあるであろう、ダニエル・ゴードンの本体のみを倒すのが理想とは言えますね。ひとまず、あの中央の機器の基幹を破壊することは避けるべきです」
「しかし、あの大きな機械のどこに本体が居るかとなると……」
「……いえ、本体の場所は分かります」
グロリアの言葉を遮って、クラウディアが塔のある一点を指さした。彼女が指を指したのは、鉄橋よりも遥か下、恐らく塔の中央当たりになるのだろうが――これをある種の巨大なコンピューターと定義するのであれば、それ統制するとなれば真ん中が良いのだろうし、彼女が示した場所は自分も何者かの意識を強く感じる場所でもある。
あんな場所だと、自分としては攻撃しにくい。場所が下なので投擲で狙えなくもないが、それでも流石に数百メートル離れている距離を寸分の狂いもなく狙うのは無理があるし、EMPナイフ程度では傷つけられもしないだろう。それなら、浮遊のできるソフィアとグロリアに行ってもらうのが良さそうだが――そもそも現状があまりに静かすぎて、本体への下手な接近は罠という可能性も否定は出来ない。
そう思った瞬間、クラウディアが指さしている箇所から感じていた気配が一層強くなった。それは冷酷な殺気というより怯えに近い。追い詰められた獣が防衛本能故に抵抗しようとしているという感じであるが、本来は万年を生きた巨人というより、窮鼠《きゅうそ》という方が的確な様に感じられるが――ともかく、気配のする下からの攻撃に備えることにする。
「……アラン! ぼさっとしてないで!」
グロリアの声が上の方から聞こえた。見上げた直後、ソフィアが氷炎の翼で自分たちの上へと飛翔し、突如として上空から降り注いでくる稲妻を結界で防いでくれた。ソフィアが伸ばす手の先、激しい光の向こう側に、僅かにだが魔法陣が浮かんでいるのが見える――そしてその攻撃は自分たちを狙いすましていたものでなく、
攻撃が止んだ瞬間、自分は驚きに目を見開いて上を見ているクラウディアの方へと急ぎ振り返った。
「今の気配を感じたか!?」
「い、いいえ……上からは何も感じなかったように思いますが……!」
彼女も攻撃の気配を感じなかったということは、自分だけが呆けていた訳ではなさそうだ。実際の所は次にようになる――確かにこちらへ向けた攻撃的な意志は感じるのだが、それは下から来るものであり、上から来ることに気付けなかったのだ。より正確に言えば、攻撃を命じている意識と攻撃を行っているプログラムの動きが一致していないため、いつものように意志を読んで攻撃の軌道を読むことが出来なくなっているのだ。
つまるところ、この戦いにおいてはいつものように気配を感じて先行して動くということが封じられているということになる。一応、先ほどのように殺気が増大した時に攻撃が起こるということ自体は予測できそうではあるし、ADAMsを起動すれば魔術の狙いを目視できるかもしれないが、自分は魔法陣を見ただけでどんな魔術が発動するかを認識できるわけではないし、距離を離して安全を確保することくらいしか出来ない――広範囲を攻撃するような魔術であれば陣から距離を取っても無駄からも知れないし、何よりもこの縦長構造というのがADAMsで走り回るのに十分な足場を用意してくれていないとも言える。先ほどの一撃はグロリアの広い視野があってこそ気付けたのであり、直感や経験則で動く自分やクラウディア、エルだけではあのままやられてしまっていた可能性すらある。
しかし、狙いを定めずに攻撃をすることなど可能なのだろうか。もしも魔術の着弾地点をゴードンが狙ってさえくれていれば、自分はその気配を読むことは出来るはずなのだが――その答えもすぐにわかった。今度は魔術の発動に気付くことが出来たのだが、それは正面からの攻撃だからである。柱から飛び出る配管から煙が飛び出し――あれが魔術杖の役割をしているということなのだろうが――そこから現れた六つの魔法陣が飛び交ったと思うと、それが一つに統合された瞬間、正面から猛烈な業火が噴出してきたのだ。
それを今度はクラウディアが結界で防いでくれた。これだけの熱量が放出されれば、精密機器には確実に悪影響がありそうなものだ。しかし、何やら柱全体にうっすらと光の膜が張られているようであり、要するにダニエル・ゴードンは本体が納められているこの巨大機械にバリアを常に張っており、魔術による無差別攻撃を行うことで侵入者を倒す、という力技で自らを守ろうとしているということなのだろう。
「あまりゴチャゴチャ考えている暇はなさそうね……こうなったら、さっさと相手を仕留めるに限るわ!」
エルがアウローラを構え、先ほどクラウディアが指していた地点に向けて剣閃を放つ。翡翠色の光波が狂いなく進んでいき、確かにゴードンの本体があるであろう箇所に到達しようとしたまさにその瞬間、やはり本体を護るようにバリアが展開され、神剣の一撃は柱を傷つけることなく霧散してしまった。
「アランさん、宝珠を!」
エルの攻撃が無効化されたのを見て、今度は自分が叩きに行く番だと思わず反射で奥歯のスイッチを入れかけるが――思えばこうやっていつも突っ込んでいくから、宝珠を使う機会もなかったのだろう――ソフィアの言葉に加速を中断して、外套から調停者の宝珠を取り出した。すでに三人とも心の準備をしてくれていたのか、宝珠は既に確かな熱を持っている――これならすぐにでも起動できるだろう。
「いくぞ皆……トリニティ・バースト!」
「了解だよ!」
「えぇ!」
「気合入れていきましょう!」
金色のオーラを纏ったおかげで、いつも以上に身体から力が溢れてくる。そして改めて奥歯を噛んでADAMsを起動して、眼下の一点を睨む。高さ数十メートル毎に連絡橋はあるし、それ以外にも外周の所々に存在する凹凸などを使えば何とか上下の移動は出来なくもないはずだ――以前にキーツの艦隊を相手にした時と比べれば、足場に出来る場所が多くて泣けてくるほどだろう。
そして、アウローラの一撃を簡単に霧散させてしまうとなれば、投擲程度の火力では及ばないのは当然、タイガーファングや超音速での体当たりなどでは通用しないだろう。なるべく温存しておきたかったが、切り札を切らずに負けてしまうことこそ最も避けるべきことだ。そう思ってバックルに手を掛けた瞬間、脳裏に慌てたような声が聞こえだした。
『アランさん、待ってください! あの柱はキーツの艦隊と同等の機構を有して多層移のバリアを展開しています……つまり、物理攻撃には反物質バリアを展開するので、お得意のキックでは返ってダメージを受けてしまいますよ!
もちろん、貯めたエネルギーでぶつかれば本体を倒すことは出来るでしょうが……繰り返しですが、ブレイジングタイガーでは威力がありすぎて、月全体にダメージを与えてしまいかねないので、控えて欲しいのです!』
『それじゃあ、アイツが好きにやってるのを手をこまねいて見ていろって言うのか!』
『そうは言っていません。多重位相のバリアなら、ソフィアがグロリアとの合わせ技で破ることも可能……本体は彼女に任せて、アランさんは別の役割を担うべきです。
幸いにして、魔術杖の役割を果たしている配管の周囲にはバリアが張られていないようです。ですから、アランさんは可能な限り配管を破壊し、ソフィアとグロリアが動きやすい環境を整えるのが良いかと』
『あぁ、了解だ!』
実際の所、レムの言うことももっともだろう。元々本体を狙うのにはソフィアが適しているとは思っていた訳であるのだが、ADAMsを起動するとどうにも闘争本能が前に出てきてしまうというか、自分が前に出て戦わなければという気持ちが強くなってしまう。
ともかく、やるべきことは決まった。先ほど確認したように、外周や鉄橋を上手く使えば、この空間内を縦横無尽に動くこと自体は可能だろう。それに配線を破壊するだけなら、変身を温存することもできる。
何より、ソフィアとグロリアのコンビなら、きっとどんな困難も乗り越えてくれる。自分は彼女たちが飛び立ちやすいように道を切り開くだけだ。ベルトから虎の爪を取り出し、音を超えて走り出し、外壁へと向けて跳躍し、その途中で蠢いている配線を一本、二本と断ち切る。そしてそのまま外周へと着地し――衝撃で壁がへこむが気にせず――また別の角度で跳躍して、同様に数本の配線を断ち切った。
適当な鉄橋の上に着地して一度加速を切って辺りを見回すと、先ほどの作戦はレムが他のメンバーにも伝えてくれたのだろう、エルとクラウディアも魔術を放つ配線の切断に参加を始めた。エルはヘカトグラムで重力を操作しながら擬似的に飛翔ができるし、クラウディアも足元に簡易な結界を展開することで空中で方向転換が出来るので、高低差をものともせずに動き回ってくれている。立体的なこの領域においてはナナコたちの方が苦戦したと思われるので、自分たちがこちらで良かったとも言えるだろう。
そしてソフィアとグロリアも柱の周囲を飛び回りながら本体の方へと向かって行っているのだが、やはり動きにくそうにしている――彼女の飛行速度は確かだが、それでもランダム性の高い攻撃が吹き荒れている空間で一気に降りるのは危険を伴うし、彼女は腕を出さなければ防御をすることが出来ない。それ故、どうしても今のうちは自分たちと同じように、敵の攻撃を少しでも抑えるために今は氷の刃で配線の切除にいそしんでいるようだった。
上の方はエルとクラウディアに任せれば良いと判断し、足が早い自分が先行することにする。再び奥歯を噛んで加速し、当初の予定通りに下を目指して飛び降り、もとい足場を利用して蹴り降りて行く。その際、EMPナイフの投擲も合わせ――配線の硬度的には、高速で撃ちだしたナイフなら十二分に破壊できる――少しでも多くの魔術機構を破壊しながら下へ下へと下っていく。
もちろん、自分にはグロリアやクラウディアのような結界はないので、魔術が直撃するようなことがあればかなり危険であり、完全にランダムに撃ちだされているそれを避けるのも難しいのではあるが――それでもADAMsの神経加速に物を言わせて可能な限り避けつつ、完全に回避しきらない攻撃に関しては、トリニティ・バーストとクラウディアの補助魔法、それに自前の再生能力にものを言わせ、多少のダメージは覚悟で無理やりカバーしながら突き進んでいく。
一定層まで降り、最初にゴードンの気配を感じた高さにまで到達すると、ちょうど本体がどのようになっているのかその様子を確認することが出来た。直径百メートルはある中央柱のその中間に、旧世界の文字で「Gordon the Fool【愚鈍なるゴードン】」と刻まれたプレートの――この領域は他の七柱は侵入できないはずだから、彼はわざわざ自らを愚鈍と称したのだ――下に、厳重なロックのかけられた蓋のようなものがある。恐らくはあの蓋の奥に彼の本体であるところの脳神経が、液体に満たされたシリンダーの中に封印されているということなのだろう。
折角なのでその蓋に向けてナイフを一本放ちつつ――試すだけなら無料《ただ》だ――更に下って、下方から上方へ向けて攻撃をしてくる配線を何本か断ち切る。そして視神経の限界を迎えたタイミングで加速を切り、鉄橋の上に着陸し、次の加速に備えてその上を走っていると、先ほど投げ出したナイフが落下してくるのが見えた。
相手の魔術による攻撃がランダムなこと自体は依然変わらないものの、逆を言えば相手の行動そのものに変化はない。要するに、物量に物を言わせてひたすら攻撃をして来ているだけであり、こちらの行動パターンを学習して対策を練ってくるなどの変化は見られない。それなら、魔術杖の機能をしている配線の数さえ減っていけば攻撃の手は緩まっていくのであり、こちらは徐々に自由に動き回れるようになってきている。
中央の柱から断たれた分に対する魔術配線の補填は逐次されてはいるのだが、こちらが破壊している数の方がその補填数よりも多い。このままいけば、ソフィアがより安全にあの蓋の前に移動することもできるようになるだろう。
そんな調子でしばらく――自分の体感時間では数分だが、ADAMsを起動していない面々からすれば三十秒にも満たないだろう――戦い続け、魔術の密度がかなり薄くなってくる。とくに自分たちが入ってきた上部部分はかなり余裕が出来てきており、手の空き始めたエルは上方から光波を飛ばして下部の配線を攻撃し始めている。
そしてソフィアが剣閃と共に一気に下降を始め、先ほど見た蓋の上でホバリングし――背から生える炎と氷の翼に、纏う金色の粒子が少女の周りを舞い、その極彩は戦場に舞う天使を思わせる――凛々しい表情で杖を頭上で振り回した。