B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

402 / 419
ゴードンの叫び

「第六魔術弾装填……いくよ、グロリア!」

「えぇ、ぬかるんじゃないわよ!」

 

 ソフィアとグロリアがそれぞれ魔術を編み、翼をはためかせる天使の周囲で計十二の魔法陣が飛び交った。そしてそれらが結合され、二つの巨大な陣になり――少女がまず白藍《しらあい》の陣を杖でそれぞれ叩くとそこから巨大な氷柱が撃ち出され、その直後に叩いた黒紅色の陣からは炎雷が唸りを上げて放出された。

 

 両方とも魔術に寄る一撃にはなるが、氷が物理攻撃の役割を果たし、雷がエネルギー攻撃の役割を果たしていたのだろう。そういった感想を抱いたのは、事が終わった後だった。確かに原理的に言えば多重位相のバリアを貫通できるだけの一撃だったのだろうが、しかし――。

 

「……ディスペル!?」

 

 ソフィアが驚きに目を見開き、そう声をあげた。愚鈍なるゴードンの前で炎をまとった稲妻が霧散し、残りの氷柱は対物バリアによってその勢いを止められ、そのまま氷は敢え無く自分の横を通って下へと落下していったのだ。流石に機械のような精密さで同時に着弾した二つの魔術を同時に解呪することは出来なかったのだろうが、片方でも無効化すれば多重位相のバリアは機能する。それ故にゴードンは雷の方をディスペルした、ということなのだろう。

 

『防御プログラム……履行者がいなくても、魔術の性質さえ認識出来れば思考の分割領域で解呪くらいは高速で組める。この可能性は想定しなければいけませんでした』

『それじゃあ、どうする? ソフィアの攻撃はどうしても魔術が絡むし、やっぱり、俺が……』

「……でていけ」

 

 レムと次の算段を立てている間に、空間内に小さな声が響いた。そしてもう一度「でていけ」とと聞こえた時には、もう少しその音量は大きくなっており――合成音声であり、人の発声では無かったのだが――何故だかどことなくその抑揚は幼さを感じたように思う。

 

 そしてもう一度「でていけ」とはっきり聞こえた時には、空間が振動を始める。正確には空間が音で震えているという訳ではなく、中央の機械柱全体が唸りをあげているのだが――それを認識した直後、柱から螺子や釘などの留め金がガタガタと揺れ始め、そこから数を減らしていた配線が一気に噴出し始めた。

 

「でていけでていけでていけ!」

 

 再び空間が大きく振動したのは、今度こそは聞こえてくる音の大きさのせいだ。癇癪を起した子供のような大音声が辺りの空気を振動させ、鼓膜と肌とをびりびりと震わせる。そして先ほどより数を増したのかと思うほどの配線から再び魔法陣が舞い始め、先ほどよりも苛烈で滅茶苦茶な攻撃が辺りを覆い始めた。

 

 出て行って欲しいのならそんな攻撃をしてくるんじゃない――そんな風に心の中で突っ込みを入れていると、それをかき消すようにレムの声が頭の中に響きだす。

 

『おかしい……いくらモノリスと直結していると言っても、流石にこれだけの魔術を同時に処理できるほど演算処理能力があるとは信じがたいのですが……』

『大方、右京の奴が何か悪いことでもしたんだろうさ』

 

 思い付きで返答しただけではあるが、意外と的を射ている話な様にも思う。大本の機構自体はアルジャーノンが設計したものなのだろうが、計算において凄まじい処理能力を持つレムが違和感を持つほどの設計は魔術神をしても難しいだろう。それが実現可能になったと言えば、そこに何某かの力が加わったとしか考えられない。そしてそれを出来る人物はたった一人しか思い浮かばない。右京が量子ウイルスで高次元存在の力を一部分引き出せるようになり、それをダニエル・ゴードンに授けたとなれば説明は――原理などはおいておいて、少なくとも目の前の現実は――できる様に思う。

 

 しかし、現実への因果関係の説明が着いたところで、状況がより厳しくなってしまったことには変わりない。とくに下へ降りてきていた自分とソフィアは上下からの攻撃に晒されることになる。

 

 かなりの密度で攻撃が行われているが、ブラッドベリの衝撃波の渦と比べればまだ多少はマシだ――しかし、それはADAMsを起動している自分だからこそ、攻撃の相対速度を落として確認が可能なのであり、他のメンバーまでがそうなわけではない。ソフィアは相手の攻撃密度に対して良く反応は出来ているといえども、徐々に追い詰められて飛ぶ先を失いつつある。炎や雷、真空の刃が交錯する中で一点を見切り、思い切って外周を蹴って跳び、ソフィアの背後から激突しそうな巨大な氷塊を蹴り飛ばして援護に周り――本来なら空中で彼女の体を抱きとめて安全圏まで離脱してあげたかったのだが、中空ではマッハ3から減速できないので、急に衝突すれば自分自身が厄介な魔術と同等の攻撃になってしまう――そしてそのまま氷を蹴った反動で再度跳び、攻撃の切れ間を縫って対面の外壁へと着地する。

 

 このままでは埒が明かない。魔術による攻撃は熾烈さを増し、どんどんと逃げ場が無くなってきている。上の方ではクラウディアとエルが上手く連携を取りながら攻撃をさばいているようではあるが、とくにクラウディアの魔法は無限ではないし、ソフィアの魔術だって有限である。時間が経つほど不利になるのは間違いない――それなら、無茶を承知してでもバーニングブライトを撃ち込み、柱を破壊するべきかもしれない。

 

 この柱がモノリスに繋がっている以上、破壊するのが危険というのはもっともな意見でこそあるものの、同時に人工の月はダニエル・ゴードンの私有物なわけではないので、仮にこの柱に問題が生じたとしても上手くシステムを切り離して月の機能に問題をきたさないように調整しているとも考えられる。何より、最終的には潰し合うことを計画していた七柱たちが――とくに右京とローザが――アルジャーノンがモノリスを専横することを許したとも思えない。

 

『……そうですね、もうこうなっては無理やりにでもあの柱を破壊するしかないでしょう』

『よし、決まったな。それじゃあ、変身を……!?』

 

 ADAMsで魔術の合間を駆け巡りながら、レムと状況の打開策を話し合っていると、急に何かを踏みしめる感覚がなくなり、無様に足を空転させることになってしまう。何が起こっているのか、状況を認識するために辺りを見回すと、徐々にだが身体が浮き始めている――これは海と月の塔でチェンが喰らっていた重力操作の魔術か。戦いにおける主要な部分を走ることに任せている自分としては、この魔術のもたらす影響は絶体絶命のピンチへと繋がってしまう。

 

 せめて周りに何か蹴れるものでもあれば――しかし、ちょうど外周から離れた鉄橋の上を走っていたタイミングで無重力に誘われてしまったので、手近な位置に蹴れるような物体も存在しない。ブレイジングタイガー時であれば、空気を圧縮して無理やり蹴ることも可能だが、今は変身もしていなければ、それを発動できるだけのエネルギーも溜まっていない。迫りくる魔術の奔流に対して、せめて少しでもダメージを抑えるために身をかがめ、脳や心臓など致命傷を避けるべき箇所を守るために腕を立てる。

 

「……アランさん!」

 

 ADAMsが切れた瞬間にこちらを呼ぶ声が聞こえ、防御のために立てていた腕を掴まれ、自分の体は急激に上昇を始めた。自分の先ほどまで居た場所には様々な属性の魔術が衝突し、その力の余波が爆発を生み、自分たちの身体を更に上昇させる――掴まれた腕の先を見ると、先ほどの声の主であるソフィアが翼をはためかせていた。

 

「ソフィア、グロリア、助かった!」

「細かいことは後だよ!」

 

 彼女の言う通り、下から来ている滅茶苦茶な攻撃のうち、いくつかがこちらへ向かって飛んできている。それをソフィアは空中機動で綺麗に躱していっているが、やはりそのすべてを回避しきれるわけではなく、徐々に追い詰められてきている。

 

「……あちょー!」

 

 上からそんな声が聞こえて来たかと思うと、緑色の流線がソフィアと入れ替わるように下へと急速度で落下していき――そして自分たちを護るように下方で大輪の花を咲かせた。桜色の結界が大きく開いたおかげで、下からの攻撃は一時的に中断され、更に上方は既にエルが新たに出てきた配線を始末し終えているらしく、結界よりも上は安全な空間が確保されていた。

 

 そしてソフィアがエルのいる場所まで辿り着くと、すぐに下で自分たちを守ってくれたクラウディアも、中空で結界を蹴りながらこちらへと戻ってきた。彼女は自分と違ってどこにでも足場を生成することができるため、無重力で浮かんでも自在に動くことが出来るのが強みであるが――しかし同時に精神力を消費して魔法を使っているのであり、自分たちの隣に立った時には流石に顔に脂汗を滲ませ、大きく息を切らしていた。

 

「クラウディア、大丈夫か?」

「はぁ、ふぅ……ようやっと体が温まって来たって所ですよ」

 

 クラウディアはそう言いながら袖で額を拭い、こちらに向けて不敵な笑みを作って見せる。疲労しているのは間違いないだろうが、彼女としては退かずにやり通す意思がある――それにどの道、自分たちが通ってきた通路への道も滅茶苦茶な攻撃によって破壊されて戻れなくなってしまっている。出て行けと言われていたが、退路はない。

 

 そうなれば、後はどうやって多重位相バリアをぶち抜ける必殺の一撃を繰り出すかだが、如何せん加速できるだけの重力も足場もない。バーニングブライトにしてもブレイジングタイガーにしても、どちらの必殺技を撃つにも変身してから加速をし続けることで体内にエネルギーを貯める必要がある――いや、エルに頼めば重力を発生させることはできるし、あとは中空に漂っている残骸を足場にすればなんとか――。

 

 そう考えている間に、再び柱が振動し始め、数を減らしていた配線が柱の内部から突き出てきた。それに合わせ、空間の底からまた不気味な合成音声が聞こえ始める。

 

「すごい力をうばわないで! もうイヤなんだ……だれからも大切にされないバカなぼくにもどるのはイヤなんだ!」

 

 人類史上最高クラスの知能を持ち、最も真理に近いづいたとされるほどの男の根源的な欲求が、まさか「誰からも馬鹿にされたくない」というのは――この感覚を言語化するのは難しい。これだけ暴れておいて我儘を言うなよというのが大前提だが、その上で妥当なような、理解できるような、同時に憐れなような、そんな複雑な想いが胸中に溢れてくる。

 

 成程、真理に近づこうとしたのはあくまでももう一つのアルジャーノンという人格であり、ダニエル・ゴードンの本質というのはこれであったと言えば理解できる。それに理性的なアルジャーノンが――ゴードンと差別化するために神としての名で呼べば――海と月の塔で告白していたことは単純に事実だったのだ。彼はもう、ダニエル・ゴードンには戻りたくないと。ただその一心で輪廻に抗い続けて悠久の時を生き、本物の神すら倒そうとしたのだろう。

 

 ただ、それがこのような剥き出しの感情でぶつけられてくると、なんだかいたたまれない気持ちになってくる部分もある。彼の生い立ちはレムから聞いていたし、恐らく元々は馬鹿にされていることすら気付いていなかったのだろうが、誰からも愛されていないことは生物的な本能で直感していたのだろうし、またアルジャーノンとしての記憶の断片が、脳の手術を受ける前の自分に戻りたくないという欲求を大本の人格にも影響を与えていると想像できる

 

 人は生まれを選ぶことは出来ない。逆を言えば配られたカードで勝負するしかないとも言えるのだが、そのカードが生きていく上であまりにも最低であったとするなら――同時にその手札を最強の一手と入れ替えてもらうチャンスを与えられたとなれば、最低時代を知っている彼からすれば戻りたくないと思うのは自然なことだと頷ける。

 

 それに付随して、ゴードンのその拙い様子は、あまりにも自分の知るアルジャーノンとの落差があり、なんだか眩暈のする心地すらしてきた。尊大な人格の裏に隠れていた本性がこれであると思うと、実態以上に弱さが――もちろん今しがた行われている攻撃は熾烈極まるのだが――目立つような気がしてしまう。

 

「……ふざけないでよ!」

 

 駄々をこねる子供に対しそう喝破したのはグロリアだった。彼女を除く他の面々は、自分と同じようにゴードンの様態に呆気に取られていたようだが、グロリアだけは呑まれることなく、整然とした様子で下から叩きつけてくる声に向き合っている。

 

「別にアナタが恵まれてたなんて言わないわ。それに、妬んだり僻んだりするのもアナタの勝手よ……でも、アナタはアナタのために周りの尊厳を奪ったの! その報いは受けなければならないのよ!」

 

 確かに彼女の言う通り、今のダニエル・ゴードンが幼いと言っても――責任能力が無いと言ってもいい――彼のもう一つの人格がしてきた悪行が消える訳でもない。アルジャーノンというのは、もしダニエル・ゴードンに相応の知性が備わった場合の可能性としての存在であるのだから。

 

 もちろん、境遇が違えば思考だって変わる。もし生まれながらに彼が聡明であったとするのならDAPAに与さず別の道を選んだかもしれないし、与していたとしても逆に七柱の創造神として昇り詰めるほどのハングリー精神は持たなかったかもしれないが――いずれにしても、ダニエル・ゴードンが辿って来た道は誰かの道を奪うものであったのだし、そしてこの先にアルジャーノンの人格が再構成されれば同じ悲劇が繰り返されることは間違いない。

 

 グロリアの言葉に対してゴードンは、ただ泣きじゃくる子供のように大きな声をあげるだけだ。今の彼では、僻むだとか尊厳を奪うだとかいう言語を理解することができないのだろうが、同時に誰かから攻撃されていると――あるいは叱られていると思っているのかもしれない――いうことだけは認識しており、それに対して癇癪を起こしているようだった。

 

 彼の癇癪に呼応するように、再び辺りに魔術の暴風が吹き荒れだした。余計に怒らせて事態を悪化させたと言えなくもないのだが、グロリアの言うことはもっともであり、ゴードンを叱ったことを責めるつもりもないし、むしろ自分が――DAPAの要人を殺して回った自分こそが、やはりこの憐れな男にトドメをさしてやるべきだと決意を新たに出来た。

 

 ただ、課題はやはり、加速するだけの距離をどう稼ぐか――。

 

「……みなさん、どうやら始まってしまったようです」

 

 その声は、クラウディアとグロリアが張る結界が魔術を防ぐのにけたたましい音を響かせる中で、しかし鮮明に自分の耳に入ってきた。声の主の方を見やると、レムは痛ましい表情を浮かべながら首を横に振っている。一瞬、何のことを指しているのか理解できなかったのだが――ゴードンの暴れっぷりが相変わらずなことを見ると、地上での変化か、右京の側で何かが始まってしまったに違いない。そしてそれが自分たちにとって良くないことであることも、彼女の表情から容易に想像できる。

 

 そしてレムが続きを紡ぐ前に、再び大きく空気が振動する。今度は視線を下に向けると、強烈な魔術の嵐は落ち着き、その代わりに今度は触手のように伸びた配線から赤、青、黄色など、様々な色の粒子が立ち昇り始めているのが視界に入ってきた。

 

「みんな……みんなきらいだ! ぜんぶぜんぶ、こわしてやる!」

 

 ダニエル・ゴードンの怒りの声が頂点に達したその直後、極彩色の粒子がそれぞれの一気に結合し、八つの巨大な魔法陣が空間に現れたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。