B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

404 / 419
遥かな誓い

「アレは……恐らく、ワームホールですね。重力を発生させるものと考えられていましたが……どうやら星右京によって特殊な力場として生成されたのでしょう」

「……つまり、次元を超越するための門が開かれてしまったということだな?」

 

 チェンからの返事を聞く間もなく、自分たちは迫る気配に対して正面を向かざるを得なかった。ルーナが周囲を巻き込む速度はさらに増しており、触手が――既にそれは触手というのはあまりにも太く、押し寄せる化合物の波とでもいう方が正確になってきている――凄まじい速度でこちらへ向かって突進してきたからだ。

 

 ブラッドベリは衝撃波で、チェンは残っている布袋劇の武装と結界、念動力の合わせ技で、そして自分はADAMsを起動して手早くエルブンボウの弾倉を入れ替えてセブンスの後ろに立ち、襲い掛かるルーナの触手に対して波動弓と精霊魔法を使って抗っていく。

 

 しかし、三人でどれ程抗おうとも、押し寄せる暴力を止めることは出来ない。ただ自らのが立っている部分を守ることしかできず――最後には自分達の立つ半球状に余白が産まれているのみで、攻撃の隙間から覗く外側を見るに、すでに自分たちはすっかりとルーナの体内へと誘われてしまったようだ。攻撃の手を休めた瞬間に、器たる少女たちやルシフェルと同様に、自分たちも一気に呑み込まれてしまうだろう。

 

「ゲンブ! これでいいのか!?」

「えぇ、これでいいのです! 内部からの攻撃の方が効率的にダメージを与えられるでしょうから!」

 

 ADAMsを切った瞬間に、ブラッドベリとチェンとの会話が聞こえた。どちらかといえばもはや退路が無く、押し寄せる波に対して呑み込まれざるを得なかったというのが正確なようにも思うが、確かにチェンの言う通りで内部からの攻撃の方が壊滅的なダメージを与えることは可能であろうから、そういう意味では怪我の功名と言えるか。

 

 予想が真となるかは、自分の背後で剣を構えている少女の肩に掛かっている。確かに自分たちのいる半球状の空間を眩いばかりの金色の光が溢れだし、大いなる力の奔流を背中に感じていた。

 

 その力を放出すれば、確かに自分たちが放てる攻撃の中で最大の物にはなるだろうが、果たして彼女が紡ぐ力が増大するのと、全てを呑み込むルーナの力が増すのと、どちらの方がより大きいかは予測もできない――それに、ただ呑み込み、自らを肥大化させていくだけのルーナに対して、果たして増大するエネルギーに対して、少女とその剣は耐えられるのだろうか?

 

 そんな不安が脳裏をよぎり、加速した時の中で一瞬だけ背後を盗み見る。

 

「……チェン、後ろを代われ!」

 

 苦々しい表情をしている少女が視界に入った瞬間、ADAMsを切って思わずそう叫んでいた。チェンも状況を察したらしく、すぐに自分が守っていた位置と元々彼が立っていた位置のちょうど中間に立ち、押し寄せる壁に対して抵抗を始めてくれた。ブラッドベリもすぐに察し、チェンと二人で自分が欠けた分をフォローしてくれている。

 

 チェンに後ろの守りを負かせたのは、別の意味でセブンスが窮地にあったからだ。恐らくワームホールの影響なのか――星右京の計画が進み、青き星に残る魂の数が減ってしまっているのだろう――剣に集約される力の勢いが急速に弱まってきているのだ。アレでは、先ほどの一撃と同等か、せいぜいそれ以下の威力しか発揮できないだろう。セブンスもそれを理解しているから焦っているのだろう。それを見て思わず飛び出てしまった形だ。

 

 しかし、彼女のもとに駆けつけたとして、いったい自分に何ができる? 確かに彼女のそばに立つことによって、少しは助力はできるかもしれない。とはいえ、本来なら何万もの意思の力を練り上げることで威力を発揮するその機構に、たった一つが追加されたところで、幾ばくかの足しにしかならないだろう。

 

 いや、それでも。少しでも彼女の助力になるのならば。理屈などより今、自分にできることをするだけだ。少なくとも、今自分の胸にある想いは、強いものだ――そう思いながら小さな身体の後ろに立ち、その小さな手を支える様に自分も機構剣の柄を握った。

 

「ラグナロク! 私の力を使え!」

 

 こちらの声に呼応するように剣は刀身から鎖や導線を射出させ、それらをこちらの四肢へと巻きつかせてきた。神経は通っているので腕や足に圧迫感は感じるが、痛覚はないので問題は無い。そして、意思の力に呼応する刃はこちらの想いを組み上げるように、霧散しかけていた黄金色の粒子をその身に集約させ始め、再び巨大なエネルギーを帯び始めた。

 

 よかった、自分の力が足しにはなったようだ。しかしこちらが剣にその身を拘束されていることに驚いたらしく、セブンスは首を半分回して驚愕の表情を浮かべている。

 

「T3さん!? 大丈夫ですか!?」

「あぁ、問題ない……それよりもセブンス、今まですまなかったな……」

「え、えぇっと……?」

 

 自分の登場が予想外だったのか、セブンスは驚いたように声をあげ、こちらの謝罪に対しては困惑したように肩を揺らす。今まで相当邪険にしてきたのだから、謝罪する妥当性はあると思うのだが――確かにこの緊急事態で急に謝られても何のことかと思うのも当然だろう。

 

 だが、自分が謝りたかったのは邪険にしてきたことというより、もっと根本的な部分――いや、自分が目を逸らし続けていた部分に関することだった。

 

「お前の中には、確かにナナセの魂が宿っている……だが、それだけが理由ではない。私は今のお前を……ナナセだからではなく、セブンスとして……」

 

 愛している。今自分の腕の中にいる少女の魂の輝きは、確かにナナセのものであると同時に、それ以上の輝きを放っているのだから。

 

 しかし、続きを言うのは憚られた。自分は今まで散々この子を邪険に扱ってきた。それが今更になって、どうして愛しているなどということが出来る? 血にまみれたこの手でこの美しい魂に触れるなどと、どうしてそのような暴挙に出ることができるだろうか? それではあまりに自分勝手がすぎるのではないか?

 

 とはいえ、今は自らの内で問答をしている暇ではない。今は彼女を支えてやることだけが最優先の事項だ――だから自分は、ただその気持ちだけを伝えればいい。

 

「ここまで共に歩んできたセブンスとして、お前のことを支えたいと思っている。今この瞬間も……そして、これからもだ」

 

 そこまで言って、セブンスはこちらへと振り返り、大きなブラウンの瞳を見開いてこちらを見てきた。最初はこちらの言いたいことが伝わらなかったのか呆然としたように、そして次第に内容を認識したのか、その瞳をキラキラさせながら口を開いた。

 

「ほ、本当ですか……?」

「あぁ、本当だ」

「それなら、もう少し私のことを甘やかしてくれますか?」

「……あぁ、最大限善処する」

「それならそれなら、私の作ったお料理、食べてくれますか!?」

「…………私が教える。支えるというのはそういうことだ」

 

 なんだか話が脱線してきているが、まだ何か言いたいことがあるのだろう、セブンスはまだ「それなら、それなら」とぶつぶつと続け――しかし言いにくいことなのか、セブンスは少し俯いてしまう。

 

「それなら……この戦いが終わったら、私と一緒に旅をしてくれますか?」

 

 そこまで言った後、少女はその瞳に不安の色を浮かべながら顔をあげた。

 

「私、この一年間、ずっと考えてたんです……私は、この世界のことが大好きだって。アランさんやソフィア……皆さんと出会えたこの世界が……アナタと巡り合えたこの世界のことが大好きだって。

 でも、まだまだ見たことない景色がたくさんありますから……それを、アナタと一緒に見て回りたいんです。T3さんはきっと世界のいろいろな所を知っていると思いますし、夢野七瀬と一緒に色々な景色を見たと思うんですけど……その……」

 

 セブンスはそこまで話してから、またしどろもどろになって視線を落としてしまう。だが、彼女の言いたいことは分かった。今の彼女には、サークレットで情緒を抑えられていた時の記憶はおろか、ナナセの記憶もない。それをもう一度、様々な所を巡って思い出を取り戻そうと――いや、新たな想い出を作りたい、そう思っているのだろう。

 

「あぁ、約束する……必ず、この世界を旅して周ろう。共にな」

 

 そう返答を返すと――断る理由などないし、今の彼女と歩む道は、また世界に別の色彩をもたらしてくれるだろうという期待もある――セブンスはまた驚いたように顔を上げて、口元をわなわなと振るわせだし、目尻に小さく涙を浮かべ始めた。

 

 そして――。

 

「……すっごいやる気出てきましたぁあああああああああ!!」

 

 少女の咆哮と共に剣を大きく掲げ、その刀身から発せられる輝きが一気に爆発した。その光は確かな質量でも持っているかのように――それも敵対する者のみに効果を発揮している――徐々に押され気味であったルーナの肉を押し返した。

 

 その強大な力が負担になっているということは無く、少女は自らの両手のみで剣の柄を握っている。先ほどまで集めていたエネルギーは人々の意志のエネルギーであったのに対し、恐らくただいま燦然と輝いているエネルギーは彼女自身の魂の輝きであり、それ故にセブンスの重荷になることもないのだろう。そしてその燦然と輝く彼女の意思は、未だかつてないほど美しく、そして力強かった。

 

 今になって彼女が自身の意志の力を強められたのは何故であろうか。思えば、彼女の剣は何かを討ち倒そうとする力は似つかわしくなかったのかもしれない。彼女の剣は、何かを守るため、そして――未来を期拓くためにあるのだから。

 

 セブンスは立ち上がる光を身にまとい、毅然とした表情を浮かべていたが、突然ハッと目を見開き、唐突にあたふたとし始める。

 

「あ、あのあのあの! もちろんずっとやる気百パーセントだったんですけど! それがT3さんのおかげで千パーセントになったと言いますか、決して今まで手抜きをしていた訳ではないと言いますか……と、ラグナロク?」

 

 自分の四肢に絡みついていた鎖や導線が離れていき、代わりに自分の背中の方へと伸びていく。そして背負っていた精霊弓が刀身の方へと引き寄せられ、剣と弓とが融合を始めた。確かにこの巨大なエネルギーは振りだすより、撃ちだす方が合理的といえる。剣もそのように判断したのだろう。弓はちょうど十字の形を描くように剣と融合し、立ち昇っていた金色の光がその刀身から柄へと流れる様に一気に収束した。

 

「チェン! ブラッドベリ!」

「まったく、突然いちゃこら始めた時はどうしてくれようかと思いましたが……」

「トドメは任せるぞ!」

 

 ブラッドベリは力強く腕を薙ぎ、その動きから生じた衝撃波で押し寄せる波を一時的に跳ね返し、自分とセブンスの背後へと跳んだ。そして少女が肩の高さで剣を握り、その切っ先を正面へと向ける。自分は左手で飛び出ている弓を握り、剣の柄よりあふれ出る強大な力に――自分の胸に長い髪を預けている少女が束ねた魂の輝きへと手を伸ばし、それを思いっきり引き絞り、正面へと構える。

 

 意志の力を感じる彼女が狙う先には、女神ルーナの本体がいる――それならば、あとは矢を引き絞って放つだけだ。

 

「T3さん!」

「この一撃で決める……覚悟しろ、女神ルーナ!」

「決めます! 遥かな誓いの金木犀【オスマンタス・ボウ】!!」

 

 想いっきり引き絞った矢を放つと、黄金色のエネルギーと白く眩い波動のエネルギーとが螺旋を描き――自分と彼女の意志が混じり合い、超弩級の力となって放出される。そのエネルギーは押し寄せる強欲の波を切り裂き、一つの地点を目指して突き進んでいく。

 

 少女のひたむきな願いに焼かれた肉の壁は、穿たれた地点から蒸発していく。矢の進む勢いは、驚異的だった再生速度を遥かに上回る勢いであり――それだけでなく、もはや中央から結合するためのエネルギーすら失ったのか、自分たちを取り囲んでいた周囲の壁もその動きを止め、分解されて塵へと返っていく。

 

「……おぉオォォオオおオ!!」

 

 黄金の矢の奥から、この世のものとも思えない咆哮が響きだし、裁きを拒むように強大な結界が姿を現す。体内ならば結界は張れないと思われていたのだが――逆を言えば、あの先にこそ落ちた女神の本体が鎮座しており、核だけは守るために必死にそれを紡ぎ出したのかもしれない。

 

 とはいえ、彼女が紡いだ魂の一撃は――いや、自分と彼女と、それに天井を覆うガラスの奥に輝く青く美しい星に住まう多くの者たちの明日を切望する意志が創り出した一撃は、七星結界どころで防げるものではない。黄金色の力の奔流は一瞬だけ女神の強欲に止められてしまったようだが、すぐにルーナを守っていた防壁を砕き去り、そしてそのままはるか後方まで貫き去っていった。

 

 後に残ったのは、黄金色のエネルギーの残滓と、音を立てて落ちる月の残骸、降り積もるように舞う白い灰。そして胸元にいた少女が一歩前へと出ると、剣から熱が一気に放出され――そしてその奇跡の代償のためか、融合していた弓の部分はバラバラになって剥がれ落ち、その残骸が自分たちを取り囲むように小さく残る円形の足場を叩いて乾いた音を響かせた。

 

「T3さん……」

「……良いんだ」

 

 幾たびの戦いの影響で限界の近かったエルブンボウが、最後にラグナロクによって導かれて、最後の力をふり絞った。そう思えば上等と言える。この背にあった相棒がその最期を迎えたことには幾分か寂しさは覚えるし、これを下賜《かし》してくれたファラ・アシモフを想うと感じ入るものもあるが――しかし、長きにわたって戦い続けてくれた我が相棒がその使命を果たしたと思えばこそ、胸に去来するのは「これで良かった」という想いだった。

 

「見事だった、セブンス、T3」

 

 ブラッドベリが自分たちの方へと歩み寄り、そのまま自分たちの横を通り過ぎていった。呼び方が変わったのは、先ほどの自分達の会話を聞いて、考えを改めてくれたということなのだろうか。チェンも自分の横に並び、口元に笑みを浮かべながらこちらの肩を叩くと、そのままブラッドベリの横に並んで、今度は鋭い視線で足場の外の方を眺め始めた。

 

「しかし、本当にトドメになったのか……ローザ・オールディスの悪運を考えれば、万が一もあり得るかもしれません」

 

 チェンがそう言った瞬間、天井の一部分が――ガラスの間にある金属の板だ――音を立てながら開き始めた。そしてすぐに辺りに舞っていた内部の空気が外へと凄まじい勢いで抜け出し始め、同時にこの一帯の重力も切られたのか、瓦礫も一緒に開け放たれた穴へと巻き上げられ始めている。

 

「くっ……ゲンブ、アレを閉じるぞ!」

「天板の操作は……出来なさそうですね。こうなったら、瓦礫を念動力で操作して、無理やりに閉じて……」

「……皆さん、アレ!」

 

 長身の二人が話している間に、セブンスが天井の穴を指さした。そこには、瓦礫に紛れて一本の長い管があり、今まさしく天井の穴から外へと抜け出していく。そして、金属の板が再び激しい音を立て、同時に凄まじい勢いで閉まり始めていた。

 

(……逃さん!)

 

 そう思った直後、自分は反射で奥歯を噛み――精霊魔法を発動して風に乗り、無重力で床から離れてしまった身体を無理やりに巻き上がる瓦礫へと近づけ、そしてそれを一気に蹴り、音速を超えて宇宙空間へとこの身を投げ出した。

 

 あの管の中には、間違いなくローザ・オールディスがいる。とはいえ、追いかけるまでも無かったのかもしれない。もはや残っているのは本当にその身一つであり、あれはただ宇宙の塵と化すだけの可能性が高いからだ。

 

 それでも、人工の月はオールディスが管理する物であり、遠隔からでもまだ何某か抵抗してくる可能性はある。その他にも、あのシリンダーが目指している先には、次元の穴がある――まだ何か悪さをしてこないとも限らない。

 

 それに、何より――奴はこの手で葬ると決めた。もはや身を焦がす様な怒りはこの身には無いが、それでもこの三百年間の決着を、この手で――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。