B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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愛はさだめ、さだめは死

 恐ろしい目に会った。夢野七瀬のクローンが持つ機構剣が気象コントロールを打ち破るほどの一撃を放つことは了解の上ではあったのだが、一度は攻撃を止めきっていたので油断していた。正確には、膨れ上がっている自分の力に対して理性を失い、完全に暴走してしまっていたとも言える。

 

 今しがたの逃走劇の正体は次のようになる。クローンの放った一撃を結界で止めた後、本体を保管しているシリンダーを僅かに攻撃の軌道の下へと逸らし、やられたふりをして時を待つ。そして本体からの指令で天井の一部分を開き、内部の重力を操作して、見事に逃げおおせてみせた訳だ。

 

 結局、チェン・ジュンダーの一派に極限まで追い詰められてしまったと言えるが、まだ再起を図ることは不可能ではない。あの右京が開いたであろう次元の穴へと侵入し、今度こそ高次元存在の力を手中に納める。そうすれば、全ての可能性を掌握できると同義――散々辛酸を舐めさせた相手を押しなべて殺してやることもできる。

 

 いや、殺してやるなどと生易しいことすら言わない。彼奴等《きゃつら》には神に逆らった報いとして、永劫の苦しみを与えてやろう。神話に語られる様な本物の地獄を創り出し、輪廻など勿論こと、消滅も許さず、万の刃で切り刻み、億の鞭で打ち、兆度の炎で焼き続けてくれる。

 

 とはいえ、まだ課題はある。ここに関しては完全なる不利を認めざるを得ないが、このようなガラスの中に浮かんだ老いさらばえた身一つで、星右京を出し抜くことが可能かということだ。奴はここまで連れ添った誼《よし》みに、こちらの願いも叶えてくれると言っていたが、自分が奴の立場ならそれを実行することは無い――とくにこのような絶対的に不利な立場にいる相手なら尚更だ。

 

 しかし、今は奴の言葉を信じる他ない。それに、力を得るまでは従順なふりをしてやったっていい。右京などにへこへことするのは屈辱の極みではあるが、好機を失うよりはマシだ。それに、自分が真に許せないのは右京などではなくチェンの一派。とくに自分をコケにした小娘共のことは、本当に、本当に、本当に許すことが出来ない。

 

 ソフィア・オーウェルはあの生意気な碧眼を抉りだし、鼻を削ぎ落して醜いと笑ってくれよう。クラウディア・アリギエーリはその四肢を切り落とし、胴をブクブクと太らせて頭からヤスリで削り続けてくれる。そして夢野七瀬のクローンは、あの長い髪を全て引きちぎって、妾にしてきたようにその肉を何度も切り刻んでやる。許しを乞うて来ても、決して許さず、永遠の責め苦で苛み続けてくれる。

 

 あぁ、しかし忌々しい。このように宇宙へと這う這うの体で逃げ出し、一切身体を動かすこともできず、醜い老婆の身体で活動しなければならなくなるとは。事態が落ち着いたらすぐにでも新たな美しい器を用意しよう。それも、万能の力を使って、今まででは実現できなかったような素晴らしい器を創りだすのだ。

 

 すべての可能性を追究できるとなれば、史上で最も美麗な器を作ることだってできる。そもそも、この本体を残すという忌まわしき慣習すら捨てることが出来るはず。今までは自己の同一性を保持するために本体と器は分けてきたが、高次元の力を使えばこんな煩わしいことをするまでもない――自分は今度こそ、真の意味で蛹を破り、麗しい蝶へ生まれ変わることができるのだ。

 

 そして、自分の美しさを認めてくれる理想の相手だって創り出せる。女神ルーナと歴代教皇を兼任している間に、万にも及ぶ者たちを相手にしてきたが、終ぞ自分を満足させてくれる相手に出くわすことも無かった。

 

 惑星レムで教皇として君臨する時、若い器に宿ったのは器を入れ替える頻度を落とすのが当初の目的だったが、それ故に劣情を催す男たちが居たことが最初の始まりだった。最初こそは教会の規律に従えない者が居ることに嫌悪感を覚えつつも、同時に激しく求めてくる者たちを憐れにも想ったのだ。

 

 肉の器にある者は、どれ程に理性的であろうとも、戒律で縛ろうとも知識を与えようとも、結局はその本能に抗うことが出来ない。最初期に自分を求めて来た者たちがいたのはそういうことだし、それをどれだけ矯正しようとも、教会内では秘密裏に欲に溺れる者たちが――その相手が自分であれ他の者であれ――横行した。

 

 むしろ、普段は戒律や社会通念によって縛られているからこそ、タガが外れた時に熱く燃えるとも言えるのかもしれない。それが己の目指す社会を否定されている様で心の折れる心地もしたのだが、何のことは無い、結局は人というのはそういうものだと認めてしまえば、あとは簡単だった。

 

 最初のうちは自分の派閥の権威者どもを相手にしていたが、徐々に若い蜜を吸いたくなってきた。それが存外によく、若いうちから楽しみな芽を剪定するために、齢七歳の内から神聖魔法の才能がある者たちを教会へと集めるルールを課し、見目麗しい若い少年たちを骨抜きにするハーレムを作成した。

 

 だが、万を超える数の男を相手にしても、決して自分が満たされることは無かった。奴らは教皇である自分を敬愛し、愛しているだとか護るだとか支えるだとか何だと言いながら、結局は劣情をこちらへと向けてくるだけ。そしてこちらが幾分か心を晒しても――最初こそは己の肉欲を満たすために素直に話を聞いてくれるが――徐々に考えを改めるべきだとか、こうしたほうが良くなるのではとか、上から目線で説教を垂れだす。もちろんその対応に個体差はあったが、概ね自分のことを完全に受け止めてくれるだけの器量が無かったことだけは全員一致していた。

 

 そもそもとして、所詮つくられた器である第六世代型がこちらに説教を垂らしてくるだけでも吐き気を催す。その能力も知識もこちらと比べて格段に劣るものが意見を述べるなど、笑止千万だからだ。中には生体チップで記憶や情緒をいじって完全に服従させてみる者もいたが、そうなるとこちらの言いなりになり、全てが既知の範囲内に収束していく。それはそれでつまらなかった。

 

 男に飽きれば女も相手にしてみたが、すぐに男の方がマシだという結論に落ち着いた。自分に同性愛の気が無かったのはもちろんだが、概ね女というのは男と比べて陰険な傾向にあり、とくに幼い時には愛玩動物のような可愛らしさがあるものの、二次成長を向かえると神聖な美しさが損なわれ、どんどんと利己的になっていくからだ。統治が千年を超えるころには女を相手とするのは完全に飽きてしまい、どちらかといえば嗜虐的な趣味を満たすのに利用していた。

 

 結局、どいつもこいつも自分を満足させてくれることはなかった。飽きた相手に関しては、基本的には自分との関係性を記憶を操作し忘れさせて放出した。ハーレムに加えていた者たちはその能力も高い傾向にあり、殺してしまうのは勿体なかったためだ。もっとも、女神の逆鱗に触れた場合はその限りではなかったが。

 

 しかし、何故だかふと疑問に思った。自分にとって理想の相手とはどんな者だろうか? 屈強で、かつ美しい男性だろうか。いや、そのような者は何人も相手にしてきたし、仮に万能の力でより性能が良い相手を創り出したとしても、それが自分を満足させてくれるとは思い難い。それでは、自分より全てにおいて優れている頼りがいのある者だろうか――いや、そんな相手ではこちらを裏切るリスクを考えれば安心はできなくなる。絶対に裏切らないように創ることでカバーできるとも言えるが、自分より全てにおいて優れているとなればその存在自体が癪になるだろう。

 

 それでは――自分のすべてを受け入れてくれる、愛の深い者ならば、自分を満足させてくれるだろうか? しかし、それもあまりしっくりとは来ない。もしかすれば、霊的な存在ならば――肉体を持たない者なら――肉の欲に囚われることなく、完全に理性的な存在として自分を愛してくれるかもしれない。しかしそれではこちらの欲求が解消できない。何なら、別にそれが一人でなくたっていいはずだ。それこそ自分が捨ててきた相手と同数の相手を創り出し、その者たちに愛を語らせても良い訳だが――それはそれで煩わしそうだ。

 

 そもそも、自分を満足させる相手の存在自体が必要なのだろうか? 高次元存在を手中に収め、全てを自由にできるとなれば、それだけで満足であり、万能であり、もはや理想の相手など必要はないのではないか。だが、それはあまりしっくりは来なかった。

 

 ふと、右京の言ったことを思い出す。自分が作ろうとしているのは王国であり、そこには必ず他者が介在すると。要するに、自分の理想は――全てを思い通りにできるようになってまで求める先には、必ず何者かが存在し、己の身だけでは完結しない。

 

 言われてみれば――言い当てられたようで癪ではあるが――右京の言い分は的を射ている部分もあるだろう。自分がどれほど美しく超越的な存在になろうとも、それを賞賛してくれるものが居なければ完璧になったことに意味が生じないからだ。優れているというのは相対的な物であり、何某かの対象が居なければ優劣が決定されない。孤高の完璧に何の意味があるだろう? 一万年間も生きてきて、最後に得られるものが孤独の玉座であるなどというのは、あまりにも虚しいではないか。

 

 そうなれば、結局のところ自分が真に求めているものというのは――。

 

 その時、自分の体が納められているガラスの容器に何かが衝突してきたような衝撃が走った。万が一のことを想定してかなりの強度で作られている容器であるので、壊れこそしなかったが――周辺の状況を確認するために目を開くと、ガラスの前に一人の銀髪の男が無表情でこちらを見下ろしていた。

 

 アルフレッド・セオメイル。自分を追いかけてきたと言うのか。しかし、いくら身体を改造していると言っても、胴体部分は生身であり、宇宙空間では生きてはおられないはずだが。よくよく観察してみると、どうやら男の周りには常時薄い大気の膜が断続的に生成されており、そのおかげでゼロGと無酸素状態を克服している事に気づく。

 

 そして男は右手に持った斧を振り上げ、それを思いっきりガラスへと叩きつけてきた。その一撃は強化ガラスを打ち破ることは無かったが、男は諦めることをせず、もう一度斧を振り上げ、冷たい瞳でこちらを見下ろし、また力一杯に斧を叩きつけてきた。斧の刃が欠けると、宇宙空間にそれを投げ捨て、また外套から新たに一本を取り出し――ただ作業をするように刃を何度も何度も何度も、自分を保護するガラスに対して叩きつけてくる。

 

 そう連続的に叩きつけられては、強化ガラスと言えどももたないかもしれない。男の腕は機械の腕であり、生身と比べて膂力は大きい――いや、大丈夫だ、既に斧を二本ダメにしている――いやいや、精霊魔法による強化もあるし、何よりADAMsによる速度の増加が恐ろしい威力を生んでいる――そんな風に思考が回っていると、とうとうガラスに一本の亀裂が入った。

 

『ま、待て! 止めろ、止めるのじゃ!』

 

 亀裂の入ったガラスをスクリーン代わりに、男に対して文字でメッセージを送る。男は一瞬だけ斧を振り下ろす手を止めるが、しかしすぐにガラスを叩くのを再開した。

 

『馬鹿な、妾を殺したところで、貴様はその後にどうするつもりじゃ!?』

 

 今度のメッセージは、男の手を一瞬すら止めてくれなかった。自分を見逃してくれれば、貴様が生きられるように計らってやる――そう交渉をするつもりだったのに、男の手は止まらない。再び振り下ろされた斧の一撃で亀裂が増す。

 

 このままでは危険だ。しかし我が身が可愛くないのか、コイツは――いや、そもそも、自分の命が惜しいような輩であれば、わざわざ宇宙空間などに飛び出してはこないか。そうなれば、もっと別の切り口から交渉しなければ――。

 

『そうじゃ! 妾について来れば、貴様の愛した者を……夢野七瀬を蘇らせてやるぞ! クローンなどという紛いものではない、本物の夢野七瀬じゃ!』

 

 はて、三百年前に殺してやったのは、果たして本物の夢野七瀬といっていいのだろうか? アレも厳密に言えばクローンであり、先ほど対峙していたのはクローンのクローンということになるのだろうが――しかし、コイツが執念を燃やしていたのは、確かに三百年前の夢野七瀬であったに違いない。

 

 ともかく、男の動きは止まった。自分は終ぞ愛という物を実感することが出来なかったが――この男も誰かと長く連れ添えば、そのうち飽きるに違いないのだが――いや、その情のおかげで文字通りに首の皮が繋がったのだから、愛という幻想を侮ってはいけない。

 

 一方で、頭痛の種が増えたとも言える。右京に合わせてコイツまで懐柔しなけばならないとは、全く手間だ。いや、恐らく右京と合流すれば、アルフレッド・セオメイルは右京が仕留めてくれるか。そう考えれば、コイツとのランデブーは右京と合流するまでの辛抱と言える。

 

 男の唇がかすかに動いた。身体に大気を纏っていると言っても、自分との間には真空が隔てているため、その音を聞き取ることは出来ない。しかし、唇の動きで何を言わんとしていたかはわかる――その意味するところに背筋の凍る想いがする。

 

『舐めるな』

 

 長い前髪から覗く瞳には、確かな侮蔑の色が宿っている。それこそ塵《ごみ》でも見るかのような目でこちらを見下し、それと共にもう一度斧を振り下ろしてくる。ガラスの亀裂は更に広がり――もう一度振り下ろされれば、もはや次はないだろう。

 

『待て! 二度とないチャンスなのじゃぞ!? 貴様、愛する者の復活よりも、復讐を優先するというのか!?』

 

 アルフレッド・セオメイルは刃の欠けた斧を投げ捨て、外套からもう一本の斧を取り出した。夢野七瀬の復活では気に食わないというのなら――。

 

『待てと言っておろうに! そうじゃ、夢野七瀬で気に食わんのなら、貴様の望む相手を用意してやってもいい! 貴様の言うことを何でも聞く、従順な、宇宙で最も美しい相手じゃぞ!?』

 

 こちらの言葉を無視し、男はおもむろに斧を振り上げる。

 

『一体だけではなく、何体でも用意してやる! 女がいらんというのなら、なんでもいい! 金でも名声でも! 贅の限り! 貴様の望むがままに! 全てを思い通りにできるのじゃぞ!? それが……!』

 

 自分の思い付く限りの贅沢を提示して、何とか相手の手を止めようとする。しかし男は振り上げた手をそのままにし、先ほどから変わらない冷たい眼差しでこちらを見下ろし、そして静かに唇を動かす。

 

『貴様から与えられるものなど何もない』

『頼む、まっ……』

 

 こちらの制止など聞かず、男はそのまま斧を振り下ろしてきた。その一撃でガラスが完全に砕け散り――肉体を保護するための満たされていた培養液が一気に外へと漏れだし、同時に生命維持装置が停止してしまう。一万年の間、無理やりに生きさらばえていたこの老体は、培養液や生命維持装置が無ければ機能を維持することも出来ない。先ほどまで見えていた視界も一気に闇へと覆われてしまい、もはや何も見えなくなってしまった。

 

 イヤだ、暗い、怖い――脳が極限の状態において、最後のあがきをしようとしているのか、ただひたすらに思考が加速する。しかし既に万策は尽きており、ただ死と消滅への恐怖だけが爆発的に増大していく。

 

 こんな最期を迎えるために、自分は七千年も宇宙を彷徨い、三千年も巨大な月の管理をしてきたのか? こんな惨めな想いをするために、悠久の時を生きて第六世代型どもを管理してきたのか。

 

 そもそも、自分はどうして高次元存在を追い求めていたのか? 始まりはなんだったのか? それが思い出せない。今抱いている理想と、原初では大分違ったように思うのだが――その先を思考することは出来なかった。頭に熱い感覚が一瞬走った瞬間、全ての考えが止まってしまったからだ。

 

 消えゆく意識の中で最後に感じたこと。それは先ほど心の内を大きく占めていた恐怖ではなかった。ただ、これで全てが終わるのだという――。

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