B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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小夜啼鳥の決断

 八つの巨大な陣が飛び出してきてからも、中央の柱からは他の魔術も断続的に撃ちだされ続けていた。縦長の空間を飛翔をしながら相手のけん制を躱しつつこちらも魔術を撃ち込む。しかし、防御機能は十全に残っているようであり、こちらの攻撃は解呪されて無効化されてしまう。

 

 それにしても、やはりこれだけの演算ができるのは、如何にモノリスと直結していても不可能のように思う。一年前にアルジャーノンが第八階層魔術を撃ったのは、後から残っていた極地基地の映像から確認しているのだが――全ての強化魔術弾を使い、かつこの月に設置されているモノリスの助力を持って、更に魔術審アルジャーノンをして単一の魔術に対して数分の演算をこなしてやっとの発動だった。それが今回は第八階層魔術と並行しつつ、防御にけん制に複数の処理を行っている。これに関しては、高次元存在を手中に収めつつある星右京の介入があったせいなのかもしれない。

 

 しかし、先ほどレムが話していた外の状況も気になる。そう思って女神が居る方向に視線をやると、結界を張るクラウの背後でレムがアラン達に向けて状況を説明し始めていた。自分は少し距離があるのだが、収音性能の高いグロリアの耳を通して自分も確認することができる。

 

「ただいま、地上にて大規模な第六世代の意識の消失が発生。それに付随して、地上にある映像が月の付近に突如として発生したワームホールを観測しました……恐らく、右京が次元の穴をこじ開けた結果だと思われます」

「レムリアの民は何人消失したんだ!?」

『今までと傾向が違い、一気に消えているのではなく、断続的に消失していっています……そのペースはことの始まった一分前から十万人ほど……このままのいけば、一時間以内に全てのレムリアの民の意識が消滅してしまいます」

「くそ! それなら、もう一秒でも無駄にできないな!」

 

 アランがベルトのバックルを弾くと、すぐに巨大な破裂音が響き――連絡路に炎が走り、その軌跡の向こう側で虎柄の文様の走る仮面が巨大な柱に向き合っていた。そして男が姿勢を低くした瞬間、肩に乗っている長い黒髪の女神が「待ってくださいアランさん」と声を上げる。

 

「蓄積したエネルギーを放出してしまえば、変身の時間を減らすことになる……確かに先ほど私もそれに同意しましたが、今は一刻を争う事態。こうなっては貴方は今すぐ、右京の領域を目指すべきです」

「とはいえ、どっちが右京の領域かわからないだろう!?」

「確かに百パーセントは確約できませんが、内部の構造的にほぼ確実なルートがあります」

 

 それを聞き、自分はすぐさま魔術杖を振り回し、第七階層の演算を始める。そしてレムが指さす場所へと向けて杖を向けて絶対零度の光線を放ち、次いですぐさま超低温で冷やされた箇所へと向けて炎の刃による斬撃を繰り出す。壁がどれほど強固であろうとも、物質であれば急激な温度の変化による膨張には耐えられないはず――その予想通りに壁に大穴を開けることには成功した。

 

 そして自らが穿った穴の入口へと立ち、反対側の外壁に張り付いているアランに向けて、杖から分離したグロリアが羽根を羽ばたかせながらこじ開けた通路の前の中空で静止した。

 

「アラン! 先に行って!」

「しかし、この場だって放っては置けない! あの魔術を撃たれたら、月が……」

「大丈夫! 私達がダニエル・ゴードンを止めるから……私とソフィアを信じて!」

 

 グロリアの言葉に対し、アランは少し肩を揺らした。先ほど変身をさせてしまったせいで、その表情は読み取れないが――しかしすぐに大きく頷き、外壁を蹴って一気に跳躍し、穴の入り口にいる自分の隣へと立った。

 

『ソフィア、少しだけ身体を借りるわよ』

 

 自分がアランに声を駆けようとする前に、身体の主導権を魂の同居人に盗られてしまう。そして「分かった、君たちを信じる」と言って穴の奥を見据える彼に対し、グロリアは左手を差し出してその外套の端を掴んだ。

 

「……少しだけ待って頂戴」

「……うん?」

 

 グロリアは振り返る彼の首に腕を回し、思いっきり背伸びをして――他の男性陣と比較すれば低いものの、それでもアランの身長は普通に高めだ――顔を引き寄せた。

 

 彼女が何をするつもりなのか、最初は分からなかった。仮面の上といえど、あの人の顔が近くにあることに対して思考が停止してしまったからだ。今、彼女の心を読み取ることは出来ない――しかし状況的に考えればそれ以外あり得ないと気付いた瞬間、グロリアはアランを抱き寄せ、そして唇の位置にこちらの口を合わせた。

 

 一秒だっただろうか、五秒だっただろうか――刹那とも永遠とも思える不思議な時間が流れ、そしてグロリアは彼を開放して、一歩、二歩と後ずさった。

 

「ふふっ……やっぱり固かったわ」

「なっ、君は何を……」

 

 うろたえるアランと同じように、自分も動揺していた。今、そんな事態でないことは重々承知なのだが――仮面の上からと言えども、そして魂の同居人がしたことと言えど、彼の唇に自分の唇が重なったのだから。

 

 確かに以前、自分は眠る彼の額に口づけをした。ただ、それは彼を護るという誓約を自らに課すためであり、彼の唇を奪うことなど考えもしなかった。もちろん、彼のことを敬愛はしていても、本当は自分のことを選んで欲しくても――選んで欲しいからこそ積極的に頑張ってきたけれど――あくまで自分は彼に付き従うべき存在であり、選ばれるまではそういうことをして良いと思っていなかったから。

 

 そして、先ほどまで聞こえなかったグロリアの魂の声が聞こえる――私にはこれが相応しいと。私が好きになったアラン・スミスは、いつだって仮面を被っていたから――その彼女の言葉がなんだか切なく、自分の心すら締め付けてくるような心地がしてくる。

 

「……ごめんなさい。ビックリさせたと思うけれど……ちょっと私が気合を入れなおすために餞別代りにって思って、ね」

 

 そう言いながら、グロリアは身体のコントロールをこちらへ戻し、機械鳥の背をアランへと向けて魔術の飛び交う空間を睨んだ。

 

「さぁ、もう一秒も無駄には出来ないわ! 行ってアラン! 行って、右京の馬鹿を止めるのよ!」

 

 アランはグロリアの背に向けて頷き返したかと思うと、すぐに轟音と共に姿を消した。二人のやり取りにどこか呆気を取られてしまい、何一つ口を挟むことが出来なかったが――すぐに立っている狭い場所にも魔術による攻撃が飛び交いだしたので、その攻撃を避けるために改めて円柱状の空間へと飛び出した。

 

 そしてグロリアは肩といういつものポジションへと陣取り、肥大化していく八つの魔法陣を睨みつけた。

 

『ソフィア、目には目をよ! ダニエル・ゴードンの第八階層魔術に対して、私たちも同じ第八階層で対抗するの!』

『で、でも! それは私たちには出来そうもないって結論が……!』

『いいえ、やれるわ! 確かに人の身では第八階層魔術を演算しきることは本来なら不可能……二人になったところでその結論は揺るがない。でも、クラウディアが言っていたように、既存の第七階層に、最も馴染みのある構成要素を加えるならば……演算処理も抑えられるはずよ!』

『まだ課題があるよ! 仮に第八階層の魔術を編めたとしても、それがダニエル・ゴードンのジェネシス・レインボウを止められるか分からない……最悪の場合、より強大なエネルギーの力場が発生して、月を完全に破壊してしまうかもしれない。

 仮に一方的に止められるような魔術が発動したとしても……第八階層を撃つのに、適切な媒体が無い。アルジャーノンは七十三発の強化弾で無理やり媒体していたけれど……再装填するには時間が掛かりすぎるし、同じようにやったとしても、果たして成功するか……』

『あるわ……この魔術を完成させるのに相応しい触媒は、アナタのすぐ近くにあるの』

 

 先ほどの口づけの時と同様、彼女が何を言いたいのか最初は理解できなかった。しかし、すぐに何を意味するのか理解する――自分のすぐそばにある媒体、それはグロリア・アシモフの魂であると。

 

『……原理的には不可能じゃないはずよ。役目を終えた魂は高次元存在の元へと辿り着く。その瞬間は、高次元存在とのつながりが強くなるということを意味する……私が魂を燃やし尽くす瞬間、アナタはその瞬間を掴んで頂戴』

『そ、そんなのダメだよ!』

『いいえ、アナタは必ず未来を切り拓く道を選択するわ。その証拠が、アナタが以前私に話してくれた白昼夢だったのよ』

 

 そう言われてハッとする。ここ最近、ずっと胸にあった違和感はこれだったのだ。喪失への予兆を感じ取っていたのか、はたまたこの時が来ることをグロリアが予感しており、それを隠していたのか――恐らくは後者であろうと思う。

 

 もちろん、ここで彼女の魂を媒介とすることと、過去の自分が彼女と出会っていたこととの関連性を理論的に説明することは難しい。しかし、直感が告げている――第八階層魔術を放てば、この場に大きな力の奔流が発生する。その衝撃で、燃え尽きる直前の彼女の魂が過去へと飛び、同様に巨大な力場を発生させていたガングヘイムへと現れた。原理的な部分の詳細は分からなくとも、少なくとも――この地点からグロリアが過去に飛んだのだとすれば、白昼夢の中で出会った彼女が自分のことを知っていたことに関しては説明がつく。

 

 自分はこの後に彼女の魂を媒介とし、魔術を編む。それは不可逆的な決定事項である。同時にそれは、グロリア・アシモフとの別れを意味する。ダニエル・ゴードンの第八階層魔術を止められるかも分からないのに、自分は彼女の魂を犠牲に賭けに出るというのか。

 

 いや、そうせざるを得ないことは分かっている。このまま行けばジェネシス・レインボウが月を破壊してしまう。確証のない賭けであっても、それに賭けざるを得ない。

 

 それでも――。

 

『ソフィア……私のために悩んでくれるのは嬉しいけれど、迷っている時間はないわ。幸い、他の防衛機能と並行しながらゆえに、ゴードンはジェネシス・レインボウの演算に手間取っている。でも、タイムリミットは刻一刻と迫っているのだから。

 アナタは、たった一つの犠牲のために、皆が積み上げてきた物を台無しにするほど愚かじゃない……そうでしょう?』

 

 ダニエル・ゴードン、もといこの場で暴れている魔術神アルジャーノンが編み出した思考領域は、第八階層魔術の演算に大部分の処理を回しているのか、飛び交う攻撃魔術の量は大分減っている。それでも、なお攻撃が熾烈なことには変わらず――迫りくる炎の隙間を掻い潜りながら、グロリアはなお優しい声で続ける。

 

『いつかは、こんな日が来るのは感じていたわ。その予感は、確かに最初こそ恐ろしいものだったけれど……ママが子供たちを護った時に、恐怖は確信へ、そして覚悟へと変わったの。

 私は、ファラ・アシモフの娘として、彼女と同じように……この魂を燃やし尽くし、愛する人たちを守る。一万年間彷徨い続けた魂の終着点としては、なかなか上出来じゃないかしら』

 

 彼女の言う通り、全てを無に帰されるくらいなら、苛烈な決断も止む得ないはずだ。ソフィア・オーウェルならそうするはず。魔王と戦うために研鑽を積み、最前線司令官の肩書を持ち、七柱の創造神に復讐を誓った彼女であれば――そうでなくとも論理的に考えれば、たった一つの犠牲で他のすべての可能性が繋がるのならば、本来の自分ならそれに躊躇することはなかったはずなのである。

 

 自分は今までそうやって生きてきたし、苛烈な決断の連続であっても、それでもなお世界はいつだって過酷だった。だから、希望などないと――ただせめて、自分の大切なものを奪った者たちを滅ぼし、創造者たちの一万年にも及ぶ計画を叩き潰してやる。この一年の間は、それしか頭に無かったはずなのに。

 

 それが、いざグロリアを失うとなれば、迷いが生じるとは。それはある意味では自分には覚悟が足らなかったとも言えるのかもしれないし、公平性が足りていない証左とも言えるかもしれない。

 

 ただ、それでも――この一年の間、ずっと側にいてくれたグロリア。自分がどんなに破滅的な道に突き進んでも、いつだって手を差し伸べてくれた彼女。最初は同じ境遇で、同じように世界に対して復讐を誓った輩《ともがら》であったはずなのに、気が付けば彼女にいつも支えられていた。そんな彼女のことを大切な半身として、分かちがたい大切な人と考えてしまうのは、果たして罪なことなのだろうか?

 

 そんな自分の迷いを察してか――いいや、彼女はこちらの心などお見通しなのだ――グロリアは小さくため息を吐き、また聞き分けのない子供を諭すように続ける。

 

『それじゃあソフィア、こういうのはどうかしら? きっと私たちは、もう一度巡り会う……アランが右京を止めてこの世界を守ってくれれば、人の魂は再び巡りだす。そうすれば、私たちが再会できる可能性だって、ゼロじゃないでしょう?』

『……そんなの、非現実的だよ。同じ時代に生まれるだけでも天文学的な確率を引き当てないといけないし……その上に、同じ星に、近い地域に生まれる必要があるんだよ?』

『何を言ってるの。それを言い出したら、私たちは千光年の距離をものともせず、一万年の時を超えて出会った……既に一度は天文学的数値を超えてるんだから、それがもう一度起こるってだけの話でしょう?

 それにもっと未来には、惑星間の距離なんか関係なくなっているかもしれないじゃない。もちろん、仮にそれが実現したとしても、なお出会える確率は極小の単位でしょうけれど……私たちは今までだってどんな細い可能性の隙間だって飛び続けてきたんだから』

 

 機械鳥はそこで一度言葉を切り、肩の上からこちらを見つめて頷いた。

 

『だから大丈夫、希望はあるわ。アナタが望むなら、私は必ずアナタに会いに行く。ただ、それはきっと遠い未来の話。ここではないどこかの場所、いつかの時……それでもきっと、アナタとはもう一度巡りあうから』

 

 希望はある――その言葉が自分の心の奥にすとんと落ちてきて、先ほどまでの悲しい気持ちを落ち着かせてくれた。確かに、彼女の言う通りだ。極地基地で重傷を負い、アランを失い、もう世界には絶望しかないと思っていた。同じように母に道具として扱われ、ただ戦い続けることでしか自分の存在を証明できなかった自分と彼女。一万年の時を超えて出会った合わせ鏡のような存在であった自分達。

 

 それでも、戦い続けた先には、抗い続けた先には、多くの光があった。互いに母と分かり合うこともできたし、もう一度愛おしい人と出会うこともできた。それなら――此度は彼女と別れることになったとしても、もう一度奇跡は起こるのではないか?

 

 それはあまりに楽観的すぎる公算かもしれない。ただ、それでも信じたいと思う。自分達は出会い、同じ景色を見て、同じ絶望を――そしてそれを覆すだけの希望を見てきた。もちろん、右京がその願望を叶えれば、宇宙がどうなるかなども分からないが――そこは絶対に大丈夫と確信して言える。最後の七柱の創造神の元へは、あの日、レヴァルで燻っていた自分の元に現れた、私の、私たちの勇者様が向かっているのだから。

 

「……グロリア、私、怒ってるんだよ」

「勝手に話を進めたことに対して?」

「うぅん。急にキスなんかするから、一人で行くアランさんに対して何も言えなかったことに対してだよ!」

 

 そう言いながら、自分はわざとらしく頬を膨らませながら魔術杖を構えてみせる。もちろん、彼をきちんと送ることが出来なかったことに対しては恨み言の一つでも言いたい気分であるのは間違いないのだが。

 

 アランを送ってからここまで、ほとんどを思考内でやり取りしていたため、かかった時間は十秒程に過ぎない。その時間内で悲喜こもごもの様々な感情が渦巻いたので、まだどこか落ち着きはしないのだが、覚悟を決めたからには、後は目の前の事に集中するのみだ。

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