B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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花に込めたる願い

「エルさん! クラウさん! 私が魔術を編んでいる間、時間を稼いで!」

 

 そう叫ぶと、無重力の向こうから――片や重力を上手く操り、片や結界を足場として蹴って――仲間の二人が自分の前へと跳んできてくれた。

 

「了解よ!」

「覚悟を決めたんですね……それがアナタ達が出した答えなら、ナイチンゲイルのお二人が全力を出せるよう、私もサポートします!」

 

 エルは力強く頷き、こちらに向かってきていた氷の刃を切り落とした。クラウは自分達の行く道を予感していたのであろう、こちらを心配するように見つめてから、やはり頷いてから自分を護るように結界を張り巡らせてくれる。

 

 二人が自分を守ってくれるのなら、演算に専念することができる――初めて使う魔術、それもぶっつけ本番で扱う故に集中が必要になるし、何よりいつも空中での難しい制御をしてくれているグロリア本人も、飛翔に専念という訳にはいかない。ともなれば、エルとクラウの二人が自分を守ってくれてこそ、第八階層魔術の詠唱という大仕事が初めて可能になる。

 

 魔術杖の先端を操作し、外套から取り出した一発の実包を弾倉に込めてレバーを引く。肩に乗っていた機械鳥が杖の先端に融合し――杖を一度高く掲げて――。

 

「第七魔術強化弾装填……そして……」

『こっちは準備万端よ、ソフィア!』

「うん……いくよ、グロリアスケイン!」

 

 大切な半身の名を冠する杖の名を叫ぶと同時に、杖を正面へと力強く振り下ろす。弾倉に込めた魔術弾に、いつも以上の力が宿るのを感じる。それに合わせて、杖を持つ左腕が熱くなってくる。あたかも、燃え上がってしまうかのように――同時にその炎は、徐々に腕から杖へと伝わっていく。

 

「構成要素、冷気、凍結、電気、光、強化、魔術、分解……そして……」

 

 そして――最後の一つは? 以前クラウは、自分にとって馴染みのある要素ならば比較的簡単に上乗せできるのではと言っていた。直感にはなるが、クラウディア・アリギエーリが第八階層魔術を編むために付け足した最後の構成要素は――彼女自身も認識していないのであろうが――それは「奇跡」であるように思う。

 

 それなら、自分に、自分達に相応しい要素はきっと――ただ、そんな抽象的な構成要素が魔術の要素足りえるのか?

 

『大丈夫、アナタは私と、ここまで頑張ってきた自分自身を信じれば良い……アナタは心に浮かんでくる言葉を、そのまま言霊にすれば良いの』

 

 自分の迷いを察してか、グロリアはこちらを安心させるように優しく、しかし同時に力強く声を掛けてきてくれる。そうだ、自分は信じると決めたのだ――まだ熱く燃え滾るような左腕に力を込めると、確かに心の内から自然と吟ずるべき詠唱が浮かび上がってくる。

 

「我開く、七つの門、七つの力……そして、我が魔術に一片《ひとひら》の願いを載せて……玉塵《ぎょくじん》の下に眠れる滴、大いなる可能性の萌芽達よ……我が呼びかけに応え、静かに芽吹き……力強く咲き誇れ!」

 

 詠唱を完成させると、六つの魔法陣が辺りに飛び交い、中央の柱とジェネシス・レインボウの巨大な陣ごと取り囲むように展開される。あの柱は全てを識る者であり、既存の第七階層の魔術ならディスペルされてしまうはずだ。しかし、グロリアスケインより飛び出した陣はいつもと違った黄金色の光を放ち、魔術神の解呪をものともせずに、強くその場に滞空し続けている。

 

『ソフィア、見せて頂戴。アナタの想いを……その心の奥底でずっと育んできた、強く気高い魂を!』

『違うよグロリア。私だけじゃない……これは私とアナタで紡ぎ出す、最高の魔術なんだから!』

 

 演算が完了するのと同時に、目の前に巨大な銀色の魔法陣が現れる。直後、機械鳥が黄金色の粒子を纏い――そして、杖の先端に小さく、しかし力強く輝く金色の魔法陣が浮かび上がった。

 

 刹那、瞼を閉じてこれまで歩んできた道を想う。私達は共に暗い時代に生まれ、籠の中で育った。権力者の元に生まれたといっても自由はなく、時世という大きな奔流の中で翻弄されてきた。

 

 そんな闇の中で、私たちは同じ光に出会った。どんな困難にも立ち向かう、力強い炎。以前はその強さに守られるだけだったけれど――私たちは決して、その背中を見送るだけの存在になりたくはない。その背中を守って、その信念に寄り添って――それでも先に駆けていってしまうアナタの後顧の憂いを断ち切って、誰よりも早く、約束の言葉を言うために――!

 

「……これが、私たちが絶望の底で掴んだ光! 花に込めたる願いは希望【スノードロップ】!」

 

 願いを胸に瞼を開き、正面にある巨大な魔法陣を叩くと、そこから黄金色の粒子を纏った白銀の光が展開された。光線は辺りを舞っていた六つの魔法陣へと走り、それぞれ乱反射して、中央の柱へと降り注いだ。それらの光線は柱を下部から徐々に凍らせていく。

 

 一見すれば、それはいつもと同じ第七階層魔術のように見えるが、根本的に違うのはそれが物理的な現象としてだけでなく、本当に全てを凍らせ、停止させている点だ。放たれた銀と金の閃光により、空気や音すらも凍てついていき、風花の中に閉じ込められていく。

 

 自分とグロリアが紡いだ魔術は、ダニエル・ゴードンが編んでいた第八階層魔術の魔法陣すらも凍らせ、完全にその動きを止めてみせた。それだけでなく、自分達の魔術は完全な指向性を持っている。全てを無差別に凍らせるわけではなく、こちらに向かって害を成すもののみを完全に停止させ――そして辺りを飛び交っていた全ての攻撃は、魔術神が編み出した最大の魔術を含めて完全に凍ってしまった直後、それらは淡い粒子となって霧散していった。

 

 そして――。

 

『……遺せるものは、全部アナタに託していくわ。腕も、思い出も、彼への想いも……アナタはこの世界で幸せになるのよ、ソフィア。そして、またいつの日か……』

 

 その声が聞こえた瞬間、自分の中で決定的な何かが切れる感じがした。心の中で彼女の名前を呼んでも、いつも返ってきていた皮肉交じりの優しい声は、もうどこからも聞こえない。

 

「……グロリア?」

 

 こうなることはわかってたし、覚悟もしていたのに――それでも、まだその事実を受け止めきれなくて、もしかしたら音にすれば返ってくるのではと思って、自然と彼女の名前を口にしていた。

 

 しかし後に残るのは、ただ沈黙のみ。魔術神が操っていたエネルギーは全て塵となって去り、中央に残る柱が徐々に徐々に凍っていくだけ。機械を覆うのはただの氷ではなく――死者を弔うための氷の花となって、一万年の時を生きた男の棺を一杯に包み込んでいった。

 

「あぁ……ぼくが、きえていく……でも……なんだか……あたたかい……」

 

 氷の花が柱の中心部分、「愚鈍な」と記載されていたプレートを覆うあたりで、どこか安らかな調子で男の声が聞こえだした。そして完全にこの場の支配者が力を失ったのだろう、月本来の持つ重力が一気に空間に戻って来て、自分達は近くに僅かの残った足場へと着地した。

 

「……第六世代型が、第八階層魔術を扱うか。やはり、君の才覚を見抜いた僕の目に、狂いはなかったってことだ」

 

 着地するのに合わせて、聞き馴染みのある言葉遣いが空間に小さく、しかししっかりと響き渡った。声こそ先ほど同様の機械音声であるものの、今わの際にて魔術神の人格が復活した、ということだろうか。

 

「ダニエル・ゴードン……いいえ、魔術神アルジャーノン。私は決して、アナタのしてきたことを許すことはできません。ですが……同時に、アナタがしてきたことの全てを否定する気はありません。

 その目的が歪んだものであったとしても、アナタが第六世代型に与えたもの……この管理社会において、私たちが学問し、思考する自由を持てたのは、アナタが学園を設立したおかげですから」

 

 聞こえてきた男の声に対し、自分は自然と返事を返していた。彼こそが七柱の創造神にて最強、自分達を苦しめた諸悪の根源とも言えるのだが――ただ、彼の生きざまに関して、そのすべてが邪悪であった訳でもないのも、また事実である。

 

 だからだろうか。大切な半身の魂を賭してまで戦い抜いたというのに、最後にこの人と話をしようと思ったのは。確かにこの人のせいで何度も絶望の淵に落とされたが、同時にこの人が惑星レムに残した功績も大きいから。

 

 たとえば、我が師であるアレイスター・ディックがこの社会の在り方に疑問を持ったのは、学院で社会科学を学べたという点がある。そして、当のアルジャーノンは、アレイスターの思想にも気付いていたのだろうし、それを諫めることもしなかった。魔術神からしてみれば取るに足らない事だったと言えばそれまでかもしれないが、学院内における精神の自由を彼が一定担保してくれていたからこそ、自分もある程度精神の自由を許されていた部分もある。

 

 また、自分が最終的にアルジャーノンを超える魔術を放てたのは、そもそもの基盤としてアルジャーノンがシルヴァリオン・ゼロの作成に協力してくれたからでもある。彼自身が限界を認め、第六世代型に可能性を見出そうとしていたからこそ、自分達はここまでこれたという事実は間違いなくあるのだ。

 

 自身が認めた魔術に破れるというのは、皮肉な話のようにも思うが――アルジャーノンはこちらの言葉に対し、負け惜しみを言うこともなく、ただ無言で話の続きを待っているようだ。

 

「……また、アナタの動機そのものを否定する気もありません。仮に私がアナタの立場なら、次の輪廻への絶望から、同じような選択肢を取らなかったとも限りませんから。

 そして、今から次の輪廻に向かうアナタに対して、こんなことを言って慰めになるかも分りませんが……どうか、人の持つ可能性に、希望を持ってほしいんです。

 確かに私たちは、個体の差からくる不平等を克服できてません。それは、この先の未来にも難しいことでしょう。アナタが次に現世に巡り合うとき、また望まぬ生を受けないとも断言できません。

 それでも……私たちは進化を続けていくはずです。それは、科学的な領域においても、精神的な領域においても……超次元の力を借りなくたって、いつの日か社会にある不幸を克服していくこともできると思うんです」

「そんなのは詭弁さ……仮に今ある不幸を根絶できたとしてもだ、三次元の檻にいる限り、社会には新たな不公平が出てくるはずだ」

「えぇ、アナタの言う通りだと思います。それでも、課題にぶつかるたびに、何度だって立ち向かえばいい。正解が出るまで考え続け、時には誰かの力を借りて、前へと進んでいけばいい。人には、それだけの力がある……アナタが認めてくれた私の魔術は、私とグロリアが紡ぎ出した奇跡は、その可能性を信じるのには足らないものだったでしょうか?」

 

 アルジャーノンが切望したのは、二度と輪廻の輪に戻ることなく、今の彼のままで究極の進化を遂げることだった。そしてその動機は、次に生まれてくる生が今より良いと期待できないから。

 

 もちろん、彼の思想を完全に否定することはできない。次に巡る運命が、ダニエル・ゴードンにとって更に過酷なものとなるかもしれないし――彼からして見たら今回と同等ですらも認められないことだろう――人というのは肉の器にある限り、永久不変の本能を携えており、その根本は何も変わらないかもしれない。

 

 それでも、先のことなど分からない。彼の予測を否定しえないのと同じように、彼もまたこちらの展望を完全に否定はしえないはずだ。何よりも、自分は未来の可能性を信じると決めた。もう一度、彼女と出会う、そんな可能性を――そしてきっと、魔術神アルジャーノンも、他者の可能性を心の底で信じていたからこそ、管理社会の中に学院を設立し、人々の成長を見守って来たのではないか?

 

 しばしの沈黙の後、自分の予測を肯定するかのように、男は小さく「そうだね」と返してきた。

 

「……確かに君の見せてくれた可能性は素晴らしいものだ……でも、そうか……それなら、僕がやってきたことは……無駄じゃあ、なかったんだな……」

 

 その様子は、どこか安らかな様子であり――アルジャーノンの言葉が途切れると同時に、中央の柱は根元から天井まで完全に氷の花で覆われた。これで、終わったのだ――雪の花を見つめていたエルは二対の神剣を鞘へと納めてこちらへと振り返る。

 

「ソフィア、お疲れ様」

「うん、エルさんも……」

 

 次いで、クラウも額の汗を拭いながら――彼女は回復に補助に防御にと三面六臂の活躍をしていたので、かなり神経をすり減らしたはずだ――こちらへ振り返った。

 

「ソフィアちゃん、大丈夫ですか?」

「うん、二人が守ってくれたから、私は……」

 

 大丈夫、そう言いかけて、いつもと違う様々な違和感に気付く。廃莢のために掲げた魔術杖の先端で、動かなくなっている機械の鳥。いつも自分の肩に止まっていた鳥が、今はうんともすんとも言わずに固まってしまっており――そして、そのままゆっくりと機械の体は杖の先端から滑り落ちてしまう。

 

 そして、左腕に僅かなむず痒さが走る。その場所は、この一年の間、ずっと包帯を巻いていた箇所であり――左手で杖を握ったまま包帯を取ってみると、チェンからは「そのうち消える」と言われていた縫合の痕跡が消え去っていた。

 

「あっ……」

 

 あの傷跡は、彼女との繋がりの象徴だった。それが跡形もなく消え去っているというのは、彼女との別れをまざまざと見せつけられているようであり、気が付けば視界が滲んでしまっていた。こうなることは覚悟していたはずなのに、いざこうやって別離が現実のものとして突きつけられると、とめどなく溢れる涙を抑えることができなくなっていた。

 

 涙と共に溢れてくるのは、彼女と過ごした思い出の日々と――そして彼女が残していくといった旧世界での記憶、それに仲間への想いと愛情だった。チェンやホークウィンド、エディ・べスター、それに許せないと言っていた星右京のことすら、心の底では心配していたことに気付かされる。

 

 そして、母と彼女が育んだ全ての子供たち、それに彼と――何より自分を大切に思ってくれていたこと。全てを包み込むグロリアの優しさが溢れてきて、気が付けば膝から崩れ落ち、左腕を右手で抱きかかえながら、ただ泣きじゃくることしかできなかった。

 

「……辛いときは、泣いても良いんですよ」

「何て言えばいいか分からないけれど……アナタ達のおかげで、間違いなく私は救われた……だからありがとう、ソフィア、グロリア……」

 

 頭の上から優しい声が聞こえてきても、ただしばらく泣き続け――左の肩にそっと手が置かれ、次いですぐに右の肩にも手が置かれた。

 

「……やっぱり、グロリアには敵わないなぁ……」

「……どうしてですか?」

「私は、グロリアほど、優しくないから……」

 

 いつかの日に、自分はグロリアに敵わないと思ったことがある。その時は単純に、アランへの想いの強さという点でのことであったのだが――改めて彼女の度量の大きさを目の当たりにすると、その背には絶対に追いつくことが出来ないと思わされる。

 

 自分が呟いて少しして、左の肩を少し強く握られる。

 

「勝手に人のことを語るのは趣味は良くないのでしょうけれど……きっとこの場にグロリアが居たら、そんなことは無いって言うでしょうね」

「そうですね。だってソフィアちゃんは、敵であるアルジャーノンを救ってみせたじゃないですか」

「でも、それは……」

「アルジャーノンにも良い所があったとか、色々な要因はあるのでしょうけれど……単純に敵だと思えば、変に情けを掛けることだってなかったわけでしょう?」

「それに、ソフィアちゃんが咲かせた花は、アナタ自身の魂の現れなんです。アナタの紡いだ魔術は、アルジャーノンの怒りと絶望を安らかに包み込んで、静かに止めてみせた……それはソフィアちゃんの根っこの部分に、確かな優しさがあるという証拠です」

「それは……私だけの力じゃないよ。グロリアが、力を貸してくれたから……」

「ならばこそ、グロリア・アシモフの優しさは、アナタの中に継がれているのよ」

「えぇ。私もそう思います。ソフィアちゃんとグロリアさんは、そっくりですから。もし今のアナタが彼女に適わないのだとしても、絶対に同じだけの愛情の深さは、アナタの素養の中にあるんです」

 

 代わる代わる聞こえてくる激励の声に対し、自分はあまり納得できなかった。客観的に自分とグロリアを比べた時に、自分はやはり彼女に敵わないと思う。しかしそれでも前を向かなければ。そう思った理由は二つ。もしグロリア・アシモフに憧れるのであればこそ、その背に追いつこうと努力すべきだと思ったということ。そしてもう一つは、自分にはこうやって優しく声を掛けてくれる仲間が居るということ。

 

 ならば、ここでいつまでも泣きじゃくっているわけにはいかない。現在も、そしてこれから続いていく未来も――いつかこの身が朽ちたとしても、その更にさらに先まで命は繋がっていく。そしてその先で、いつかきっと――。

 

(……もう一度会うって、約束したんだから……いつまでも泣いていたらダメだよね)

 

 彼女が遺してくれた左腕で目元を拭って立ち上がる。まだ、全てが終わった訳ではない。アランを信じてこそいるものの、この目で戦いの決着を見届けるまでは、この戦いに幕が降ろされたとは言えないから。それに、もし彼が苦戦を強いられているのなら、彼を支えなければ。それがあの日、自分だけの勇者の支えになるとした、遠い日の自分との約束であるし――彼と共に生還する事こそが、自分の幸せを祈ってくれた彼女に報いることになるのだから。

 

「……行こう、エルさん、クラウさん」

 

 そう言いながら振り返ると、二人は強く頷き返してくれる。そして動かなくなった機械の鳥を抱え、先ほど穿った穴の元へと――飛翔の能力は変わらず残っており、今は氷の両翼を羽ばたかせ――飛び、アランの後を追って走り始めたのだった。

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