B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
魂を燃やし、還るべき場所への道を無理やりに切り拓くと同時に、自分は色彩鮮やかな光の渦の中へと引き込まれていった。原理的に考えれば、このまま自分はあの世へと送り届けられるということになるはずだが――自分の予想ではその前に一つ立ち寄る所があるはずだった。
しかし、ソフィア達は大丈夫だろうか? 一瞬だけそんな疑問が思い浮かぶが、何も疑うことなどないと思い直す。光の渦に引き込まれる直前、確かにソフィアは詠唱を終え、第八階層魔術が発動する瞬間を見た。それがどんな魔術であったのか、自分には知る術《すべ》はないし、それを見られなかったことだけは少々無念にも思うのだが――少なくともその勝利を疑うべくもない。あの子の魂の輝きは本物だったのだから。
そんな風に思っていると、激しい光の明滅の渦を抜け、次第に辺りが暗くなっていき――そして再び遥か先に光が見え、自分はその灯りに吸い寄せられていく。あたかもそこに強大な引力が発生しており、自分を誘っているかのようだった。
視界が明瞭になり始めたかと思うと、今度は激しい光の明滅で視界が一杯になる。その中で意識を力の出どころへとむけると、片や上空から銀髪の少女が――ナナコのようだが、初めて見るゴシック調の衣服に身をまとっている――剣を振り下ろし、そこから発生する強大なエネルギーを下に叩きつけている。
それに対し、今度は下を見ると――やはり、居た。自分と同じ様に母に扱われ、同じ人を愛し、それ故に同じ絶望を味わい、同じ希望を見た、大切な大切な半身が。金髪の少女は上から叩きつけられているエネルギーに対し、歯を食いしばりながら己の魔術で対抗しているようだった。
強化弾で威力を増大させたとて、シルヴァリオン・ゼロは魔剣レヴァンテインのゴッドイーターと対抗できるほどの威力は無いはず。それが、今目の前で起こっているように互角の勝負にまで繋がっているのは――ただ魔術を編むのではなく、そこに彼女の魂が籠っているから。すなわち、この時から第八階層を生み出せる奇跡の兆候はあったということなのだろう。
「成程……極大なエネルギーのせめぎ合いが、時空を歪めてアナタの魂の場所へと私を導いたのね」
そう呟きながら二つの力の奔流を眺めていると、一瞬視界が真っ白になり、そして再び辺りの様子が一変した。どこまでも真っ白で、無重力の空間。恐らくは自分という本来はここに無いはずの魂が時空の歪みを通じ、結びつきの強い彼女の前に現れたことで、自分と少女だけの魂の領域が展開されたのだろう。
その静謐な空間において、在りし日の幼さを残す少女を懐かしい想いで見つめていると、彼女の方は呆然とした様子で――それもそうだ、彼女は自分のことをまだ知らないのだから――こちらを見ている。
「アナタは……?」
その質問に対しては、何と返すべきか一瞬だけ躊躇する。素直に言ってもいいのだが、これから消え去る者が何某ですとわざわざ自己紹介するのも違うように思う。それならと、自然と思いついた表現で自己紹介することにする。
「私は、もう一人のアナタよ」
「何を言っているのか分かりません……私は私、ソフィア・オーウェルです。後にも先にも私はただ一人、もう一人の自分なんていません」
こちらの抽象的な物言いに対し、ソフィアは怪訝そうに――同時に激戦の途中のため、どこか疲弊した様子でこちらを見上げた。それにしても、このどこか突き放した様子は出会った頃のソフィアそのもので、ついおかしくなって笑ってしまいそうになる。同時に、この後にその精神を融合させようとまで自分を信頼してくれたことに対して、愛おしさを覚えた。
しかし、幼い日の彼女を前に、ただ一生懸命で可愛いなどと感想を抱いて終わりにすることもない。彼女がこの先に待ち受ける絶望に対して心を折らぬように――これが本当に自分が彼女にできる最後のことだと思い、在りし日の少女に向けて助言を遺していくこととしよう。
「今のアナタにはまだ分からないと思うけれど……いずれ時が来れば分かるわ。それで私は、アナタに予言を与えに来たの。アナタはこの先、大切なものを全て失って……アナタは孤独に戦い続けることになる」
「えっ……?」
「深い絶望の淵で、私とアナタは出会い、そして一つになり……失ったものを互いに埋め合って、そして全てを破壊しつくす破壊の翼になるの。
アナタがどんなに賢く、運命に抗って見せたところで、結果は変わらないわ。複雑に重なり合う運命の糸は、私たちの魂を絡めとって、深い奈落の底へ突き落としていく……」
「そんな……そんなことにはなりません。私がアランさんの助けになって……この世界の歪みを正して見せます。だから……」
少女はそこで一度言葉を切り、毅然とした表情で、私の名を冠する杖を強く握って見せる。
「だから……私は強くならなきゃ。アランさんを支えるために、アランさんを一人にしないために……アランさんの正義を、誰にも否定させないために……!」
その決意に比例して、彼女の魂はより輝きを増していく。愛する人の役に立ちたいという強い覚悟。どんな強大な力を前にしても怯むことなく、諦めずに戦い続ける強い意志が、彼女の編み出した魔術に乗り、より強固な力となって、モノリスがもたらす超大なエネルギーをも凌駕する力を編み出していくのを感じる。
「……そうよ。私の故郷の古い逸話にあるように、絶望の底には希望が眠っている……長く続く闘争の果て、私たちは最後に希望を見るわ。だから、諦めないでソフィア。アナタの行く道は、決断は、絶対に間違えていない……私が保証する。アナタの祈りは、きっと最後には届くから。
だから、今も……手を伸ばして。過去の私と巡り会って、共にアランのために戦場を駆け抜け……そして、またきっといつかで会いましょう? 誰よりも大切な、私の可愛い妹」
恐らく最後の方は、彼女には聞こえていなかっただろう。もう一度激しい閃光が辺りを照らしたかと思うと、辺りは靄《もや》のかかった薄暗く何もない空間へと変貌しており、ソフィアの姿はすっかりと消えてしまっていたのだから。
言葉を続けたのは、自分の側が彼女との別れを認めるためだ。彼女がもう一度会いたいと思ってくれた、その約束に応えるため――そして再び一人になったことを確認し、自分はどこまでも続く虚無の空間を、ただ魂がもつ自然な本能に身を任せて歩き始める。
もしもう一度彼女と出会ったら、また同じような関係性を築けるだろうか? 最初の頃はあの子は結構こちらへ反発していたし、もしかしたら上手くいかないかもしれない。ただ、その一番の要因は、やはりアランとの関係性のせいになるだろう。
大切な半身たるソフィア・オーウェルは独占欲が強い。そして、その魂に同調した自分も、それに負けず劣らずである。実の所、先ほど彼に口づけをしたのは、それと無関係でなく、二つの意味があった。
一つはこの世界における彼と別離を覚悟するため。リーズに言われた通り、最後くらい我儘を出したっていいだろうと思い切ってみたというのがある。もう一つは、大切な半身たる彼女に負けて欲しくないため。少なくとも口づけした肉体は彼女のものであり、恋のライバルたちに先立って彼の唇を奪えたという事実が残る。
そういう意味では、あの口づけは――愛する彼を、愛する彼女に譲るための自分なりの儀式であったのだ。譲ると言っても、それはこの世界においては、の話だが。
旧世界において、自分にとっては彼が全てだった。しかし、この世界において、自分は彼と同じくらいに大切な存在に出会った。それは自分にとっての合わせ鏡のような存在。もう一人の自分。でも、確かに別人として存在する、可愛らしくも愛おしい存在。彼女が自分の想いを継いでくれるからこそ、自分は後悔なく旅立つことができたのであり、同時に彼と彼女が幸せになってくれるのなら、それでひとまず自分も満足することができると想ったのだ。
(でも、次に会ったときは、絶対に譲らないわ……仮にアナタが相手でも、ね)
もしもう一度あの子と出会うことになったとして、今度は互いに別々の人間として出会うことになる。そして、きっとその時には、もう一度彼とも巡り合う――その時こそは正々堂々と、そして今度こそは自分が彼の隣に立ってみせる。
(だって、私が一番最初に彼のことを好きになったんだもの……来世でくらい報われたって、罰は当たらないでしょう?)
そう決意を新たにしていると、霞みがかった視野の向こう側に、一つの人影があることに気づく。徐々にそのシルエットが鮮明になってくると、そこには在りし日の――レムリアの民たちの母としての姿ではなく、旧世界に居た時の姿のファラ・アシモフの姿があった。
その側まで歩くと、彼女は優しい微笑みを浮かべながらこちらへ向けて手を伸ばした。次の輪廻へと向かわずに、自分のことを見守ってくれていたのだろう。その差し出された手を強く握り返し、今度は二人で遠くに見える光を目指しながら歩き続ける。
きっと次に生を受ける時も、私はこの人の娘として生まれるに違いない。そして今度こそ後悔のないように――今度こそたくさん話し合って、たくさん喧嘩をして――たくさんの思い出をこの人と作っていく。
しかし、此度の旅路の終着点はまだ遠そうだ。それならば――。
「ねぇ、ママ。聞かせてあげるわ。私が鳥かごの外で経験したたくさんのことを……私の大好きな人たちの物語を」