B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ダニエル・ゴードンの相手を少女たちに任せ、自分は右京の領域を突き進んでいた。内部の構造に関しては地図もないため、虱潰《しらみつぶ》しにアイツのいる場所を探し当てるしかないのだが、レムによる内部構造からの予測が示す方向と、自分の勘が指し示す方向とが概ね一致しているため、その方向へと向けてひたすらに突き進んでいく。
ADAMsを利用すれば直線距離はすぐに抜けられるはずなのだが、流石に右京側も最後の抵抗といわんばかりに各所に隔壁を下ろしている。簡単な壁は自分が超音速とパイルバンカーとで打ち破り、厚みの大きい箇所に関してはレムがプロテクトを――時間もかかるが致し方ない――解除していくため、所々で足止めされているのがもどかしくもある。
変身という手札は切ってしまっているので、一刻も早くアイツの元に辿り着かなければならない。海と月の塔で対峙した感じであればレッドタイガーなしでも対応できるが、先ほどのゴードンの様子や、月全体を揺るがすほどの衝撃を――恐らくローザ・オールディスだろう、凄まじい悪意が月を覆いつくしているのを感じる――鑑みれば、右京も何かしらの力を得ていないとも限らない。少女たちの奮闘のおかげで、幸いにもエネルギーの温存は出来ている。そうなれば、右京を見つけ次第、切り札をぶつけることは可能だが、果たしてそれが通用するかどうか――。
はやる気持ちを抑え、レムが厚い隔壁を開けるのを待っていると、ちょうど同時に二つのことが起きた。一つは月を覆っていた猛烈な悪意が一気に止んだこと。そしてもう一つは――。
「……グロリア!?」
ほとんど無意識にその名を呼び、思わず天井を見る。そこには変わらぬ無機質な白い天井があり――丁度レムがプロテクトを解除したため、分厚い隔壁がそこに向かって上がっていくのだが、一瞬強く感じ、そして消えてしまったグロリアの気配を手繰るために足を止める。
しかし、もはやグロリアの気配をどこにも感じることが出来なくなっていた。ダニエル・ゴードンの第八階層魔術が発動していないことから考えれば、約束通りに彼女はジェネシス・レインボウの発動を止めてくれたということになるのだろうが――そのために、彼女はその魂を捧げたというのか。
グロリアはこうなることが分かっていたのかもしれない。思い返せば、兆候はあったように思う。頑なに未来の話をすることを避けていたのは、ここで魂を燃やすことを予感していたということなのではないか。
自分は結局、旧世界で交わした約束を果たせずじまいになってしまった。もちろん、それを最初に反故にしたのは自分であったのだし、グロリア自身が言っていたように状況も随分と変わってしまっていたのは事実なのだが――。
『……こんなことを私から言っても、何の慰めにもならないかもしれませんが……グロリアは不幸であった訳ではないと思います。彼女は最後まで自分の生き方を自分で決めたのですから』
呆然と佇む自分の方へ、作業を負えたレムのホログラムが浮遊してきて、こちらの肩の上へと乗った。
『それに、彼女に空を、友を、大切な妹を与えたのは、他でもなくアナタが鳥かごを破ったからに他なりません。それなのに何も与えられなかったなどと思うのは、グロリアに対して失礼ですよ?
もし、彼女の覚悟に報いるのなら……』
『……そうだな。右京の馬鹿を止めにいかないとな」
それはグロリアとの最後の約束であり、同時にべスターとの約束でもある。二課のメンバーの想いは自分に託され、そして二課のメンバーが起こした身内の不祥事を止めなくてはならない。
決意をより強固にし、奥歯のスイッチを入れて前へと走り出す。そして視界に現れた機械仕掛けの扉を――あそこに右京がいるはずだ――無理やり蹴破り、そのままの勢いで中へと侵入する。
加速した世界で、へしゃげて吹き飛んだ扉がゆっくりと吹き飛んでいき、壁へとぶち当たる。何某かの迎撃が準備されているとも思ったが、こちらへ向けた攻撃が行われる気配は感じない。それどころか、生きている者の気配すら感じなかった。
確かにここに右京が居るという核心はあったのだが。ひとまず加速を切り、室内の様子を様子を確認することにする。中は右京らしい空間と言うべきか、多くのモニターや機械端末が壁いっぱいに――先ほど吹き飛ばされた扉が当たった場所は滅茶苦茶になってしまっているが――敷き詰められている。
そこそこ生活感のある彼は掃除も豆にするタイプであったが、没頭するとその限りではない。それを証明するかのように、一部の機材の周りにはゼリー飲料の容器が散乱しており、そこにアイツがしばらく張り付いていたであろうことが読み取れた。
そこの反対側には、一つのガラスシリンダーが鎮座しているが、その中身は空だった。本来ならばあの中に星右京の脳神経が保存されていたのだろうが、JaUNTを使えるようにするために息子のクローン体へと脳を持ち出していたため、シリンダーの中身が無いということになるだろう。
しかし、自分がここに来ることを見越して、右京は既にJaUNTで逃げおおせてしまったのか? 直感的に言えばそういう感じでもない。ひとまず右京が居ないのなら、ここの機材を使って量子ウイルスとやらを止められるかもしれない。自分では対処できなくても、レムならまだ何かできるだろう――そう思いながら、あからさまに作業をしていたであろう端末の方へと歩いていき、背もたれの大きな椅子に手を掛けてその下を覗き見る。
そこに、彼は居た。居たのにどうして気配を感じなかったのか、その理由もすぐにわかった。シンイチの身体はもぬけの殻と化しており、その活動を完全に停止していたからだ。彼の亡骸はただ端末へと突っ伏しており――その身を起こして生命活動の確認をしてみるが既に脈もなく、その瞳は虚空を見つめて微動だにしなかった。
遺体を見ても自分は意外なほど冷静だった。しかし、レムにはあまり見せない方が良かったかもしれない――事切れている少年の身体は彼女の息子のものであり、動揺を与えてしまうかもしれないからだ。
しかし、そんな心配は杞憂だった。確かにレムは少年の遺体を見て少しの間いたましい表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、端末の一部分を指さした。
「アランさん。そこの機材にアンクを取り付けてください」
言われた通りにアンクを指定された場所に設置すると、すぐに辺りのモニターが一気に動き出す。自分の目で追いきれないほどの速さで凄まじい文字列が複数の画面を流れ――恐らくレムが遠隔で機器を操作し、ここで起こったことや右京がやろうとしたことを分析してくれているのだろう。
それに上手くいけば、量子ウイルスの拡散を止めることが出来るかも。そう思いながらモニターを眺めていると、流れていた文字列が一気に停止し、次いでスクリーンが青くなり、その後は何も映らなくなってしまった。見るからに良い状況ではないことは明らかだが、一応レムの方を見てみると、彼女は瞼を閉じながら静かに首を振っていた。
「右京の置き土産ですね……彼以外の者が端末を触った時に、データを暗号化するトラップが敷かれていたようです。注意して触ってはいたのですが……復旧するには時間かかるでしょう。
ともかく、ウイルスの拡散をここから止めることは難しそうです」
「それで、右京の奴は……」
「……あの人は、次元の狭間へと旅立ったようです。肉の器という重荷を捨てて、魂だけの存在になり……この宇宙に沈黙を降ろすために、ワームホールを潜り抜けて行ったのでしょう」
「クソっ、遅かったか!」
「いいえ、まだやれることはあると思います」
ホログラムのレムが一つのモニターに手をかざすと、そこだけは画面が復活した。直後、部屋の天井を覆っていた隔壁が開き始める。ひとまず部屋の設備に関するコントロールだけ復活させ、天井を開けているのだろう。何個かの隔壁が開くと、高さ数十メートル先に天窓が現れた。
窓から覗くその先に、太陽の光を受けて輝く青い星と、全ての光を吸い込む異様な渦とが見える。アレが先ほどからレムが言っていたワームホールなのだろう。そして、確かに直感する。あの遥か彼方には、自分がこの一年間囚われていた彼方と此方との境界線が存在する――同時に、あの先にこそ右京が居ると。
仮に直感が当たっているとして、右京をどう追いかけるか? 考えられるルートは二つ、一つは自ら命を断ち、再び無理やりに魂を彼方へと送る方法。もう一つは、肉体を持って無理やりあのワームホールに突撃する方法だ。どちらを選ぶべきかは、悩むまでもない。というか、今の自分の再生能力で自死すること自体が難しい。
それに肉体があった方が、エディ・べスターが完成させたサイボーグの肉体とADAMsと、フレデリック・キーツが創り上げたレッドタイガーを使うことができる。もちろん、あの向こうでは物理法則など何も役に立たず、腕っぷしでどうこうという次元など超えている可能性が高いのだが――それでも自分は、この身一つで戦ってきた。肉体がある方が絶対に性に合っている。そうなれば、取るべき選択肢は一つだ。
決意を固めて視線を一度下へと戻してレムの方を見ると、彼女は両手を正面で組み、真剣な面持ちでこちらを見つめていた。
「ハッキリと申し上げて、貴方をあそこへと向かわせたとして、もうすべてが遅いかもしれません。何が起こるかも私でも全く予測もできませんし、先に超次元の狭間に向かったあの人に追いつくことも出来ない可能性もあります。
あの向こうでは光よりも早い物理法則が存在するかもしれませんし、そもそも距離などという物すら意味もなく、そもそも宇宙などという尺度すら生ぬるいほど広大で、永久にあの人の元へと辿り着くことなど出来ないかもしれません。
何より、もうこちらへ戻ってくることも出来ないかもしれません。それでも……」
レムはそこで言葉を切り、悲し気な表情を浮かべる――そこには確かに遥か昔、困った時に自分を頼ってくれた妹の面影が感じられた。
「それでも……それでもどうか、私からのお願いです。私に代わって……いいえ、私たちに代わって、あの人を止めて欲しいんです。間違え続けてしまった私たちDAPAの生き残りに代わって……滅びゆくためにこの世界を創造したあの人のことを、どうか止めてあげて欲しいんです」
全てを言い終えて、レムはこちらを真っすぐに見つめて口を引き締める。重大な依頼を――というよりは無茶な願いを――しているという自覚はあるのだろう。ワームホールに生身で突っ込めなど、命を捨てに行くに等しい行為なのだから。
ただ、そんな風にお願いされなくても、自分の腹はとっくに決まっている。仮にレムに反対されたとしても、むしろこちらから次のような依頼をしていたに違いない。
「レム、天窓を開けてくれ」
「それでは……」
「別に、変に気張ろうってわけじゃない。ただ、俺はアイツを殴ってやらなきゃ気が済まないってだけで……他のは全部ついでさ」
「ふふ、まったく素直じゃ無いんですから……アナタがちゃんと周りの人の想いを全部背負ってくれていることは、別に思考を読めなくたってバレバレだったと思いますよ?」
そう言いながら、レムは屈託なく笑った。別に、先ほどの言葉に嘘はない。右京との因縁にケリをつけるというのが自分の第一の願望である。ただ、それが自然と、レムやべスター、グロリアの願いに通じている、それだけの話なのだ。
「それに、別に俺は死にに行こうとなんか思ってないぜ。俺は必ず戻って、あの絵を完成させなきゃならないんだから」
「……そうですね。そうでした。私としたことが、うっかりとしていましたね」
彼女はこちらの思考が読めるので、あの絵に何を描き足したかったのかは理解しているはずだ。そして、自分があの絵の完成に掛ける思いの強さも理解している――だからだろう、彼女は笑顔のまま力強く頷いた。
「以前にお伝えしたように、変身状態なら宇宙空間でも活動自体は可能です。ただ、すでに変身残り時間は半分を切っていますので、その点は注意してください。天井を空けた後は、月の表面からミサイルを発射します。爆風の衝撃波に呑み込まれない速度でそれを蹴り次いで、ワームホールを目指してください。
あちら側へ行ってしまえば、こちらから干渉できることはないでしょうが、可能な限りこちらからワームホールを観察し、少しでも出来ることはするつもりです……準備はよろしいですか?」
「あぁ、いつでもいけるぜ」
「それでは、窓を開きます……あの人を頼みます、兄さん」
兄と呼ばれた直後、天井の窓が開き、中の空気が猛烈な勢いで外へと放出され始める。同時に部屋内の重力も切られたようであり――自分は気流に乗って、後は流れるがままに人工の月の外へと飛び出した。
暗い空間にその身を投げ出し、奥歯を噛んで精神を加速させて周囲を見回す。他の者たちが右京の領域に入って来た時のためだろう、既に下方の窓は閉められ始めており、代わりにレムが予告した通りにミサイルが発射されているのが視界に入ってきた。ミサイルは各々複雑な軌道を描いているが、それはレムの確かな計算を元に動いているはずだ――実際、一本のミサイルが自分の足元に着いた瞬間に他の軌道も綺麗にワームホールに向かって連なった。それを頼りに弾頭を蹴り繋ぎ、宇宙空間を跳びながら右京の開いたワームホールに近づいていく。
眼前に迫る渦は、近づくほどにその色味に複雑さを増していく。最初は暗い宇宙に浮かぶなお昏《くら》き穴のように見えていたのだが、近くで見ると複雑な色味を帯びていることに気づく。自分の語彙では虹色としか言い様がないのだが――恐らく可視光以外にも様々な光が入り混じっており、人以外の目で見れば無限色とも言える複雑な採光を放っているに違いない。
しかし、結局彼方と此方の境界線で決着をつけることになるのであるならば、あちら側でずっと待っていれば、現世に戻ってこなくても右京と会えたとも言えるかもしれない。とはいえ、それは結果論か。自分がこちらへ戻ってこなければ、また結果は変わっていたかもしれないのだから。
(待ってろよ、右京。俺がお前を……)
そこまで考えて、繋ぐ言葉を表せないできないことに気づく。倒す、ぶっ飛ばす、止める――そのどれもが自分のやりたいことと微妙にずれており、適切ではないように思われたからだ。
ともかく、ただ確かなことは、まずは出会い頭にぶん殴って、それから言いたいことを言ってやる。何をすべきかだけは明確であるのだし、迷うことは無い。アイツがどこにいるかなど分かりもしないが、確かに気配を感じる――アイツの迷いを感じる。
そう、アイツはまだ覚悟が決まり切っていないのだ。自分はその気配を頼りに、ただひたすらに走り続ければ良い。今までそうしてきたように――宇宙空間だろうが次元の果てだろうが、どこだって走り抜けてやる。それだけだ。