B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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兄妹の別れ

 光の膜を通り過ぎると、そこは自分が最後に居た人工の月内における右京の領域だった。照明は出た時と比べて暗くなっており――非常灯のみがついている状態だからだろう――それでも室内の状況が見えるのは、密封された天窓のガラスから光が差し込んできているからだ。

 

 しかし、自分達の帰りを待ってくれている者は一人もいなかった。少なくとも、自分が気配を察知できる範囲に何者かの気配はなく、元々椅子に居たはずのシンイチの遺体すらも無くなっていた。

 

 ひとまず人のいなくなった椅子の上に意識を失ってしまったT3を座らせて、自分は周囲の調査を始める。もはや敵は居ないに違いないが、万が一ということだってあり得なくはないし、何よりも自分が発ってからの間にここで何が起こったのか、その手掛かりでもないかと探すことにする。

 

 一旦は自分が破壊した扉から足元の非常灯だけが灯る廊下の方を見て、その先にも何かの気配がないことを確認し、部屋へと戻って辺りの物色を始める。せめて、今が何時なのか分からないか――右京の言った通りにとんでもない時間が過ぎてしまった可能性すらある。

 

 空気は生きているし、部屋の荒れようもそこまで酷くはないので、何千年も経っている、という感じではないのだが――それでもDAPAの技術の粋で作られた空間だし、その他にも地上と比べて大気の流れだとか微生物の存在だとかも違ってくるので、思った以上に荒れていないだけかもしれない。

 

 また、辺りの様子以外にも何か違和感がある。少し考えて、その正体に気づく。レムの声が聞こえないのだ。この体にはジャド・リッチーの生体チップが残っているのであり、自分が帰ってきたのを感知したら声を掛けてきてくれそうなものだが。自分が月に居るからまだ戻ってきたことに気づいていたのか、はたまた彼女の身に何かあったのか――それこそもしかしたら、管理システムであるレムが機能を停止してしまうほど時間が流れた可能性すら否定はできない。

 

 そんな風に焦りつつも室内を探し回っていると、一つの機材が点滅していることに気が付く。よくよく見れば目立つ位置にあったのだが、T3を座らせた椅子の反対側にあったので少し発見が遅れてしまった形だ。ともかくその機材に近づき、適当に操作をしてみると、正面にあったモニターが点き、そこに女神レムの姿が映し出された。

 

「いつの日か貴方がここへ戻ってきてくれることを期待して、この音声を残します。貴方が何時にこの場に戻ってこれたかは……どうか端末に表示されている日時から確認してみてください。

 もしかすると、遠い未来に送られている可能性も否定はできませんが……そう遠くない未来に戻ってきてくれていることを祈ります」

 

 端末に記載されている日時は、彼女が告げた自分が居なくなった日付からはズレがあった。これほどの時間が経ってしまったのか、という想いもあるが、下手をすればもっとズレていた可能性もあるのだし、何よりも普通に呼吸できる場所へ戻ってこれただけでも上等――というより、そもそも次元の果てから帰ってこれただけでも上等なのだろう。そう思いながらモニターに視線を戻すと、彼女の顔は真面目な表情に切り替わっていた。

 

「結論から述べますと、既にチェンたちはこの月から惑星レムへと帰還しています。そして私は、自身の機能の大半を停止させることに決めました……細かい状況については、これからお話します。

 なお、残念ながら……アルフレッド・セオメイルは宇宙に逃げたローザ・オールディスを追って帰らぬ人になってしまいました。他のメンバーについては、皆無事に帰還をしています」

「大丈夫だ、そいつもちゃんと拾ってきたからさ」

 

 モニター前の椅子に腰かけ、背後の椅子で眠っている男の方を指さす。しかし、彼女が機能の大半を停止しているというのは本当なのだろう。自分の言葉に対して彼女は無反応であり、真面目な表情のまま話を切り替えたからだ。

 

「貴方が次元の壁を超えて行った直後、第六世代型のほとんど全てが一時的にその意識を失ってしまいました。しかし、その後すぐに、何事もなかったかのように復活を果たし……それで私たちは、貴方が星右京を止めてくれたのだと確信しました。ありがとうございます、アランさん」

 

 レムはそこで言葉を切って深々と頭を下げた。次元の果ての様相から、人々の魂が戻っていたというのは何となく直感はしていたが、事実として皆戻ってこれたようで良かった――そう胸をなでおろしていると、レムの口から戦いの後の状況が語られ始める。

 

 第六世代型達が意識を取り戻した後、しばらくの間はみなこの月に留まってくれていたようだ。第六世代型達が元に戻ったということは、自分が右京を止めてくれたのだろうと、それならば、必ず自分は生きていて、帰ってくると――この部屋で自分の帰りを祈ってくれていたらしい。その祈りこそが、自分が目指していたあの温かい光に違いない。

 

 とはいえ、自分がT3を拾いに行ってしまったせいで帰還がずれ込んでしまった。いつまでも混乱の続くレムリアを放っては置けないと、二週間ほど月に滞在した後、仲間たちは天窓から覗く青き星に戻っていったようだ。

 

 その後は、月に備蓄してあった膨大な食料を地上に降ろし、また各指導者達が上手く連携した結果として、社会的な混乱は徐々に収束してきたようだ。ここまでに掛かったのが皆が地上に戻ってから半年ほど――もちろん、まだ各地に生々しく爪痕は残っているし、まだまだ生活に余裕はないものの、それでも惑星レムに済む人々は復興に向かって懸命に歩み進めている、とのことだった。

 

 それ以上の地上の詳しい様子は、戻ってからのお楽しみということにしてください、レムはそこで言葉を切って、微笑みを浮かべて話を続ける。

 

「……そして、私は眠ることにしたんです。元から私の復活はレムリアの民に伏せられていましたが、予定通りに公表しておりません。私はアルファルド神によって葬られたと歴史には刻まれるでしょう。

 もちろん、管理者のいなくなった月をコントロールする者は必要ですから、その機能のみを残して……既にDAPAの生き残りたちは散り、この星に住む若い命たちは確実に自分の足で歩めるようになってきています。そこに対して、いつまでも旧時代の者が口出しするのもおこがましいですから。

 それで、女神レムの権限は、この月の管理するという最低限の機能だけに抑え、他の機能は停止させることにしたのです。

 そして、旧世界のモノリスの内の二つは、一つはすでに天然の月に設置され、一つは遥か離れた惑星にそれぞれノーチラス号で移送させる予定です。最後のモノリスは人工の月のコントロールに必要なのでこの月に残していますが、代わりは私が管轄している深海のモノリスがそのまま機能を代用してくれます。

 それは、かつて旧人類が探し当てたのと同じように……レムリアの民たちがこれらを自分達で探しあてられるようになった時こそ、彼ら自身の技術力でこの月を管理出来るほどに成熟した時であり、私が真の意味で眠りにつける時になります」

 

 確かに、宇宙へと自分達で乗り出せるだけの技術力を持つ段階になれば、レムリアの民たちもモノリスのメッセージを解読できるだけの科学力を身に着けているという証左になるだろう。そうすれば、レムの権限がなくとも彼らは自らの力でこの星を維持できるようになる――それが何年後になるかは分からないが、それまではまだ彼女の力が必要ということになる。

 

 しかし、その時が来たとして、レムリアの民たちが旧世界の人類と同じような道を辿りはしないか? デイビット・クラークや星右京のような人物が出てきて、モノリスを占有したりはしないだろうか――そんな考えが頭をよぎったが、深く考えることは止めることにした。

 

 リスクを許容しなければ管理するしかないのだが、それはDAPAの生き残りたちが管理したディストピアと何も変わらない。それでは、これからこの星の歴史を自らの手で創り上げていく子供たちのことを信じていないことと変わりない。

 

 何より、仮に彼らの中に間違った道を歩もうとするものが出てきたとしても、それを解決するのはその時代の人々であるべきだ。もう旧世界の亡霊があれやこれやと手出しも口出しもすべきではないのだから。

 

「……さて、堅苦しいのはここまでにして……ここからは、私の個人的なメッセージです。まず、第一に……あの人を止めてくれてありがとうございます。きっと貴方なら、あの人の心を救ってくれたのだと思います。

 そして、私は……レムリアの民たちがこの月を管理できるようになった時にこそ、本当の意味で眠りにつくことになります。それは、どれ程先になるかは分かりませんが……少なくとも、私たちがこの星にたどり着くまでに宇宙を彷徨った時間や、実際に社会を管理していた時間と比較すれば、あっという間の出来事に違いないと思っています。

 そして出来れば、もう一度……あの人と巡り合える、そんな世界に生まれることを祈って……」

「……そうだな、アイツも喜ぶと思うぜ」

 

 映像に対してそう返事を返す。しかし、レムは自分が右京を止めたことまでは認識しているだろうが、まさか永遠の観測者になっているとは知らないだろうから、実際の顛末を見たら驚いてくれることだろう。

 

 実際に右京が彼女に来てほしいと聞いていた自分としては、彼女もアイツと一緒になる気があるのは素直に嬉しい。確かに、自分は二人の関係性の一部分しか知らないと言えばそれまででもあるのだが――それでも自分にとっては関係性の深い二人が一緒にいてくれるとなれば安心感もあるし、なんやかんやで互いに深く思い合っているので、これからも共に歩んでくれるのが相応しいように思う。

 

 椅子の背に身を預けながら頷いていると、画面の中のレムは微笑みを崩さないまま大きく頭を――その所作は昔のままだ――下げてきた。

 

「それで……もう一つお礼を。結局、私は貴方に頼りっきりでした。この星の在り方を裁定してもらうにも、あの人を救ってもらうにも……本当は、この星でこそ願いを叶えて欲しいと思っていたのに、たくさんの迷惑と苦労を掛けてしまいました。

 ですから、苦労を掛けさせてしまった礼をするとともに……どうか、私からのお願いです。全ての戦いが終わった今こそ、貴方自身の人生を歩んで欲しいんです。

 もちろん、この世界でこそ夢を叶えて絵を描いて暮らすというのも良いと思いますし、もっと別の道を選んだっていいと思います。それこそ、貴方がACO時代に一度決めたように、たとえば困っている人々を助けるために働くとか……自分の足で歩き始められるようになったと言えども、まだ若い子供たちは、その力で互いを傷つけてしまいかねませんから。

 でも、少なくとも、あの絵を完成させてほしいんです。あの子たちもそれを望んでいましたし……きっと貴方自身も、あの絵を完成させないと前へと進めないと思いますから」

 

 言われなくともそのつもりである。絵の完成はアイツとの約束でもあるし、何よりも自分がこの世界に帰ってくるための動機でもあったからだ。

 

 実際、彼女の言うように、この先には様々な可能性が広がっている。確かに絵を描くことは好きだが、それを生業にする必要はないし――もっと言えば、あの惑星で強く生きる人々を支えるためには、四六時中筆を取ってカンバスに向かっている暇なども無いに違いない。

 

 何よりも、なんやかんやで走り回っているほうが自分の性には合っている。そうなれば、旧世界で考えたように、普段は他のことをするとして――流石に正義の味方である必要性はないと思うが――絵は空いている時間に挑戦し続ける、というのが丁度良いのかもしれない。

 

 それでもあの絵にこだわりがあるのは、自分なりの答えがやっと掴めそうだから。以前に周りから「上手いけれど感動するほどのものではない」と言われていた理由が理解できてきている。いわゆる教科書的な技術を高めることだって基礎としては大切であるし、その粋を極めて行くのも一つの手法なのだとも思うが――それは自分より昔にいた誰かが切り拓いた道を踏襲しているだけであり、自分だけの絵になっていなかったのが魅力を欠いていたポイントなのだと思う。

 

 それに気付いて、今度こそは、自分にしか描けない、自分の大切なものを描き上げたい。駄作と言われたって構わない。今の自分があることを、自分がここまで来れたことの証明として、あの絵を完成させる――要はレムの言う通り、あの絵を完成させなければ、自分は次の一歩を踏み出せない様に思う。

 

 ともかく、まずは地上に帰ることが先決だろう。そう考えていると、ちょうど少しのあいだ黙っていた女神が再び口を開いた。

 

「最後に、地上への脱出装置は表示する地図で指し示す位置にあります。本当なら軌道エレベーターを使えれば早いんですが、もはや気象コントロールと重力維持以外の機能は停止してしまっているので……とはいえ、装置の中には食料も備蓄されていますし、そこそこ快適な旅ができることを約束します」

「機械の操縦に関しては自信が無いんだが……」

「自動操縦でレムリア大陸に戻れるようになっていますから、操作が必要ない点もご安心を」

「至れり尽くせり、流石だぜ」

 

 ここに関しては、まるで彼女がそこに存在しているかのように自然と会話が成り立った。自分が褒めたのが聞こえたのか、彼女は腕を腰に当てて、そのつつましやかな胸を突き出して得意げな笑みを浮かべ――そしてその笑みをどこか哀愁に満ちたものへと変えて、瞼を閉じながら続ける。

 

「それでは、貴方の新たな旅立ちと幸せを祈って……おやすみなさい、隼人兄さん」

「……あぁ、おやすみ、晴子」

 

 互いに名を呼び合った瞬間、自分達は一瞬だけ本当の兄妹に戻り、同時にこれが長い別れの合図となった。晴子は最後にじっとこちらを見つめ、そしてモニターが暗転し、部屋には静寂と元の仄暗さが戻ってくる。

 

 しかし、このタイミングで本当の名を呼ばれたことに関しては絶妙であったと思う。夢野七瀬を救った時、旧世界において伊藤隼人は一度死に、そしてアラン・スミスが生まれた。今度は、その逆――この世界においてはアラン・スミスが役目を終え、そして伊藤隼人が戻ってくる。その名においてなら、自分は新しい道を歩める、そんな気がするのだ。

 

 いっそこれからはハヤト・イトウに改名するのも良いかもしれないな。そんな風に思いながら椅子から立ち上がった瞬間、背後から鋭い殺気が放たれた。

 

 直後、何かが空を切りながらこちらへと飛んできて――ひとまず当てる気が無いのは分かっているので、とくに回避動作も取らないでいると、先ほどまで座っていた椅子の方から鈍い音が聞こえた。振り返り見ると、椅子のヘッドレスト部分に斧が突き刺さっており――その奥で銀髪の男が、鋭い視線をこちらへと向けているのが見えた。

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