B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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Tiger!Tiger!

「……テメェ、何のつもりだ?」

「言ったはずだ……貴様のことはいつか殺してやると」

「もうそんなことはいいだろう? それに、俺は伊藤……」

「アラン・スミス」

 

 男はこちらの言葉を無理やりに遮り、わざわざ強調するように虎の名を呼んでから押し黙った。コイツが少し前から起きていたのは気付いていたのだが、しかし一体全体何のつもりなのか。その真意を掴みかねていると、男は斧を投げた手を外套の下へと引っ込めて、腕を組みながら神妙な表情でこちらを睨んでくる。

 

「人殺しの貴様が……今更になって人並みに幸せになれるとでも思っているのか?」

 

 その言葉に、心が妙にざわつき始める。いや、正確に言えば、自分が敢えて考えないようにしていた部分を指摘されてしまい、図星を突かれたというのが正直なところだろう。どれ程のことを成し遂げたとしても、自分の意志で人を殺したという事実は覆らない。暗殺者アラン・スミスが生きている限り、その罪も生き続けるのだから。

 

 正直に言えば、このようなことはあまり考えないようにしていた。チェンにもあの絵を遺作にするべきでないと言われていたし、右京や晴子にも完成させてほしいと願われた。それなら、自分だけがいつまでもうじうじと悩んでいるのも違うかと思い、意識的に避けていた部分は間違いなくある。

 

 罪は肉体に宿るのか魂に宿るのか、以前にべスターがそんなことを言っていたことを思い出す。恐らくは罪とは、どちらか一方でなく、その両方に宿る。ある者が明確な個人であるという証明は、魂と肉の器があって初めて為されるからだ。

 

 魂単品では広大な意志の一片《ひとひら》にしか過ぎず、肉体だけでは本能の下に行動するだけ――つまり、人を殺すというのは、肉の器にある人格が殺意を持って為される。それ故、その罪はどちらにも宿っているというのが正しいだろう。

 

 だから、人が死に、次の生に巡り合った時には、やり直すことが出来るのだと思う。同一の魂が巡っても、宿る器は変わるからだ。それに対して自分はどうだ? ある意味では、伊藤隼人もアラン・スミスも死んでいると言っていい――旧世界では隼人は社会的に死んでおり、こちらにおいてもアラン・スミスは光の巨人に突撃して死んだことになっているからだ。

 

 ただ、こんなのは単純な言葉遊びだ。自分を構成するDNAには、拭いたくても拭えない殺しの業《わざ》が宿っている。あの日、ローレンス・アシモフの頭を突き刺した感触は、今もこの手に残っている――そして、それを選んだのは間違いなく自分自身。この身にオリジナルの細胞がある限り、この身に殺しの道を選んだ魂が宿っている限り、アラン・スミスの罪は消えは無しないのだ。

 

 しかし、それは何も自分だけのことではない。そう思い、思わず痛いところを突かれたお返しとばかり悪態をつくことにする。

 

「はっ……それを言い始めたら、テメェもだぜT3」

「あぁ、そうだ……復讐の虎、T3という男には、幸せになる権利などないのだ……原初の虎と同様にな」

 

 そう言うT3の口調は、懺悔でもするかのように小さく、どこか厳かだった。向こうが気付いていないであろう点を指摘してぎゃふんと言わせてやろうと思ったのに、まるでこちらが言うことなどお見通しであったと言わんばかりだ。

 

 それで、男の真意に気付き始める。T3は、この場で全てを清算するつもりなのだと。復讐に燃え、そのために無辜《むこ》の魂すらをも奪ってきた男は、全てが終わったこのタイミングにおいて、その罪を清算しようとしている――そして、そうすべきなのはこの男だけではないということに気付かされる。

 

「そうだな……俺たちはどこまで行ったって人殺しだ。どれほど後悔しようと、どれほど償おうとしても、その罪は消えやしない」

「その通りだ……この罪を贖うには、虎の死を以て禊《みそ》ぐほかにない」

 

 そう、これは禊なのだ。人殺しの虎が、その罪を清算するために必要な儀式。社会的に死んでいる自分たちは、法の正義によって裁かれることは無い。また、裁いてくれる者がいるわけでもない――ただ、同じ虎である互い同士を除いて。

 

 この男も自分なりに考えたのだろう。その血で染まった手で、これから新しい生を歩んでいくことに対してどう折り合いをつけるべきか。そして、その結論がこれという訳だ――自らの罪を原初の虎に裁いてもらう。そしてその代償として、こちらにも同じようにしろと。

 

 同じ技を使い、同じ罪を知り、同じ後悔を知っているからこそ、互いの名を葬り去るのには相応しいと言える。もちろん、これこそ先ほど自嘲したある種の言葉遊びだ。だが、同時に重大な儀式でもある。ある種のナルシズムであり、こんな儀式を通過しなくても、前には進むことは出来るというのは十分に承知の上で――それでも長く連れ添った仮面に決別するためには、これは互いにとって必要な断罪なのである。

 

「一応確認するぞ。加減は要るか?」

「不要だ……こちらは全力で往く。貴様も命が惜しければ手を抜かんことだ」

 

 そう言いながら男は外套から一本の手斧を取り出した。どうやら他の武器は全て使い尽くしてきたらしい、あれが最後の一本のようだ。全力の上に刃物まで取り出されては、自分が相手の真意をはき違えていて、本気でこちらを殺しに来ているという可能性も脳裏を掠めるのだが――斧をこちらへと突き出しながら不敵に笑っているところを見るに、自分の読み違いではないはずである。

 

 しかし、この男はちょっと――いや、かなり手ごわいぞ。もちろん、武器はアレが最後の一本であると言っても、奴にはまだ精霊魔法が残っている。そういった力量的な意味合いでも決して侮れないのだが――最も侮れないのは、この男が完成された暗殺者であるという点だ。

 

 思い返せば、初めて会った時のT3は怒りに身を任せて力に振り回されていたようにも思う。それが、戦いを通じて自分自身や他者と向き合って、洗練された暗殺者として大成した。今のこの男は今まで自分が相手にしてきた中で最も強い、そういった確信がある。

 

 対するこちらの武装は、大分貧弱になってしまった嫌いはある。レッドタイガーは次元の果てで故障し、右京の下に辿り着くまでに虎の爪の内一本と多くのEMPナイフ、それにタイガーファングまで失った。その過程で、何やら惑星大の敵をぶっ飛ばしてきた様な気もするが――アレはそういう場所だから出来ただけであって、重力下ではあんな無茶苦茶はできるわけでもないし、もはや変身も出来ないのだから、条件としては概ね相手と近いと言っていい。

 

 むしろ、残りのナイフ一本で相手の斧と精霊魔法に立ち向かうにはやや荷が重いか――いや、自分には魔法の代わりに友が残してくれた肉体がある。血のにじむ思いで研鑽してきた技と、相手を上回る直感とがある。そして、互いに音速を超えた世界が見える。そうなれば、ちょうど五分の勝負が出来るといったところだろう。最後の相手として、何より伝説の虎を葬る男として、相応しい相手と言える。

 

 最後の戦いに互いに武器一本というのは格好もつかないような気がしないでもないが、思えば相手を討ち倒すのには本来これ一つで十分だ。凶器が一つでもあれば人の命は簡単に奪える。むしろ互いの名を滅ぼすには、これくらいで丁度いい。

 

 そう考え、こちらも残ったカランビットナイフの切っ先に突きつけ、三番目の虎を裁くのに相応しい罪状を述べることにする。

 

「T3……テメェはテオドール・フォン・ハインラインと勇者シンイチの暗殺、並びにその障害となった兵達の命を奪い……月の管理者であるローザ・オールディスとアンドロイドの母であるファラ・アシモフを殺害した」

「アラン・スミス……貴様は旧世界において数多くのDAPA幹部、並びにデイビット・クラークを暗殺し、この世界の機構を支えていたフレデリック・キーツを葬り去った。それだけではない……貴様は散々私をおちょくってくれた。その借りを今こそ返してくれる」

「最後のは私怨じゃねぇか……ま、いいか。俺もテメェのすかした面は気に食わねぇと思ってた所だからな」

 

 こちらの言葉に対し、T3は再び不敵に笑って見せた。いや、攻撃的な笑みといっていいだろう――そして、自分はこの男と同じような表情を浮かべているはずだ。

 

 互いに突き出していた腕を引いて、すぐにでも走り出しやすいように少し身をかがめる――そうだ、これが最後だ。この男の二つ名を葬るのに相応しい、全力の走りを見せてやる。

 

「その罪と共に、月の墓標で永久《とわ》に眠るがいい、アラン・スミス……貴様が私の……!」

「それはこっちのセリフだぜ、T3……テメェが俺の……!」

「「最後のターゲットだ!」」

 

 咆哮と共に奥歯のスイッチを入れ――そして互いに音の壁を超える。直後、空間には強烈な破裂音と、二つの刃が打ち合う激しい音とが響き渡った。

 

 虎よ、虎よ、赤々と燃える――二頭の虎の勝負の行方は、ただ宙《そら》から覗く青く輝く星だけが見つめていた。

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