B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
あの戦いの日々からちょうど季節が一つ巡った。月での決戦の後、惑星レムに戻ってきた自分達は、それぞれの道を歩み出していた。
この一年は、あっという間に過ぎていったように思う。あの激戦を共に駆けた人々とは頻繁に連絡は取り合っていたが、それはあくまでも事務的な連絡が主であり、なかなか細かい近況を語ることも無かった。もちろん、仮にプライベートなことを話そうとしても、皆一様に執務に追われ「仕事ばかりの一年だった」となることは目に見えているのだが。
ともかく、ただいま自分は空からハインライン辺境伯領へと向かっている。そこは、月から戻った自分達が最初に戻った場所であり、そして一年後にもう一度この場で会おうと約束した場所でもある。一部のメンバーが欠席することは既に知らされているが、その辺りは今日会うメンバーの内の一人から色々聞けるだろう。
本当ならテレサ姫と一緒に移動でも良かったのだが、どうしても片してしまいたい仕事があったので、自分は予定日の朝に王都を発つことになった。空路なら直線距離を移動できるし、本気で飛べば一時間程度で到着できる。とはいえ、流石にこんな穏やかな日に高速飛行をすることも無いので、時間ピッタリに間に合うよう、秋に色づく木々を眺めながら移動をしている形だ。
改めて考えれば、意外とみんな近くにいるはずなのに、このように機会が無いと会わないものだ――もちろん、それだけ日常に追われているとも言えるのだが――そんな風に思っていると、ちょうどグリュンシュタッドの街の城塞が見えてきた。
このまま壁を超えて待ち合わせ場所に着陸しても良いのだが、城塞の関所の役割を果たしているのであり、そのルールには則るべきだろう。また、人が空から降って来たら中の人たちにびっくりされるかもしれない。そう思って城塞から少し離れた所で氷の翼を仕舞って着地し、あとは歩いて守衛の元を訪ね、然るべき処理を行ってから正式にハインラインの土地に足を踏み入れた。
待ち合わせに指定していた場所は、門をくぐってすぐの所だ。そちらへ視線を向けると、既に何名かは集まっている様で――こちらにいち早く気付いていた緑髪の女性が大きく手を振って自分を迎え入れてくれた。
「お久しぶりです、ソフィアちゃん! 飛んでくるの見えてましたよ!」
「久しぶりだね、クラウさん。ごめんなさい、遅れちゃったかな?」
「いいえ、ソフィアちゃんは時間ぴったりですよ……と、学院長様とお呼びした方が良かったですかね?」
「正確には、学院長代理だね。それで、いつも通りの呼び方をしてもらえると嬉しいな。もうみんな集まってるのかな?」
見たところ、集まっているのはクラウディア、アガタ、テレサ姫の三名のみだ。もしかすると少し席を外しているだけかも――そう思って辺りを見回すが、やはりそれらしい人影は見えず、クラウも静かに首を横に振っている。
「後二人、来ていませんね。一人は寝坊助さんなだけでしょうけど、近場だから大丈夫でしょう。ただ、もう一人は……」
「……ひとまず、エルさんが来るまで待ってみようよ。それに、間に合わなくっても場所は分かってるはずだから、後から合流できるかもしれないし」
こちらの言葉にクラウと、後ろにいる二人が頷き返した。後の一人は時間にルーズなタイプではあるが、絶対に約束を破るタイプではない。だから、来てくれると思うのだが――しかし、あの激戦で彼女は心に大きな傷を負い、別れる時にも目に見えて元気が無かった。
自分達も大切な人と別れたきりというのは同じなのだが、なんと無しに、いつの日かひょこっと帰って来てくれるのではないかという確信があった。世界はあの人によって守られたことは確実だし、自分達は確かに、遥か彼方にいる彼の気配を感じたから。
それに対しあの子は、目の前で大切な人を失ってしまっている。以前、レヴァルで再開した時にはT3は絶対に生きていると言って憚らなかった彼女だが、やはり宇宙空間に投げ出されてしまって見つけられなかったともなれば、海に落ちたとは――それでも捜索はかなり難しいが――大分勝手が違うのも仕方がないとは言えるだろう。
もちろん、T3の捜索は入念に行われはした。とはいえ、宇宙の中で人を探すなんて、まさしく砂浜でたった一粒を見つけるよりも至難の技だ。凄まじい速度で外へと飛び出したT3は、大気のない宇宙空間では相応の速度で離れていってしまっているはず。どこかの惑星の重力圏に拾われていれば別かもしれないが、それでも周囲に人が適用できる惑星も無いし、仮にあったとしても大気圏摩擦や衝突の衝撃などの問題もある。そうでなくとも、もしかすると右京の空けたワームホールに呑み込まれてしまったのではないかという可能性もあり――どの視点から見ても、T3の生存は絶望的だった。
そして彼女は、まだ平和になったとは言い難い世界を旅する道を選んだ。今集まっているメンバーが社会的な力で世界を復興しようとしているのに対し、草の根で苦しむ人々を救うためだと。とはいえ、別れ際の彼女の危うさを考えると、果たして今もどこかで元気にやれているかというと不安が残る。少し気持ちが落ち着くまでは一緒に王都にいないかとも提案したのだが、色々な理由があって断られてしまった形だ。
ともかく、少しのあいだ集まった四人で軽い近況報告などをしていると、広場の方から見知った背の高い女性が速足でこちらへ向かってきているのが見えた。彼女は道行く人々から声を掛けられており、領民たちの態度から彼女が好かれているというのが容易に読み取れた。
「……それじゃあ、守衛に言伝を頼んでおいて、私たちは先に行きましょうか」
ひとしきり挨拶も済み、ナナコがまだ来ていないことを説明すると、エルはそう言い残して先ほど自分がくぐってきた門の方へと歩いて行った。確かに、ナナコは地理感覚は抜群にいいし、自分達が先に向かったことさえ誰かが伝えてくれれば、後からでも合流できるだろう。
そして、店で数日分の食料や雑貨を買い込み、自分達はハインラインの別荘を目指して山道を登り始めた。相変わらず陽気も良く、絶好のピクニック日和といえる。自分に関しては飛んでいけばあっという間の距離であっても、こうやってノンビリと土を踏みしめながら進むのも乙なものだし、何より最近はデスクワークばかりで運動が不足していたから、そういう意味でも丁度良かった。
「いやぁ、首脳会談が始まるみたいでワクワクしますねぇ」
「何を言っているんですか、むしろ逆でしょう? この一年間執務に追われた我々が、ようやっと羽根を伸ばせる機会なのですから」
背後からクラウとアガタのそんなやり取りが聞こえてくるが、彼女達が言っていることはどちらも的外れでもない。改めてこう見ると女性ばかりがこの場に集ったとも言えるが、同時に黄金の疫を――光の巨人が現れてから人工の月を制圧するまでの災厄をと戦いを今ではこのように呼称している――乗り越えるために戦った者たちは、やはり今では発言力の強い立場にいる。とくに旧三大勢力においてトップクラスのメンバーが揃っているので、首脳が集まっているという点に関しては間違いでもなかった。
ただ、別に自分たちは変に談合をしようとしているわけでもない。もちろん、互いに友好的な関係を構築しているのであり、有事の際に協力するのはやぶさかではないが、率先して手を組んで社会をコントロールしていきたいわけではない。単純に、あの戦いが終わってから一年後に、またここで会おうと約束したから――そう言った意味では、アガタの言った通りに旧友に再会して近況を報告しつつ、のんびりと過ごしたい、といったのが今回の再会の趣旨となる。
そんな中、まずは自分から近況について道すがら話すことになった。先ほどクラウに学院長代理と返したことについてや、その他もろもろの詳細は次のようになる。
まず、戦いが終わった後、自分は学院の再建のために奔走することになった。それは、亡き師であるアレイスター・ディックの目指していた社会を実現する為でもあるし、レムリアの民の知識レベルを押し上げてくれていたダニエル・ゴードンを弔う意味もあった。
それに、自分は学院に思い入れもある。幼いころから強制的に勉強させられていたという側面もあるが、別にそれを苦しいと思ったことも無かったし、幼少の頃を長く過ごした場所であるから愛着もある。だから、以前の活気を取り戻すため――いや、以前以上に活気のある場所にしたいという気持ちは強くあるのだ。
自分の展望として、今後は学府を王都以外にも広げていきたいと考えている。ひとまずは人口の多い海都、辺境伯領、南大陸の玄関口であるアレクス、それにレヴァルの四拠点に設立できないかと計画を進めている。それは単純に多くの人に学びを提供するというという意味合いでもそうだが、王都とはまた別の風土で学閥ができ、レムリアの民の中で様々な意見が出せるようになることを期待してのものである。
とはいえ、学院の再建は思った以上の難航を極めているのが実情だった。一年そこらで再編できるほど甘い事業でないというのが大前提。建物そのものは作り直せば良いだけだが――幸いにも多くの部分が崩壊を逃れており、多くの書物は残されている――人材と言うとその限りではない。本来なら間口を広げて多くの人に学問を提供したいと思っているのだが、そうなれば教員数が足らないというのが大きな障壁になる。
それに、未だに学院に対するレムリアの民の不信感は大きい。元々学院の所属する者の多くは上流階級であったし、魔術神アルジャーノンの息が掛かった者たちであるということで、変な洗脳をされるのではないかとか、はたまた七柱の創造神の復活を企てているのではとか――この辺りは教会も近い課題を持っているのだが、後々詳しく聞けるだろう――根も葉もない噂を被っているのが実態だ。
ひどい場合には、学院出身者の迫害が起こっているケースも存在する。多くの場合は、学院出身の魔術師は未だに多く残る魔獣の征伐に貢献してくれるのは勿論、実生活に関連する技術に対して科学的なアドバイスが出来るなど、学院の魔術師が歓迎されるケースは多いのだが――地方などの一部の地域では魔術師が憂き目にあっているという現実はある。
なお、レムリアの民の中での七柱への信仰心や信頼は――もう彼らは全員去ってしまったのだが――当初の想定よりは悪いものになっていないことは付け加えておく。というのも、実害を出したのは主にアルファルドとルーナであり、他の五柱については実害が確認されていない点に起因する。
とくにレムとレアに関してはレムリアの民のためにアルファルドやルーナと戦って見せたのであり、アルジャーノン、ヴァルカン、ハインラインについてはレムリアの民たちの目に入る所で悪逆を働かなかった。とくにヴァルカン神を信奉するドワーフは元からある程度の事情は知っていたし、ハインラインについては後述するが、実の所レムとレアに次ぐ評価を得ている。
そんな中で学院が良い目で見られなかったのは、魔術師たちが旧体制のエリート層であるという点が挙げられる。要するに、社会的な中流以下の人々の吐け口として使われてしまっている点がある訳だ。とくに一次産業の従事者については、学問の重要性という物はあまり認識していない。農村においては最低限の文字が読める程度のことさえできれば、あとは勉学をさせる必要などは無いと思われているため、学院出身者に対する尊敬も都市に住む者たちよりも薄い。
そういった諸々の事情において、学院の再建と展開という自分の展望は、それこそ何年もかけて行われていくべき大事業である。人を集めて教鞭をとれる人を採用するのはもちろん、社会的な不信感を払しょくするために努力もしていかなければならない。やるべきことは山積みだ。
さて、自分が学院長代理という肩書に収まっている事に関してだが、それには何点か理由がある。ひとまずは音頭を取れる者が必要であり、とくに七柱の創造神を倒した自分は肩書的には十分な題目を持っているのでその座に収まっていはいるが、ある程度落ち着いたら自分はその席からどこうと考えている。
その最たる理由は、自分の中にある旧世界の知識だ。自分はグロリアの知識を共有し、チェン・ジュンダーの残したデータベースから、いわゆる旧世界的な民主主義や宗教革命、産業革命、農業革命など、多くの知識を持ちすぎている。それが必ず、この世界の発展の足かせになるだろうと想定されるためだ。
というのも、自分はどうしても進んだ世界を知ってしまっているが故に、そちらに向けて思考を矯正してしまうと予想される。たとえば、レムリアの民たちは立憲君主制をベースとした間接民主制による法治国家を目指し、動力革命と農業革命を通じて生産力を向上させていくべきだと考えてしまう。もちろんそれが絶対に間違えているという訳でもないのだが、恐らくこの世界にはこの世界なりの発展の仕方があるはずなのだ。
たとえば旧世界と大きく違う点として、この世界は各地の産業や就学レベル、並びに文化が世界規模でほとんど一致している点が挙げられる。それこそ、都市部は農村と比べて多少は高くなるものの、七柱の創造神に管理されていたために、文化レベルでは大きな地域差が出なかった。この時点で、旧世界の民主主義の発展と大きく異なる。旧世界においては――それは道徳的に良いかは置いておいて――いわゆる進んだ国が後発的な国を一度は植民地化することによって、その産業レベルを自他ともに引き上げてきた経緯がある。これはこの星においては全く当てはまらない。
他にも、魔術の有無や魔獣の存在など環境的な要因も大きく違う。このような状況下で旧世界を踏襲しようとしても、必ず歪みが生じる。もちろん、旧世界も様々な歪を経験して発達していったはずではあるが、それは様々な自然発生的な変数に人々が適応していった結果である。その変数が全く異なる惑星レムで旧世界の制度をそのまま当てはめてしまえば、却って社会的な混乱を引き起こす可能性がある。そうなれば、下手に旧世界の知識を持ってしまっている自分が社会に対して強い裁量権を持っているのはあまり好ましいこととは言えない。
後は単純に、自分が学院長と呼ばれるには若輩者であるという点もある。知識的には――自分で言うのもなんだが、事実として――学府の長といっても問題ないレベルにあると思うが、組織の頂点に立つというのはそれだけで良い訳ではない。政治力や管理能力など、人としての総合力も求められる。自分もかつては前線で司令官という肩書を持っており、そう言った意味では人を動かしてきた経験がゼロという訳ではないのだが――准将という肩書はお飾りであったし、結局は最前線で戦うのが最も性に合っていたタイプだ。縦社会的な世界を生き抜いてきたとは決して言えず、そういう意味では組織の長としては人生経験が圧倒的に足らない。
これらの要素を総合して、世間的な混乱がもう少し落ち着いてきたタイミングで、正式な学院長を選出する予定である。既に候補は何人かおり、各々の研究分野について非常に優れた見識を持つのはもちろん、黄金症発症を乗り越えて組織を維持した者など、社会貢献度も高い人々だ。
以前の学院の体制では第七階層魔術を編み出せないと真の意味で教授になることは出来なかったのだが――当代において自分で第七階層を編み出したのは既に自分だけになってしまった――今はその慣習に従う必要もない。それに、学院の目的はむしろ学問の場の提供であって、魔術第一主義に走る必要はない。今後とも魔獣との戦いも想定されるので魔術を専攻する学部も残すべきだとは思うが、最終的には魔術師はある意味では学院から一つ独立した存在となるべきだろう。学府が軍と密接な関係にあるという事実は、あまり好ましいとは言えないだろうから。
自分としては、相応しい人が学長の座に就いた後は、先ほどの四大都市を回って、各所に大学を設立するための礎を作るために奔走しようと思っている。とくに辺境伯領と海都は為政者にコネもあるし――元々海都はローザ・オールディスの影響力が強く、ダニエル・ゴードンの息のかかった学院の設立には否定的であったが、今では大分状況も異なる――比較的話も通しやすいはずだ。
自分がそう告げると、エルとアガタが頷き返してくれる。もちろん、あんまり内内で決めるのも良くないので、正式な話はまた今度――アガタにそう言われて、ひとまずこちらの話に戻すことにする。
難航しそうなのは砂漠のアレクスであり、ドワーフやエルフが多く暮らしている場所でもあるので、その辺りの伝手から上手くいかないかと考えてはいるが、それでも恐らくここに時間を割くことになるだろうと予想されていた。ちなみに彼《か》の城塞都市に関しては言わずもがな、である。
「なるほど……ソフィアちゃん、立派ですね」
概ねこちらの状況が話し終わったタイミングで、前を歩いていたクラウが振り向いた。優し気な彼女の表情を見ると、安心するような、少し寂しいような――姉分だった彼女のことを思い出すから――心地がしてくる。
「……そんなことないよ。これは、今私にしかできない義務を果たすことと、私自身が望んだことだから……お母様も協力してくれているしね」
「良かった、お母様とはその後も良好なんですね」
「うん、そうだね……」
実際の所、戦後の復興についてはマリオン・オーウェルの尽力も見逃せない。とくに経済や流通面については言わずもがな、学院の再興についての最大のパトロンは間違いなく彼女だ。逆を言えば、だからこそ自分はそのうち退くべきだと思っている部分もある。今の学院はオーウェル家の意向が強すぎて、中立的な学問の場に私情を挟むのではないかと懸念されてしまいかねないからだ。
自分と母の関係性については、レヴァルでの一件依頼、劇的に改善されたと言ってもいいだろう。もちろん彼女自身の聡明な頭脳を以てして、様々な口出しをしてくるのは相変わらずではあるが――それは単純に客観的な意見として出してくれているだけで、こちらのことを頭ごなしに否定してくることは一切なくなったのだから。
「まぁ、お母様としては、代理なんかじゃなくてそのまま学院長を続けて欲しいみたいだけれど。でも、私が選ぶことなら否定はしないって」
「否定はしないって言い方は、なんだか消極的ですねぇ」
「うぅん、そんなことないよ。以前からは考えられないくらいの進歩だし……それにこう言われたの。貴女が選んだ道が私が考える道よりも素晴らしいものであると証明して見せなさいって」
そう、以前は主従的な関係であったのが、互いに一人の人間として認め合えた。この違いは大きい。マリオン・オーウェルが態度と行動で自分の正しさを証明しているように、それを単純にこちらにも求めてくるようになっただけ。もう自分は彼女の操り人形などではないのだ。
それに、なんだかんだで母がこちらのことを気にかけてくれていることも分かっている。だから、彼女は学院の再建に惜しみない支援をしてくれているのであり――それは今後社会的に重要なポジションを担う組織への先行投資の意味合いもある訳だが――そうでなくとも一緒に食事をすることも多くなったし、その折に互いに近況を話す機会もかなり増えた。口ではあれやこれやと言われるのは相変わらずだが、自分のような若輩者が大人の社会でやっていくことに関して心配をしてくれて、様々な助言をくれているのも事実であり、その結果として家にもしっかりと居場所が出来たと実感する。
自分が一人の人間として進むべき道を進めるようになったのは、母との関係性を修復できた点は非常に大きいと言える。そして、その機会をくれた母子のことが頭を掠める。
グロリアが使っていた思考領域は、今も消さずにとってある。単純に思考を分割している方が執務もスムーズに行えるというのも大きな理由でもあるのだが――間違った二重思考で作った思考領域は、彼女が自分の中に居たことの証明でもあるので、大事に取っておきたいというのが一番だった。
戦いが終わった後のすぐは、つい癖で頭の中で彼女に話しかけてしまったものだ。その度に、文字通りに胸にぽっかりと穴が空いてしまったような寂しさが去来してきたが、最近ではあまり彼女のことを考えることもなくなってきている。
人間というものは、時間が経てば癒える傷もあるというのは間違いではなかったということなのだろう。同時に、だからといって自分が冷たい人間だとか考えるのは止めることにした。
悲しみに暮れ続けるのは、なるほど、それはずっと誰かを悼み続け、思い続けるという行為でもあるのかもしれないが、それをきっと彼女は望まないから。彼女は誰かの自己犠牲を望むタイプではなかったし――なによりあの日、彼女と共に紡いだ魔術は、未来に向ける希望の花だったのだから。
それならばこそ、自分は前を向いていないといけない。そして、たまにこうやって彼女のとの大切な想い出に目をやって、懐かしみ――。
(……貴女が私に未来を残してくれたように、私もこの星の人々に未来を残せるように頑張るから……それで、またきっといつかの世界で巡り合おう、グロリア)
彼女とは約束をした。今は自分がすべきことを一生懸命にやるだけ、それだけなのだから。