B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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王族と諸侯の動向について

 別荘にたどり着いて寝室に荷物を下ろして後、エルとテレサはテオドールの墓へと向かって行った。その間、自分はひとまず窓際でノンビリとすることにした。久々の山登りで疲れた身体を休めたい意図もあったのだが、ここは自分の思い出の場所でもある――しかし、茜色に染まり始める草原にカンバスに向かう彼の背中を探しても、それは見つからなかった。

 

 ハインラインの別荘には、現在シルバーバーグは暮らしてはいない。彼は主人を補佐するべく、里へと下りたためだ。とはいえ、別荘自体は管理されており、中は大変綺麗に掃除されている。新しいハインライン辺境伯領の領主が度々来るため、定期的に点検が為されているためである。

 

 炊事についてはクラウが率先してくれたが、自分とテレサ姫も手伝うことにした。自分とテレサは旅やチェンとの生活においてこういったことも担当していたし、何より――自分の中に残っているグロリア・アシモフがいっぱしに料理が出来ていたので、その記憶のおかげで問題なく手伝うこともできる。クラウは「やんごとなきお方に手伝わせるのも申し訳ないような気もしますが」とは言っていたものの、今日ここに集まったのは世俗の立場を超えた関係であるということを伝えると、確かにと了承してくれたのだった。

 

 別荘には二泊の予定で、今晩と明日一日が終われば麓へと降りて、また各々の日常に戻る予定である。そして、明日はノンビリと羽を伸ばすとして、今晩は先ほどの近況報告の続き――まだエルとテレサの近況が共有されていないので、二人の話を聞くことになった。

 

 ところで、黄金の疫を通じて最も伸長した勢力は、王侯貴族の一派であった。正確には、その中の一部というのが正確ではあるが。彼らはその権力を七柱の創造神たちから賜っていたものの、アルジャーノンやルーナのように直接的な影響力を持たなかった点、また黄金症を発症しなかった王侯貴族たちが先の災厄において臣民をよくまとめてくれた功績もあり、人心の信頼を勝ち取るに到ったのだ。レムリア王族のほかに東の大貴族ボーゲンホルン、それに手前味噌にはなるが、オーウェル家などがその最たる例にあたる。

 

 政治的な勢力が宗教的な場所からより世俗的な部分に移ったという点に関しては、旧世界の動きを踏襲しているような印象も受ける。とはいえ、今後は立憲君主制として進んでいくのか、三権分立が強くなるのか、それとも王侯勢力が権勢を振るい続けるのか――はたまたもっと違う形にレムリアの社会は進化していくのか、それについてはまだ全く予見もできなければ、どの形が相応しいのかも推測もできない。

 

 さて、テレサ姫の近況について。自分は普段から王都にいるので彼女の動向は知っているのだが、とはいえ他のメンバーについてはその限りではないし、改めて彼女の口から聞けば印象が変わる部分もあるだろう。

 

 黄金の疫が明けた後、彼女は王女としての立場に戻ることとなった。彼女の主な業務は、やはり国事行為への参加と各地への慰安訪問である。とくにテレサはレヴァルでの防衛に参加しており、この一年間は王都から離れて実際に七柱と戦っていた点が評価され、とくにレムリア全土において評判が高まっている。

 

 彼女としては、元々チェンと共に行動していた時にはまったくこんなことになるとは予想もしていなかったようだが――ただ、彼女は善意から、目の前にあることを一生懸命にやり続けただけである。逆にその実直さこそが、戦後の爪痕残るレムリアの大地においては、人々の心を癒し、奮い立たせるのに貢献してくれている形だ。

 

 彼女の左腕については――袖と厚手のグローブによって隠されてはいるが――今も義手のままである。チェン・ジュンダーからは改めて再生手術を勧められたが、彼女は戦いが終わった今でも敢えて義手のままであることを選んだ。自分が選んだ道が過ちでなかったという証明、そして彼女の中にも一度はグロリア・アシモフがいたという証拠をその身に残すことを選んだのである。

 

「……時おり、思い返すんです。シンイチさんのこと……星右京のことを」

 

 テレサは袖下から僅かに覗く機械の腕を見つめながら、どこか切なそうな調子でそう呟いた。

 

「結局、あの人の言う通りだったんだと思います。私は、勇者と姫が結ばれるというおとぎ話に倒錯しているだけで、あの人の本当の姿を知ろうとはしていなかった……だから、この結果は当然なのだと思います」

 

 そう言いながら、テレサは左手を胸の中心へと添えた。そこは、かつて星右京が刺し貫いた場所であり――その所作を見ながら、エルが対面で腕を組みながら大きなため息を吐く。

 

「あのね……どこの世界に痴情のもつれで胸を突き刺して去っていく男がいるのよ?」

「えぇ、あの人は本当に酷い人です。ですから、私ももう吹っ切れていますよ。ただ、強いてを言えば……あの人の魂にも、どうか安らぎがあればと願っています」

 

 テレサの気持ちは自分には理解できる。自分も、彼女と同じきらいがあったから。それは以前にグロリアにも指摘された部分でもあるが、相手に対する自分の気持ちが先行して、相手の本質的な理解をしようという努力を怠ったという点だ。

 

 もちろん、相手のことは一つでも多く知りたいと思っていたのだが、それは過去や経歴など、人としての表面の部分に過ぎない――いや、気持ちの部分だって考えていたつもりではあるのだが、こちらの感情が先行して、相手が喜ぶかどうかということに関して二の次になってしまっていた部分はある。

 

 とはいえ、自分も一緒に旅した輩《ともがら》だからこそ分かるが、星右京に寄り添うというのは並大抵のことではないはずだ。そう考えれば――少々酷い言い方にはなるが――そもそも右京という存在はテレサ姫の手に余る存在であったのであり、それこそ万年連れ添ったレムぐらいしか相手が出来なかったに違いない。

 

 なお、ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスから、テレサ宛てに連絡があったようだ。ジャンヌとしては以前にテレサとは敵対していた経歴もありつつ、同じく黄金の疫においてレヴァルで共に活躍した仲から、親交が続いているとのことらしい。

 

 ジャンヌに関しては、今もレヴァルの復興に尽力してくれている。以前はルーナ派の司教として大聖堂を任されていたが、今は軍属で大尉相当の地位で魔獣の征伐や街の再建にと奔走してくれているようだ。彼女としては罪滅ぼしという意味合いもありつつ、再びできた居場所を守っていこうという気持ちで、善意からレヴァルのために働いてくれている。

 

 もちろん、彼女には大聖堂を任せることも検討されたようだが、今更レム派もルーナ派もないし、何より彼女が奪ってしまった命は決して帰ってこないのだから、宗教的な指導者に戻るつもりはないと。「ティグリス神を崇めるのなら大司教をやってもいいわよ」と冗談交じりで言っていたようだ。

 

 テレサが一通り話し終わると、エルが「私の番ね」と口を開いた。彼女は当初の予定通り、ハインライン辺境伯領を正式に継ぐこととなった。その手続きは、驚くくらいスムーズに行われた。

 

 元々、エルが領地を継ぐのには二つの問題が懸念されていた。一つは、ハインラインの血族が果たして受け入れられるのかという点、もう一つは黄金の疫において辺境伯領を守ってくれたボーゲンホルンとの折衝である。

 

 前者に関しては、以下の二点から問題が生じなかった。第一点目にはリーゼロッテ・ハインラインは結局は表舞台には一度も姿を表さなかった点。もう一点は、エリザベート・フォン・ハインラインが先の戦役の立役者であるという点である。

 

 武神ハインラインについては、ほとんどありのままの事実が公表された。本当ならば、武神ハインラインについては如何なる脚色も可能だった。実はレムと同じくレムリアの民に同情的であり、アルファルド達を倒すのに協力してくれたとか――しかし、そんな脚色をリーゼロッテは好まないだろうとエルが一蹴した形だ。すなわち、武神ハインラインは人と神との趨勢については興味が無く、ただハインラインの血族の幸せを願って協力してくれたと、このような形で武神の功罪は公表されたのである。

 

 これだけだと消極的な協力という印象になるが、実際に此度の戦乱の集結にエルが活躍した点を加味され、武神の評価は「少なくとも悪神ではない」というものに落ち着いた。それに、領民は武神に対してでなく、長らくこの土地を守ってきたハインラインの血族に対しては誇りと信頼があるので、エルの帰還は領内に置いては友好的に迎えられたのだ。

 

 ボーゲンホルンとの折衝に関しても、とくに問題なく行われたと言っていい。しっかりと手続きを踏んだうえでの交渉であったという点はもちろんだが、英雄であるハインラインの背後には王家、ペトラルカ家、オーウェル家がいる。つまり、ハインラインを敵に回すことは戦後において強力な基盤を持っている勢力を敵に回すことになる。パワーゲームで押さえつけたと言えばそれまでかもしれないが、聡明なボーゲンホルン家の領主がへまを犯すはずがない。

 

 それどころか、円滑な権限の譲渡のために協力を惜しまず、今も政治手腕的に未熟なエルをサポートしてくれているようだ。むしろ恩を売っておくことで、今後のボーゲンホルン家の立ち位置をより盤石にしようという考えなのだろう。

 

 なお、カールの汚職については黄金の疫において裁判もうやむやにされてしまったのだが、その後エルにちょっかいを出してくるということも無いようだ。

 

 以上がエルが土地を継ぐに至った経緯であり、ここからは近況になる。少しずつ執務を覚えてきているようではあるが、テオドールの遺臣たちが次々と戻ってきてくれ、日常の業務については彼女は書類のチェックと捺印をすることが――自分がかつて准将時代にそうであったように――メインとなっているようだ。元々、ハインラインは有事の際に長らく執務から離れることになるので、信頼できる文官の採用と教育には余念がなく、優秀なメンバーのサポートにより問題なく領内の政治経済は回っている。

 

 その傍らで、エルは帝王学や政治、経済の勉強を進めているようだ。今は遺臣たちやボーゲンホルンのサポートを頼れるが、それが恒久的なものでない以上、自分自身で善悪の判断が出来るようになる必要があると。

 

「そんな日々の傍ら……こうやって、たまの息抜きにここに羽根を伸ばしに来るの。それで……」

 

 エルは一度言葉を切って席を立ち、部屋の片隅にある棚の引き出しを開けて、その中から一枚の紙を持ち出してきた。それを皿を片づけたテーブルの上に置いて、そっと広げる。予想はしていたが、どうやらエルが描いた絵のようだった。以前はスケッチばかりだったはずだが、この絵にはしっかりと着色がされており――これがもっとも最近に描いた絵なのだろう、青々と茂る夏の木々たちの美しさが印象的な水彩画だった。

 

「こうやって、少しずつ絵を描いているの。見せるのも恥ずかしいんだけれど……」

「そんな謙遜しないでください、お義姉さま。とっても素敵な絵です!」

 

 義姉の絵に素直に感激したのか、テレサは身を乗り出して対面に座るエルの両手を握って瞳をキラキラと輝かせている。実際の所、確かに上手い――ただしそれは、一年程度の独学で描き上げた割りに、というのが正確な所ではあるが。

 

 いや、もちろん一年でここまで描けるのなら相当凄いのだと思うし、実際にもしかしたら、彼女には絵の才能があるのかもしれない。ただ、もっと上手い絵というのを見たことがあるから――それと比較することがそもそもおかしいのではあるが――どうしても自分の中の印象は「なかなか上手い」という評価で止まってしまう。

 

「……ソフィア、アイツのことを思い出しているんでしょう?」

「……うん。でも、不思議なんだ。意外と最近は、あの人のことを考えていなかったというか……」

 

 今もあの人のことを大切に想う気持ちに一切の変わりはない。それに、やはり事あるごとに――たとえば先ほど窓から外を見た時のように――思い出すこともあるのだが、その頻度は確実に減っていた。テレサが過去を割り切ったのとは違って、それこそ彼がこの先も姿を表さないなどとは全く考えたくないほどではある。

 

 とはいえ、自分と一緒だったのか、エルとクラウはそれぞれこちらの言葉に対してうんうんと頷き返してきている。

 

「私もよ……まぁ、私の場合は絵を描いているとイヤでも思い出すのだけれど。でも、普段はそんなに意識しなくなったわ」

「私もです。この一年間は目の前のことに必死で、それこそあまり振り返っている暇もなかったと言いますか……それに、彼が戻ってきたときに世界が少しでも良くなっているように、頑張らなきゃいけないですから」

 

 クラウの言う通りで、彼の存在で頭と胸を一杯にしていては、前に進めないという考えはあった。あの人が帰って来てくれた時に、世界の傷が少しでも癒えているように――そして少しでも成長しているように。そういう気持ちでこの一年間やってきたのだし、だからこそいつまでもくよくよしていられなかった部分はある。

 

 何より、彼は帰って来てくれるという確信は未だにある。そして再会したら、それこそ感極まって、涙を流しながらあの人に抱きついてしまうだろう。今度こそは離さないように強く――グロリアに託されたのだから、強力なライバルたちにも負けないように。

 

 だからこそ、自分は去っていくあの子を慰められなかった。遥か彼方にその存在を確かに感じられた彼と違って、T3は宇宙の彼方へと消えてしまったのだから。結局、夜も更けてもあの子は現れず――そしてもうしばらく他愛もない話をして後、その日は眠ることとなった。

 

 翌日、自分とクラウがほとんど同時に目が覚めると――まだ明け方であったが――クラウが外に何者かの気配を感じとった。そして二人で別荘を出て湖の方へと向かうと、朝焼けに銀の長い髪を燃やす、肩の小さい――そしてそれに見合わぬ大きな剣を背負っている――少女のシルエットがあった。

 

 そしてあちらもこちらの気配を察知したのだろう、少女はゆっくりと振り返り、どこか哀愁の満ちた横顔を見せる。しかしすぐに首を振って、今度は大きく手を振りながらこちらへと近づいてきた。

 

「ソフィア、クラウさん、お久しぶりです! それで、あのぉ、ご飯などは……ないでしょうか?」

 

 最後にはお腹に手を当てながら、ナナコは苦笑いを浮かべたのだった。

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