B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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魔族たちのその後について

 合流したナナコのために朝食の準備を進めていると、次第にテレサが起きてきて、順次アガタとエルも居間へと降りてきた。以前旅をしていた時の感覚で言うと、アガタもエルもいつもよりは起きるのが早い――自分はかつてシンイチの下でアガタとも旅をしていたので知っている――恐らく昨日は全員で早めに寝たので、自然と早く目が冷めたということなのだろう。

 

「いやぁ、すいません! 昨日合流ってことは覚えてて、皆さんと会えるのをすっごくすっごく楽しみにしてたんですが、少し道草を食べてしまっていたと言いますか! それで昨晩なんとか辿り着いて、頑張って駆け上ってきたと言いますか……すいません!」

 

 ナナコは朝食をバクバクと食べながらしきりに頭をぺこぺこと下げていた。彼女のことだ、道草といっても人助けだったことは容易に想像できるし、それに――。

 

「そんなに謝らなくてもいいよ。ナナコが来てくれただけで嬉しいから」

「そ、ソフィアが優しい……」

「……もうお腹いっぱいかな?」

「ひっ……すいません失言でした!」

 

 ナナコは目の前の皿を抱くように守りながら、もう一度大きく頭を下げてきた。こう見ると以前とまったく変わっていない印象も受ける。しかし、やはり先ほど見せた寂しげな横顔こそが、今の彼女の本心を如実に表しているのように思う。今は空元気をふりまいている様で、それが見ていて辛い部分もあるのだが――今回の再会で、少し彼女の心を軽くしてあげられないものだろうか。

 

 補足になるが、現在彼女は自らの名をセブンスに定めた。これこそが今の自分に相応しい名前だからと。ただ、彼女もナナコという愛称として気に入ってくれているとのことなので、自分達は以前通りに呼んでいる。レム曰く、ナナコというのは旧世界において夢野七瀬が友人から呼ばれていた渾名であるらしいので、それで彼女自身もしっくりきたのだろうと推測していた。

 

 さて、昨晩夜通しでこちらへ向かってきてくれたということで、ナナコにはひと眠りしてもらうことにした。そのまま午前中は思い思いに過ごし――自分は昨日の夕べと同様、ナナコの眠っている二階の寝室から高原の景色をノンビリと眺めていた。あまりこうやって「何も考えないでゆっくりする」ということはこの一年間であまり出来なかった贅沢でもあるし、この窓の前は自分にとっての想い出の場所でもある。こうやって、ここから絵を描く彼の背中を眺めていた。昨日一度彼を強く意識してから、どうしても愛しさと寂しさがこみ上げてきて、どうにもこうせずにはいられなかった部分もある。

 

 そうやってしばらく窓の外を眺めていると、以前に彼が座っていた場所にエルが現れ、椅子やら画材やらを運んできてそこに設置していた。そして、すっかりと準備が終わったはずなのに、もう一度こちらへ戻って来て――どうやら倉庫の方へと行ったらしい――何かを大事そうに抱えて元の位置へと戻って、それを置いた。

 

 ここからでも分かる。それはあの人がまだ未完といって遺した絵だ。エルはそれをキャンバスに設置し、しばらく眺め――そして彼女の目の前にあるキャンバスへと向き直った。もしかしたら、絵を描くときはいつもあのようにしているのだろうか。もしくは、今日の題材が彼が描いたものと一緒だったから、目指すべき先としてそれを目の前に置いたのかもしれない。

 

 正午にはナナコも起き出して、自分達も外で絵を描くエルに合流することにした。もう肌寒い季節になってきてはいるが、それでも今日も昨日に引き続きで日差しが温かく、風も穏やかであり、せっかくの陽気だから絵を描いているエルを囲むように外に一同集まった。

 

 そこからは、ナナコの一年に関する話を聞くことになった。元々、彼女がこうやって自分達から離れて過ごしていたのは、彼女自身が改めて世界を旅して回ることを望んだから。昨日のうちに合流していたメンバーが戦後の社会をマクロ的な立場から良くしていこうとしているのに対し、ナナコはミクロ的な立場から――要するに、黄金の疫において彼女がしていたように、旅先で困っている人を手助けするという旅を続けている。草の根で泣く人が出てこないように、目の前の悲劇を食い止めようとするのは、やはりあの人に救ってもらった影響が強いのだろう。

 

 とはいえ、彼女は最初から一人で旅をしていた訳ではない。最初のうちは、チェンらと共に南大陸に渡っていたことを自分は知っている。ナナコに関しては南大陸から各地を回って、一年後にここで再会しようという流れになっていたのだ。

 

 ナナコの話は一度中座し、ここからはチェン・ジュンダー達の状況の報告になる。自分も南大陸に彼らが居ることは把握していたし、同時にシモンやブラッドベリ、並びに多くの魔族たちがそちらへ向かっていることは知っている。彼らは魔族の移民計画、それも惑星レムではなく、旧世界へ向けた船団を作っている最中なのだ。

 

 きっかけは、レムが眠る前に旧世界の状況をチェンらに共有したことに由来する。実は七柱たちは旧世界の状況を監視しており、その様子に変化が現れたことがつい半年ほど前、つまりレムが眠りにつくのと同時期に分かったのだ。

 

 観測の結果として、黄金の粒子に覆われていた星が急速に様相を取り戻しているようであると――この惑星と旧世界とは千光年の距離なので、その映像はちょうど今から千年前ということになるのだが、もしかしたら人が再び住める環境になっているかもしれないとの観測結果が出たのだ。

 

 これだけでは根拠として弱い部分はあるのだが、ブラッドベリはそれに賭けようと思ったらしい。この星においてレムリアの民と魔族が本能的に相いれないのであれば、結局はどちらかが滅びるまで戦い続ける他ない。むしろ今までは七柱によって絶滅しないように上手く管理されていたのであり、その枷が無くなった今では、従来よりも本格的な闘争が始まってしまう。そうなる前に、ブラッドベリは魔族を率いてこの星を離れ、今度こそ自分達の楽園を創ろうと考えたのだ。

 

 もちろん、魔族側からしてみれば、これはあまりに理不尽な結果と言わざるを得ない。勝手に作られて、生まれた故郷を追われ、マジョリティにこの星を譲ろうというのだから。それ故に、ブラッドベリは全ての魔族を強制して連れていくことを計画しているわけではない。この星に残りたい魔族に関しては魔族老グレンに任せ、南大陸で生活するようにと計画を立てている。これらの生存圏については、相互不可侵の条約をまとめた上で決定された。魔族の領域はエルフやドワーフの生存圏の中間でもあるので、今後はもう少し交易を通じて文化的な生活も出来る予定だ。

 

 とはいえ、魔族のうちの大半はブラッドベリに付き従い、移民船で移動することになっている。そして、その計画を支えるため、チェン・ジュンダーとシモンは魔族たちに協力することとなった。チェンに関しては元から魔族に対して影響力もあるし、実際に一千光年の距離を超えてきた経験もあるので、宇宙航行に関するアドバイス役として。シモンに関しては宇宙船のスペシャリストとして、またダン・ヒュペリオンの夢を継ぐという意味合いも込めて、それぞれ魔族たちの新天地を目指して協力することになった。

 

 シモンとしては、父が辿ってきた道を辿り、父の生まれ故郷を見ることになる。そこに関しては少々複雑な想いもあるようだ。それは父子にあった隔絶とは無関係で――今は自分と母の関係と同じように彼も父のことを素直に尊敬している――単純に、父が見たことがない世界を開拓することこそが自分の使命なのではと思う反面、それでも父の故郷に対する関心と、シモンを慕っている魔族達にできることを探した結果として、今回の件を引き受けたようだ。

 

「……僕からしたら、一番は宇宙に出ることだからね。まずはそれだけでも満足だし……それにこの身は比較的長命だから、次の航海もあるかもしれない。そうでなくても、もしかしたら僕の夢を継いでくれる者が現れるかもしれないからさ」

 

 どの道、人の身に宇宙は広すぎる。可能な限り自分の目で見たくても、全てが見られるわけではない。だから、彼の父がそうだったように、星屑の夢は星屑たちに継がれていけばいいのだと――シモンはそう微笑みながらナナコに語ったようだ。

 

 なお、この渡航に関しては、魔族以外にも若干名のドワーフの有志者も参加することになっている。その有志者とは、フレデリック・キーツと同じように記憶を子孫に継承して残り続けたDAPAの本物の職人である。彼らはキーツの遺志を継ぎ、またその息子であるシモンへの協力を惜しまないと――彼ら自身が宇宙が好きというのもあるのだろうが、同時にキーツの人望が伺えるエピソードでもあるだろう。

 

 また、渡航中も観測を続けた結果、仮に旧世界がまだ人の住める環境になっていなかったとしても、魔族たちの新天地に辿り着くまでは航海を続けるよう考えているらしい。DAPAの持つテクノロジーを使えば亜光速航行はできるので最低でも千年以上、そうでない場合は更に何千年、下手すれば何万年もの長い長い旅になる予定である。

 

 南大陸へと発つ前に、自分は一度王都を尋ねていたチェンの元を訪れていた。それは、他の選択肢は無いのかということ。もちろん彼が本気で星の海にこぎ出すというのなら無理に止める気もなかったが、彼には今後のレムリアの社会においても必ず居場所を見出せるだけの知識と才覚がある。どこにだって引く手あまたのはずだ――彼はこちらの説得に対し「大丈夫、貴女なら私無しでも学院の再建をやり遂げるでしょう」と断ったうえで、次のように続けた。

 

「DAPAの者たちも、歪んだ欲望を実現させようとしていたと言えばそれまでですが……今にして思い返せば、彼らも苦しみ抜いてこの世界を創り上げました。その中で生じてしまったレムリアの民と魔族との軋轢の解消こそが、そう軽くない罪を背負っている私のできるせめてもの贖罪だと思うのです。

 それに、私はあくまでも参謀であって、本来なら相応しい王の下でこそ能力を最大限に発揮できる。ブラッドベリは王として、仕えるに相応しい器ですから」

「……分かりました。でも、この星を発つときには必ず声を掛けてくださいね? アナタには恩がありますから、せめて見送りはしたいんです」

「ふふ、貴女がそんなに殊勝だなんて、明日は槍でも振るか……おっと、そんな怖い顔をしないでください、折角の美しいお顔が台無しですよ?」

 

 チェンは扇子で口元を隠しながら皮肉気に細い目を吊り上げ、しかしすぐに真面目な様子になり――「静かに夜を思ふ」と呟いた後、一つの詩を吟じた。その言語は自分が聞いたことがないものであり、内容までは理解できなかったが――ただ、なんとなく、彼が最後の世代たちを悼み、同時に遥か彼方にある故郷を想っていることは伝わってきた。

 

 自分には故郷と呼べる場所が二つある。一つは幼少期を過ごした王都であり、もう一つはあの人と出会った城塞都市。しかし、その気になれば自分はいつだってそこを訪れることができる。

 

 しかし、チェン・ジュンダーは違う。彼はその命を賭し、二度と戻らない覚悟でDAPAを追うことを決断したに違いない。しかし全てが終わってみれば、故郷を懐かしいと思う気持ちが出てくるのも理解できるように思う。そこに懐かしい人が居なくても、それでも故郷には思い出があるから。

 

 万年を生き、復讐に戦い続けた亀は、今全てを終わらせて、ただ亡き同胞たちを想い、故郷へと帰っていく。もう少し自身の幸せを願っても良いように思うが、それこそ彼の最後の望みこそが「もう一度故郷を見たい」というささやかなものであるのならば、もはや自分に彼を止める権利などない。

 

 もちろん、まだ船団は目下建造中であり、まだチェンと会おうと思えばいつでも会えるのだが。それでもチェンらは現在魔族と共に行動しており、レムリアの民たちの人里に来ることもできないため、今日の再会は辞退されていた形だ。

 

 さて、ここからは共に南大陸に渡っていたナナコの話に戻る。ナナコはブラッドベリやチェンから、共に旧世界を目指さないかと提案を受けていたようだ。ブラッドベリは夢野七瀬のことを信頼していたし、チェンとしてはナナコはある意味では娘のような存在であり――同時にT3を待つことの辛さを理解しているからこそ、ナナコに次なる目標と居場所を与えようとしたに違いない。

 

「……でも、断ったんだ。チェンさんやブラッドベリさんの厚意は嬉しかったし、確かにオリジナルが生きた旧世界にも興味はあるけれど……私はこの世界のことも好きだしね。それに、あの人と約束したから……一緒に、この星を旅して周ろうって」

 

 その約束は未だ果たされてはいないが――それでも彼女は、一人でも旅を続けることにした。それは、彼女のしたい人助けを自然とするという意味合いもあるのだろうし、同時にT3との約束を忘れないために、彼女が自身に課した使命に違いなかった。

 

 ともかく、魔族たちやチェンに別れを惜しまれながらもナナコは移民船団の建設現場を後にしたのがおよそ半年前。これはレムが眠った時期と一致する。そして、南大陸を旅をしながらレムリア大陸への船旅についたのがおよそ四か月前、三か月前には到着し、あとは想像通り、道すがら困っている人々を助けながらこちらへ向かってきていたようだ。この子の足なら海都からハインライン辺境伯領までは一週間ほどあれば十分な距離であるので、それこそ色々旅をしつつ、同時にそれだけ草の根には困っている人々が居たということになるのだろう。

 

 そして本日未明、グリュンシュタッドの街に辿り着いた彼女は、守衛の言伝のままに一人で寝ずに高原を抜けてきて、こうやって合流してくれたと――大まかの彼女の近況としてはこんなところだった。

 

 しかし、ナナコが話している間も、ずっと彼女が寂しげにしていることが気になった。以前は彼女方が自分を気にかけてくれていたので、何とかしてあげられればいいのだが――。

 

 ただ、彼女の心の痛みに近いものを持っている自分としては、上手い言葉が思い浮かばなかった。同じ痛みを感じているからこそ言える部分もあるのかもしれないが、それでも――どんな慰めの言葉だって、それは一時の慰めにしかならない。いや、友人同士というの言うのならそれくらいでも良いのかもしれないが――そんな風に悩んでいると、ナナコはこちらを見て困ったように苦笑いを浮かべる。

 

「あはは、そんな顔しないでソフィア。皆があの人の帰りを信じているのと同じように、私もT3さんがいつかひょっこり帰ってくるって信じてるから。

 それこそ、あの人は何回も絶体絶命な状況で生き残ってきたんだし、宇宙を彷徨うくらい、きっと大丈夫だよ!」

 

 そう言いながら、ナナコは両手でガッツポーズを取って見せるが、流石に今回ばかりは曖昧に笑顔を返すことしかできなかった。「そうだね」とも言うのも無責任だし、「それは厳しいんじゃないかな」というのは彼女の希望を否定することになるし――ある意味では自分にも跳ね返ってきてしまうから。

 

 そして、それを意識し始めると――なんだか心に確かにあった小さな穴から、心が悲鳴を上げだしてしまうような、そんな寂しさが湧き出でてきて、次第に大きくなっていくような心地がしてくるのだった。

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