B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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昼間の模擬戦 アランとテレサの場合

「それではアランさん、いきますよー」

「あぁ、お手柔らかに頼む」

 

 お互いに準備が出来ると、自分とテレサとの間にエルが立ち、コインを一枚その手に持った。あまり声を上げるタイプでないから、コインが地面に落ちたのと同時に開始ってことにしようという事か――エルがコインを弾くと、自分とテレサとの間に落下してきて――そして、石畳と金属とがぶつかり、小さく乾いた音が鳴った。

 

「それではまず……小手調べを!」

 

 テレサは小さく呟くと、一気に間合いを詰めてきた。これが小手調べの速度か、本当に一足飛びで射程圏内に入ってくる。しかも、テレサの気迫も凄く、一瞬にして向こうの勢いに呑まれそうになる。

 

 テレサはこちらから見て右上段に構えている。逆袈裟の構え、引くにもしゃがむにも避けようのない。そうなれば、右手の短剣で止めるしかない。逆手に持った短剣を押し上げるようにして、相手の斬撃が最高速に達する前に受け止める。

 

 右手に痺れるような重い感覚、同時にテレサは、おっ、という表情に変わった。小手調べの言は嘘ではなく、多分これも、全然手を抜いての一撃だろうに、こちらとしてはギリギリ防いだという感じだが――向こうは余裕もあるし、同時にもう一つギアを上げられたらとたんに対応できなくなるはずだ。

 

 どうするか、考えているうちに、テレサのほうが一歩引いてくれた。そして品定めするような視線でこちらを射貫いて後、再び一歩と踏み込んでくる。こちらは、まだ準備も戦略もクソも無いのだ、合わせて一歩引いて、相手の剣戟をおっかなびっくりに躱すことにする。

 

 テレサは戦略を変え、相手の間合いの先端で様子を見るような打ち合いになる。それは、二つの意味で――エルが観察できるように、ある程度は長く戦おうという意味もあったのだろうし、単純にこちらの攻撃の届かない間合いを維持されていることになる。

 

 つまり、このままいけばジリ貧だし、更に向こうは手心も加えてくれているのだから、本気を出されたらすぐさま終わってしまう。

 

 相手は様子見と言っても、一撃一撃は重い。それを当たりそうに見えたら短剣で受け止め、避けられそうなら避ける――とはいえ、こちらの位置はスタートラインより大分後ろに下がってしまっている。

 

「……引いてばかりじゃ勝機は見えませんよ!」

 

 そうは言うが、地力が違いすぎるのだからどうしようもない。ただ、確かに引いてばかりでも何の解決にもならない。せめて、一矢報いたい――本来なら、飛び道具と合わせて戦いたいが、せっかく近接戦闘の訓練なのにそれじゃ本末転倒か。そもそも、投擲を使ったところで、テレサほどの剣士なら対応してくるだろう。

 

 それならどうする、答えは単純、こちらの間合いに入るに限る。そもそも、獲物の長さが違うのだから、もっと相手の懐に入っていかなければならない。しかし、それが出来ない理由はある。向こうの技量と気迫とが、それをさせてくれないのだ。

 

 相手の剣閃が速いから、恐れが出る。相手の剣気が鋭いから、前に出る勇気が削がれる――この場の支配者に、自分自身が呑まれてしまっている。

 

 そして、こちらが委縮しているのを剣士としての本能で察したのだろう、勝機を確認し、テレサはまた一歩踏み込んでくる。

 

「……はぁ!!」

 

 くそ、終わりか――だが、自分の本能が、終わりを受け入れていないらしい、本能的に奥歯を噛み、そして腕を剣気のある方向に突き出しながら前に出る。

 

 右手に鈍い衝撃、だが同時に確かな感覚。そうだ、攻撃を見てからでは遅いのだ。剣を見るんじゃない、相手の息遣いを、筋肉の動きを、気配を――()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ!?」

 

 手合わせを終わらせる攻撃を防がれて驚いたのか、テレサは少し下がった。こちらとしては相手が下がったのを見逃さず、一気に前進する。テレサが息を止める、そして剣気をぶつけてくる。そうだ、気配は攻撃の道筋、相手が何をしてくるかの予兆に過ぎない。呑まれるのでなく、利用すればいい、それを躰が覚えている。

 

 女は右腕と肩を引いた、ならば突き、狙いはこちらの胸、上半身を逸らして切っ先を躱し――服の表面が抉られた、もう少し早く動いているつもりだったのだが――相手の剣より高い位置から右手の短剣を殴りぬけるように突き出す。

 

 だが、こちらの一撃も相手が突き出した腕を上げたことで弾かれた。テレサは驚いた顔になり――息を止め、身を少しかがめた、それなら跳ぶ――大きく後ろに跳躍した。

 

 予見できているのだから、相手の反応を上回ることだって出来る。テレサが跳ぶのとほぼ同時に、こちらも大地を蹴って前に出る。

 

(……いける!!)

 

 相手の着地を狩る――もちろん、向こうも迎撃の準備はある。間合いを詰めたせいで、相手から放たれる一撃はこちらからすると本来は死角、それでも気配的に袈裟切り、エルが止めたのと同じように短剣を突き上げ、その一撃を止めようと試みる。

 

「……がっ!?」

 

 試みただけで、テレサの一撃を止めることは出来なかった。あまりに重い一撃に剣を持つ手ごと持っていかれ、幾分か勢いを削いだはずの斬撃が左肩に当たり、しかしそれがなお鋭くて呻いて跪いてしまった。

 

「……ご、ごめんなさいアランさん! やられると思って、力を入れすぎてしまいました……大丈夫ですか?」

 

 テレサもしゃがみ込んで、こちらの顔を覗き込んでくる。一応下に楔帷子は着ているのだが、模造刀の一撃は斬撃というより打撃だ。余り防御効果は無かったように思う――これは骨にヒビでも入っているかもしれない。

 

 とはいえ、耐えられないほどの痛みではない。右手を上げてなんとか強がって見せることにする。

 

「いやぁ、大丈夫大丈夫……手合わせありがとう、テレサ」

「いえいえ……でも、アランさん、途中から別人みたいでした。実力、隠してたんですか?」

 

 隠していたも何も、自分でもあそこまで動けるとは思えなかったというのが正解なのだが。

 

「彼、記憶喪失だからね……出来ないと思っていることも、ふとした瞬間にスイッチが入って、体が思い出すんでしょう」

 

 どう説明しようかと思っているうちに、エルが近づいてきて代弁してくれた。エルはテレサと同様にしゃがみ込んで、自分が右手で抑えている左肩を見つめる。

 

「テレサ、クラウかアガタを呼んできて。一応、回復魔法を掛けてもらいましょう」

「は、はい、そうですね! 私、呼んできます!」

 

 テレサは立ち上がり、兵舎の方へと向かっていった。そして、エルはしゃがみ込んだまま周囲を確認し――近くに人がいないのを確認していてから口を開いた。

 

「……アナタがきた世界、物騒な所だったのかしら?」

「いいや、この世界よりは余程平和なはずなんだがな……」

「そう、それでもアナタは、きっと前世でも戦いに身を置いていたのでしょうね……そうでなければ、あそこまでテレサを追い詰められないでしょうから」

 

 そう言われても、あまりピンとは来なかった。しかし、エルの意見はもっともで、それなら以前からできていた投擲のスキルがあることや、先ほど体が動いたのも頷けるだろう。

 

 自分は前世では軍人か何かだったのか――いや、軍人だと火器を使う印象だし、何より索敵があまり出来なさそうだ。それなら、もしかするとスパイか何かだったのかもしれない。

 

 スパイか、スパイ、なかなか格好いいではないか――しかし、やはりそれもピンとこなかった。朧げに思い出せるのは、車が走る景色、コンクリートジャングル、そんなものばかり。自分は本当に小市民だった、という方がなんとなく頷ける。

 

「……ねぇ、アナタ。もしかしてなんだけど。体に違和感があるんじゃない?」

 

 考え込んでいたらしく、声が聞こえてハッとした。エルの方を見ると、口元に手をあてて何やら考え込んでいるようだった。

 

「うん? そりゃ、肩は痛いが……」

「そうじゃないわ。何というか、上手く説明できないのだけれど……傍から見ていて、動きにくそうにしている時があるのよ。なんというか、思っているほど体が動かない、そんな風に思う事、あるんじゃないかと思って」

 

 そうは言われても、毎度戦闘の際など必死で、何を考えていたのか、また何があったのか事細かに覚えているわけでもないのだが――だが、言われてみれば確かに――。

 

「……そうだなぁ、予想していたより体が速く動かない、なんてことは何回かあった気もする」

「そう……アナタの体、前世を模しているだけで、完全に一致しているわけじゃないのよね。そのせいかしら?」

「そうかもしれないな」

 

 しかし、もしエルの仮説が正しいとするなら、魔族とかいう人間の地力を遥かに上回る生物と互角以上にやり合えるテレサと、自分はいい勝負ができる程度に前世は強かったことになる。なんとなく平和な情景しか思い浮かばない自分にとって、その事実は更なる違和感を覚えさせた。

 

 そう言えば、テレサは最後に力を入れすぎたと言っていたが、どの程度まで本気だったのだろうか。それ次第では、前世の強さの指標になるかもしれない。

 

「ちなみに、テレサはアレ、最後本気だったか?」

「まさか。七割って所じゃないかしら……でも、アタッカーでもないアナタがそこまで引き出せたのなら十二分よ」

 

 なるほど、あそこまで肉薄して七割か。そして残り三割の壁はかなり厚いのだろう。なにせ、七割で相手の攻撃に対処できなくなっているのだから。そう思えば改めて、勇者のお供の凄さ、それにそれと同等以上だったエルの実力が凄いものだと再認識できたが、同時に女の子に腕力で叶わない事実にちょっとだけへこんでしまったのもまた事実だった。

 

 その後、テレサが連れてきたのはクラウだった。兵舎の階段を昇ろうとするときに、ちょうどすれ違ったらしい。回復魔法のついでに、お決まりの「まったくアラン君なんですから」もいただいて、その場は解散となった。

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