B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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魔王と邪神について

 兵舎で寝泊まりするようになってから一週間ほどが経った。テレサとの立ち合いが数日前、結局あの後からエルに訓練をつけてもらうことにした。といっても、逐一試合形式でやるわけではなく、筋トレや素振りなどの基礎的な訓練メニューを考えてもらい、それをこなしているという感じではあるが。

 

 午前のメニューが終わり、しばらく自室で休憩をしてから食堂へと向かう。正午の時間帯は滅茶苦茶に混むので、少しずらして空き始めを狙うため、敢えてちょっと時間をずらしている。

 

 しかし、時間をずらしたにも関わらず、今日はまだ食堂は混んでいた。見れば、食堂の一角に男たちが集まっており、アレが混雑の原因なのは想像できた。

 

「あ、アランさん!」

 

 ぼぅっと男祭りを眺めていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、小走りにソフィアがこちらに近づいて来ているのが見えた。

 

「ねぇ、アランさん、お時間あるかな? もしよかったら、ディック先生と一緒に、執務室でご飯食べようよ」

 

 その提案は、この混みあっている食堂を見れば、至極ありがたい提案だった。肝心の食事は配膳を受けないといけないが、むしろそちらは空いているので、すぐに飯の準備は出来るだろう。

 

 ソフィアの提案を呑み、食堂の中を歩いている時に、混んでいた原因にやっと気づいた。席で食事にありついている兵の多くは、盆の横に可愛らしい小包を置いている――あれが配られていたから、今日は混んでいたのだろう。

 

 ◆

 

「……はい! アランさん!」

 

 執務室で食事が終わるのと同時に、紙をリボンで止めた小包をソフィアが差し出してきた。そう言えば、レヴァルが攻撃を受けた際、外の兵を鼓舞するのにソフィアがお菓子を奢るとかなんとか言ったらしいのを小耳には挟んでいた。要は、その約束が守られ、それが配られたのが今日だった、ということなのだろう。

 

「あぁ、ありがとうソフィア……でも、俺も受け取っていいのか?」

「いいの! アランさんもレヴァルを守るのに頑張ってくれたんだから」

「それじゃ、ありがたく」

 

 受け取った小包を開いてみると、中にはクッキーが三つほど入っていた。食後のデザートがてらに頬張ると、味はいたって普通――よりも若干ぼそぼそしているというか、そんな感じのクッキーだった。

 

「……レヴァル襲撃のあおりで、普段飲食店をやっている人が休業状態だったから。その人たちを臨時で雇って、なんとか作ったんだけど……やっぱり物資が不足しているから、一人三つが限界で……」

「うん、まぁいいんじゃないか? 物資が無いことは皆わかってるだろうし、それにこういうのは約束を守るのが大切だと思うしな」

 

 そう言いながら、残りも一つ、二つと頬張る。ストレートに言えば味はしょぼいが、それでもソフィアからもらったことには充足感がある。アレイスターも自分と同様に食べ終わったようで、手についた油を袖でふき取っていた。

 

「えぇ、アランさんの言う通り……何せ、皆のアイドル、オーウェル准将の奢りですから。兵たちの士気も上がることでしょう」

「そ、そんな、アイドルだなんて……!」

 

 ソフィアは顔を少し紅潮させながら、両手をぶんぶんと振っている。それをアレイスターはにこやかな顔で見送ってから、こちらに向き直った。

 

「アランさん、知っていましたか? この子、レヴァルの軍部じゃ大人気で……みんな、ソフィアに無茶させたくなかったのでしょう、それで仕事をなるべくソフィアまでいかないように頑張っていたらしいんですよ」

 

 なんとなくそれは理解していたが、改めて第三者の口から聞いて確信できた。シンイチは後ろ向きな理由でソフィアを遠ざけたが、ここの人たちはなんというか、不器用だったのだろう。

 

「……一人やもめが多いですから。娘のように思ってくれていたのでしょうね。しかも、娘との距離感も分からないから、大事にするのと腫物を扱うのを取り違えてしまっていたのでしょう」

 

 そこまで言って、アレイスターはソフィアのほうへと向き直る。

 

「まぁ、不器用な大人たちの対応も一理あります。アナタは放っておくと無限に仕事をしますからね、ソフィア」

「むー……でも、みんな頑張ってくれてるのに、私だけのんびりしているわけには……」

「はい、そういうところです。何度も注意したと思うんですが、それはもうアナタの根幹なのでしょうね」

 

 アレイスターはソフィアの先生だったのだから、ソフィアの悪癖もずっと見てきたのだろう。そして、それを注意しても直らなかった――そしてそれは今もそうであり、執務机の上には、書類が山積みになっている。

 

「ソフィア、最近も忙しいのか?」

 

 実際、ここに寝泊まりするようになってから、毎日どこかでソフィアと顔は合わせるものの、ほとんど一緒の時間は無かった。まぁ、どうせ首を横に振るのだろうが――案の定、少女はその通りの動きを取った。

 

「本国とのやり取りはちょっと多いけど、結局書類に判子を押してるだけだから、そんなに忙しくないよ! それに、今は先生が半分やってくれてるから……申し訳ないくらい」

「ふふふ、私も結局、不器用な大人の一員ってことでしょうかね?」

 

 アレイスターは照れくさそうに笑い、ソフィアもそれにつられている。二人の歓談を尻目に、先ほどまでつついていた食器に視線を落とすと、その横に地図が広げられていた。

 

「書類仕事以外にも、これで作戦を練っていたのか?」

 

 地図を指さすと、アレイスターがこちらを向いて頭を振った。

 

「一応アレコレ話し合ってはいますが、実際には現地についてみないと何とも言えないのが結論ですね。普段は人類、魔族両軍とも、死の渓谷でぶつかり合い、勇者パーティーが中央突破し、魔王城を制覇する……という流れなのですが。

 今回は、魔族側に参謀がいるみたいですから、どんな布陣で向かい撃たれるかも分かりません。敵方も、こちらが進軍するまでは陣を敷かないでしょうし……なので、出たとこ勝負としか言いようが無いのが現状です」

 

 その後、ソフィアが白い指で地図を撫で始める。

 

「一応、魔王城がある場所の地形は分かってるんだ。展開できる場所が死の渓谷を抜けた後の荒野になるから、軍隊が衝突するのはそこになるのが定石だね。まずは勇者パーティーを含む寡兵で山道を突破、残りの兵は勇者を追わせないように後ろから迎撃して、最後は勇者様が魔王城を制覇する、というのがいつもの流れだよ」

「成程なぁ。今回はそれがどうなるか分からない、と」

 

 こちらの意見に、二人は頷いた。とはいえ、毎回同じパターンで攻められる魔族サイドには問題がある気もするし、相手がどう動くのか分からないのが本来の戦争というものな気もするのだが。

 

「一応、有力なスカウトを送り込んで、可能な限り情報は収集しています。敵の兵力数などは、ある程度のことは推測できそうですが……どこにどう布陣をされるかは分かりませんね。ただ、勇者の突貫力が並外れているので、基本的にはゴリ押し可能です」

 

 知的な雰囲気のアレイスターが、眼鏡を上げながらゴリ押しとかいう脳筋な言葉を出してきたので少々笑ってしまった。とはいえ、確かに先日の聖剣の一撃、それに神剣アウローラに、レヴァルの外の大群を追い払ったアレイスターの魔術があれば、あながちという感じではある。

 

 そうなると、本当に大変なのは、魔王城に突入してからかもしれない。というか、自分は魔王についての情報があまりにも少ない。俺だって魔王と対峙する可能性もあるのだ、聞いておいた方がいいだろう。 

 

「なぁ、そう言えばなんだが。今更ながらに魔王のこと、もう少し聞いてもいいか?」

 

 こちらの願いには、ソフィアが頷いた。しかし、いつも自分が質問したら率先して答える感じというより、真剣なものだ。流石に人類の仇敵の話ともなれば、真面目にもなるか。

 

「魔王……魔王ブラッドベリ。およそ三百年周期で蘇り、魔族を束ねる闇の王。その力は強大で、不滅の肉体と魂を持つ……だから、異世界の勇者様の力が無いと、倒すことが出来ないんだ」

「うん、その強大って所をもう少し細かく聞きたいな。もしかすると俺も戦うことになるのかもしれないし、知っている範囲でいいから聞いておきたい」

 

 自分の質問に対しては、ソフィアよりもアレイスターが先に口を開いた。

 

「ブラッドベリの力の正体は良く分かってはいません。恐らく、邪神ティグリスの加護があるのだと思われますが、神聖魔法とも、魔術ともつかない能力を持っているようです。

 伝え聞くところによれば、詠唱無しで炎や漆黒の風を操り、触れずとも物を動かし、時に人の思考に干渉し、操る力もあるようです」

「ふぅん……」

 

 なんとなくだが、前世でいうところの超能力者みたいだ。いや、超能力者が一般的であった訳ではないはずだが――それでも魔王の持つ能力は、パイロキネシスやサイコキネシスとか、そういう現象に近い気がする。

 

 何にしても、本来は予備動作が必要なはずの魔術ではなく、瞬時に炎や風を出してくるのなら厄介だろう。

 

「あ、そうだ。その攻撃は、神聖魔法の結界では防げるのか?」

「高い確率で、という言い方にはなります。私も実際に見たことがある訳ではないので……しかし、結界はありとあらゆる物理的な現象を妨げることができますから。第六天結界……枢機卿クラスの結界があれば防げるようです。その点は、アガタさんがしっかり満たしていますね」

 

 なるほど、それなら魔王に関しては、相手が新しい力でも得ていない限りはシンイチ達に任せておけばなんとかなりそうか。それよりは、もう一体いると推察されている謎の存在――それと対峙する可能性のほうが自分は高いから、そいつの情報が欲しい。

 

 とは言っても、この場の全員がそれを知っている訳でもないのだから、聞いたところで無駄だろう。恐らくあの地下で聞いた声の主がそいつなのだろうが、如何せん声しか分からない。ここに関しては考えたところで仕様もなさそうだ。

 

 そう言えば、地下空間で一つ異様なことがあった――それは、先ほどアレイスターが名前を出していた。邪神とはいったい何なのか、恐らく邪神が現れて戦うなんてことは無いのだろうが、聞いておいても損はなさそうに思う。

 

「なぁ、もう一個。邪神ティグリスって何なんだ?」

 

 この質問の前に、説明したがりのソフィアが珍しく渋い顔をする。

 

「うーん……邪神ティグリスについては、人類側にあまり情報はないんだ。分かっていることは二つだけ、七柱の創造神が旧世界において封印した最大の邪神であること、もう一つはそれを魔族が信仰しているんじゃないか、ということくらい」

「ふぅん……なんか、悪を倒した神話のストーリーなんか、人気でみんな知ってそうだけどな」

「そうだね……えと、先生?」

 

 ソフィアはこちらの意見に同意した後、アレイスターの方を覗き見た。そちらを見ると、いつもの柔和な感じが鳴りを潜め、重苦しい雰囲気になっている。

 

「……これは、あまり他言して欲しくないのですが……邪神についての情報の少なさは、恐らく教会勢力の情報統制が関係しています。アランさんの言う通り、悪を倒すというストーリーは分かりやすく、七柱の創造神への信仰へと寄与すると考えられます。

 しかし同時に、正義に対する悪という存在は、この世界からはみ出してしまったもの達の心の拠り所になりえます。世の正義が自分に合わないのならば、その抵抗者が自分の味方になりうる、そんな感じですね」

 

 そこでアレイスターは言葉を一度切った。しかし、彼の言う通り――前世でいうところの判官贔屓や悪魔崇拝、それに先日のジャンヌ・ロペタを見れば、その推察の正しさが証明されるだろう。

 

 そして同時に、クラウ――いや、クラウディアが教会を追放されたのにも納得か。ティアが正体不明の神から加護を受けているとなり、それがティグリス神の加護である可能性を考慮すれば、彼女自身が言っていたように異端審問に掛けられてもおかしくない状況だったのだろう。

 

「……なので、教会は邪神の情報を、なるべく人間世界に広まらないようにしているのかと。教会や学院、王国という権威に対抗する旗を作りたくないんですね。だから、この世界では邪神ティグリスはその名を語ることが忌避されるのです……アランさんも、なるべく口に出さないほうがいいでしょう」

「なるほど……忠告ありがとう、気を付けることにするよ」

「えぇ……アランさんの質問の答えにはなっていなくて、申し訳ありませんが……私は教会と学院の知識の占有に関して、少々疑問を持っています。もちろん、人類の目先の課題は魔族との戦いですが、それと同じくらい、今の社会構造が正しいものか問いかけていかなければならないと……。

 しかし、この件は慎重にことを進めなければいけません。恐らく、私の前にも同じように思った者がいて、その誰もが成果をあげていないことを考えれば……迂闊な啓蒙は自らの破滅を招くと、そういうことなのでしょう」

 

 そこまで言い切った後に、アレイスターはいつもの柔和な雰囲気に戻った。要は、権威に対して危険な思想を持っていることがバレると困るから、少し気が張ったという感じか。

 

「……まぁ何にしても、まずは魔王退治、だな」

「そうですね。アランさん、相当な達人とのことで……テレサ姫が驚いてましたよ。その実力、世界のためにお貸しください」

 

 笑うアレイスターの横で、ソフィアが「そうなんです、アランさんは凄いんですよ!」と食い気味で乗っかっていた。それに少し気恥ずかしくなってしまう。

 

「いやぁ、達人は尾ひれがついてるって。全然お姫様の実力には敵ってないんだからな……まぁ、やれる範囲で頑張ってみるさ」

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 そこで話が切れると、ソフィアが思い出したかのようにこちらを向く。

 

「そう言えばアランさん、クラウさんに魔術杖の職人を紹介してくれって言われたんだけど、何か知ってる? 最近、ずぅっと工房に立てこもってるみたいだし……」

「あぁ、俺がちょっと、武器の制作依頼を出したんだが……結構マジにやってくれてるんだな、ありがたい」

「ほへー……どんな武器なの?」

「まぁ、それは見てからのお楽しみってことで」

 

 実際、製図を渡したのは自分だが、お粗末な機構と突っ込まれていたからにはこちらが想像していたものと別物が出てくるだろう。そう思えば、自分自身も完成品を見るのは楽しみだった。

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