B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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勇者の依頼

 馬車に戻ってからは、そう言えばと言わんばかりにソフィアから前世の質問攻めにあった。確かに、バルバロッサに着いてからは徒歩になるので、他の人たちに話を聞かれる可能性が増す。そう考えれば、今のうちに前世のことを聞いておいてくれた方がありがたい。

 

 とはいえ、なかなか彼女の知的な部分に応えるのは難しかった。前世の常識上の範囲内では知識があっても、その原理原則までは知っているわけではないからだ。

 

 しかし、それでもソフィアは満足そうだった――単純に色々と質問して、自分の知らない世界のことを知りたかっただけなのかもしれない。

 

 また、話していて割と感じたのは、この世界はやはり、学院とその他との知識や技術の乖離が激しいということだ。エルやクラウの知識は中世から近世並という感じだが、ソフィア、つまり学院の所持している知識は、前世でいうところの近代並、そして恐らく分野によっては前世よりも発達しているのではないかと予想された。

 

 なお、ソフィアの一番食いつきの良かった話題は知的なものでなく、お菓子の話題だった。少女と出会ってすぐに一緒に食べたのが影響してか、ソフィアの中でブームなのかもしれない。

 

 ソフィアの質問が落ち着いている時には、クラウからちょこちょこと声を掛けられていた。彼女が聞いてきたのは、知識よりも世俗とか、生活に関することだった。もしかすると、俺が何かを思い出すきっかけになるかと思ってくれていたのかもしれないが――辞書的な物と、その名詞に付随する外観のみが思い出されるのみで、自分のことは結局思い出すことは出来なかった。

 

 しかし、こう前世の知識をアレコレ喋るのは、女神的には問題ないのだろうか? まぁ、問題があるなら、アイツは俺の口を止められるのだ。というか、シンイチだってソフィアには色々話していたのだろうし、レム的にもOKということなのだろう。

 

 ちなみに、エルは概ね、物憂げに窓から外を眺めていた。さらにちなむと、俺やクラウ、時にソフィアがボケたことを言うと、きちんと窓から目を離して突っ込みを入れてくれていた。

 

「エルさんがいると場が締まりますね!」

「……これから魔王を倒しに行くっていうのに、アナタたちが呑気過ぎるのよ……」

 

 頭痛げにクラウにそう切り替えしてはいたものの、エルも時折、優し気に二人の少女を見守っていた。そのような感じで、バルバロッサに着く二日間ほどは緩やかな時が流れた。

 

 バルバロッサでは先日ソフィアが派遣した中隊と合流し、その後に山道での行軍が行われた。徒歩での移動では、そこそこシンイチたちとの絡みがあった。この先はどうなりそうか、その予測をソフィア、アレイスターが話し合い、エルとテレサが時折、昔話に花を咲かせているようだった。

 

 自分はシンイチかクラウとちょこちょこ絡み――シンイチは周りに人がいない時は嫌がらせのように先輩呼びをしてきた。クラウはどちらかと言えば、手持ち無沙汰の解消に声をかけてきているようだった。なお、アガタは一人でも黙々と、人の身長をゆうに超えるこん棒を担ぎながら山道を昇っていっていた。

 

 自分たちは先行部隊で、一日ほどの行脚でイブラヒムの砦まで到着した。そこで一日潰し、後続部隊を待つ。全員が砦の中に入れるわけではないので、周囲で野営の準備も進められ――最終的には、イブラヒムの砦とその周辺に、二万人ほどの人類解放戦線が終結した。

 

 さて、野営が済んでから四日ほど経つが、未だ人類軍は動けずにいた。もちろん、移動に疲れた兵の休息のため、二日は休みを設ける予定だった。それを超えても動けない理由に対して、砦の会議室で話し合うことになった。

 

「……歩哨が戻ってこないんだ」

 

 そう切り出したのはシンイチだった。会議室のテーブルには地図が広げられており、アレイスターがそれを指さす。

 

「この地図の、バツ印がある箇所が、スカウトが魔王城監視のために利用していたポイントです」

 

 言われて見てみると、魔王城を囲むように計五か所ほど、またその道中の一か所の罰点印がついている。

 

「まだ戻ってきてくれる可能性はありますが、慣れているスカウトなら、一番遠い場所でも半日もあれば戻ってこれる距離です……恐らく、これらのポイントが割れたのか、はたまた行く途中か帰りかに、魔族にやられたと考えられます」

「……一応確認していいか? 敵情視察無しでゴリ押すっていうのは……」

 

 こちらの質問には、アレイスターが首を振った。

 

「正直、出来なくはないと思います。しかし、今回は魔族がいつもと違う動きをしているので、情報が欲しいです。特に……」

 

 そう言いながら、アレイスターは地図の一角を指さした。それは、魔王城の周りではなく、むしろ道中の箇所だ。

 

「死の渓谷。ここの状態は絶対に確認しておきたい。行軍には獣道は通れませんから、必ずここを通る必要があります」

 

 アレイスターがそこまで言ってからは、シンイチの横やりが入る。

 

「逆を言えば、ここに罠が張られていたら一網打尽にされる。というか、あると想定すべきだろうね……単純な戦法だけど、上から岩でも落とされるだけでもかなり危険だ」

 

 確かに、それは単純でも強力な戦法だ。いくら魔術とかいうトンデモパワーがあったとしても、全てを防ぐのは難しいだろうし、何より奇襲を受けては兵の士気にかかわる。

 

「行軍に合わせて崖上からも精鋭が先行して、罠にかけられる前にその罠を潰すか、下の兵たちに連絡を取る、それでもなんとかなるとは思います。

 とはいえ、かなり慎重に進まざるを得ない……ゆっくり進軍するのは兵站にも関わりますから、事前に危ないポイントを看破しておくに越したことはありません。ですが、魔族の本拠地を動き回れるスカウトとなると、相当凄腕でないと……」

 

 歯切れ悪く、アレイスターはこちらを見ている。それなら――と自分が答える前に、エルが口を開いた。

 

「それなら、私たちが行くわ。アランが居れば何とかなると思う……彼、性格と記憶には難はあるけれど、私が今まで見てきた中で最高のスカウトとは断言できるから」

「お前は素直に人を褒めることは出来ないのか?」

「おあいにく様。皮肉を言われたくないなら、もう少しシャキッと生きなさい」

 

 まぁ、最高と言われて悪い気はしない。それに、確かに偵察はしておいた方がいいだろう――この一戦に、人類の趨勢が掛かっているのだ。大胆なだけで行くのは危険だろう。そこに自分の力が活用できるのなら、やぶさかではない。

 

「うん、私もエルさんと同意見だよ。私たち四人で行けば、アランさんが索敵しつつ危険は避けられるし、仮に襲撃されても対処できると思うから」

「いいや、行くとするなら、アランさん一人で行ってもらうのが良いと思う」

 

 ソフィアの意見に、シンイチが口を挟んだ。それに対しソフィアは一瞬驚いた顔をして、すぐに抗議の炎を目に宿した。

 

「……シンイチさん、なんでですか?」

「理由は二つある。一つ、ソフィア、エルさん、クラウディアさん……三人の力は魔将軍と戦えるほどだ。その戦力に万が一のことが起きてほしくない。もう一つ、スカウトの隠密は、一人のほうがその機能を発揮するからだよ」

 

 シンイチはそこで言葉を切って、自分の方を笑顔で覗き見る。

 

「アランさん、敵の気配を感じるのに、一人のほうが動きやすいと思わないかい? 恐らく、今までアランさんは、他のメンバーの気配や、息遣い、足音……そういったものにも注意を払わなければならなかった。

 それが無くなるとしたら……とくに、今回は敵を撃破することが目的じゃない。ただ、敵の情報を見てくるだけだ。つまり、今回の件に火力はいらないんだ。アランさん以外は足手まといになるだけだ。もちろん、僕も含めてね」

 

 火力はいらない、足手まとい、その言い方は少女にはかなりきついと思う――事実、ソフィアは悲し気に俯いてしまった。とはいえ、今回の提案はシンイチなりの最善であり、また重大な使命を背負っているからには、人の感情より優先すべきことがあるという判断もあるだろう。

 

 さて、シンイチに言われたことを想像してみる。確かに、この世界に来てからほとんどは、少女たちの誰かと一緒に行動していた。一人で危険な所を動いてたのは、あの海岸で目覚めた時、エルと出会うまでの短い期間だが――むしろあの時が、一番動きやすかったとも思う。あの感覚で進めるのなら、シンイチの言う事も一理あると言わざるを得ない。

 

 それに、徹底して戦闘を避けるのなら、わざわざ少女たちの手を煩わせる必要もない。更に一人で行って帰ってくる方が早いまであるだろう。そうなれば、シンイチの言う通り、一人で行くのが正解か。

 

 とはいえ、彼女たちの感情はどうか――とくにソフィアか。先日、自分のために頑張ると言ってくれていたことを考えると、一人で行くと言えばまた自尊心を失ってしまいかねない。

 

「……アランさん、一人で行く?」

 

 そう、隣から泣きそうな顔で言われるとどうにも弱い。だが、今回ばかりはシンイチの言う事に分がある――というより、ソフィアが正常な判断が出来ていないようにも思う。

 

「……ソフィア。貴女には立場があります。それこそ、この場でやってほしいこと……兵たちの慰労をして士気を保つのは、貴女が最も適任です。レヴァルの指揮官として一年間、みなを支えてきたのは貴女なのですから」

 

 こちらが困っていると、対面からアレイスターが助け船を出してくれた。同時に、エルもソフィアの奥で頷いてくれている。

 

「そうね……ソフィア、戦いはアランの横だけで起きているわけではないわ。彼を信じて、待つことも信用なんじゃないかしら」

「うぅ……」

 

 師匠と仲間になだめられ、ソフィアもようやく飲み込みかけているようだ。最後に、シンイチが申し訳なさそうにソフィアに向かって頭を下げた。

 

「……ごめんよ、ソフィア。でも、今は皆が最善を尽くさねばならない時だ。分かってくれ」

「はい、分かりました……」

 

 ソフィアの声は、最後は消え入りそうだった。

 

「……アランさん、今すぐ発ちますか?」

 

 そう声をかけてきたのはテレサだった。もしかすると、場の雰囲気を変えたかったのかもしれない。

 

「それなんだがな。魔族の習性的に、昼と夜はどっちが安全なんだ?」

「昼には昼、夜には夜の危険があります。昼の方が活動個体が多いですが、夜の方が強力な魔族が徘徊しているので」

「それなら移動は夜だ。気配が少ない方が神経をすり減らさずに済むからな……」

 

 そう言いながら、窓の外に目を向ける。先ほど、夜の帳が落ち始めたという時間帯、それなら今すぐ発つのが良いだろう。

 

「……シンイチ、アレイスター、確認だ。様子を見てくるのは、死の渓谷だけでいいか?」

 

 蠟燭の炎に眼鏡を輝かせながら、アレイスターが眼鏡を押し上げる。

 

「もちろん、魔王城の周辺の情報も欲しいのが本音ではあります。死の渓谷は罠の危険性が高いという話で、本丸で対応できない事態は避けたいですから」

 

 アレイスターが言葉を切った後、すぐにシンイチがこちらを向いてくる。

 

「しかし、魔王城周辺の五つのポイントが全て潰されたとなれば、恐らく警戒レベルは相当高いと思った方がいいね……近づくだけでも危険なのならば、ひとまず死の渓谷の状況だけでも分かれば良いと思うな」

 

 大体予想通りの答えが返ってきた。それなら、行けるところまで行ってみるか。

 

「了解だ、地図は借りていくぞ……マストは死の渓谷、出来れば魔王城周辺まで見てくる。今から二十四時間、それで帰ってこなかったら、ぶっつけ本番で頑張ってくれ」

 

 机の地図を雑に握って袖に入れてメンバーの顔を見る。概ね心配そうにこちらを見ているが、やはり特に対照的な二人が気になる。

 

「あぁ、アランさんならきっとできるよ」

 

 何の確証があるのかも分からないが、シンイチは笑顔でこちらを見ている。対して、ソフィアはしょんぼりと、膝の上で握っている拳に視線を落としているようだった。

 

「……なぁ、ソフィア。せっかくだし、見送りしてくれないか?」

「うん……」

 

 俯きながらソフィアも立ち上がり、移動しようと振り返った瞬間、左に座っているクラウに袖を引っ張られた。

 

「アラン君、ちょい待ちです」

「なんだ? お前も見送りしてくれるのか?」

「いえいえ、私はそんなにかいがいしくはないので……聖水と毒を追加で渡しておきます。アンデッドや悪魔相手なら聖水、獣人や亜人なら毒である程度対処できると思いますから」

 

 そう言いながら、クラウは腰の鞄から聖水の瓶を三本と毒薬を一本とりだし、机の上に置いた。

 

「あぁ、助かる」

「はい……大盤振る舞いしてるんですから、早く帰ってきてくださいね?」

 

 よくよく見ると、クラウも唇を尖らせて視線を逸らしている。この子も心配してくれているんだろう、それなら頑張らないといけない。

 

「はは、了解だ。明日の晩飯には間に合うように帰ってくるよ」

「絶対ですよ? アラン君なしの本番は無いんですからね」

 

 なるほど、先ほど二十四時間で帰ってこなかったら、という発言が気に入らなかったのだろう。

 

「あぁ、知ってるだろう? 俺はしぶといんだからな」

「ふぅ……そうやって強がるんですから。でも、信用はしてます。頑張ってきてくださいね」

 

 手を振るクラウにこちらも振り返し、ソフィアを連れて外へと出た。砦の外では、兵たちが野営をしており、所々松明の灯りが点々としている。逆に、その周り以外はうす暗く、みなソフィアが居ることにも気付いていないようで――こうしょんぼりと歩いていたら、普段は元気な准将の気配を感じないのも仕方ないかもしれない。

 

「……シンイチの言葉、きつかったな」

「うぅん……シンイチさんの意見は正しいよ……」

 

 ソフィアは相変わらず沈んでいるが、怒っているとかそういう感じではない。どちらかと言えば、周りの正論に対して感情が追いついていないと言うべきか。

 

 しかし、正直ソフィアはシンイチに対して結構思うところがあるのではないかと思っていたが、そうでもないのだろうか?

 

「少し気になってたんだが……シンイチと再会したとき、ソフィア、シンイチに対して怒ってなかったか?」

「うぅん……怒ってたわけじゃないの。どちらかと言えば、怯えてしまってたのかな……」

「まぁ、一回は自分を追放した相手だもんな。なんて思ってるか考えれば、不安になるのも分かるが……」

「うぅん、そうじゃない……」

 

 ソフィアは顔を上げて、考えこみ始め――少しして言語化出来たのだろう、円らな瞳でこちらを射貫いた。

 

「うん、今は落ち着いたけれど、あの時の感覚は、畏怖……理屈じゃなくて、ただ怯え畏まるしかない、そんな感覚だった」

「えぇっと……」

 

 なかなかその感情には共感できないものがあった。理屈的には、人が絶対的なものと対峙したときに、平伏するしかなくなるような感じに近いのか。そのような感情を自分が抱いた記憶もないし、シンイチ自身は柔和な雰囲気で、そんなすくむ様なことも無いとは思ってしまうのだが。

 

 そんな風に考えていると、ソフィアは再び視線を落として、ぽつりと呟きだす。

 

「……私、悪い子だね」

「なんでそんな風に思うんだ?」

「わがまま言って、皆を困らせて……今もアランさんを困らせてる」

 

 困っていないと言えば嘘にはなるが、別にソフィアが悪いわけではない。少し元気づけたくて呼んだだけで――などと考えているうちに、ソフィアが続ける。

 

「それに、私、嫉妬してるんだ……クラウさんは、アランさんに色々なアイテムを渡せて、離れていても協力できる。エルさんも、何の疑いもなく、アランさんなら一人でやれるって、信じ切ることが出来てる……私は、どっちもできなかった」

 

 なるほど、シンイチの件だけでなく、色々こじらせた結果、自分の感情を処理できなくなった感じか。とはいえ、人それぞれ、出来ること、出来ないことがある。エルとクラウに出来ないことが、ソフィアには出来る――それだけの話だとも思うのだが、それを言っても本人は納得しないだろう。

 

 上手いこと少女を笑顔にする術はないものか、それも中々思い浮かばない。更にこちらが黙っていれば、余計に俺を困らせていると少女は更に落ち込んでしまうだろう。こうなれば一か八か、ひとまず思っていることでも伝えてみるか。

 

「……なぁ、ソフィア。俺は君に感謝してるぞ?」

「うぅん、私のほうがアランさんに感謝してるよ?」

「ははは、またこの感じか……ソフィアは頑固だからなぁ」

 

 このまま続けると、水掛け論になるだけだろう。そう思って笑ってしまうと、ソフィアは納得いかなかったのか、頬をぷくーっと膨らませた。でも、それは先ほどのこの世の終わりみたいな顔よりは余程いい。

 

「……この世界に来た時にさ、ソフィア、俺のために色々手配してくれたり、協力してくれたりしてくれただろ? 普通のお偉いさんだったらさ、俺みたいなヤツは面倒だから、ずっと牢にぶち込んでおくと思うんだよな。

 でも、ソフィアが俺に対して優しくしてくれたから、今俺はここに居られるんだ。だから、感謝してる。それに、ソフィアの考えや行動力に、俺ももちろん、エルもクラウも助けられてるさ」

「……でも、私、今はアランさんのために何もできてない」

「うーん……」

 

 先ほども考えたように、今ソフィアがやるべきことが、俺の手助けでないというだけなのだが。そもそもこの子の体は一つしかないのだから、なんでも自分で背負いこんだところで限界はある。

 

 というか、一番のポイントは、俺のためになることをしたいということか。それなら、こちらからソフィアにして欲しいことをお願いすればいいかもしれない。 

 

「それじゃあ、ソフィア。一個頼みがある」

「……何?」

「俺が帰ってきたら、一番に出迎えてくれ。笑顔じゃないとダメだぞ?」

「……私じゃなくてもできるよ、それは」

「いいや、ソフィアがいい。出来れば見送りも笑顔だと、よりやる気が出るな」

 

 うん、なかなか決まったんじゃないか。きっと今頃、ソフィアも笑顔で見送らなきゃと元気に――全然なっていない、むしろ先ほどよりも頬を膨らませて、ぎろり、とこちらを見ている。

 

「アランさん勘違いしてる。私はそもそも、アランさんに一人で行ってほしくないんだよ?」

「アーうんそれは確かに?」

 

 年頃の女の子は難しい。まとめると、シンイチにあれこれ言われたり、エルやクラウと比べて自分はダメだとしょ気たりしていたものの、そもそもの要因は俺が一人で行くのがイヤという、なんというか複合的な要因で落ち込んでいたのだ。それを、一人で行くことを肯定してくれと言われたら、怒りたくなる気持ちもわかる。

 

「……でも、お帰りなさいっていったら、アランさん喜んでくれる?」

 

 二の句をどう継ごうか困っているところを少女の声が遮った。

 

「あぁ、それは絶対だ。ソフィアが迎えてくれると思えば、頑張れるよ」

「うん、それじゃあ……」

 

 そこでちょうど、ソフィアが立ち止まった。気が付けば、野営地の端まで来ていたらしい。奥に見える松明の炎が逆光になって、少女の表情は見えにくい。それでも、瞳の灯りは柔らかになっているようには感ぜられる。

 

「……見送るときは、ちゃんと笑顔では送れないけど……帰ってきたときは、きっと一番の笑顔で迎えるよ。うぅん、アランさんが帰ってきたら、きっと自然に笑顔になっちゃうと思う」

「あはは、大げさだなぁ……でも、楽しみにしてる」

「うん……それじゃあ、行ってらっしゃい、アランさん」

「あぁ、行ってくるよ、ソフィア」

 

 少女と人間世界に手を振り、振り返る。今日は星の少ない夜、灯りもほとんどない――だが同時に、闇に潜むには好機ともいえる。息を少し大げさに吸って覚悟を決め、広がる闇の奥へと駆けだすことにした。

 

 ◆

 

 ソフィアが中々戻ってこないので、様子を見に外へと出た。しばらく進むと、小さな背中が暗闇の奥を見つめているのが見えた。

 

「……こんなところにいたの、風邪を引くわよ」

「エルさん……」

 

 振り返った少女は、瞳に涙を貯めているようだった。

 

「そんな心配しなくても……殺しても死なないわよ、アイツは」

「うぅん、違うの、違うくて……」

 

 ソフィアは首を振ってから、再び闇の方へと向き直った。

 

「なんだか、アランさんを一人にさせたらいけない気がするの。あの人は、すごく強い人……だから、きっと放っておいたら、一人でどこまでも行ってしまう……いつか、あの背中に追いつけなくなってしまう、そんな気がして……」

 

 そう言う少女は、あの闇の奥に消えていった背中を見つけようと、動けずにいたのかもしれない。そんな、過大評価だ――そう言いかけたが、確かにソフィアの言う事も何となくだが分かる。

 

 あの日、偶然に出会った男には、得体の知れない何かがある。それは、おぞましいとか、そういうものではないけれど――実力的には、一人で暗黒大陸の魔族と戦えるほどの実力はないはずなのに、それでも彼は、この短期間ですら驚異的な成長をしている。

 

 いや、多分違うのだ。成長しているのではない。その強さは、彼の中に元々内在していたもののように思う。だから正確に言えば、取り返していっている、というのが正しいのかもしれない。

 

 本能的に備わる危機感知能力、確実に相手の急所を狙う投擲術――そして何より、直近数日の鍛錬で見せていた、あのしなやかな動き。彼の持つ戦闘能力は人間的というより、野性的という方が近いように感じられる。

 

 そう、アラン・スミス、彼はまるで――。

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