B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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一人の偵察

 砦を出てからしばらく進むと魔族の気配を感じるようになったので、獣道に逸れて進むことにした。どの道、死の渓谷を正面から突っ切るのは自殺行為に等しい。少し遠方から渓谷を確認するしかないだろう。

 

 実際、シンイチの言ったことに間違いはなかった。一人のほうが、辺りの気配に完全に集中できる。すでに移動を始めて二時間ほどは経つが、これならもう一時間も移動すれば死の渓谷にはたどり着けそうだ。

 

 茂みの中では、足音が目立つが、同時に遮蔽物も多い。生物の気配さえなければ、ある程度は大胆に進むことも出来る。近くに何者かの気配があるときは――こんなところに人がいる訳はないので、良くて野生の生物、悪くて魔獣か魔族、最悪の場合は吸血鬼レベルのアンデッドや悪魔のはず――息を潜め、足音を殺しながら進む。

 

 とはいえ、野生の生物や魔獣を除いては、軍団レベルでは茂みの中はあまり通らないはず。魔族で茂みの中にいるのは、小腹が空いて何か食糧を探している者だろう。群れからはぐれた獣人や亜人程度なら、毒を仕込んだ投擲で何とかなるはずだ。しかし、それも最悪の場合のみに留める――戻ってこない個体が居れば、その仲間が異変を察知し、こちらを探し回るかもしれないからだ。

 

 そう、理想は、この夜にアラン・スミスという男が存在しないこと。ただ徘徊する影として、宵闇に紛れ込む――それに徹することにする。

 

 死の渓谷が近づくにつれ、流石に魔族の気配は多くなってきている。とはいえ、自分が進んでいるのは崖の上側で、こちら側の気配はほとんどないので、それなりに安全には進めるだろう。

 

 もう少し進み、地図上で死の渓谷と示される場所の付近までたどり着いた。現在は崖の西側を百メートル以上離れて北に進んでいる。一応、不思議と夜目は聞くので、茂みの奥からでもある程度固まった軍団が居れば、気配は感じられそうだ。安全を考えればこれ以上崖側には近づきたくないのだが、細かい情報を把握するには数回はリスクを侵してでも崖側に出るべきだろう。

 

 また、流石にこの距離であると、東側の崖の状況はまったく分からない。それなら、帰りは向こうを通ってくればいいか――ひとまずこちら側をしっかりと調査しよう。

 

 できれば魔族の吐息の聞こえぬ所を進みたいが、敵情視察をするならそういうわけにもいかない。むしろ、魔族が居るところの様子を可能な限り近くで、詳しく見るべきだ。

 

 崖上に複数体の気配を感じる箇所から少しずれて、身をかがめ、息を殺し、足音を殺し――臭いに敏感な奴もいるだろう、汗をかくな、緊張を悟られるな――ゆっくりと崖側に近づく。草木が良い感じにこちらの影を隠してくれているはずだが、同時にこちら側からもほとんど何も見えないのが難点か。

 

 とはいえ、幸いこの辺りにいる連中は夜目が効く奴らではないらしい。こちらの気配を悟られることなく、次第に魔族側が焚いている明かりが見えてきた。身をかがめながら、その様子を伺う――何を言っているのかは理解できない、それこそ動物の鳴き声に近いが、何か歌をうたっているようだ。そうか、彼らも生きている――魔族にも生活があって、感情があるのか。今更ながらにそんなことに気が付く。

 

 とはいえ、ここでセンチメンタルにひたっても仕方ない。自分は人権論者なわけでもないし、今目の前にあるのは、人類と魔族の命運を掛けた戦いなのだ。勇者が負ければ人類世界に闇が落ちるというのなら、彼らには悪いが、今は勝たせてもらわねばなるまい。

 

 そして、太い木の幹や天を覆う枝葉に写る影で、ここにいる魔族が何者かが何となくわかった。恐らく、この世界に初めて来た時に見たワーウルフなど、獣人系がこの付近には配置されているようだ。

 

 さて、彼らは宴に夢中のようで、これならもう少し崖側に近づけそうだ。とはいえ、わざわざリスクを冒す必要もないので、魔族の焚く明かりから少し離れて、崖側に出てみることにする。

 

 崖の付近までは、案外すんなり出ることが出来た。そして周囲を見ると、確かにシンイチたちが予想していたように、岩や丸太が崖際に詰まれているのが見える。本来なら網などで仕掛けをしておいて一気に落ちるようにしておくべきなのだろうが、魔族の馬鹿力基準で考えれば仕掛けなど無しに力技で落とすのは容易いのだろう。

 

 しかし、予想通りの罠しかない。警戒するほどではなかったのか。だが、それにはなんとなく違和感がある。崖上の仕掛けを察知する程度、少し冷静に考えれば誰でも気付く程度の物だ。自分なら、上にある仕掛けを敢えて読ませて、下に本命の罠を作る。それも、この仕掛けと近い位置が良い――こちらが罠を看破したと思い込んで安心しているタイミングにこそ、油断が生じるからだ。

 

 崖下の北側には、気配の数から察するに数百体程度の魔族が固まっている。これらが恐らく魔族側の第一陣、要は本隊だ。伏兵なら、本体の手前に置くだろう。群れの気配が大きいせいで、手前の暗がりにまで伏兵が居るかは察知しにくくなっているので、これは視認するしかないだろう。

 

 体を地面に臥して、匍匐《ほふく》前進で茂みから顔を出してみる。とはいえ、崖の下は真っ暗闇で、その様子を視認するのは難しい。明かりはないか――しばらく夜目に慣れて見えないかと下を注視していると、渓谷の上の雲が途切れ、隠れていた月が現れた。

 

 冷静に見ると、あの月は結構違和感があるな――前世でも大きく見えるときはあったはずだが、それにも増してあの月は巨大に見える。多分、単純にアレはこの惑星、レムとの距離が近いのだろう。

 

 ともあれ、巨大な月のおかげで、何も見えなかった眼下の景色が幾分か見えるようになった。確信は持てないが、恐らく生物はいない。というか、伏兵を用意するにしても、まだ人間側が砦を出る前なら隠れておく必要もないか。

 

 それなら、隠れられそうな場所や、その他の仕掛けがなさそうかを確認する。すると、北上する際には死角になる箇所に、崖がへっこんでいる個所があるのを確認できた。そこに隠れられる伏兵などたかが知れているか――そう思って目を離そうとする前に、何かが赤く蠢いているのが見えた。

 

 恐らく、アレは魔法陣だ。あそこに魔法か魔術が仕込んであり、通った時に発動するような仕掛けになっている可能性が高いと言えそうである。這ったままの姿勢で地図を取り出して罠の箇所に印をつけ、再び茂みの奥に戻ることにする。

 

 その後もしばらく北上を続けたが、他に罠らしきものは見つけられなかった。代わりに、上から渓谷に陣取っている魔族たちを視認することが出来た。数こそ分からないが、直感でいえば千程度といったところ。狭い渓谷なので横に展開できないし、下手に多ければ後退も出来ないから、この程度の数なのだろう。とはいえ、禍々しい雰囲気の魔族が多い――恐らく悪魔など、魔術に優れたものが配置されているのだろう。確かにここでの戦闘では前衛を置くより、魔術で遠距離から人間の数を減らすのが賢い戦い方と言える。

 

 さて、ここまで確認できたのなら、もう撤退しても問題ないと思う。渓谷の東側の様子も出来れば確認したいが、そこまで危険を冒す必要もない。とはいえ、まだ余力もある。このペースで進めれば、渓谷さえ抜ければ魔王城の見えるところまでは半刻といったところか。

 

 それならば、行ってみることにするか。情報が多いに越したことはないし、なんとなくだが、先に魔王城とやらを見て確認してみたい気持ちもある。そうと決まれば――今一度北上を始めることにする。

 

 一旦、少し拓けたところで水分を補給しつつ、月明かりの下で地図を取り出して眺めてみる。恐らく、元々バツがついていたポイントには、歩哨つぶしのための魔族が配置されていると考えるべきだろう。そうなれば、ここ以外で、ある程度の見晴らしが確保できそうな場所を探す必要があるかもしれない。

 

 とはいえ、やはり元々選定されていたポイントには、そこが選ばれている意味がありそうだ。見晴らしが良く、人の足で行ける場所となると限られる。恐らく、五つのポイント以外は見晴らしが悪いか、人の足ではたどり着けない場所ばかりだ。

 

 そうなれば、ひとまず近くのポイントの付近まで行ってみるか。長居は危険だが、チャンスがあればそこから偵察すればよいし、チャンスが無いならその付近で偵察できそうなスポットを探してみることにしよう。何にしても、足を動かさなければこの問題は解決しそうにない。

 

 またしばらく移動して、地図のポイントが近くなってきた。ここに来るまでも警戒はしていたが、魔族らしき気配は感じなかった。それもそうか、こんなところを監視していたところで意味もないのだから。

 

 だが、やはりポイント付近は歩哨を潰すための見張りがいるらしい――ただ、スカウトを潰すだけならとそこまでの戦力は投入されていないのだろう、気配は三体ほどだ。

 

 二体を奇襲の投擲で仕留めることも可能だろう。残り一体なら、投擲でも、近接戦でもある程度やれる自信はある。とはいえ、三体をやった後に、見張りの交代などが来たら厄介だ。

 

 どの道、夜の闇の中では魔王城周辺も見えないことが予想される。それなら、見張りが交代するのか、朝になるか、どちらかを待つことにするか。見張りが交代するなら、夜間であっても魔王城の周辺を見に行くことにする。逆に朝になっても見張りが交代しないなら、三体を仕留めてサッと確認して撤収することにしよう。

 

 ポイントまでの距離は百メートルほど、ここなら相手が魔術による奇襲でも掛けてこない限りは安全だし、体を休めることも出来なくはないはずだ――敵地にいるのだから、心は休まる暇は無いのだが――ともかく、茂みの中に身を潜めることにする。

 

 茂みの中でも警戒は怠らないが、それでも幾分か考え事をする余裕も出てくる――今更ながらにこの体は不思議な気がする。前世の世情で考えれば、ここまで走り回れる体力があるのも異常だ。そうなれば、やはりエルが言っていたように、何某かの特殊な訓練を受けていたと考えるのが妥当と言うべきか。

 

 だが、その割にトラックに轢かれて死んだのか。これだけ動けるのなら、なんだか格好良く轢かれそうになっている少女を抱きかかえて救うことだって可能だったのではないか。改めて、自分が何者なのかも少し気になり始めたが――まぁ、それは細かく考えずともいいだろう。

 

 この世界に来た方が、自分にとって幸せだったのかは分からない。もしかしたら、前世でやり残したことや、やりたかったことだってあったのかもしれない。自分がいなくなって、悲しむ家族や知り合いだっていたのかもしれない――だが、思い出せないものは仕方がない。

 

 それよりも、今目の前の事に集中しなければ。自分にしかできないことがある。それだけでも、この世界に来た意味もあるというものだ。それに、ソフィアとクラウにも、明日の晩飯までには帰るって約束したしな。やるべきことがある、帰る場所がある、それだけでもきっと上等なのだ。

 

 最初こそ、異世界に来れたことに気分が高揚したのは否定できない。しかし、今はそんなことより、あの子たちのことのほうが気になる。復讐のために家を捨て孤独になったエル、生まれた時から魔王と戦うことを運命づけられて翻弄されているソフィア、故郷を追われ信じる神に裏切られたクラウディア。あの子たちの行く末を見守りたいというか、あの子たちに降りかかる過酷な運命に対して何かしてあげたいというか。

 

 まぁ、魔王さえ倒せれば、ソフィアは少し落ち着くだろう。クラウもせめてアガタと話し合う機会さえ出来ればいいし、エルも復讐相手は残っていても家の方はテレサが何とかしてくれそうだ――ひとまず、目の前のことに集中すれば、きっと幾分か彼女たちも楽になるに違いない。

 

 そのためと考えれば、このひりつくような緊張感すら、悪くないように思える。あと何時間、この場で息を潜めていればいいのかも分からないが――これが今の自分にできることなのだ、我慢して待つことにしよう。

 

 考えることもなくなってからは、ただ無心に周囲の気配に注意を向け続ける。恐らく、ポイントに居る連中は交代で寝ているに違いない。寝れるとはうらやましい限りだが、しかし必ず一体の息遣いは感じる――無為に近づくのは危険だ。

 

 特に歩哨を潰すために配備されている魔族となれば、気配には相当敏感だと警戒したほうがいい。慎重に慎重を重ねて行く方が良いだろう。それに不思議と、体も心も、まだそれなりに余裕はある。むしろ、緊張感のおかげで眠くならなくて丁度いいくらいだ。

 

 見張りの連中も、ここに人間が居て、勝手な我慢比べを仕掛けているなどと思っていないだろうな――しかし、我慢のかいもあってか、チャンスは来た。それも二つ同時にだ。見張りが交代のためなのか、それとも飯でも取りに行ったのか、ポイントにいた魔族たちが持ち場を去っているようだ。本来なら次の見張りが来てから持ち場を離れろとも思うのだが、そこまで知能の高くない奴を配備しているのかもしれない。

 

 そして、そのタイミングはちょうど辺りが薄青くなり始めてからだった。今のタイミングなら、まだ薄暗くはあるものの、夜間よりは遠くが見渡せそうだ。

 

 茂みから出て、望遠鏡を取り出しつつ、ポイントのほうへと向かう。もちろん、警戒は怠らない――今のところ、自分の直感に引っかかるヤツはいない、この勘を信じていくしかない。

 

 地図に書かれたポイントは、木々がまばらで遠景が見渡せる場所だった。まず、望遠鏡を持たずにざっと景色を視認してみる。幾分か拓けた荒野のような場所の奥に、巨大な柱のような物が見える。アレは城というより、柱という方が相応しい気がする。細長い何かが、少し斜めの角度をつけてそびえたっている。また、その柱には血管のように赤い光が幾筋も流れているのが見えた。

 

 背後には山があり、丁度柱の頂上と高さが一緒くらいのようだ。地図を見る限り、山の方は火山であるらしい。

 

 さて、これ以上は望遠鏡を使わないと見えないか。一瞬警戒を強めて周囲の気配を手繰る――まだ大丈夫そうだ――望遠鏡を構えて、魔王城の偵察に戻る。

 

 まず、敵の部隊がどんなものか確認したほうが良いだろう。魔王城の前の荒野の方にレンズを向けてみる。地形的に、死の渓谷を抜ける場所にすぐに陣を敷けるよう、野営をしているようだ。野営地は結構大規模なものだが、やはり時間帯も良くないのか、外を歩く魔族はまばらだ。ハッキリ言って、その数を正確に把握することは難しい。

 

 とはいえ、気にしなければならない点は、渓谷を抜けた先の東にも僅かながらに魔族が陣を敷けるよう準備しているということだ。恐らく、北と東からの魔術による十字砲火を狙っているのだろう。

 

 ほかに何か無いものか――レンズを段々と魔王城のほうへと向けていくと、先ほどの巨大な柱の麓にたくさんの住居があるのが確認できた。とはいえ、テントのような簡素なものや、ボロボロに朽ちかけた煉瓦づくりなどが中心である。端的に言えば、スラムのような趣の街、というのが正しいだろうか。

 

 今度はもう少し視線を上げて、今度は魔王城らしきものを覗き見てみる。魔王城は、前世でいうところのブロック遊びのように、様々な素材が継ぎはぎされているように見えた。遠景からは柱だったが、恐らく支柱を元に、後から継ぎ足していっているのだろう。

 

 そして、その継ぎ目の部分が、赤く光っている――その辺りを注視してみる。

 

 支柱の壁の部分は、最初は鉄かとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。ともかく、金属板のようなものが見え、そこの間をネオンのように赤い光が通っているように見える。なんというか、アレは、前世でいうところの現代的な機構に近いような気がするが――。

 

 もう少し魔王城の正体を見ようと注視していると、こちらに近づいてくる気配があった。望遠鏡を覗き込むのに集中していたせいで、ちょうど百メートルくらいの位置までの接近を許してしまったらしい。

 

 そうとなれば、この場から去ることにしよう。再び息を潜め、足音を殺し、身をかがめながら背後の藪の中に戻っていく。こちらが移動するより向こうのほうが速いが、幸いにしてポイントに魔族が着いた時には気付かれず、そのままゆっくりと距離を離すことができた。

 

 しかし、ここからは戻らなければならないが、どうしたものか――夜だと闇夜に紛れて動きやすかったが、二十四時間以内に戻るといった手前、日のあるうちに砦まで戻らなければならない。渓谷の横を直進すれば半日ほどで帰れるだろうが、その周りは活動中の魔族も多く、返って時間を取られるかもしれない。

 

 そうなれば、少し迂回して戻るのが正解か。本当は渓谷の東側も確認して戻りたかったが、その余裕はなさそうだ。逆に渓谷から遠ざかれば遠ざかるほど、魔族の数は減るはず――そうと決まれば早く戻ろう、晩飯までには戻ると約束したのだ、その約束を守らなければならない。

 

 ◆

 

 迂回作戦は半分成功、半分失敗だった。道中魔族に接近することはほとんどなかったが、単純に道が険しく、予想の倍近く時間を取られてしまった。すでに西日が傾き、世界が黄昏色に染まりつつある――しかし、もう少しで砦に戻れる。

 

 とはいえ、やはり丸一日寝ずに動きっぱなし、砦を出る前も普通に起きていたわけだから、流石に疲労は隠せない。足はすでに棒になっており、なんとかトボトボと歩いている感じだ。

 

 体に鞭を打ちながら坂を昇り切ると、ようやく眼下に人類側の野営地が見えてきた。見てきたことを報告したら、明日の朝までぐっすり寝たい――そう思いながら、最後の力をふり絞って歩みを進める。

 

 だが、その疲労が良くなかったのだろう、また、人類世界に戻ってこれた安堵に気を抜いてしまっていた部分もある――こちらに急激に接近する気配を、ギリギリまで感知できずにいたらしい。物音のする方に振り返ると、茂みからワーウルフが一体、凄まじい速度で襲い掛かってきている。

 

「くっ……!」

 

 袖から短剣を取り出し、その眉間に向けて放り投げる。一瞬魔族の動きは緩んだものの、浅かった――獣が咆哮をあげながら、再びこちらに向けて走り出してくる。

 

 二刀目を投げるより、相手の接近のほうが速い。だが、こちらには左腕に新兵器がある――そう思っていると、自分の目の前を黄色の稲妻が轟音と共に煌めき、直後には獣人の体は跡形もなく消え去り、結晶が乾いた音をたてて地面に落ちた。

 

「……アランさん!」

 

 声のしたほうを見ると、ソフィアがこちらに向かって走ってきているのが見えた。近づいてくると、次第にその目の下に大きなクマを作っているのが視認できた。恐らく、寝ずに待っていてくれたのだろう。ともかく、魔族を倒してくれたことに礼を言わなければ。

 

「ソフィア、あり……」

「アランさん!」

 

 ソフィアの勢いは止まらず、そのままこちらの体に抱きついてきた。しかも、割と本気で力を入れているのか、疲労の残る体では身動きが取れないほどに強く抱きつかれてしまった。

 

 少女は少しの間、顔をこちらの胸にうずめていて――顔を上げた時には、目元のクマが気にならないほどの可憐な笑顔を浮かべてくれていた。

 

「アランさん、おかえりなさい!」

「あぁ、ただいまソフィア」

 

 なんとなしに、少女の柔らかそうな髪を撫でようかなとも思ったが、腕ごと強く抱きしめられて動けないことに気付く。

 

「……なぁ、ソフィア」

「なぁに?」

「動けないんだが……」

「むー……これはバツなんだから」

 

 頬を膨らませるソフィアは、しばらくその力を緩めてはくれず、後ろから歩いてきたエルに「そいつも疲れてるんだから」と窘められて、やっと解放されることになった。

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