B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
砦に戻ってから、偵察の報告をすぐに行った。自分は心身ともに限界だったので、そのあとはすぐに寝る準備に入ったが、シンイチとアレイスターで作戦は決めたようで、明日の夜明け前には進軍が始まることになった。
翌日、ギリギリまで寝かせてもらえたのだが、起きてからの準備はあわただしいものになった。何せ、こちらの寝起きでほぼ他の兵たちは出立の準備は出来ていたのだから、用意が出来ていないのは自分だけだ。寝る前にクラウから強壮剤をもらって飲んでおいたおかげか、疲労感はそこそこ和らいでいる。とはいえ元気の前借というやつには変わりないので、魔王の討伐が終わったらのんびりと眠りたい。
「……大きなあくびね。余裕ってことかしら?」
「おっと……」
エルに突っ込まれて、慌てて口元を隠す。確かに、人類の命運を掛けた決戦が控えているというのにあくびもないだろう。とはいえ、エルの方は呆れているわけでも怒った様子でもなく、こちらを見て微笑んでいるようだった。
大まかに部隊を分けると、現状は死の渓谷を三つに分けて進んでいる。とは言っても一本道、分けるほどの広さは無い。中央の谷の部分に二万人規模の師団が進んでいる――いわゆるファランクスというか、地形の特性上で密集陣形にならざるを得ない。
師団の前方は、アガタの率いる聖職者達が固めており、その後ろに魔術師部隊と槍兵の混成という形になっている。相手の魔術を結界で弾きつつ、こちらも魔術で応戦する形だ。とはいえ、最前列にはシンイチとアレイスター、二人の火力で正面突破していく感じにはなっている。
分隊としては、渓谷の崖上を足の速い少数の精鋭で固めている。自分とエルが西側、東側はテレサが配置されている形だ。師団よりも先行して敵の罠を先に潰しておくのが役目になる。なお、クラウは師団前方右翼、ソフィアは師団のしんがりを務めている。
冬の入口が見え始めているせいか、夜明けは遅い――四時には出立して、すでに七時は回っているだろう。それでもまだ辺りは薄暗いが、ちょうど渓谷の東側から明かりが差し始めた。
それと同時に、眼下の最前列の進軍が止まった。そこは、罠が仕掛けられていると指摘したところの手前の地点――そのラインを超えれば、二つの種族が雌雄を決する激突が始まる。向こうにも、既に第一陣が配備されているのがうっすらと肉眼で視認でき、ここで開戦の合図を始めようという気なのだろう。
初めて会った時と同じように、背中に大剣、マントを羽織った勇者が、軍団より一歩前に出た。
「……惑星レムの民よ、どうか聞いて欲しい! 十五年間の軛、人類にとっての災禍……辛く苦しい時だったと思う! だが、それも今日までだ!!」
叫びながら、シンイチは背中の大剣を抜き出した。その剣を抜き身で見るのは初めてだが――見た瞬間、ぎょっとしてしまった。てっきり、アウローラと同じような透き通るような神聖な刀身をしていると予想したのに、その正反対だったからだ。
その刀身は、金属を単純に鍛冶によって鍛え上げたものではない。ネジや歯車などの機械部品が見えるその剣は、むしろ前世の武器に近い――要は、聖剣とやらは機械で動く剣のようであった。
「人類の進むべき道を……僕と、聖剣レヴァンテインが切り開いて見せる!!」
鍔の部分についているトリガーをシンイチが引くと、刀身というべき部分の両端が広がり、中心部分が顕わになる。そして、勇者が機械剣を天に掲げると、中心部分を走る配線のような物に白い光が走り出した。
剣を掲げた天の先から、一瞬何かが煌めく――アレは、レヴァルの大聖堂を吹き飛ばしたときと同じ物だ。天から一条の帯が、文字通り光の速さで降りてくる。そして、その全てのエネルギーは、少年の持つ機械剣の刀身に宿ったようだった。
「星神【マルドゥーク】……閃光撃【ゲイザー】ッ!!」
咆哮と共に振りかざされた刀身から、圧倒的な熱量を持つ光線が発射される。その一撃は、ちょうど渓谷の両端に収まる程度の大きさで、真っすぐに進んでいく。いや、正確には収まりきっておらず、左右の崖を抉っている。なるほど、開戦の合図まで前に出るなと事前に言われていたが、これのせいか。
勇者の一撃が作り出した衝撃の余波のせいで、崖上の木々は蒸発し、谷間に煙と埃が舞っている――次第にそれが晴れてくると、元々見えていた遠方の敵影は姿を消していた。
「……さぁ、レムの民達よ、僕に続け!! 共に人類の明日を、未来を掴み取るんだ!!」
シンイチが剣を掲げて前に走り出すと同時に、背後の兵たちは歓声を上げ、そして少年の背中を追い出した。
「……なぁ、アレを連発してれば、俺たちいらなくないか?」
「馬鹿なこと言ってないの……聖剣の力は巨大で、全力の一撃は一日に三発が限度らしいのよ……最初の一発はまぁ、兵たちを奮い立たせる景気づけって所ね」
「なるほど、どう足掻いても魔王に叩き込む一撃は残しておかないといけないから、俺たちみたいな雑兵の露払いが必要ってことだな」
「そういうこと……さ、行くわよ!」
エルはそう言いながら、赤い刀身の魔剣を抜き出して走り出した。自分も慌ててそのあとを追うが、圧倒的な速度で着いて行くので精一杯だった。東側の崖の方を見ると、エルに近い速度でテレサが部隊を先導しているのが見える。
なんにしても、谷間の兵が進み切る前に、岩石が落とされないように対処しなければならない。そして、茂みから何体か魔族が飛び出してくる――恐らく、岩を落とす係を守るための連中だろう。
「邪魔よ!!」
黒衣の剣士は、接敵するよりもかなり離れた間合いで真っ赤な刀身の剣を振り下ろした。剣が描いた軌跡に炎が現れ、鞭のようにしなって現れた獣人を焼き払う。エルの勢いはそのまま止まらず、敵の軍団の中央に飛び込み、右手の剣を大きく薙ぎ――その剣閃からほとばしる炎が伸び、一撃で六体ほどの魔族を倒してしまった。
「……アラン! 残りを処理して着いてきて!!」
エルは振り向きもしないで、剣を振った反動をそのまま、一気に体のばねを使って前進を始めた。茂みから二体ほどエルを追う獣人が現れたが、ご命令の通りその後頭部に毒付きの短剣を投げあてた。
さて、こんな感じでエルの取りこぼしを処理するのが自分の仕事になりそうだ。周囲を少し見ると、対岸では緑の剣撃が走って、魔族たちを薙ぎ払っている。テレサとアウローラの力があれば、東側の崖も問題ないだろう。
少し進んでから、眼下のほうに目を向ける。あの辺りは、魔法陣が書かれていた箇所だ。報告した結果、恐らく地面や崖の壁に眠っている死体をアンデッド化する陣だろうとアガタが予測していた。
しかし、明るくなってきたせいで陣の光が目立ちにくい――夜でなければ気が付かなかったかもしれない。その陣の前には、見慣れた緑の後ろ髪が見える。
「……ティア、頼みますわよ!」
今の声は、自分の足元の方から聞こえた。見るとアガタ・ペトラルカが陣の前で両手を突き出している。
「あぁ、了解だアガタ!」
なるほど、いつの間にかティアと交代していたのか――しかし、ティアの声には何の迷いもない。アガタに対してあからさまな敵愾心を抱いているクラウとは大違いな気がする。ともかく、神聖魔法でアンデッド召喚の魔法を打ち消しているのだろう、足元とティアの前に光の柱が立ちあがった後、陣は消えているようだった。
「流石ですわね、ティア!」
「ははは、君に褒められると悪い気はしないね……でも、あんまり仲良くしてるとクラウに怒られちゃうからさ」
遠目からだが、どうやらティアはアガタの方へ向かってあっかんべーをしているようで、下からは「二人そろってめんどうくせぇですわ!」という叫び声が上がった。
その後、エルや他の兵と並んで崖上の魔族をある程度殲滅し終わると、崖下の方でも動きがあった。眼下では先ほどのシンイチの一撃でほぼ壊滅した第一陣との戦闘が行われている。大きな動きがあったのは、むしろ最後列の方だ。
最後尾と自分のいる位置とでは結構距離はあるが、それでも分かる――というか、何故この気配に偵察の時に気付けなかったのか、恐らくある程度遠方で控えていたのだろう。見れば、対岸の木々がなぎ倒され、巨大な何かが近づいてきている。アレは巨人だ、一つ目の巨人、サイクロプス。それも体長にして十五メートルほどで、木々を薙ぎ払って渓谷に向かってきている。
巨人が渓谷へと飛び込む――しかし、巨人が着地すると同時に、一瞬で氷の柱と化し、そして灰と化して散ってしまった。ソフィアのシルヴァリオン・ゼロにより一撃で葬られたのだろう。その後も一体、また一体と巨人がやってきたが、全てソフィアの魔術で氷柱になっていた。
偵察の報告をしたとき、シンイチからは報告内容は八十点と言われた。もしシンイチ自身が敵なら、密集陣形の背後から確実に圧殺する術を考えると――そして魔族側の策はその通りに実行されたということか。
要は自分が偵察に行かずとも、シンイチは敵の布陣をある程度は正確に把握していたのだ。崖上の罠は偵察に行く前に読んでいたし、報告している時にも知っている風な感じで頷いていた。ソフィアがシンイチは聡明だと言っていたが、まさしくその通り――一応、シンイチからは自分が見てきてくれたから確信できた、とフォローはされたのだが。
さて、人類側の快進撃は続き、渓谷の出口が見えてきた。自分はと言えば、崖の終点で辺りを見回す。聖剣の一撃で崩された魔族側の隊列も既に復活しているようで、荒野の北側と東側を蓋するように隊列が組まれているのが見える。
対して、人類の旗柱は迷うことなく渓谷を進み続けている。
「……テレサ!!」
シンイチが声高にその名を呼ぶと、対岸から亜麻色の髪が飛び降り、軍団の先頭に合流する。そして、シンイチの前にこちらから見てアレイスター、テレサ、アガタの順に三人が並ぶ。
背後で、シンイチは目をつぶりながら、聖剣を胸の前に掲げる。
「……さぁ、いくよ、みんな!」
聖剣の鍔の部分にはめ込まれている宝石が輝いたと思うと、アガタたちの体を金色の光が包みだした。
「三つの心を……!」
「今、一つにして……!」
「我らの力を、限界まで引き出す!!」
三者の叫びが渓谷に木霊するのと、勇者が輝く機械剣を前方へと突き出した。
「トリニティバースト、発動!!」
シンイチが叫ぶと、勇者とその仲間たちを中心に金色の柱が立ち上がった。
「神剣アウローラよ、我らに加護を!」
更に、テレサが剣を掲げる。聖剣の加護が勇者の仲間と後続との兵士達を包み込んでいる。
「神官部隊は結界の準備! みんな私に続いて!」
アガタ・ペトラルカがそう叫ぶと、そのまま前方へと突撃した。当然、人間が近づいてくれば、魔族側も迎撃の態勢に入る――眼下に一斉に魔法陣が展開され、炎や風の刃、電撃などが合わさり、禍々しい一撃となって谷間をめがけて発射された。
その災禍の嵐に怯むことなく、紫色の流線が、恐ろしい速度で魔術群に近づいて行く。
「第六天結界! 全! 開!! ですわッ!!」
その声と同時に、谷間の出口部分をピッタリ覆うように巨大な結界が展開された。その壁は魔術を通すことなく人類側が一気に渓谷の出口まで近づくのに十分な時間稼ぎになった。
敵の魔術の掃射が終わるのと同時に、アレイスターが魔術杖を振り回し、魔法陣が北側魔族の上空に展開される。
「出し惜しみはしません! ディヴァイン・サンライトノヴァ!!」
杖から熱線が照射され、上空の魔法陣を穿つと、すぐさま大爆発が巻き起こった。その衝撃は凄まじく、慌てて近くの木にしがみつかなければ吹き飛ばされてしまうほど――人類側の軍団のほうは、アガタと神官部隊の結界でその衝撃を防いでいるようだった。
耳がおかしくなるほど爆音と、巻き上がる砂塵で、下がどうなっているかはほとんど確認できない――埃が晴れた瞬間、渓谷の出口を少し進んだ辺りにテレサが立っており、神剣を両手に持って、左肩の上に構えている。
「テレジア・エンデ・レムリア……アウローラ、参ります!!」
翡翠色の剣閃が斜めに走ると、東側に構えていた魔族たちに向けて横薙ぎのような形で光波が走る。その光に呑まれた魔族たちは、塵も残らっていないようだった。
テレサの神剣による一撃は、先日エルが放ったものよりも強力に見える――アガタの結界だって、普通ならあんな大規模で展開できないだろう。先ほど力を限界まで引き出すと言っていたが、つまりトリニティ・バーストとは、その者の持つ潜在能力を更に引き出す勇者の奇跡なのだろう。
勇者の仲間がその力をいかんなく発揮した結果、先ほどまで、渓谷の出口に展開されていた圧倒的な数の敵の軍勢は、その過半数を失っているように見えた。
「……もうアイツらだけでいいんじゃないかな」
「馬鹿なこと言ってないの……と言いたいところだけれど、今回ばかりは同意ね……」
普段は真面目でこちらのいう事を諫めるエルも、今だけは半ば驚き、半ばあきれ顔で眼下の状態を見ていた。
とはいえ、勇者の仕事は魔族の殲滅ではない、魔王を倒すことだ。人類側の軍勢が谷を抜けきると、シンイチはテレサの横に並ぶと剣を再び掲げた。
「レムの民たちよ! 僕らが魔王を止めてくる……この場所は任せた!」
シンイチは剣を脇に構えると、一気に魔王城の方へと向けて駆けだした。ここまで最初の一撃以外、目立って戦っていなかったシンイチだが、近接攻撃も普通に強いらしい。刀身部分の端からレーザーのような物が現れ、その巨大な刀で道をふさぐ魔族たちを切り裂いて進んでいる。
改めて、勇者が進む先を見つめる――昨日は夜明け前でそのフォルムが朧げにしか見えなかったが、今ははっきりと見える。大地に埋まる傾斜した柱、その基幹は金属の板。それは魔族の技術では作れないものなのだろう、痛んだ部分を木材や石材で継ぎ足していった結果、子供のブロック遊びのような歪な建物になっている。
同時に、先日確認した赤く走る流線は、結界の役割を果たしているらしい。そのため、外からの魔術の一撃や、勇者の聖剣の一撃では倒壊は難しいということだった。
何より、気になるのは、その柱の刺さっている個所を中心に、地面が隆起している――要はクレーターが出来ている点だ。クレーターの内側に、先日みた集落が、放射線状に広がっているのだ。
端的に言えば、アレは何某かの人工物が、天から降ってきて、地表にぶつかり、その残った基幹部分を魔族が居城として利用している――改めて日の光の下で見てみると、そんな印象を抱いた。