B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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古の神

「お待ちしておりましたよ、勇者様御一行」

「はっ、待ってたとは強がりだな」

 

 自分の返答に対して、ゲンブと名乗った人形は口元をカタカタと鳴らした。

 

「ははは、そうですね、強がりなのは認めましょう……何せ、多くのことが計算外です。とはいえ、アナタ方がここまで来るのは想定していたことですよ……そこで、早速なのですが一つ提案があります、勇者様」

「……なんだ?」

 

 自分の横に並んだシンイチからは、いつもの余裕は感じない――仇敵でも見つけたかのように、険しい表情で人形を睨め付けている。

 

「えぇ、端的に言えば、アナタ方……シンイチ様、テレジア様、アガタ様、アレイスター様の四人はこのままお通しします。まさか八人で来られるとは想定外だったので、魔王様のご負担を少しでも軽減して差し上げたいなと思いまして……」

 

 その提案は、ある意味ではこちらの狙いをそのまま突かれた形になる――最後の伏兵が出てきたら俺とエル、ソフィア、クラウディアの四人で対応し、残りの四人は魔王の所に直行する――だが、それを向こうから提案されたとなれば、ゲンブ側にも何か算段があるのだろう。

 

 その予想はシンイチも立てたのか、人形の提案に対して、シンイチは剣の切っ先を向けて応えた。

 

「提案をのむメリットが無いな。お前をすぐに倒して皆で進めばいいだけだ」

「いえいえ、メリットはございますよ……一つ、勇者様方が消耗せずに全力で魔王様と戦えるという事、それにもう一つ……」

 

 ゲンブがそこまで言った時、建物全体に大きな振動が走った。天井に下げられている照明は大きく揺れ、そのうちのいくつかが上から降ってくる――ゲンブの上部に降ってきたそれは、ヤツが手をも動かさずに出したイヤに巨大な結界によって弾かれた。

 

「……七星結界!?」

 

 声はアガタの物だった。その声色の驚きは本物――彼女やティアが使える最強クラスの結界が第六天結界だったはず。それよりも数が一つ大きいということは、それだけ強力な結界ということになるのか。

 

「……今の振動は?」

「えぇ、魔王様が儀式を行っておられるのです……アナタ達が、邪神ティグリスと呼ぶ者の復活の儀式をね……言っておきますが、この世界で魔族の信仰を集めている、偽りの邪神ではありませんよ。本物の……最強の魔神を、この惑星レムに蘇らせようというのです」

 

 相手の言葉に、珍しくシンイチに少し動揺が走ったようだった。それが面白かったのか、人形はまた少し口元をカタカタと笑うように動かし、続ける。

 

「先ほど見せた通り……私、しぶとさには相当な自信がございます。荒事は苦手なので、アナタ達に勝てるとは思っていませんが……ただ、八人で来るというのなら、こちらも時間を稼がせていただくだけです。さぁ、いかがなさいます? 私はこのままお喋りでも一向に構いませんが……」

 

 のらり、くらりとね、という言葉に合わせ、人形は首をゆっくりと左右に振った。

 

「……アランさん、この場は任せてもいいかな?」

「あぁ……任せろ」

 

 シンイチもこちらも、お互いに顔を見合わせるわけでもなく、人形を見つめながら確認し合った。

 

「お話はまとまりましたかね? 上へと行く道は、私の後ろにあります……大丈夫です、罠ではありません。むしろ、私の目的はアナタ方の分断ですから」

「……信用ならないな」

「信用ならないは私にとっては褒め言葉。しかし、嘘はつきませんよ」

 

 シンイチは剣を構えたまま、人形を中心に円を描くように椅子を周って裏手へ向かう。他の三人もその後を追い、奥にある階段を昇り始める。その駆けあがる音に合わせ、人形の手が上がり、指を鳴らすと、階段の前にある重い扉が大きな音を立てて閉まった。

 

「……さて、これで私の目的は果たされました。あとはどうしましょう? のんびりおしゃべりでもしましょうか?」

「馬鹿が、てめぇみてぇな胡散臭い奴と、誰が……」

 

 袖から短剣を取り出そうとすると、後ろに居たソフィアが自分の隣に並んだ。

 

「アランさん、待って……この人には聞きたいことがたくさんある」

 

 そう言えば、いつもなら相手に何も喋らせずに攻撃を仕掛けるソフィアが、珍しく大人しかった――確かに、今回はいつもの魔王征伐と大きく事情が違ったらしいのは、恐らくコイツのせいだ。何を企んでいるのか、喋ってもらう必要があるだろう。

 

「……とはいえ、素直に喋るような輩には見えないがな……」

「いえいえ、私はむしろ、勇者様一行よりアナタ達に興味がありました……僭越ながら、誠意を持ってお答えしますよ。もちろん、お答えできる範囲でですが」

 

 その言い方はふざけているとも真剣とも取れない。ある意味、一番厄介な手合い――嘘を言うと分かり切っている奴ならまだ嘘と分かるが、こういうタイプは嘘と本当を織り交ぜてくるか、言いたくないことは言わずに相手を翻弄するタイプな気がする。

 

 ともかく、そんなことはソフィアも分かっているだろう、油断のない目で人形の方を見ている。

 

「……まず、アナタは何者で、何が目的ですか?」

「あまりに抽象的な質問ですねぇ……ご説明するだけで日が暮れてしまいそうです」

「それでは、質問の仕方を変えます。アナタは、魔族ではない、魔王軍でもない……もちろん、人類側でもない、つまり第三の勢力、そうですね?」

 

 イエスノーで答えられる単純な質問に対して、人形は腕をぎしぎしとしならせて、小さい掌をぽん、ぽんと叩いて見せる。

 

「ご推察の通りです、ソフィア・オーウェル准将」

「では、なぜそんなアナタが、魔族と組んでいるのですか?」

「理由はいくつかありますが、人類側より、幾分か魔族側に協力するほうが、私の目的を達せそうだったからです」

「それでは、アナタの目的とはなんですか?」

「まぁ、それを語るものやぶさかではないのですが……後回しにしましょう。大丈夫です、きちんとお答えしますよ」

 

 そう言って、コイツ煙に巻く気じゃあるまいな――そう言えば、女神にそんな感じで何回かあしらわれている。もちろん、信頼感や好感度で言えばレムのほうが高いが、成程、もしかするとコイツは女神に雰囲気や立ち居振る舞いが似ているのかもしれない。

 

 そんな推察をしている横で、ひとまずソフィアが人形の提案に対して頷き、口を開く。

 

「次の質問、魔術を弾く龍の魔獣を創ったのは、アナタですね?」

「はい、その通りです」

「それに関して、ひとつ解せないことがあります……魔族と組んでいるアナタが、なぜハイデル渓谷を龍に襲わせたのか」

「いえいえ、アレは制御を失っててですね……」

「嘘でしょう。アナタは、そんな不完全なものを戦線に投入するタイプではない」

 

 少女は嘘を見逃さない。ジャンヌが、ハイデル渓谷の龍は制御を失っていたと言っていたが、どうやら嘘のようらしい。人形は少女の鋭さにごまかしは通用しないと理解したのか、頭を振って応える。

 

「……私としても大変に心苦しくはあったのですよ。ですが、人類側がそうであるのと同様に、魔族側も食糧事情が切迫していたのです。それで、スノウオークは、食べる割に暗黒大陸において、そこまで役に立ってくれませんから。なので、一掃しやすい場所にお集まり願っていたのです」

 

 食糧が切迫していて、役に立たない、それが意味するところはつまり――。

 

「……間引きをしたってことか!?」

「おかげさまで魔王様の大目玉を食らいまして。お気に入りのボディを失ってしまいましたよ。まぁ、この可愛らしいお人形さんも悪くはありませんがね……アナタ達と対峙するにはピッタリです」

 

 思わず出たこちらの声に、ゲンブは飄々と答える。自分も魔族を倒していたのだから、その権利はないのかもしれないが――それでも、その非情なやり方には怒りがこみあげてくる。

 

「お怒りのようですね、アラン様……その激情を否定する気は毛頭ございません。そして、王の制裁も正しきものと思っています。ですが、どれだけ綺麗事を並べたとて、誰かがやらなければならなかった……それだけの話です」

 

 ゲンブの声は、今までの中で一番感情の読めないものだった。コイツも好きで間引きをしたわけではないという事か。とはいえ、コイツに対する気持ちが落ち着くわけではない――そんなこちらの怒りを他所に、人形は再びカタカタと口を鳴らし始めた。

 

「しかし、私としても多くのことが予想外でしたよ。当初の予定では、改造魔獣ならびに魔将軍タルタロスとネストリウスにより、レヴァルは簡単に陥落していたはずなのです。

 そうなれば、勇者はもっと寡兵にて、この決戦に望まなければならなかった……聖剣の一撃を二発は使わせて来たかったんですがね。余力を残させてしまいました」

 

 一旦切って、首をぎぎ、と鳴らしながらこちらを一瞥してくる。

 

「そして、私の予想外の渦中には、常にアナタたちが居た……いえ、ソフィア様、クラウディア様の二名に関しては、事前に警戒をしていました。エル様に関しても、注意していたのですが……アナタ方が手を組むとは予想していなかったのです。そして……」

 

 左右に振られた首が、再び正面に戻ってきて――ガラス細工で出来ている瞳が、スポットライトを反射して自分を見つめている。

 

「アラン・スミス。アナタは唐突に暗黒大陸に現れて、三人の少女たちを纏め上げ、そしてこの場に立っている。私からしたら、アナタの存在はかなり不気味だ」

「お前みたいな外見のやつに不気味と言われるなんて心外だな」

「これは失礼。しかし、アナタは何者ですか?」

「……さぁな、むしろ俺が聞きたい」

 

 相手が油断ならないやつだから不遜に答えたのもあるが、実際、自分について知っていることも少ないのだからこう返すしかない。ゲンブは面白かったのか、口元をカタカタ鳴らしながら笑い声を上げた。

 

「ははは、成程、成程……まぁ、概ね何者であるかは見当はついています。ただ、何が目的かまでは分かりかねますが」

 

 自分が何者かに気付いているというのは、果たして真実なのか、ハッタリなのか。もしコイツがこの世界に生まれ落ちた者――人形に生まれるも変な話だが――ならば、勇者以外に異世界からの来訪者がいるとは中々思い浮かびにくそうなものではあるが。事実、聡いソフィアですら、こちらから話すまでは、自分が転生者だとは露とも思っていなかったのだから。

 

 しかし、それでもコイツは、自分が転生者であると理解している――自分の直感がそう言っている。転生者とまでは分かっていなくとも、創造の七柱神が、何某かのテコ入れを行ったとまでは読んでいる気がする。

 

 ゲンブにも分からないのは、どうして女神が自分をこの暗黒大陸に放り込んだかだろう。テコ入れするのならば、勇者級に強力な者を投入したほうがいいはずだから。女神の意図は、自分にすら未だに分かっていないのだから、答えようもない。

 

 そんな風に思っている傍らで、ソフィアの横にクラウが並んだ。しかし、顔色が少し悪い――何か気がかりでもあるのか。まぁ、こんな胡散臭い奴と対峙しているのだから、気分が悪くなるのも仕方ないことか。

 

「私からも質問があります。アナタ、先ほど七星結界を出していましたね……アレは、女神ルーナやレムなど、神格が無ければ出せない結界のはず。アナタは、それを何故出せたのですか?」

「ふふふ、神、神ねぇ……話をずらすようで悪いですが、神とは一体何なのでしょう?」

 

 その質問は、自分にとってはピンとこないものだった。記憶がないせいもあるが、前世では神というものはあくまでも概念の一つで、自分の日常に近いものでないはずだったからである。

 

 それは、逆を言えば、少女たちには違って感ぜられるはず――街の中心に教会があり、神が居ることを疑いもしないで生活が営まれている世界。そして、神の奇跡が平然と目に見える形で存在する世界。そこで生まれ育った者たちにとっては、神というのは身近な存在であると同時に、畏敬の対象であるに違いない。

 

「アナタ達は、今こんな風に思っている……自分たちを創りしもの、自分たちを見守るもの、そして自分たちの力の及ばぬもの……人の言葉で説明しきれぬ、高尚なるもの、絶対のもの」

 

 なるほど、ゲンブの言語化はなかなか的を射ている気がする。自分と彼女たちとの一番の違いはそこだろう。自分の倫理観で言えば、種の起源は完全には分かっていなかったものの、科学によっていつかは自明とされるものと信じられるくらいに学問が発達していたのだ。

 

 要は、前世的な考えで言えば、生物を作った絶対者は存在しない。もし仮に上位存在が居たとしても、それすらもいつか科学が立証する――そんな奇妙な確信があった。

 

 対して、この子たちにとっては、神は絶対の存在だ。そして、自分たちのあずかり知らないところで、何かを画策し、及ばない力を持っている――恐れ敬う対象になるのも納得か。

 

 こちらの推測を他所に、人形の口がカタカタと鳴り続ける。

 

「しかし、それは逆を言えば、その摂理が理解できた瞬間、神はアナタ達と同じ所まで落ちる……語りえるモノは自らの枠を超えた超越者たりえない。アナタ達が信仰する、七柱の創造神も同じことです」

 

 そう、今は語りえなくとも、いつか語りえる存在になる――だから前世では、信仰が当たり前の世界ではなかった。

 

 しかし、コイツは何が言いたいのか。クラウの質問を煙に巻いているだけでは――そう思った瞬間、ソフィアが訝しむ表情で人形を見つめた。

 

「……こう言いたいのですか。アナタは七柱の創造神と同じだけの摂理を知っている……つまり、七柱の創造神と同格であると」

 

 確かに、それなら神しか使えないという結界が使えてもおかしくないのか。その証拠に、ゲンブは正解と言わんばかり、再びソフィアに拍手を送っている。

 

「はい、ソフィア様はご理解が早くて助かります。私は、七柱の創造神に滅ぼされたと言われている古の神……いいえ、神など騙るのもおこがましい。まぁ、今はこんな人形に身をやつしていますが、元々はアナタ方とそう変わらない生物であったと言っておきます」

 

 それが事実だとするなら――いけない、コイツの言う事を信頼してはダメだ。一瞬、吞まれかけていた。全くがでたらめかもしれないのに、なぜか言っていることに理があるような気がして、納得しかけていた。

 

 こちらが首を振って自分に喝を入れなおすのと同時に、人形の口が再び動き出す。

 

「さて、ソフィア様のご質問にお答えしましょう……私の目的についてです。それは、アナタ方が七柱の創造神と呼ぶ者たちに対する者たちの、野望を止めに来たのです。

 彼らは、この宇宙の均衡を崩しかねない実験を行っている……創造神達は、彼らが主神と呼んでいるものを、語りえる所まで落とし込もうとしているのです。それを阻止しに、この世界に舞い降りました。そしてその協力者として、魔王ブラッドベリを選んだ……だから、私はここにいるのですよ」

 

 ゲンブが連ねる名詞の抽象度が高く、結局何が言いたいのかは良く分からないが――ひとまず、コイツはレムたちと敵対する勢力だという事、そしてそのために魔族と手を組んだ、それだけは分かった。 

 

「……アナタの言う事を鵜呑みにする訳ではありませんが、仮に古の神だというのなら、どいうしてこのタイミングなのですか?」

 

 ソフィアの疑問は最もらしくはある。まぁ、結局、魔王がいるタイミングが最もコイツにとって都合が良かったと言えばそれまでなのだろうが――それでも確かに、なぜもっと早くなかったのか、この世界が出来て、人類の文化が発展して三千年とレムが言っていたことを思い出せば、これより以前のタイミングでなかった理由は確かに気になる。

 

「それに関しては、私も苦労しましてですね……アナタ達の神話で語られる旧世界から創造神達を追うのに、実に一万年近い時間が掛かりまして……」

 

 人形の答えは、想像していたよりもスケールが大きかった。古の神々との戦いも、三千年前からそれよりせいぜい数百年と思っていたが――実際には、この惑星に文化が芽吹くまで、七千年程度の期間が開いていたことになるのか。

 

「そう、私はこの時を一万年待ったのです……僅かに生き残った者の義務として、散っていった同胞たちの無念を晴らさなければならないのです」

 

 ゲンブの声は、今までの中で一番低いものだった。静かな中にも、熱く燃え滾る炎を宿している――そんな雰囲気。

 

「……なんだ、大層な御託を並べておきながら、結局は復讐じゃねぇか」

「えぇ、否定はしませんよアラン様。ですが、復讐心というのは、何物にも代えがたい原動力になる……そうでしょう? エリザベート・フォン・ハインライン」

 

 人形はこちらから視線を外し、ソフィアの奥でずっと剣の柄に手をかけていたエルの方へと向かう。

 

「アナタの正体が分かっただけでも、改造魔獣を失った成果があったと言えます……アナタは養父をエルフに殺された、違いますか?」

「……何故、アナタがそれを知っているの?」

 

 問い返すエルの声もまた低い――それは、この相手に何かを感じ取っているから。そして人形の口が開いた瞬間、何が起こるのかも予想できる。

 

「簡単なことです……テオドール・フォン・ハインラインの暗殺を指示したのが、私だからです」

「……貴様ッ!!」

 

 エルは真紅の刃を抜き、一足飛びで人形が鎮座する椅子まで詰めた。炎を纏って走る上段からの剣撃は、相手の結界に阻まれてしまう。

 

 しかし、エルは弾かれることなく、剣を陣に押し付けており――その背中からは、鬼気迫るものを感じる。執念で相手を逃すまいとしているのだ。

 

 対する人形は、相変わらずの無表情だが、なんだか少し楽しそうに口を動かし始めた。

 

「ちょっと興が乗って、余計なことまで話してしまいましたかね……しかし、私としては、アナタが生きているのも計算外だった。本当は、テオドールとエリザベート、両名の暗殺を依頼したのですから……ともかく……」

 

 その瞬間、人形の雰囲気が変わる――ここまではどことなく胡散臭いだけの何かだったのが、急に圧倒的な気迫を出してこちらに押し付けてくる。とはいえ、怯むほどではない。エルに続いて戦闘態勢に入れるように、袖からナイフを一本取り出して身構える。

 

「あの日の彼の判断が過ちでなかったのか、少し試させてもらいますよ」

 

 人形の瞳孔が動き回り、瞳全体が白く光り出す。アレは、何かマズイ気がする――しかし、その瞳から目を逸らすことは出来ない。

 

『アランさん!』

 

 一瞬、脳内にレムの声が響く――そして、ゲンブがこちらへ向かって気迫をぶつけてくる。エルは変わらずに剣を結界に叩きつけているが――異変は、黒衣の剣士以外の所で起こった。

 

「くっ……!」

「うぅ……!」

「ソフィア、クラウ!? ……くっ!」

 

 苦しむ様な声に反応すると、左のソフィア、右のクラウがそれぞれ跪いて体を震わせている。同時に、二人ほどではないものの、自分も幾分か気分が悪くなり――吐きそうな心地がする。しかし、耐えられないほどではない。

 

 何か、催眠の様な攻撃が行われたのか――しかし、エルもそれに巻き込まれていたはず。彼女だけはその力を緩めず、人形を断ち切らんと結界の前で踏ん張っている。むしろ催眠のような攻撃なら、スペルユーザーの二人のほうが抵抗がありそうな印象があるが。

 

 視線を敵に戻すと、人形の瞳が再びガラスに戻り、ゲンブは分かったように首を鳴らして縦に振った。

 

「ふむ……やはり、あの日の彼の判断は間違いだった」

 

 臨戦態勢に入っていたおかげで、微細な空気の変化にも気付くことが出来た。僅かに天井の方で何かが動いている――スポットライトが四つほど、その首を動かし、明かりをエルの方に向けているのだ。そして、人形のあの気配――。

 

「エル! 跳べ!!」

 

 マズいと思うと同時に、自分の口が勝手に動いていた。エルもこちらの声に体を反応させ、すぐにこちら側に戻るように跳躍した。剣士が跳んだのと同時に、エルが立っていた箇所に熱線が四本集まり、床を焼きだす。かなりの高熱なのだろう、床の機材が簡単に溶けて煙を上げていた。

 

「おや、バレてしまいましたか……それにしてもアラン様、アナタは本当に微細な気配ですらかぎ取るのですね……まるで、野生の獣のようだ」

 

 相手の言葉に対しては、投擲でお返ししようとする。しかし、体が思うように動かない――なんとか気合を入れて、敵をめがけて一本の短剣を投げる。思ったように狙いはつけられなかったが、脇辺りに当たる軌道――しかし、人形の前に現れた結界により、投げたナイフは無様に弾かれてしまった。

 

「危ない危ない。止めてください、荒事は苦手なんですよ」

「減らない口だ、そっちから仕掛けてきたんだろうが……テメェ、何をした?」

 

 未だ跪いているソフィアとクラウに目を向ける。二人とも呼吸は荒く――とくにクラウが酷く、その身を抱いて震えていた。

 

「……簡単なことです。私が、七柱の創造神と同格である証明……もしアナタ達が何かの目的のために道具を作り上げるとするなら、どうしますか? 普通なら……安全装置をつけると思いますよ」

 

 口調こそ淡々としているが、ゲンブは徐々に殺気を強めてきている。

 

「まぁ、私は七柱の仇敵ですし、この身は仮初の体ですから、完全にはいきませんでしたが。しかし、この世界に後から造られた生物たちは、みな一様に……人間、家畜、魔族の区別なしに……我々最後の世代に歯向かえないようになっているのです。アナタたち、アシモフの子供たちは、特別な処置が為されていない限りには、ね。

 そして、やはり私の推測は正しかった。エリザベート・フォン・ハインライン……他の者は逃げても構いませんが、アナタだけはここで死んでいただきます」

 

 人形が右手を掲げると、上部のスポットライトがガチャガチャと動き始めた。

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