B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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ADAMs

 閃光の一撃が去ると同時に、魔王の外套が宙を待って行く。七星結界ですら聖剣の一撃は完全には防ぎきらなかったのだろう、魔王の左手は塩の柱と化しているが、同時に肉体は健在だった。

 

 そして、外套が飛んで行った遥か向こう側――自分たちの真上の上空に、一筋の光が走る。アレは、流れ星か――それは東から西へと流れたが、同時に別の何かがこちらへと落下してきているようだった。

 

「……しまった、迎撃シス……!?」

 

 シンイチの驚愕の声も、魔王の背後に落ちてきた何かが岩肌に衝突する音にかき消される。巻き上げられた埃が晴れてくると、立ち上がっている魔王の背後に長方形のコンテナが――棺と言えば棺という感じだが、それも前世の現代的な機械仕掛け――現れた。

 

「皆、アレを魔王と接触させてはいけない!」

 

 聖剣からは余熱を排しているのか、蒸気が噴き出しており、シンイチはすぐには戦闘に参加できそうにない。代わりに、勇者の仲間がそれぞれ戦闘準備に入り、勇者の前に立ちはだかる。

 

「……かぁッ!!」

 

 魔王が右手を薙ぐと、黒い衝撃波が岩肌を走る。その力の余波に三人の足が止まり――こちらにも余波が来て、後ろに吹き飛ばされてしまう――すぐにもう一度昇って状況を見ると、魔王が開いたコンテナに右手を入れていた。

 

「邪神ティグリス……いや、ホワイトタイガー、T2よ! 我と同化せよ!!」

 

 魔王が叫んだ瞬間、コンテナからまた眩い光が発せられる。時間にすれば、一秒程度だけ目がくらんでいただけだろう、しかし先ほど魔王が立っていた場所には、まるで別人が――いや、背丈から魔王とは分かるのだが――立っていた。

 

「……長かった。この世に生み落とされて二千と七百年。神々の手のひらに踊らされ、苦難にある同胞を救えることもなく……だが、今、それもようやく終わる」

 

 声は、生の声というより、首元についている発声器から聞こえているようだ。その体は、白銀の鎧と言えばこの世界風だが、そんなものではない。アレは、パワードスーツだ。体のサイズには若干あっていないようにも見えるが、腹部や関節部分が伸縮性のある素材のため、なんとか着こめているのだろう。

 

 ゆっくりと振り返る魔王の顔も白いマスクに覆われており、その正面には灰色の文様が幾筋も走っている。

 

 アレを見ると、胸のあたりがざわつく――恐怖からではない、相手の気迫に気後れしているわけでもない、そうだ、アレは――。

 

(……俺は、アレを見たことがある)

 

 正確には、あのパワードスーツに見覚えがある訳ではない。恐らく、仮面の方にあるのだ。

 

「七柱の創造神を苦しめた、最強の魔人の力……存分に振るわせてもらう!!」

 

 その声に、勇者のお供の三人が身構えるが、シンイチだけはただ正面を見つめている。それに対して、魔王の方は――分かる、あの仮面の奥で、何をしているか――。

 

 巨大な爆発音がした時には、魔王の姿は元居た場所には無かった。テレサ、アレイスター、アガタの三人の体が吹き飛ばされ、パワードスーツの左手が、聖剣を握りしめているという結果だけが目の前に残っている。そして後から、魔王が走った場所をなぞる様に、黒い衝撃波が炎のように巻き起こって消えた。

 

「くっ……!」

「……忌々しき聖剣め、この剣に八度倒れた……だが……!」

 

 魔王が拳に力を入れると、聖剣から軋むような音が聞こえ始める。そして、黒い気を纏った魔王の右の拳が刀身を叩くと、レヴァンテインは真ん中からもろく崩れ去った。魔王は拳を振りぬけた勢いで上半身を捻り、回し蹴りをシンイチに向かって放つ。その速度はあまりに早く、剣の支えを失ったシンイチは、避けることもかなわず、柄を持ったまま吹き飛ばされ、遠くの岩に激突して止まった。

 

 結果、勇者とその仲間達は、全員地に臥していることになる。とはいえ、呼吸はしている気配は感じられる――まだ、誰も死んではない。

 

「……ふん、調停者の宝石、それにアウローラの強化があるおかげで、まだ全員息があるか……そして……」

 

 魔王はこちらに背を向けたまま、自分が投げたナイフを右手の指の間に挟んだ。どうせキャッチされなくてもパワードスーツの装甲は抜けなかっただろうが、貴様のことなどお見通し、そういうつもりで受け止めたのだろう――それでも、こちらに意識を向けることには成功したのだ、良しとしよう。

 

「……貴様が、ゲンブの報告にあった男……アラン・スミスだな」

「へぇ、魔王様に覚えていただいて恐縮だね……なんて報告を受けてたんだ?」

「曰く、何故ここにいるか分からぬ、得体の知れない男……と」

「なるほど、なるほど……それなら大体、俺のことを分かっていることになるぜ。何せ、自分で自分の得体が知れないんだからな。それで……」

 

 アンタのことを聞かせろと、そう言う前に、魔王は右手に黒いオーラを纏いながら振り向く。なるほど、いつも少女たちが相手に何も言わせず攻撃しているが、敵としてはこういう気持ちになるのかと納得してしまう。

 

「ちょ、ちょっと待て、俺はアンタのこと全然知らないんだ、不公平だと思わないか?」

「……こざかしく、周囲の者が目を覚ますのを時間稼ぎしようという算段だろう」 

 

 魔王は全く波動の噴出を止めず、仮面の奥に微かに光る鋭い眼光でこちらを射貫いてくるだけだ。その気迫は流石で、この世界に来てから一番の生命の危機を感じるほど――殺気だけで空気がひり付き、こちらの肌を焼くかと思うほどだ。

 

 会話が出来ないのなら仕方ない、こちらもやれることをやるだけ――敵側にはせめて左の手が見えないように構え、相手の攻撃に備えることにする。 

 

「それなら、全力で来な……得体のしれない男に対して出し惜しみして、しくじったら格好悪くて仕方ないだろう?」

「ふっ……面白い、だが分からぬ……聖剣の加護もない、魔術も魔法も使えぬ貴様が、私に勝てるとでも思っているのか?」

「いいや、まったく、これっぽっちも勝てるとは思っていない。だが、吠え面かかせるくらいは出来ると思っている……そういうこったよ」

 

 むしろ、全力で来てもらわないと困る。先ほどの瞬間移動、アレのからくりは何となくだが分かるのだ。むしろ、遠距離から衝撃波などで延々と攻撃される方がマズい。そっちの方が自分には対処不可能だ。

 

「ふむ……こちらも、この技に慣れればならぬからな……よかろう、アラン・スミス。貴様のそれがハッタリでないのか、試してくれる」

 

 こちらの挑発に乗ってくれたのか、むしろ今言ったことが本心だろう。魔王もあの瞬間移動の制御をもう少し試したいはずだ。

 

 相手が動いたのを見てからでは遅い、仕掛ける瞬間を見切る――そして、それは自分になら出来る。微細な動きすら見逃さないよう、神経を集中させる。一瞬の油断でも死、むしろ最善を尽くしてすら死ぬかもしれない。

 

 だが、抗わなければただ無為に死ぬだけ。それなら、刹那に賭けるしかない。

 

 魔王が仮面の奥で息を吸い、肩が止まる。来る――左の拳を握り、相手の攻撃に備える。敵の高さは二メートル、的は体の中心で回る機構、敵が目の前に現れる位置を推測し――左拳の高さを調節し、相手が駆け抜けてくるのを待つ。

 

 あぁ、そういえば、使うときは技名を呼べって約束だったな――。

 

「ウルフファング……」

 

 ブラッドベリが仮面の奥で口を動かした瞬間、左の拳を狙った位置に突き出し、ボタンを押す。

 

 次の瞬間、世界が目まぐるしく変わった。目の前に白銀の鎧が現れたと同時に、こちらの小型パイルバンカーから杭が発射され、相手のベルトの中心を捉えることに成功する。

 

「何……!?」

 

 驚愕する魔王の声、相手が音速の壁を超えてきたことで生じる轟音、そして――。

 

「プロト!」

 

 クラウとの約束の通りに技名を完成させた後、左腕から走る反動に身を任せ、そのまま後ろに下がる。視野が広がったことで、結果がどのようになった見える――魔王は急な奇襲に体勢を立て直そうとしているのか、背後へと飛び、そして相手のベルトの中心が砕けて破片が辺りを舞っている。

 

 しかし、反動に身を任せてしまったのが良くなかったのか――スローモーションに感じる世界の中で、こちらに飛来してくる破片を、身動きできないままマジマジと見つめる羽目になってしまう。その数ミリ四方の小さな破片は、こちらの右目の方へと真っすぐ飛んできて――それが視界に一杯になるのと同時に、右の瞳孔に強い痛みが走る。

 

「ぐぅ……!?」

 

 なんとか体勢を持ちこたえて、すぐに右目を抑える。血などは出ていないようだが、右半身、とくに顔の神経に強烈な違和感が走る。

 

『……アランさん! 通……回路が、……者かにジャ…………』

 

 一瞬、レムの声が聞こえたが、段々とノイズが酷くなり、彼女の声が聞こえなくなる。その後、ラジオの周波数が合わない時に流れるようなざーっという音が脳内に響き続け――。

 

『……お前は誰だ?』

 

 今度聞こえてきたのは、女神の声でなくて、男の物だった。低く、抑揚が薄く、感情の読み取れないような声――何が起こっているのか見当もつかないのだが、そんなことはお構いなしに、男の声は続く。

 

『お前の遺伝子情報は、アラン・スミスのものとテンマイクロの誤差も無く一致している……これは、チャンスかもしれない』

『……何だお前は、何を言っている!?』

 

 意味不明なうわごとに質問を返している間に、魔王のほうは体勢を立て直しているようだった。

 

「サブシステムがやられた……貴様、たった一度、私が勇者に対して技を見せただけで、見切ったというのか……!?」

 

 仮面のせいで表情は見えないが、声色的には困惑しているようだった。ひとまず吠えずらかかせることには成功したようだが、向こうのあずかり知らないところでこちらも困惑する事態に巻き込まれているとは、まさか魔王も想定外だろう。

 

『状況は全く不明だが……確実に言えることは、T2とお前が対峙している、これだけだな』

『うるさい、気が散る! 人の頭の中で喋くりまわすな!』

『あと一つ分かった。お前は記憶が無いか、はたまたアラン・スミスを模したクローンか、どちらかだな……身体が事故以前の物に復元されているのを見るに、後者が有力か。しかし、この際どちらもでいい……お前の激情は、まさしくアラン・スミスの物なのだから』

 

 クローン、その言葉が脳に異様に反響する――考えてみれば、転生などクローンに近いと言えなくもない。その言葉で自身を形容された瞬間、自分のことが急に偽物のように感ぜられたが――。

 

(……そんなことはどうでもいいか)

 

 今は悩んでいる暇などない。この世界の趨勢が、自分の肩に掛かっている。自分が偽物だとか本物だとか、そんなことは些末な問題だ。アイデンティティなどどうでもいい――今は一人の人間として、魔王を止めるだけだ。

 

『オレは、ずっと後悔していた……お前を勝手に巻き込んだ癖に、お前の激情を抑え続けたことを。そして、何度も願った……もしもう一度、お前と巡り合うことがあるのなら……次は、お前の正義に賭けようと……そして、今がその時だ』

 

 こちらが色々考えている間に、脳内の声は好き勝手に喋くりまわしている。そして、そんなこちらの状況などお構いなしに、魔王は右手に漆黒の波動を纏い始めた。

 

「……認めよう、アラン・スミス。私が貴様を侮っていたという事実を。だが、もはや油断はせん……この距離から仕留める」

 

 先ほど想定した通り、遠距離から衝撃波で攻撃されるのが一番マズイ。右目が見えないから正確な距離は分かりにくいが、恐らく十メートルほど――投擲の間合いだが、あの衝撃波を前にしたら、短剣なぞ文字通り風の前の塵だろう。何か、別の手段を講じなければならない。

 

『おいお前、無駄にぶつぶつ喋ってるくらいなら、協力しやがれ!!』

『いいだろう……元より、そのつもりだ。アラン、今なら奴の技と同じものが使える……いいや、アイツの物は紛い物だ。本物は、お前にしか使えない』

『真贋はどっちでもいい! どうやれば使える!?』

『それは、お前の体が……本能が覚えているはずだ』

 

 それを言われてハッとする。自分は魔王の挙動で、あの高速移動を見切った――自分は、スイッチを知っているのだ。

 

 そしてそれは、この世界に来てから、何度か無意識でやっていた気がする。顔を抑えていた右手を外し、恐る恐る傷ついたはずの右目を開いてみる――すでに痛みはない、いけるのではないか――視界はクリア、問題ない。これなら、相手との距離感も測り間違えない。

 

『……だが、本来生身で使える物ではないぞ?』

『はっ、魔王に一泡吹かせられるなら、無茶は最初から上等だ』

『その軽口、やはり本物だな……良いだろう、やってみせろ』

 

 上顎をあげて、標的を睨め付ける。そう、俺は覚えている――この技を、そしてこの先に見える世界を。記憶になくても、体が――本能が覚えている。

 

『虎よ、虎よ、赤々と燃える……Acceleration Dvice of Act and Muscle system【行動並びに筋組織の加速装置】、すなわち……』

 

 男の声に合わせ、右の奥歯を思いっきり噛む。

 

『ADAMs』

 

 そして、世界から音が消えた。

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