B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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四章:それぞれの帰郷
レムリア大陸への船旅


 青い空、白い雲、寄せる波に、どこまでも続く大海原――そして、頬を膨らませる碧眼金髪の少女。

 

「……禁止だよ!!」

 

 そして開口一言、禁止されてしまった。

 

 魔王ブラッドベリを倒してから一週間ほど経ち、レムリア向けの船に搭乗したのが今朝。ソフィアはレヴァルでの仕事の引継ぎに、クラウはレヴァル大聖堂の再建に、エルは冒険者の知り合いの付き合いに――と言っても、エル自身は周りから一方的に絡まれていた形だが――となかなかに三人とも忙しく、レヴァル滞在中はなかなか四人で顔を時間が無かった。

 

 その間、シンイチとテレサ、アレイスターは既にレムリアに向けて出発している。アガタは教会本部への報告があるとのことで別行動だが、既にレヴァルを三日前に出立済みだ。

 

 ともかく、やっと四人で合流し、魔王戦で自分が使っていた高速移動、ADAMsについて今更ながらに報告した所、ソフィアから間髪入れずに禁止令が出た形だ。

 

「えぇ……でも、有事の際には……」

「そんな体に負荷が掛かる技を使ったらダメだよ! アランさん、ただでさえ無茶なんだから……」

 

 無茶は男の勲章だぜ、とか返そうと思ったが止めておいた。言ったら頬を最大限にふくらませて猛抗議をされそうだ――と、どう繕おうか悩んでいる間に、横からクラウが「まぁまぁ」とソフィアの肩に手を置いた。

 

「魔将軍も魔王も倒したんですし、もうそんな危険な目に合うことはそうそう……」

「……そうとも限らんと思うがな」

 

 折角のアシストだったのだが、それは自分の口で否定した。クラウも「どういうことです?」と頬に指を当てながら首をかしげている。

 

「まだ、あのゲンブとかいう奴が残っているだろう……アイツと戦うことがあるとするなら、危険な技でも使わざるを得ないかな」

「そう言えば……人形自体は倒しましたけど、恐らく依り代でしょうから。確かにまだゲンブは存命でしょうけれど……」

 

 まぁ、そもそもアイツ自体が倒すべき敵なのかも不透明なのだが――もちろん、人類に仇なす魔王と組んでいたのだから、その時点で人類側としては放っておける存在でもないだろう。魔族の間引きをするという残虐さを持ち、エルの養父を殺めるよう指示を出し、しかもエル自身の命も狙っている。そうなれば、敵対するのが自然な流れか。

 

 とはいえ、ヤツが何かとこの世界の事情を知っていそうなのも確か。何にしても、次に会ったら確実に拘束し、色々と話を聞き出すべき――そうなれば、自分としても全力で戦いたい。

 

「なぁーソフィア、流石にアイツ相手なら使ってもいいだろう?」

「うーん……」

 

 渋るソフィアの後ろ、船体の壁を背に、エルが腕を組みながら口を開く。 

 

「……何度も同じようなことを言っているけれど、使うなで使わない男じゃないわよ、ソイツは」

「確かに……」

 

 エルの意見に、ソフィアは深く納得したように頷く。そして、エルはソフィアの背中からこちらに視線を向ける。

 

「というか魔王と戦って瀕死でぶっ倒れたのが、相手から手傷を追わされたんじゃなくてほぼ自爆って、アナタ馬鹿でしょう」

 

 エルの意見は、自分としても深く納得して頷くしかなかった。まぁ、直撃したら即死の攻撃を、音速を超えるという無茶で凌いでいたのだ、怪我の功名と言ってもいいだろう。

 

「ともかく……どの道、自由においそれと使えないみたいだし。ソフィアが心配するほど乱発するわけじゃないさ」

「むー……逆に、凄く強い敵と戦うときに使うつもりってことでしょ? それが私としては心配で嫌なんだけど……でも、どうせどれだけ言っても、聞いてくれないんだろうし……」

 

 ソフィアは再び頬を膨らませ、次第に納得しようとしてくれているのか、ぶつぶつと何かを言いながら考え込み始める。どうせ言う事を聞かないという所に関する信頼だけ無駄に厚いのも我ながらどうかとも思うが、最終的にはソフィアも渋々ながらも頷いてくれた。

 

「うん、分かった。せめて、普段は私を頼りにしてね?」

「あぁ、言われなくとも……頼りにしてるよ、ソフィア」

「えへへ、うん、任された!」

 

 恐らく完全に納得してくれたわけでもないだろうが、ソフィアはひとまず笑顔で応えてくれた。そして、話がひと段落したのに合わせて、ちょうど自分の腹の虫がなってしまう。

 

「腹が減ってきたな……」

「確かに、私も空いてきちゃったな。アランさんは待ってて、私がご飯持ってくるよ!」

「いや、俺も行くよ」

「大丈夫だから!」

 

 そう言いながら、ソフィアは屋内の方へと駆けだしていってしまう。確かに良い天気だし、外で食べたら気分も良さそうだが、それにしてもあの子は一人で全員分の食事を運んでくる気か――そう思っていると、クラウが微笑みを浮かべながらわざとらしくため息をつく。

 

「ふぅ……いいですよアラン君、私がソフィアちゃんに着いて行きます」

「いや、だから俺も……」

「ダメですよ、ソフィアちゃんはアラン君の役に立ちたいんですから……あの子を甘えさせてあげるために、あの子に甘えてください?」

 

 言わんとすることは分かるが、妙な感じの言い回しになっているのは気のせいか。ともあれ、晴天の下に自分と黒衣の剣士の二人が残ることになる。

 

「……二人きりだな」

「……えぇ、そうね」

 

 エルはそれだけ返答して、目をつぶったまま体を壁に預けている。妙に緊張した雰囲気があるが――なんだか普通に話しかけてもあまり喋ってくれなさそうなので、とりあえずこちらは振り返って、デッキから海に臨む。

 

 改めて海をまじまじと見るが、前世の知識としてある海と目の前の海は、そう変わりはないように見える。ここに女神レムがおわすとか言われても、あまりピンとこない。

 

 乗っている船はファンタジーらしい帆船、それを三日かけてレムリア本土に向かう旅路になる。陸に着いてからの旅程も、ある程度は決めてある。レムリア大陸についたら陸路でまず南に向かってエルの故郷に寄り、その後は西に進路を取って王国を目指していく予定である。

 

 エルの故郷に寄ることになったのは、テレサの提言によるのだが――ふと、エルがこちらに近づいてくる気配を感じる――そして、初めて会ったとき同様に、背後から首元に冷たいものが添えられた。

 

「おいおい、物騒だな」

「何よ……私が近づいてきているのも分かっていたくせに」

「まぁ、初対面でもこうだったし、今更驚くことでもないかと思って……でも、どうしたんだ?」

 

 刃物で脅されているのだから、当然何某かの理由はあるのだろう。エルは少しの間黙っていたが、少ししてやっと言葉を続ける。

 

「……アナタ、記憶はどうなの?」

「戻ったら言うさ」

「……本当に? あの技を取り戻したのと一緒に、記憶も戻ったんじゃなくて?」

「本当だ。まぁ、記憶が戻ってないって、納得してもらう証拠もないが……それに、ADAMsはまぁ、確かに取り戻したというべきなのかもしれないが、そもそも本当に自分の物だったのかも正直良く分からん」

 

 実際、使い方を本能的に知っていたのだから、前世ではあの技を自分は使っていたと考えるのが自然だ。この七日間でその意味についても考えていた――やはり前世では、何かしらの諜報機関に所属していたとか。

 

 しかし、エディ・べスターなる者の存在が引っかかった。自分はせいぜい一か月前に死んで転生してきたと思うのだが――彼はその間に自分と同様に死んで、邪神ティグリスと一緒にこの世界に送られてきたのか? べスターは明確に、自分のことを認知していた――そうなれば、前世では知り合いであったと考えるのが自然なのだが。

 

 しかし、ゲンブの話を思い出せば、邪神ティグリスと創造の七柱神が戦ったのは今から一万年前ということになる。そうなると、時間軸が合わない。そもそも、自分がティグリスと所縁《ゆかり》があるとするのなら、自分がいた元の世界とこの世界とは地続きというか、同じ宇宙に存在していることになる――などなど、時空間の単位で考えると結局なに一つ腑に落ちる点がない。

 

 と、考え事に集中している間に、エルが短剣を首元から離した。

 

「そう……悪かったわね」

 

 黒衣の剣士はそう言って、自分の隣に並んで海を眺めだした。

 

「……アナタのあの技、ADAMs……アレは、お義父様を殺めたエルフが使っていた物と同様の技なの」

「なるほどな。そりゃ、俺がエルの仇と何かしら繋がっていると思われても仕方が無いな」

「えぇ……でも、ゲンブはアナタを警戒していたようだし、アイツがエルフとグルなら、アナタは私の仇とは無関係ってことなんでしょうから……疑ってすまなかったわね」

 

 そう言うエルは、横髪を抑えて海を見ながらしゅんとしてしまう。

 

「おいおい、そんな急にしおらしくなるなって」

「なによ、私がしおらしくしたらいけない? アナタ、私を何だと思っているのよ」

「そりゃあ、唐突に刃物を突きつける物騒な奴……」

 

 こちらとしてはちょっとした憎まれ口のつもりだったが、目に見えて反省しているエルを見て、こちらもからかいすぎたと反省することにする。

 

「……俺も悪かった。別に疑われたのは気にしてないさ、何せ俺は何かと怪しい奴だからな」

「なによそれ……まぁ、怪しいのは否定しないわ」

「よし、調子も出てきたな。ところで、帰郷のするのは問題なさそうか?」

「えぇ、テレサが言うには、シルバーバーグ……私の知り合いなんだけど、困っているみたいだからね」

 

 テオドール・フォン・ハインラインが亡きあとは、エルの故郷を遠因の貴族である何某家が――イマイチ名前を覚えていない――統治を引き継いでいたが、ソイツが悪徳貴族らしく、ハインラインの地の政情が安定していないのだとか。それで、故郷の旧知が困っているというのをテレサから聞いて、エルの故郷を最初の目的地として定めた形だ。

 

「……本当は、仇を取ってから、お義父様に顔向けしたかったのだけれど」

「まぁ、その辺は俺からも何とも言えないが……でも、良いんじゃないか。親父さんだって成長した娘の顔は見たいだろう……それこそ、紆余曲折はあったかもしれないが、しっかりとハインラインの使命は立派に果たしたわけだしな」

「……そうね」

 

 死んでいる相手に顔を見せる、なんていうのは生きている側のセンチメンタリズムかもしれないが。それでも、彼女も本来の使命である魔王討伐は立派に果たしたわけだし、故郷に錦を飾ったっていいだろう。それに、親父さんが仇討を望んでいるとも分からないしな――という言葉は飲み込んでおいた。これは当人の問題だからだ。

 

「……ねぇ、アラン」

「うん、なんだ?」

「レヴァルでは、復讐心が薄れてきているといったけど、ゲンブの口から奴の存在を聞いて……やはり、あのエルフは許せないと、再び思うことが出来た……私は、私の手で仇を取るつもりよ……」

「手出しは無用ってことか?」

「……そう、言いたいところだけれど……」

 

 彼女の歯切れが悪いのは、複雑な心境だからだろう。仇は自分の手で取りたいが、加速装置と真正面から対抗するのは難しいと判断しているのではないか。重力剣へカトグラムがあれば加速した相手の速度を削ぐことは可能だろうが、それでも重力波を出す前に加速してやられる可能性だってエルは想定しているはずだ。

 

 そう、恐らく彼女は何度も頭の中で仇のエルフと戦っていて、それでも勝てるビジョンが浮かんでいないのだろう。だから、同じ技を持つ自分が居れば、もう少し対抗しやすくなる――しかし、それでは自分の手で仇を討つことにならない、その葛藤が彼女の中に見て取れた。

 

 とはいえ、自分だって手をこまねいて彼女がやられるのを見ているわけにもいかない。それに、手助けぐらいはしても罰は当たらないだろう。

 

「……まぁ、俺だからな。意識に反して、勝手に手が出てしまうかもしれん」

「ふぅ……ゲンブ以外には使わないって、さっきソフィアに約束したんじゃなかったの?」

「そりゃそうだが……サポートは出来ると思うぞ」

 

 そう声をかけると、エルは珍しくこちらを向いて――とは言っても、控えめな彼女らしくこちらを正視はしていないが――はにかむような微笑でこちらを見た。

 

「……えぇ、お願い。こう見えてアナタのこと、結構頼りにしてるんだから」

 

 先ほどしおらしくなって、と突っ込んだのは自分自身だったが、それでも海の光を反射して輝く彼女の横顔が、なんだかいつもよりも綺麗に見えて、こちらも気恥ずかしくなってしまう。

 

「……あー! エルさんとアラン君とイチャイチャしてます!」

 

 エルとの間に少々気恥ずかしい空気が流れていると、甲板の方からクラウの叫び声が聞こえた。

 

「イチャイチャしてない……それに、私なんかと懇意になっても、別に楽しくもないでしょうし……」

「そんなことないですよ! エルさんとイチャイチャするなんて、全私の夢と希望……おぉぉお?」

 

 卑屈になるエルに対しクラウがフォローを入れているタイミングで、船体が大きく揺れだした。クラウとソフィアは両手に一つずつ持っているトレイを落とさぬよう、足を広げてバランスをとっている。

 

「なんだか妙に揺れるな…………うん?」

 

 独り言を口にした瞬間、何か生物が接近する気配を感じる――海の底の方から、それも嫌に巨大な物、この感じは――。

 

「……なぁソフィア」

「なぁに、アランさん?」

「海にも魔獣っているのか? それも馬鹿にデカい奴」

「そうだね、軟体生物に近い物は確認されているよ……って、アランさんがそれを聞いてくるってことは……!?」

 

 ソフィアの言葉尻は、自分の背後から聞こえた破裂音でかき消えた。水しぶきが背中にかかり、その巨大な気配を視認するために振り返ると、何本もの足を持つ巨大なイカのような――いや、色合い的にはタコか――ともかく十本の腕を持つ生物が海面から姿を現していた。

 

 そして、軟体生物の足が鞭のようにしなって薙がれると、船首部分の帆が裂かれ、マストが折れ曲がり――この状況に、最も早く対応したのはソフィアだった。少女は真剣な顔をしながら、自分の方へ向かって走ってくる。

 

「アランさん、持ってて!!」

 

 ソフィアは両手に持っていた盆を、ほとんど投げるような形でこちらに渡し――我ながらナイスキャッチは出来たが、幾分かスープの中身は宙を飛んだ――背中から魔法杖を取り出し、グリップを捻ってレバーを押し入れる。

 

「第六階層魔術弾装填! コキュートスエンド!!」

 

 少女の杖から陣が飛び、すぐさま海上に巨大な氷の柱が出来上がった。イカ型の魔獣の体は氷に覆われ――側面の足がまだ残っているが、ピクリとも動かないところを見れば、恐らくは絶命しているに違いない。

 

 だが、これで終わるソフィア・オーウェルでない。案の定、杖のレバーを引いて、すぐさま奥に押し込んでいる。

 

「第六階層魔術弾、再装填! 構成、帯電、放電、磁力、加速、閃光、螺旋! 駆けよ、雷霆《らいてい》の一撃!! 閃光稲妻突【ケラウノス】!!」

 

 杖の先端に一つの巨大な陣と、その周囲の小さめの陣から、それぞれ稲妻が走り――小さめの陣は巨大な陣の周囲を回り、それらが螺旋を成し巨大な稲妻がドリルのように海上を駆ける。

 

 眩い閃光が晴れると、イカの体は氷ごと消し飛んでいた。もちろん、魔獣の体躯も巨大で、稲妻の大きさ的に全てを消し飛ばしたわけではないのだが――あの魔獣の急所が何処にあるのかも分からないが、まぁ全身のうち大半が消し炭になっては流石に生きてはいないだろう。もちろん、最初の一撃で十中八九は絶命していたとは思うのだが。

 

「……ふぅ、護衛としての役目、果たしたよ!!」

 

 圧倒的な生物を事も無げに消し炭にして、ソフィア・オーウェルは蒸気の吹き出る杖を一振りしながら笑顔で振り向いた。彼女からしてみたら、全長数十メートルの生物を倒すのも朝飯前、いや今は昼飯前か。

 

 ちなみに、護衛というのは、彼女が自分たちに着いてきているお題目だ。本来ソフィアは魔王を討伐したことで軍籍も返上しようと思っていたようだが、それは王国で話し合わないと決定できないらしく、ソフィアは今もひとまず准将という肩書を背負っている。軍の偉い人に護衛されるというのもおかしな感じにはなるが、一応自分たちは魔王討伐に貢献した重要人物なので、直々の護衛という形で旅に無理やり同行できる形で落ち着いている形だ。

 

「あぁ、お疲れ様、ソフィア」

「うん、ありがとうアランさん」

「しかし、今のもまさか、ゲンブの奴の改造魔獣だったのか?」

「うぅん、それは違うんじゃないかな。確かに東海で魔獣が出るのは珍しいけど、全くないってわけじゃない。それに、魔術抵抗の術式も無かったみたいだし……自然発生した魔獣だと思うよ」

 

 自分で言っている途中でまた何か閃いたのか、ソフィアは口元に手を当てて何かを考え始めている。

 

「……もしかしたら、今の魔獣がセントセレス号を襲ったのかも」

 

 セントセレス号、聞き覚えはあるが何だったか。文脈的には船のことを指しているのだろうから――そこで思い出した、最初にソフィアが自分が乗っていたと想定していた補給船のことか。

 

 その後、船は船乗りたちがてんやわんやする事態となった。幸いなことに船底や側面などにはダメージは無かったようだが、折れたマストの応急処置など、甲板部分の修復に男たちがせわしなく動き回っている。

 

 応急処置が終わってからは、船の本格的な修理のために近場の港町に寄ることになった。海路を変更してしばらく進み、日も傾きかけてきた時、エルが船の東側に何かを発見したようだった。

 

「……さっきのソフィアの予想、正解かもしれないわね」

 

 そう言って彼女が指さす先には、海上にポツンと浮かぶ島がある。そこの崖際に、朽ちてボロボロになった帆船が打ち付けられているのが見えた。

 

 その後はソフィアが船長に掛け合って許可をもらい、一時間だけ難破船の調査をすることになった。小型の櫂船《かいせん》で近づいていく間に――もちろん、漕いでいるのは自分だ――改めて難破船を観察する。

 

 自分たちが乗っていた船と違い、メインのマストがポッキリと折れ曲がり、残っている船尾の帆は穴だらけになっている。船体も穴だらけで、よく沈まずにここまでもったものだと感心する。

 

「……やっぱり、セントセレス号……」

 

 ソフィアが船体を見上げながら呟く。その先には、船の銘が刻まれる金属板があった。

 

 櫂船をセントセレス号の横につけると、クラウが結界で跳び、甲板へと飛び乗る。そしてすぐに上からロープが垂らされた。

 

「誰から昇る?」

「アナタから行きなさい」

「うん、なんでだ?」

「それ、本気で聞いてる?」

 

 そういうエルはあきれ顔、その隣にいるソフィアは少し顔を赤らめながらスカートを抑えている。

 

「……そうだな、俺から昇るべきだな」

 

 ロープを握り、船体を蹴りながら上へと昇る。自分が昇り切ると、次はソフィアの番で、彼女の身体能力だと昇るのも大変なため、こちらから引き上げる形で准将も甲板に招待する。最後のエルは、自分と同じ要領で船体を蹴りつつ、さっと上へと昇ってきた。

 

「生き残りは……居るって雰囲気じゃないわね」

「一応、軽く確認しましたが、中にも誰にもいないようです……まぁ、仮に生き残りが居たとしても、船上にいる意味もないとは思いますが」

 

 話し合うエルとクラウを他所に、自分の方でも生物の気配を探ってみる。少なくとも甲板に何者かが動く気配はなく、同様に一層下辺りにも何か動く気配はない。

 

 だが、同時に何故だろうか――この光景は、なんだか見覚えがある気がするのは。もちろん、先ほど乗っていた船と近い規格からくるデジャブかもしれない。しかし、この朽ちた甲板は、いつかの日に見たように思われるのだ。

 

 とはいえ、その事実は自分の中だけに収めておくことにした。今までは、体が本能的に覚えていることに対しては忌避感は無かったのだが、今回ばかりは少し気持ちが悪い――それを悟られないように振舞うことにする。

 

 甲板の調査が終わってからは、手分けして中を調査することになった。現在、自分はソフィアと一緒に船長室の中に何かないかを探している。

 

 船長室の中は、崖側の壁が壊れており、島の岩肌が近くに見える。また、海側の窓ガラスが壊れており、潮風がボロボロになったカーテンを揺らしている。船長の机を漁っていると、航海日誌が見つかり、それをページの後ろから読んでみる――日付は今から一か月ほど前、最後の日の前日は船員どもで喧嘩があったとかそんなことが書いてあるだけで、遭難した理由は不明だった。

 

「アランさん、船員名簿と、最後の航海に乗っていた乗員の名簿があったよ」

 

 本棚の方を見ていたソフィアから声をかけられる。差し出された二冊の名簿を受け取り、記帳に目を通してみることにする。

 

「……やっぱり、アランさんの名前は無かったね」

 

 記帳を見終わったタイミングでソフィアが声をかけてきた。顔を上げると、少女は少しバツの悪そうな表情を浮かべている。どうやら、自分が他を見ているうちに全て目を通していたようだ。

 

「その、転生ってことを疑ってるわけじゃないけど……やっぱり、最初はセントセレス号の船員かなって思ったから、一応」

「あぁ、そうだな……俺も、やっぱり気にはなってたからさ。そんなに気にしなくていいんだぞ?」

 

 そう言いながら、ソフィアに対して名簿と一緒に航海日誌を差し出す。

 

「これ、航海日誌だ。遭難した理由は分からないということが分かる資料にはなる」

「うん、了解だよ。これは、軍の方で保管することにするね!」

 

 ソフィアは証拠品を入れるために持ってきていた鞄に、三冊の記帳を入れた。しかし、自分の名前が無かったとしても、実は自分がこの船に乗っていなかったという証拠にはならない――そもそも、アラン・スミスという名前が本名な訳ではないかもしれないし、偽名で船に乗っていたかもしれないからだ。

 

 いや、レムとあれだけやり取りをしたのだから、自分がこの船に乗っていなかったことはほぼ間違いないはず。それでも何故だか――なんとなくだが、この船に馴染みがあるような気がしてしまう。

 

 それは、この世界に来た時にソフィアとエルに船員と予想されたことから、自分を一度でもこの船に乗っていた可能性があると思ったせいで、馴染みがあるように勝手に思い込んでいるだけなのか――その理由までは分からなかった。

 

 その後、エルたちの方も特に何も見つけることなく、調査は終了になった。水平線に沈む日に向かってオールを漕ぐ――去り際にセントセレス号の方へと振り返ると、ボロボロになっている船体が、夕日に向かって赤く染め上げられているのが見えた。

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