B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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セピア色の景色

 目の前に広がるのはセピア色の情景。鈍色の空を映す河畔、足元で揺れる白黒の草花、遠くに見える山の黒い稜線――そして、武器を構えて対峙する二人の男。この景色は、何度も見た。これは夢、自分を縛りつける悪夢。

 

 一人は既に脇腹に傷を負い、呼吸も荒くなっている。もう一人は傷だらけの顔をした男で、手斧を振り、相手の脇腹を抉った血を――そこだけ、妙に赤く見える――振り払った。

 

「……流石だハインライン。だが、次は無い」

 

 そう言いながら耳の長い男が手斧を構える反対で、養父が口髭を動かしながら何かを呟いている。

 

「……死の女神、無敵の女王……汝に仇なす者たちを……其の軛に繋ぎ止めん……」

 

 詠唱が終わると、養父の左手に持つ短剣の宝玉が光り、その切っ先に周囲の草花を巻き上げる渦が出来上がった。そして、養父は一瞬だけ、温かい眼差しでこちらを見て――。

 

「エリザベート、見ておきなさい……これが、ハインラインの至宝……!!」

 

 あぁ、お義父様――何度叫んだか分からない。どんなに願っても、過去は変わらない。夢の中ですら――私は、お義父様に生きていて欲しいという、その希望すら実現させることが出来ないのだ。

 

 養父が左腕を振り上げると同時に、辺り一帯を包む巨大な重力波が発生した。半球状に広がる重力の檻の中で、エルフが前進し始め――先ほどの一撃は全く目に負えなかったが、今度は進む線がギリギリ視認できる速度になっている。

 

 だが、それでもなお、エルフの方が圧倒的に早い。養父は肉薄してきた襲撃者に長剣を振り下ろそうとするが、それよりも早く斧が薙がれ――。

 

 渦が止むのと同時に、養父の首が地面に落ちる。重力で縛り付けられていた反動なのか、宝剣の一撃が止んだ後に、胴体からは馬鹿みたいに血が噴き出していた。

 

「……虎の檻、宝剣へカトグラム……まさかこの身で味わうことになるとは……」

 

 エルフの方も躰が痛むのか、胸を左手で抑えながら跪いている。その一部始終を傍観者として見ていた過去の私は、しかしなんとか事態を把握し、腰から剣を抜き出した。

 

「……貴様!」

 

 今よりももう少し幼さの残る自分の声が丘に響く。正面に構えたはずの刃は、ガタガタと少し震えている――それは怒りからだったのか、恐怖からだったのか、両方だったように思う。

 

 エルフは立ち上がり、ゆっくりとこちらを見た。長い前髪から僅かに覗く、鋭い眼光が、こちらを射貫いてくる。

 

「……その眼……」

 

 男はこちらをじっと観察すると、段々と肩の力が抜けてきているようで――しばらく呆然とした感じでこちらを見つめて、最後は自嘲気味に笑った。

 

「小娘、私が憎いか?」

「あ、当たり前でしょう!?」

「ふっ……そうか」

 

 男は手斧を外套の下に戻し、視線を養父の左手に向けた。そこには、ハインライン家の至宝が、死してなお固く握られている。

 

「ならばこの剣、貴様に預けよう……誰かを殺したいほど憎む気持ちは、絶望の底にあって、地獄から這い上がるための力になる」

「まち……待ちなさい!」

 

 相手を逃すまいと一歩進んだ瞬間、破裂音と同時に、剣を持つ手に恐ろしいほどの負荷が掛かる。そして、構えていたはずの剣が吹き飛び、目の前に居たはずのエルフの男は姿を消していた。

 

「……精々、次に会う時までに、宝剣の使い方を体得しておくのだな……そうでなければ、次は首が飛ぶ」

 

 その声は、自分の背後から聞こえた。その圧倒的な力量の差に振り向くことすらできず――私はその場にへたり込んでしまう。そして、立ち上がることもできず、なんとか四肢を使って這うように養父の亡骸へと近づいていく――既に辺りは、敬愛する者の血で真っ赤に染まっていた。

 

「あ、あぁ……うぁぁぁ……!」

 

 本当は自分の口元から聞こえているはずの嗚咽は、まるで他人が泣いているみたいに響いて、乾いて聞こえる――幾ばくかそうしている後、養父の左手から、剣を取ろうとと手を伸ばす。その手は固く握られていたはずなのに、あっさりと開かれ――血に染まった刃を掲げ、じっとその刀身を眺める。

 

「……死の女神……無敵の女王……汝に仇なす者たちを……其の軛に繋ぎ止めん……死の女神……無敵の女王……汝に仇なす者たちを……其の軛に繋ぎ止めん……」

 

 うわごとの様に、養父の遺した言葉を繰り返す。絶対に忘れないようにするために、この身に刻みつけるために。

 

 この悪夢は終わらない。あの男を殺すまでは。養父の不名誉は、必ず身内の私が雪《そそ》がねばならない。何故なら――。

 

 ふと、空を見上げた瞬間、世界に色が戻ってきた。空は天井に変わり、カーテンレールから差し込む朝日を受け、薄紅色をして自分を見下ろしていた。

 

 

 船の修理のため、昨晩ゼードルフという街に寄港した。ひとまず、今日はこちらの街でセントセレス号の遺留品を駐屯地に預け、今後の予定を練ることになっている。というのも、船の修理には数日掛かる見通しで、他の船もすぐには出ないようなので、いっそここから陸路で行くか、それとも予定通りに海路で行くか、そんな話を纏める算段になっている。

 

 現在は朝六時過ぎ、昨日は早く寝たおかげか早起きしてしまったので、せっかくだから外の空気でも吸いに外に出てきた次第だ。朝一番の空気が気持ち良いのも確かなのだが、気温は低くヒンヤリとしており、これなら寝なおす方が良かったか――などと後悔している傍らで、少し珍しいものが目に入ってきた。

 

 こんな感じで驚かすのも二度目だが、彼女が何をしているのか気にもなる――そんなつもりで気配を消しながら、結った長い髪を地面すれすれにして、身をかがめている黒衣の剣士の背後に近づいていく。

 

 見ると彼女の影に、小さな猫が何体かいるらしい。そして、それをじっと眺めて観察しているようだった。時折小声で彼女自身も「にゃー」とか言っているのが、普段とのギャップがあってなんだかおかしくも可愛らしい。

 

「……なんだ、猫が好きなのか?」

「……きゃ!? 何者!?」

 

 声をかけると、エルは剣の柄に手を当てて、凄まじい速度で振り返ってきた。同時に、その気迫に生命の危機を感じたのか、エルの下に居た子猫たちは一目散に散っていってしまった。

 

「あ、あぁ……」

 

 一瞬、こちらに向けた殺気はどこへやら、エルは振り返り、散っていった猫たちに対して名残惜しそうな視線を送っている。

 

「……なんだか、びっくりさせて悪かったな」

「ふぅ……ホント、気配を消して来るのやめて頂戴」

「それにしても、今日のビビり方は尋常じゃなかったぞ?」

「ちょっとね……嫌な夢を見たせいかしら」

 

 そう言いながら、女はどこか遠くを見つめる。夢の内容までは分からないが、意外な時間に意外な人物に出くわし、意外なことをしてた理由は分かった。

 

「なるほど、それで珍しく早起きして、可愛い猫ちゃんに癒されてた訳か」

「あ、あのねぇ……」

 

 エルは指を額に当てて、少し何かを考える仕草をし――すぐにハッとした表情になって、指はそのままでこちらを見開いた眼で見つめてくる。

 

「……アナタ、いつから見てたの?」

「いや、ついさっきだが……でも、なんだか可愛らしい声は聞こえたな?」

 

 あとでソフィアとクラウにもチクってやろう、クラウなど特に喜ぶに違いない――そう思っていると、ほとんど無音、見切れぬほどの速度で抜刀された短剣が、自分の首元に当たっていた。エルは暗黒微笑というのが相応しい静かだが力強い笑みを口元に浮かべていた。

 

「……忘れなさい?」

 

 そういうエルの目は、もちろん笑っていない。こちらも諸手を上げて、抵抗の意志はないことをジェスチャーで伝えることにする。

 

「は、はい……忘れるので、その物騒なものを閉まってくれると助かるかなぁ……?」

「……よろしい」

 

 エルは刃を鞘に収めると、大きくため息をつく。

 

「ふぅ……片や、こんな隙だらけなのにね……」

「うん、どういうことだ?」

「こっちの話、気にしないで」

 

 小さく首を振ってから、エルの顔は少し思いつめたような表情になる。

 

「……ねぇ、アラン」

「なんだ?」

「ADAMsって、弱点はあるのかしら?」

 

 唐突な質問だったが、なんとなく納得した。恐らく、仇のエルフを夢に見たせいで早起きしたのだろう。

 

「そうだなぁ……生身で使えば、反動がデカいのはあるが……」

「……お義父様を襲ったエルフは、反動を感じているように見えなかったわ」

 

 元々、エルの仇と対峙したら自分も助力しようと思っていたが、そうなると話は結構重くなる。自分など一回でも加速装置を発動するごとに死にそうになっているのだ。もしソイツと何度も衝突することになれば、じり貧で負けてしまうだろう。

 

 そう思いながら、ポケットの中に手を突っ込んで、硬いものを握る。そう言えば、調停者の宝珠とやらはシンイチに返すのを忘れていた。アイツもアイツで返してくれとも言わなかったのだから、まぁ自分が持っていても問題ないのかもしれないが――トリニティバーストの身体強化に、クラウかティアの補助があれば、それなりには戦えるか。

 

 とはいえ、話の主題はそこではない。エルは、彼女自身でエルフと戦う術を模索しているのだから――あの感覚を思い出し、魔王との戦いで本能的に忌避していた行動を模索してみることにする。

 

「それなら、反動以外にも一個あるぞ。ADAMsは、平面的な動きしかできない……つまり、立体的な動きには弱い」

「……どういうこと?」

「原理は良く分からんが、ADAMsは自分だけが早く動けるようになるだけ。他の力はそのままだから、落下速度までは早くできないんだ」

「原理が良く分からないものを使っているのもどうかと思うけれど……でも、成程。上昇するまでは加速した力で素早く上がれるけど、落下に関しては普通の速度になるってことね。それじゃあ、下を取るのが正解?」

「どうかな、蹴れるものが在れば加速できるから……厳密に言えば何もないところに相手を跳ばす、が正解だと思う」

 

 実際、ブラッドベリを倒すときには、落下速度が変わらないことを見越してクラウの結界を利用して加速したのだ。しかし、これについても何故ためしてもいないのに知っていたのか――べスターの言う通り、本能が覚えているというヤツか。

 

「それに、これは推測だが……やっぱり、その剣が役に立つんじゃないか?」

 

 そう言いながら、エルの腰に刺してある宝剣を指さす。

 

「……どうして?」

「さっき言った通り、自分が加速できる以外はそのままなんだ。その結果、空気抵抗や掛かる加速度は凄まじいし、ハッキリ言って動くだけで大分しんどいんだよ。

そこに別の力が加わったら、加速している側としては負荷が大きいのは当然だが、やはり速度も落ちると思うぜ」

「成程……いえ、私はその世界を体感できないから、実感としては理解しにくいけれど、原理としては何となくわかったわ」

「まぁ、何もないところに飛ばすのと、重力で引きずり下ろすのはちょっと矛盾した行為だが……多分、前者が出来るなら、そっちの方が効果的だな。ただ、相手もその弱点は分かっているだろうから……」

「……無暗に跳躍したりしないし、跳ぶなら跳ぶで策があると考えるのが妥当ね……ありがとうアラン、アナタのおかげで少し前進した気がするわ」

「どういたしまして……あはは、なんだかエルに素直に礼を言われると、むず痒いな」

「……私が礼を言ったら悪い?」

「そんなことないさ」

 

 そこで会話は終わり、二人が起きるまで待つことになった。

 

 ソフィアとクラウが起きた後、改めて四人でゼードルフの駐屯地へと向かった。昨日セントセレス号で回収した遺留品を預け終わり、今は街の中心地にある公園で腰を降ろしている。

 

「さて、ハインライン辺境伯領までは陸路で行きますか、それとも途中までは海路で行きますか?」

「陸路でいいんじゃないかしら……船が修理されるのを待つにも、他の連絡船に乗るとしても、どの道数日は掛かるでしょう? ここからハインライン辺境伯領に向かうとしても、当初の目的地から陸路で二日増える程度……それなら、わざわざ船に乗ることもないと思うけれど」

 

 エルはクラウに対してそう言った後、こちらへと振り向いた。

 

「アラン、アナタはどう思う?」

「……お?」

「なによ、呆けた顔をして……話は聞いていた?」

 

 話はもちろん聞いていたのだが、どうせ土地勘のない自分のことなど無視されると思っていたので、話を振られて一瞬反応できなかっただけなのだが。

 

「あぁ、ちゃんと聞いてたぞ……俺も陸路でいいと思うが、クラウがきついんじゃないか?」

「なんでです?」

「荷物が重いだろう」

「……え?」

「お前そんな、アラン君が持ってくれるんじゃないですか、みたいな顔してもダメだぞ」

「そんな! 美少女に重い荷物を持たせるつもりですか!?」

 

 わざとらしく声を張り上げて抵抗するクラウに対し、素直なオーウェル准将が優しい笑顔で緑の方へ近づいていく。

 

「まぁまぁ、クラウさん……私も荷物持つの、お手伝いするから」

「ソフィアちゃん優しい……!」

 

 クラウは目をうるませながら――当然ウソ泣きだが――ソフィアの両手をガシ、と握った。そしてすぐにギロリ、とこちらを睨んでくる。

 

「それと比べてアラン君は……!」

「あのなぁ、俺だって手伝いだったらするぞ……全部持つのはきついってだけでな」

 

 そもそも、自分は荷物は軽い方なのだから、手伝うこと自体はやぶさかではない。とはいえ、クラウの度が過ぎているのだ――同じように思ったのか、腕を組みながらエルが自分の言葉に頷いていた。

 

「そもそもアナタ、荷物が多すぎるんじゃない? 少し整理したらどう?」

「ぐぁーミニマリストはすぐこれです!」

「ふぅ……何も全部捨てろなんて言ってないじゃない。ただ、意外と使っていない機材とかもあるでしょう? そういうのを売ったり捨てたりして、整理すれば良いと思うのだけれど」

「ふむぅ……言われてみれば、使ってないものもあったりするんですが……でもなんか、思い出とかあるじゃないですか」

 

 エルの言い分もクラウの言い分も分かるが、今回ばかりはエルの方に分があるように思う。それはソフィアも同様だったようで、再び年上の聞かん坊を宥めるために穏やかな口調で話し始める。

 

「クラウさん、気持ちは分かるけど、私はエルさんの言う事に賛成だな。それこそ、拠点にはたくさん荷物があっていいと思うけど、旅する身なら必要なものを厳選したほうが身軽でいいと思うよ。それでも残った機材は、私も運ぶの手伝うから……」

「う、うむむ……ソフィアちゃんに言われると弱いですねぇ……まぁ、確かに割り切らないと増えていく一方でしょうし、少し整理しますか。それじゃあ、今日はちょっと私の荷物の整理と売却をしたいので、出発は明日でも大丈夫でしょうか?」

「うん、私は大丈夫だよ!」

 

 ソフィアとクラウがこちらを向いたので、自分とエルは頷き返した。

 

 その後は、宿に戻って荷物の整理を済ませ、不用品を持ち出すために再び街に出た。売却を済ませて改めて周りを見ると、昼過ぎの街は、活気にあふれている――人の数こそレヴァルの方が多かったように思われるが、人々の顔が明るいものであるのは、魔王を倒して平和が訪れたからだと思う。そう思えば、あの激戦を超えた価値もあるような気がした。

 

 なお、クラウの荷物は半分以下になったことと、宿への帰りにスイーツの買い食いをしてソフィアが目をキラキラと輝かせていたことをここに追記しておくことにする。

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