B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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ハインライン辺境伯領

 ハインライン辺境伯領、その首都までは、徒歩で南下して計一週間ほどの行程となった。平地は道が舗装されており安全に移動できたが――山道では、ゼードルフの街で感じた、魔王を倒したという満足感を裏切る出来事があった。

 

 一言で言えば、山賊の襲撃にあった。相手からしたら、男一人に女三人など格好の的だったのだろう。撃退自体はエルと自分で問題なかったが――やはり、ソフィアとクラウは人と戦うのには抵抗があるようであった。

 

「……今後は、もっと山賊は増えるよ。魔族と戦うって仕事が無くなった冒険者には、農作業の仕事が斡旋されるんだけど……やっぱり、その生活が合わないって人は居るから」

 

 というのはソフィアの談。魔族との戦いが終われば、今度は社会不安が問題になるのか。戦力として強力な貴族、学院、教会は統率が取れているので、大規模な反乱は起きないらしいが、土地の荒廃による食糧難と治安の悪化が治まるには、またしばらく年月がかかるとのことだった。

 

 なお、山道では魔族による襲撃もあるにはあったが、オークやコボルトなどであり、暗黒大陸で戦った魔族と比較すれば危険度は低かった。もちろん、その何倍も強力な魔獣すら一撃で葬る魔術師が居るのだから、こちらの対処は楽だったのは言うまでもない。

 

 さて、山道を大分進むと、ハインライン辺境伯の土地へと入った。現在、切り立った山の岸から、眼下にグリュンシュタッドの街を見下ろしているところである。

 

「……結構立派な街なんだな」

 

 思わず出た感想がそれだった。辺境という言葉がついているせいで、どうにも田舎っぽいのを想像していたのだが。見ればレヴァルに負けず劣らずの規模間の街で、城壁の代わりに西側を覗いて三方を山に囲まれている、天然の要塞の様な街だった。

 

「そりゃそうよ。辺境伯領って、防衛の要所だから……もちろん、最前線はここまででは立派じゃないけれど」

 

 エル曰く、辺境伯領の東は南北に走る狂気山脈の下山ルートの麓にあたるので、ハインラインはレムリア側の防衛最前線らしい。グリュンシュタッドの街は、レムリア側の交通ルートとその前線を繋ぐ交通上の要所になっているのだとか。元々目指していた街からなら、北の山道を迂回して西からここに来れるので、移動としては楽だったという事だった。

 

 下山をしてグリュンシュタッドの街に着くころには、太陽も西に傾きかけていた。主要な入口は橋渡しとなっており、レヴァルの様に衛兵が身元を確認している。こちらには元領主の娘が居るのだ――とも思ったが、不用意に名乗りあげても、身分を騙っているともとられかねないし、何よりこういう時はソフィアの肩書が強い。ソフィアが名乗りをあげるだけで、自分を含めた他の三人はチェックされることもなく街の中に入ることが出来た。

 

 今日はこのまま、領主の館に行くことになった。エルが会おうとしている人物は屋敷で働いており、経理などに関わる人物だとのこと。恐らく現在も雇われているか、そうでなくとも屋敷に顔なじみが居れば居場所も分かるであろうとのことで向かうことになった形だ。

 

 とはいえ、屋敷に向かうにつれて、段々とエルの顔が渋くなっていく――それもそうか、誰にも事情を言わずに家を飛び出していたのだから、今更戻るのも気まずいのも納得できる。それに、ハインラインの跡継ぎが唐突に出てきたら、どう警戒されるかも分からないということで、屋敷に着いてからはひとまずソフィアが窓口に立つことになった。

 

 葉の落ち切った並木道、その突き当りにある巨大な門に立つ番に来訪を告げると、少ししてから中から一人の女中が現れた。茶髪で釣り目、少し気の強そうな印象の女性だ。

 

「すいません、シルバーバーグさんにお会いしたいのですが……」

「シルバーバーグですか……彼は半年前に、屋敷を後にしました」

「そんな……えぇっと……」

 

 ソフィアもどうしようか意見を聞きたかったのだろう、後ろで木の幹に背中を預けているエルの方を振り向いた。そうすると、自然と視線がエルの方へ集まり――。

 

「……エリザベート様?」

 

 黒衣の剣士の名が、女中の方から聞こえた。対するエルは、少し気まずそうに横髪を押さえたままだ。

 

「……久しぶりね、エマ」

「貴女、生きて……」

 

 エマと呼ばれたメイドはそこで言葉を切り、周囲を見渡した。恐らく、他に誰かいないか確認していたのだろう――そして、周りに自分たち以外が居ないのを見てから、つかつかとエルの方へと歩いていく。

 

「言いたいことはたくさんありますが……領主に見られると面倒になるかもしれません。シルバーバーグは、テオドール様の別荘を改装して使っています……貴女のお義父様のお墓もそこに」

 

 エルも女性としては背が高い方だが、エマと呼ばれた女性も同じくらいの背丈がある。それでも、目を合わせないエルに対して、メイドは下から覗き込むように声をかけている。対するエルは、無言で応えないままだ。

 

 エマは大きくため息をついて――その所作はエルに似ている、もしかしたら似た者同士なのかもしれない――やれやれと首を振った。

 

「ふぅ……別荘がある場所に行くのも気まずいのも、理由は分かります……それでも、貴女は行くべきです」

 

 そしてメイドはそのまま門の方へと戻っていく。

 

「さて、私はこれで……オーウェル准将が来られたのは、適当に誤魔化しておきます。それでは……」

 

 そこまで言い切ったタイミングで門は閉じられ、メイドは屋敷の中へと戻っていった。

 

「……エル、テオドールの別荘とやらは遠いのか?」

「……少なくとも、徒歩では半日以上は掛かるわね」

「それじゃあ、今日は宿で休んで、明日向かうとするか」

「ちょっと、私はまだ行くとは……」

「いいや、行こう」

 

 相手が言い切るのを、少し強めに遮ることにした。父にまだ顔向けする勇気が無い、その心情は汲めはするが――要は、生来の遠慮しいに上乗せして、何も言わずに故郷の人々に心配をかけていたことに対する後ろめたさのせいで、あまりそこかしこに顔を出したくないと、そういうことなのだろう。

 

 とはいえ、彼女も心の底では、逃げていた故郷に向き合いたいという思いがあるはず。だから、ここは少し強引にでも、彼女が前に進めるよう手を引いてやるのがいい――などというのも傲慢かもしれないが、ともかく今はそれでよいと思う。

 

「船でも言っただろう、一回くらい、親父さんに顔見せたって良いってな」

「……そうね」

 

 エルも不肖な調子ながら頷き、先ほど言ったように宿を取って休むことにした。

 

 次の日、朝早くから宿を出立し、テオドールの別荘を目指す。道中の脇には幾分か積雪も見られるものの、暗黒大陸よりは暖かい場所であり、晴天続きのおかげもあって歩くのには問題ない程度だ。

 

 珍しくエルも早起きしていたのだが、別段寝るのが早かったとかいうわけでなく、単純に寝不足という感じだ。その証拠に、歩きながらも時々目元を擦っているのが見える。対するソフィアとクラウは元気満タンという調子で、軽い足取りで山道を先導していた。

 

「……ところでエルさん、こっちで道って合ってます?」

「……合ってるわよ………ふぁ……」

 

 方向音痴のクラウの質問に、エルは可愛いあくびで応えている。自分も地図で確認しているが、平原の様に拓けているわけでないし、いくら方向音痴が舵取りをしていると言っても一本道だから迷いようもないだろう。

 

 この辺りは人通りも少ないせいで野盗もいないし、狂気山脈とはまた方角がずれることもあり、魔族の心配も少ないらしい。そのおかげで、エルを除いたメンバーはちょっとしたピクニック気分になっている。

 

 途中、見晴らしの良い場所で昼食を摂ることになった。グリュンシュタッドの街からの旅路でも、クラウが料理をしてくれている。今日はソフィアもその手伝いをしているようで、火の周りはにぎやかで雰囲気も明るい。

 

 対して自分は、風景を見渡せる岩の上から眼下の街をぼぅ、と眺めていた。

 

「……やっぱり、高いところが好きなのかしら?」

 

 料理に参加していないエルが背後から話しかけてくる。

 

「あぁ、否定はしない……」

「なによ、なんだか歯切れが悪いわね」

「ちょっとな……」

 

 自分で返答しておいて、ちょっとな、は意味が分からなかったかと反省しつつ、しかし上手い言葉が出てこないのだから仕方がない。この感覚は、以前にもあった――レヴァルでエルと丘を目指していた時、眼下の街を見た時と同じ感覚に陥っていたのだ。

 

 自分はこの風景を初めて見たはずなのに、懐かしいと感じるのは何故だろうか。これは、記憶を失っているとか、そういうのとも違うように感じる。澄んだ青い空に、薄い雪が日差しを照り返して輝く世界。ミニチュアの街の煙突から所々に昇る、生活の煙――暖炉など一般的でない世界からきたはずの自分は、この景色に馴染みがある訳ではない。

 

 それでもこの光景が心をくすぐるのは、きっと自分の遠い祖先が、いつかの日に似たような景色を見ていたから――自分の中に連綿として続く何かが、この風景を懐かしんでいる、そんな風に感ぜられる。

 

「……お前の故郷は綺麗な所だな、エル」

「そんなこと言われても、返答に困るのだけれど……」

 

 何の気なしに出た言葉に対し、エルは自分の隣に座った。隣と言っても人一人は余裕で入れる隙間があるのが、彼女らしい距離感だ。

 

 とはいえ、その距離から、赤黒い髪を日差しに輝かせつつ、エルははにかんだように笑った。

 

「……ありがとう。故郷を褒められるのは、悪い気はしないわ」

 

 それだけ言って、今度は二人でしばらくぼぅっと、眼下の街を眺め始めた。

 

「……アナタの故郷は、どんなところなのかしら」

「さぁ……だけど、もっとゴミゴミしてたはずだ。あの魔王城みたいなのが、何個も立ってると言えば分かりやすいか……」

「……イメージが付くような、付かないような……ただ、建築技術は凄かったのかしらね。でも、なんでそんな建物を創る必要があるのかしら?」

「人が多かったからな……住む場所も、自然と縦に伸びるんだよ」

「ふぅん……良く分からないけれど……」

 

 そんなことを話しているうちに、料理が出来たとソフィアが声を掛けてきた。スープとパンの簡易の昼食ではあるが、野菜はソフィアが切ったらしい、しかし綺麗に切り揃えられていた。

 

 昼食も終わって少し休んでから登山を再開する。もう数時間ほど山道を登ると、林の中の拓かれた場所にある湖まで到着した。

 

「わぁ……綺麗……」

 

 景色を見ながら、ソフィアがそう呟く。彼女の言う通り、この場所はレムに来てから見た中で、自分にとって最も美しい場所だった。湖の奥には、雪化粧をした高い山々が覗け、まだ青い空と山とが湖面に映し出されている。この場所の日当たりも良いお陰か、地面に積もっている雪もまばらで、穏やかな風に草木が揺られている――そんな穏やかで、心の落ち着ける情景が広がっている。

 

 今一度、湖の方に視線を戻すと、右手に木造のロッジが見えた。

 

「なぁ、エル。アレが親父さんの別荘……エル?」

 

 確認のために土地勘のある者に尋ねようと振り返ると、エルは胸に手を当てて俯いていた。体も若干震えているようで、息も少々荒い――近づいて見ると、ただでさえ白い顔がより一層蒼白になっており、気温も低いのに脂汗を浮かべているようだった。 

 

「おい、どうしたんだ、大丈夫か!?」

「えぇ、大丈夫……ちょっと、昔を思い出していただけだから……」

 

 そんな険しい昔がそうそうあるか、むしろここは、親父さんとの思い出の場所なのでは――そう思っていると、エルは小さいながらに深呼吸し、額をぬぐって自分の前に出た。

 

「アナタの言う通り、アレがお義父様の別荘……行きましょうか」

「あ、あぁ……」

 

 生返事を返し、黒髪の背を追っていく――早くこの場を去りたいというかのように、エルの歩調は早い。それに置いていかれないように速足で進むと、あっという間に小屋の扉まで着いた。

 

「……シルバーバーグ、クリストフ・シルバーバーグ、いるかしら……」

 

 エルが小屋の主の名を呼びながら扉を叩くと、中から物音が聞こえ始め、遠慮がちに扉が開かれる。扉の隙間から覗くのは、恐らくすでに老齢という域に達しているであろう、白髪としわだらけの顔――そして、神経質そうな眼鏡から誠実そうな瞳の覗く老人だった。

 

 シルバーバーグと呼ばれた男は、少しの間、ノックの主をじっと見つめ――誰だか気付いたのだろう、眼鏡をあげ直して驚愕の表情を浮かべている。

 

「え、エリザベート様……!?」

「えぇ……勝手にいなくなってすまなかったわね……それで、中に入れてもらえるかしら?」

「は、はい、喜んで!!」

 

 エルが身を少し引くのと同時に、男は扉をバッとあけ放った。

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