B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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父の墓前

 次の日、朝日が納屋に差し込むのと同時に目覚めた。毛布の中で縮こまっていた体をほぐすのに少し体を動かしてから、画材をいくつか持って河畔の側まで出る。

 

 イーゼルにカンバスを置き、その後は納屋に戻って小さな椅子を持ってきて、ひとまず腕を組みながら風景をじっと眺める――朝日が湖面や木々、山の稜線を照らし出していて、昨日見た時とは印象が全く異なる。

 

 ただ昨日と今日とで共通することは、やはりこの景色は美しいということだ。きっと、テオドール・フォン・ハインラインも同じように思っており――それでここに別荘を建てて、この景色をカンバスに写そうとしていたように思う。

 

 同時に、この風景の中に、惨劇があったのもまた事実。もちろん、今自分が描こうと思っているのは、ただこの静かで美しい世界なのだが、それでもこの場に刻まれた悲劇を思うと少し不謹慎な感じもする。

 

 だが、それでも衝動は止まらなかった。今しばらく景色を見ていく中で、まずは構図を決めて薄く線を引き始める。時間が経てば光の加減が変わってきて、同じ場所にいるのに見える景色が徐々に変わってくる。

 

 それでも、絵の中では時間すら自由だ。色彩のイメージは、やはり正午がいいか。日が一杯に当たる時間帯、この景観をカンバスの中に閉じ込めるのなら、それが一番ふさわしいように思われた。そうなると陰影は変わるが、風景の輪郭はこの時間でも変わらない――そう思いながら、下書きのために木炭を走らせていく。

 

「アナタ、それ……」

「……うぉ!?」

 

 唐突に背後から声を掛けられてビックリして変な声をあげてしまった。振り向くと、口元に手を抑えて、恐らく自分と同じように驚いているエルが立っていた。

 

「おま、気配を消して近づいてくるなよ……いつもの仕返しか?」

「そんな、普通に歩いてきたのだけれど……私が近づいてくる気配、感じなかったの?」

 

 エルの顔を見る感じ、どうやら嘘というわけでもなさそうだ。要するに、自分が絵を描くのに集中しすぎていて、エルが近づいてきているのに気付かなかったという事らしい。

 

 一瞬だけ、エルから視線を外して振り返り、カンバスに描かれている世界を見る。下書きの進捗は七割と言ったところで、今はディティールを描き込んでいる所だった。どうせ塗る時に細かくは調整するのだが、下書きがお粗末だと良い絵になりにくい、そんな気がして描き込んでいたのだが――気が付いたらなかなか時間が経っていたらしい、何せエルが起きてきているのだから。

 

「……凄いじゃない、こんな特技まで隠していたのね」

「どうだろうな……見た世界をそのまま模写しているだけだから、これくらいなら出来るやつもたくさんいると思うぜ」

「そうかしら……まぁ、私には絵心がある訳じゃないから、確かに上手い下手を論ずる資格もないのかもしれないけれど……」

 

 背後から近づいてくる気配が自分の横に並んだかと思うと、むしろエルの方が身を乗り出して自分の絵を見つめる――その表情は真剣なもので、しかし少しすると口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「でも、なんとなくだけど、やっぱり上手いと思うわ」

「まぁ、褒められて悪い気もしないな……」

 

 なんとなく気恥ずかしくなって鼻の頭をかいていると、エルは口元を抑えながら楽しそうに笑った。

 

「ふふ、照れてるの……でも、そろそろ別荘に戻ったら? ソフィアがアナタが起きてくるの、楽しみに待っているわよ。まぁ、実際には起きてたわけだけれど」

「あぁ、そう言えば小腹も空いてきたな……しかしエル、お前は……」

 

 よく見れば、エルは手に二本だけだが花を持っている。恐らく、墓参りに行くつもりなのだろう。

 

「……なぁ、俺も着いて行っていいか?」

「なによ、別に面白いこともないわよ?」

「それは分かってる……まぁ、散歩がてらにだな。心配するな、流石にふざけたりはしないよ」

「ふぅ……まぁ、そうね……別に着いて来ても構わないわ」

「あぁ、それじゃあ……」

 

 椅子から立ち上がり、エルの後ろから着いて行くことにする。別に、彼女も一人で行く覚悟は決まっていたのだろうが――それでも何となしに、一人では不安なのではないかと邪推したのも確かだ。

 

 とはいえ、結局は彼女の心も知らずに無理やりここに来させてしまった罪滅ぼしというか、自分がやらかしたことの顛末を見届けたいというか、そんな感じなのかもしれないが――ともかく、朝の澄んだ空気の中、湖のほとりを無言のまま二人で歩き、数分したところに石碑の様なものが見え始めた。

 

「……お義父様も、あんな風によく、カンバスに向かって絵を描いていたわ……私は、それをただ後ろから眺めていただけだけれど……それでも、ゆっくりと流れる優しい時間が、私は大好きだった」

 

 エルが独り言のようにごちている間に、墓前へと到着した。湖に臨む墓標の前には長剣が一本刺さっており、その背後には表音文字で「偉大なる剣聖テオドール・フォン・ハインライン、並びにカタリナ・シュトルム、ここに眠る」と刻まれていた。

 

「……ここには元々、お母さまの墓があったの。今にして思えば……まぁ、そういうことだったのだろうとは思うけれど……」

 

 エルは屈みこみ、墓前に二本の花を添えて両手を組んで祈りを始めたようだった。自分には供えるべき花はないが、せめてもと彼女と同じように両手を組んで目を瞑る。見たことも会ったこともない相手に対して祈るのも変な感じはするが――せめて、彼女とその両親に失礼は無いようにしたい。

 

「……ふふ、そんな一生懸命祈ってくれなくてもいいわよ」

 

 その声に目を開けると、エルは既に立ち上がってこちらを見てほほ笑んでいた。そして祈りも終わり立ち上がると、エルは別荘の方へとむけてゆっくり歩きだす。

 

「なぁ、親父さんには何て報告したんだ?」

「そうね……回り道をしたけれども、ハインラインの本懐を……魔王討伐には参加できたこと。それにまだ、アナタの無念を晴らせていないことと……そして……」

 

 隣を歩いていたはずのエルの声が、段々と後ろから聞こえてくるようになる――エルが区切ってしまったあとの言葉は、聞かずともわかる。ハインラインの領地を放り出して申し訳ないとか、そんなところだろう。

 

「……ねぇ、アラン」

「なんだ?」

「私、どうすればいいのか分からない……いいえ、どうすべきかは分かっている。でも、それを受け入れられない……でも、それを受け入れるのが怖い自分がいるのよ……」

 

 彼女の言うどうするべきか、それは現在ハインライン辺境伯領を牛耳っている貴族を追い出し、改めてエリザベート・フォン・ハインラインとしてこの地を治めることだろう。昨日のシルバーバーグの話を聞く限り証拠を出すのは難しそうだが、ルール違反の重税に脱税までしているのは事実のようだから、何かしら行動すれば追い出すこと自体は不可能ではなさそうだ。

 

 とはいえ、彼女がそれを受け入れられない理由はきっと二つある。一つは、まだ仇討が済んでいないこと。もう一つは、放蕩していた自分が、領民に受け入れられるかという不安――こんなところだろう。

 

「……もし仇討が終わったとして、その後はどうするつもりだったんだ?」

「どうするって……それは……」

「あんまり考えてなかったか?」

「……白状するわ。最近はあまり考えていなかった……もちろん一番最初は、何年も掛かるなんてあまり考えていなかったから、戻る様に思っていたけれど……」

「今更、どの面下げて領内に戻ればいいか分からないってか?」

「はぁ……その通りよ」

「それじゃあ、少し考えるのもいいのかもしれないな。無責任な言い方かもしれないが……辛くても向き合わなけりゃ、その胸のつっかえは取れないと思うぜ」

「……考えるって、何を?」

 

 質問してくるエルの声は小さかった。そこまで含めて自分で考えてほしいが――まぁ、こういう時は何が正しいのか分からないだろうし、そういう時のために他人というのもいるのかもしれないから、とりあえず自分の意見だけでも出すことにする。

 

「仇討が終わったらどうするべきか、そもそも仇討をするべきか……を、俺は考えるべきだと思うぜ」

「俺はって、予防線?」

「その通り。本当は自分で考えるべきことなんだからな」

「ふぅ……正論が痛いわ」

 

 そこで、背後からの返答は途切れてしまう。確かに、本当なら一朝一夕で決められるようなことでもないだろう。以前レヴァルで、自分が目を背けていたことの重さとか言っていた、それと正面から向き合わないといけない時が来たのだから。

 

 まぁ、深く考え込んでも良い答えが出るとも限らない。なので、二、三日程度、リラックスも兼ねて色々と考えられると良いのだが――と、自分にとっても、恐らくエルにとっても良い案が思い浮かんだので、わざとらしく手をポン、と叩いて見せることにする。

 

「ひとまず、こうしないか? 少しの間、シルバーバーグの所で厄介になろう。俺も絵を描く時間が欲しいんだ。その間、エルはこの後どうするべきなのか、考えてみればいい」

「あ、あのねぇ……急に四人も数日上がりこんだら、シルバーバーグだって迷惑でしょう?」

「まぁ、そこは交渉の結果次第だな。ダメなら諦めるさ」

 

 とはいえ、恐らくシルバーバーグも嫌とは言わないだろう。むしろ、喜んで受け入れてくれるように思う。物資など不足する分は、一日がかりにはなるが街に降りて買い出しに行けばいい。

 

「……それで、答えが出なかったら?」

「そん時はそん時だ。ひとまず、復讐の旅を続ければいいんじゃないか? 元々、そういうスタンスだった訳だし」

「……それでいいのかしら」

「あぁ、いいんだよ。少なくとも、俺は良いと思う。もちろん、貴族の立場とか、領民の生活とか、色々あるのも理解はするんだが……それより、俺にとってはエルはエリザベート・フォン・ハインラインである前に、お前はレイブンソードのエルだからな」

 

 要は、自分の感情にもっと素直になっていいと言いたかったのだが。遠回しな表現になってしまったのは照れが半分、残りはなんとなくだが、彼女の性格的にはこういう言い回しの方が納得してもらえるんじゃないかと思ったからだ。

 

 そして、それは独りよがりではなかったらしい、エルも「ふぅ、なによそれ……」といつもの調子で悪態をついて、やっと横に並んでくれた。

 

「まぁ、確かに……数日くらい、休暇がてらにのんびりするのも悪くないかもしれないわね」

「あぁ、そうだろ? いやぁ、我ながら妙案だったな」

「言ってなさいよ……それに、シルバーバーグがOKを出すとは限らないし、ソフィアやクラウだって了承するとは……」

「大丈夫、きっと了承してくれるさ」

 

 そして別荘に戻ってから事情を話すと、予想通りにシルバーバーグからは数日の滞在許可が出て、ソフィアとクラウの反対もなかった。

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