B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
応接間でクラウと一緒に待ってしばらくが経ち、「アランさん、どうしよう……」とソフィアが若干涙目になりながら戻ってきた。
そして――。
「……はぁ!? 何が一体全体どうすれば当然そんなことになるんだ!?」
事の顛末を聞いた時には、思わず大きな声で叫んでしまった。直後、正面に座っていたクラウが「こら」と右手を振る。
「アラン君、ソフィアちゃんが驚いてるじゃないですか……やむにやまれぬ事情があったに違いないです」
「そ、そうだな……ソフィア、すまない。もう少し詳しく話してくれるか?」
「うん……でも……」
ソフィアが周囲を見回すのを自分も追うと、なるほど、館の者は話を聞かれたくないという事なのだろう。応接間には自分たちを除いて誰もいないが、聞き耳を立てている者がいるかもしれない――確かに、扉の奥から気配がする。
「そうだな……それじゃあ、道すがら聞くことにするか」
「うん、了解だよ」
屋敷を後にしてから、しばらくは後ろをつけられていたが、市街地に入ってからはこちらを伺う気配はなくなった。その後、適当な路地裏で、執務室で行われた会話の詳細を聞くことにした。
「……成程、遺産と王家との繋がり欲しさに、エルの知り合いを人質に取ったと」
「うん……でも、恐らく汚職の証拠は健在。問題は……」
「……その証拠が、どこにあるかまでは聞き出せなかったってことか」
「あ、アラン君、どうします……? このままだと、エルさんが望まぬ結婚をすることに……!」
先ほどは冷静に自分を窘めてくれたクラウだが、今度は自分とソフィアの逆であわあわと狼狽しているようだった。
「猶予は三日、それまでの間に証拠を探せればいいが……なぁソフィア、軍か学院の力で、捜索は出来ないのか?」
この世界の情勢を見る限り、軍や学院の権力はかなり強い。その中でも准将という肩書を持っている少女なら、相手が貴族と言えども少々無茶な捜索もできないものか――と淡い期待を抱いて話しかけたものの、少女は小さく首を振った。
「出来なくはないけど、難しい……かな。領主は自身の領内で治外法権を持っているから、捜査令状があっても軍の捜査を拒否することができる。もちろん、確度の高い証拠があれば押し入ることもできなくはないけど、現状だとシルバーバーグさんが私怨で私たちを動かそうとしている、なんて判断をされてもおかしくはないから」
「……そうか」
「でも……短い時間だけど、チャンスはある。治外法権を持っているのは領主だから、領主が不在な内は、多少無理やりに屋敷内を捜索できるよ……もちろん、カールの許可を取ってるわけじゃないから、証拠が見つからなかったら大問題になるけれど」
「なるほど、カール・ボーゲンホルンが屋敷を離れている間なら、捜索も出来るか。だが、確実に館を離れるタイミングは……」
「……結婚式の最中、ですか?」
最後に割ってきたクラウの質問に対し、ソフィアが小さく頷いた。出来れば、エルのためにもその前にけりをつけてあげたいところだが――しかし、この場にいる三人とも、同じように思っているようだった。
「そうなるね……でも、屋敷も広いから、どのあたりに書類があるか見当をつけておかないと、発見するのは難しいと思う」
「そうなりゃ、やっぱり場所はエマに聞くしかないな……しかし……」
「うん、多分カール・ボーゲンホルンは汚職の証拠が残っていることは知らないとしても、エルさんとエマさんは逃げられないように拘束していると思う。だから、直接聞き出すのは、もう厳しいんじゃないかな……」
正面からは難しい、それなら裏口からいくしかない。
「……仕方ない、一肌脱ぐか」
拳をならしつつ首を回しながら肩をほぐしていると、怪訝そうな顔でクラウがこちらを覗き込んでくる。
「……アラン君、なにする気です?」
「忘れたのか? こう見えて、一体の魔族に気付かれずに魔王城まで偵察した男だぜ、俺は」
そう言うと、ソフィアはいつも通り、クラウも珍しくこちらに期待で輝いた視線を浴びせてくれる。直後に、「あれ、最後の一体には気付かれてたよね?」と少女の天然の突っ込みが入って肩の力が抜けたのではあるが。
◆
ソフィアとクラウを宿に残し、自分は真夜中に街の屋敷の方へと向かった。時刻は午前零時、本当はもっと遅い時間の方が安全ではあるのだが、エルの気配を感じるには彼女が起きていないと厳しい。本当はエマの気配を感じられればそれが一番なのだが、彼女とは接点も少なく、その気配を手繰るのが厳しい。恐らく拘束されているとなれば、エルとエマは同質にいるか、もしくは屋敷の構造に明るいエルにさえ会えれば、エマが拘束されていそうな場所も分かるかもしれない――そのため、この時間に屋敷への潜入を試みることにした。
今日は新月で、辺りも暗い。闇に潜んで侵入するには丁度良い。とはいえ不法侵入なのだから、バレたら今度はこちらの立場が危うい――優先度は侵入がバレずに終わること、エマに会う事、エルに会う事、あわよくば自分が今日このタイミングで証拠を回収すること、この順番だ。
屋敷の近くまで着いてからは、茂みの中から塀を目指して進んでいく。幸い、夜回りで塀の外を回る者はいないらしい。併せて、自分が潜入しようとしている壁の向こうにも人の気配は無い。入るならここからでいいだろう。
袖から一枚の葉っぱを取り出し、それを地面に設置する。軽く助走をつけてその葉っぱを踏むと、葉っぱを起点にクラウ仕込みの結界が生成され、その斥力で塀から突き出ている太い木の枝をめがけて跳躍した。
木の枝に捕まるときに少し物音はしたが、屋敷内や門番に気付かれるほどの音にはなっていないはずだ――そのまま木の枝に乗り移り、慎重に木の幹の方へと移動する。遠くに数名の見回りが居るのみで、このまま降りても問題なさそうだ。
ただ、出来ればエルがどこにいるか、アタリはつけておきたい――屋敷の方を見ると、何か所か窓から灯りが漏れている部屋が見える。あの灯りのうちのどれかが彼女がつけているものだと良いのだが――とはいえ、屋敷は概ね直方体の構造をしているから、こちら側に居ない可能性も十分にある。
それにどの道、建物までの距離は数十メートルほど、更に屋内ともなれば、その息遣いを感知するのは不可能だ。もっと近づかなければ厳しいが、流石に建物の周りともなれば見回りも居る――ひとまず、見張りが何人いるのか、どう動いているのか、それを把握するのがいいかもしれない。
数分ほど木の上から観察していた感じ、見回りは正面玄関を起点に南北に一名ずつ、それに門番が一名。建物の裏側にもう一、二名いるかもしれないが、大体こんなところだろう。
それより一つ気付いたこととして、館の正面側を見回っている内の、南側にいる一名の行動範囲が狭い点が挙げられる。単純に片方が仕事熱心で、片方がサボり気味なだけかもしれないが――行動範囲が狭い方の上部、建物の端っこに当たる尖塔の部分に灯りがついている。
高さ的に普通は降りるのが難しいはずだが、以前崖から飛び降りて問題なく着地していたエルの身体能力を考えれば、あの四階程度の高さからも逃げることも不可能でないかもしれない。そうなると、あの見張りは上からエルが逃げないためにあの場に張っている可能性がある。
もちろん、手がかりのない状態なので、都合の良いように解釈してしまっているだけかもしれないが――逆に手がかりもない状態なら、僅かでも怪しいと思うところから攻めるべきか。
むしろ、あの高い場所はこちらにとっては好都合と言える。何故なら、屋敷の中を通ることはできないので、屋根伝いに移動できる場所の方が行きやすいからだ。下手に二階などに居られる方が、こちらとしては接触しにくい。
ともかく、今度は足を動かすか。問題はどう見張りにバレずに屋根まで登るかだが――屋敷の側面側の方が塀と建物の距離が近く、また近くの高い樹木を伝って屋根に乗ることは可能そうだ。そちら側に見張りが多ければ厄介だが、ひとまず試してみる価値はあるだろう。
いったん枝の方へと移動して塀の外まで降り、屋敷の側面側まで移動する。再び塀の奥に人の気配がないのを確認してから結界で跳躍し、再び木の枝に捕まって塀の内側まで侵入する。木の上からまたしばらく観察を続けるが、見張りの移動ルートに側面は入っていないらしい。これなら屋根へと移動することは可能だろう。
木に登り、ロープの先端にナイフを巻きつけ、それを屋根の上にある銅像に向かってサイドスローで投げつける。そしてすぐ縄を引き、ナイフを重点にして銅像に巻きつける――上手く絡まってくれたようで、強く引いても縄はびくともしない。これならロープを伝っていって問題ないだろう。
枝から屋敷の方へと跳躍し、振り子の原理で壁の方へと向かう。壁に靴底を付けた瞬間に足のばねで上手く衝撃を吸収したため、物音はほとんど立てずに済んだ。あとはそのまま壁を足場にロープを伝って上に上がっていく。
銅像に巻き付けていたロープを回収し、灯かりがついている尖塔の中の気配を手繰る――窓が閉まっているせいで確実なことは分からないが、人の気配が三つ分、なにやらガタガタと物音を立てており、同時に言い争っているような声が僅かにだが聞こえてくる。
その中にエルの物が混じっているのを聞きつけ、今度は尖塔を登ることに決める。ここは改修されておらず、古い煉瓦が凸凹の状態で残っているから、手足を使って登れそうだ。
壁を登り、ひとまずは窓をすり抜けて一番上まで到着する。尖塔上部の装飾に先ほどと同様にロープを巻きつけ、それを伝って窓の位置まで下っていく――どうやら、窓の奥でエルとカール・ボーゲンホルンが言い争っているようだった。
「……止めて、近寄らないで!」
「ははは、良いだろう、冒険者なんて粗暴な家業についていたんだ……まさか、男を知らないわけではあるまい?」
なるほど、婚前交渉をしようと男側がハッスルしているということか。暗黒大陸で最強の剣士が腕力で負けることもないはずだが――近くにエマが居るようだし、それこそ下手に殴り返しては問題が起きるだろう。その証拠に、エルは反論こそしているものの、手を挙げるそぶりはない。
男がエルの細腕を掴むのと同時に、こちらは窓を少し開け、袖に仕込んでいた針を取り出す。その針が男の首に刺さると、男は少し痛みに声を上げ、すぐさま倒れ込んで大きな物音を立てた。
「……やべっ」
男の行動にイラつき、つい後先考えずに行動してしまった。エルはすぐにこちらの声に気付き、一瞬パッと明るい表情をしたものの、すぐに隠れるようにとジェスチャーをする。ロープを使って窓の下に隠れた直後、部屋内の扉があけ放たれる音がした。
「……何事ですか!?」
「……カール様はお眠りになってしまったようです。なにやら、ここに来る前に大変酔っていたようですから……」
男とエマの声が聞こえた後、恐らくカールのお付らしい男が主人を支えながら部屋を出ていく音がした。壁伝いに男たちが階段を下っていくのを感じ――こうなれば安全だろう、壁を上がって窓の高さに顔を合わせる。
「……よう」
窓は中に入れるほどの大きさでもないので、こちらとしては本当に顔だけ出している、という感じで、一応空いている右手を添えて挨拶をした。中を改めてみると、いわゆる座敷牢という感じで、扉の付近は牢屋になっている部屋だった。
エルはこちらを見てほっと胸を撫でおろし、すぐに右手の親指と人差し指の間に小さな針を持ってこちらに見せつけてきた。
「……アナタ、コレ毒じゃないでしょうね?」
「いやいや、ただの睡眠薬さ。アリギエーリ印の強力なヤツだよ」
ここに来る前に、もしものことを想定して仕込んできたやつだ。とはいえ、この冬の寒空で見張りを寝かせば凍死の恐れもあるので、最終手段として持っていたやつだが――カールが泥酔してくれていたことと、エルがすぐに針を抜いてくれたおかげで、一応は寝落ちしてしまったでギリギリ筋は通せるだろう。
「色々と話したいことはあるが……見張りがいつ戻ってくるかも分からん。エマ、カール・ボーゲンホルンの汚職の証拠がどこにあるか聞きたいんだが……ちゃんと屋敷内に残ってるんだよな?」
「はい。汚職の証拠は恐らく健在です……直近でカールに気付かれていなければ、ですが。場所は、執務室の暖炉の裏手にある隠し部屋です。カールもどこかに証拠が隠されてるんじゃないかと、大分屋敷内を探すことは想定していたので……」
「なるほど、灯台下暗し、まさか普段から自分が居るところに隠しているとはアイツも思わないだろうと判断したってことだな」
「その通りです。ひと月前に確認したときにはまだ気付かれていませんでしたから、恐らくまだ無事かと」
「ついでに聞きたいんだが、夜間に執務室まで、バレずに行くことは可能そうか?」
「残念ながら、難しいかと思います。屋内と執務室周りにも、夜間に数名の見張りがいます。それに、執務室には夜間は厳重に鍵が掛けられていますので……アラン様はスカウトの技能が高いとお見受けしますが、解錠のスキルは?」
「多分無理だな……」
自分のことなのに多分、とついてるのに違和感があったのだろう、エマは訝し気に首をかしげている。
「まぁどの道、明るい屋内をバレずに移動も難しいだろうからな……それに、そもそも中に入るのが無理そうだ……」
執務室は二階だから、窓から侵入するにしても少し骨が折れる。同時に、窓ガラスを破ったら大きな音が立つので、バレずに回収は不可能だろう。そうなれば当初の予定通り、ソフィアに任せるのが無難か。
「エル、ちょっと来てくれ」
こちらへ近づいてきたエルに対し、袖に仕込んでいた睡眠針を数本手渡す。
「こいつを使って、なんとか後一晩乗り切るんだ……くだらない結婚式なんて、俺がぶち壊してやる」
「……あの、アラン」
「見張りに見つかるかもしれないから……じゃあな」
それだけ言い残し、ロープを切って三階の屋根に着地し、あとはそのまま来た道を引き返すことにした。
◆
アランが去っていた後、しばらく呆然と窓の外を――石造りの壁にある小さな窓も締めず、ただその四角の外に浮かぶ星を見つめていた。
「……エリザベート様、アラン様のことが好きなのですか?」
唐突に背後から声をかけられて、一気に現実に戻ってきた。目の前の窓を閉めてから、かつての従者――年齢も近く、仲良く育った旧友の方へと向き直る。
「そんなことはないわ……仲間として信頼はしているつもりだけれども」
「本当にそれだけですか?」
実際に、エマに指摘されてドキッとしたのは確かだ。彼が自分の中で存在感を大きくしつつあるのは認めざるを得ない事実。何せ、仇と同じ技を使い、養父と同じように絵を描き、魔王を倒し、たった今凄まじいタイミングで自分を助けてくれた――これだけ並べると、ひとえに彼が尋常でないことは確実である。
とはいえ、異性として意識したことがあるかと言えば、それはハッキリと違うと言える。それはあくまで、今までの話、ということでもあるが。
だが仮に、この先、エマが言うように異性として意識することがあったとしても――。
「そうよ……それに、仮に私が彼のことが好きだったとしても、彼にとっては迷惑でしょう」
年頃の女としては剣しか知らず、その青春を復讐に捧げてきた女など、男性から見て魅力的ではないだろう。それに、自分は性格だって可愛げがない――ソフィアやテレサのように素直で明るかったり、クラウの様にユーモアがあって家庭的だったりする方が、きっと男性から好かれるに違いないから。
「……お言葉ですが、エリザベート様」
「なに?」
「そうやって、予防線を張るのは止めたほうが良いですよ。それは、卑怯な行いです……私からは、アナタは自分を卑下して傷つかないように逃げ回っているように見えますが」
相変わらず、歯に衣着せずにずけずけと言ってくる従者だ。とはいえ、言っていることには一理ある。
「……そうね、アナタの言う通りだわ、エマ……自分なんか、というのは卑怯よね」
そう自分に言い聞かせて、改めて胸の内にある感情を恐る恐る開いてみる――とはいえ、やはり好き、というのはピンとこなかった。今まで異性どころか人を避けてきた自分には、恋慕という感情を読解する能力がないのかもしれない。
「でも、やっぱり分からない……が正直なところかしら。異性としてそんなに意識していた訳じゃないしね」
「そうですか……しかし、先ほどから窓の外を見つめるアナタの背中は、まるで恋する乙女の様に見えましたよ」
「止めて頂戴、そんなんじゃないわ……それに、アイツは下品だし、無茶するし、スケベだし、最低なんだから」
そうだ、冷静に考えれば好きになる要素なんて全くなかった。もちろん、助けに来てくれたのは感謝しているし、ここ最近はずっと彼と一緒にいたから憎からず思っているが、異性として好きとなるとまた別の話だ。
そう自分に言い聞かせて落ち着くと、エマは皮肉気に口角を釣りあげていた。
「なるほど、少なくとも退屈な殿方ではないようで……もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「はぁ……まぁ、どうせ時間はたっぷりあるしね……良いわ、土産話がてらに、アイツが如何にダメなヤツか教えてあげる」
「それは楽しみです。エリザベート様、精々墓穴を掘らぬようにお気をつけてくださいませ」
自分で分かる極大のため息の音の後に、アランやソフィア、クラウとの話をし始める。気が付けば口も止まらぬほどに長話になってしまって、寝入るころには朝日が少し見え始めていた。
改めて話をしても、彼のことを好きだというのは良く分からなかった。ただ一つ思い出したこと――ただ一つ確実なこと、それは彼が以前言っていたことと、自分は同じ気持ちだということだった。
『まぁなんだ、エルは落ち着くから』
気が付けば、最悪の場合にカール・ボーゲンホルンと契りを交わすことになる嫌悪感や恐怖感は薄れてきていた。きっと、アラン達がなんとかしてくれる――囚われの身で他人にばっかり頼るのも甘いのかもしれないが、そんな安心感もあり、久しぶりに昼過ぎまでゆっくりと寝入ることが出来てしまったのだった。