B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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虚飾の結婚式

 結婚式の当日、自分はクラウと共に街はずれの教会近くに来ていた。もちろん、自分たちは式に招かれてもいないので、教会の中に入ることも叶わない。それは他の領民たちも同じで、多くの野次馬たちが教会の周りを取り囲んでおり、自分たちはその外側で腰を卸して座っている形だ。

 

 屋敷に侵入した後のカール・ボーゲンホルンの動きとしてはこうだ。前領主の娘であるエリザベート・フォン・ハインラインが帰郷し、新たな領主であるボーゲンホルン家と契りを結ぶことになると領民に公表。式を急いでも親族などこれないのではないかとも思ったが、カールは本家との折り合いも良くなく、むしろ下手な横やりが入る前に既成事実を作ろうとしている、というのがソフィアの意見だった。

 

 同時に、こちらとしてはソフィアに依頼し、式の当日に軍でもって屋敷を捜索、証拠が見つかり次第すぐに教会へと来て、式を中断させようという算段になっている。自分とクラウは式の方で妙なことがあった時に、すぐに動けるように教会の近くでスタンバイしている形だ。本来は領主の結婚式なのだからハインライン辺境伯の大聖堂でやるべきなのだが、急なスケジュールのため、郊外の教会が式場に選ばれている。

 

 しばらく無言で待っていたが、教会の鐘の音が鳴り響きだしたタイミングで「エルさん、大丈夫でしょうか?」とクラウがポツンとつぶやいた。

 

「カール・ボーゲンホルンを捕らえる手筈は出来ているから、大丈夫だろう」

「そういうのじゃなくってですね……なんというか……嫌な相手と結婚式を挙げるって、トラウマものじゃないかなぁって……」

「まぁ、そりゃイヤだろうが……」

 

 クラウの言う事も一理ある。自分は、どう彼女を救い出すかだけ考えていたが、フリと言えども好きでもない相手と式を挙げるのは気分は悪そうだ――そう思っていると、クラウは俯きながら話し続ける。

 

「……アラン君の前世では、結婚ってどんなだったんですか?」

「け、結婚だぁ? そうだなぁ……」

 

 一応、前世とやらの記憶を手繰ってみる――自分がクローンだったと想定すると、自分のオリジナルの感覚値になると思うのだが――ひとまず知っていることをいう事にする。

 

「……俺がいた世界では、結婚とかはまぁ、好きな人同士でやるものだったな」

「へぇ、素敵ですね」

「この世界では違うのか?」

「まぁ、好きな人同士ですることもあるって感じでしょうか。身分の低い人たちは、ある程度の年齢になれば子孫繁栄のためになし崩し的に結婚すると言いますか……早めに好き同士になっていればその人と結婚ってケースもありますけど」

 

 なるほど、異世界に来てもやはりリア充は強いらしい。

 

「でもやっぱり、身分が高い人は、異性的に好きで結婚するケースはほとんど無いようです。そういう意味では、エルさんなんかはある程度、覚悟はあるんでしょうけれど……それでもなんとなく、そういうのはイヤだなぁって」

「……クラウは優しいな」

「そんなんじゃないです……でも、エルさんには幸せになってほしいなぁ、なんて思うんですよ」

「そうだなぁ……」

「ちょっと、なんだか他人事ですね?」

「そんなつもりはないんだが……」

 

 そう言いながら、教会の方を見る。あそこで今、エルは純白のドレスに包まれているのか――だが彼女の進む未来は、血に濡れているかもしれないのだ。

 

 前世的な倫理観でいえば私刑は推奨されない。相手が人殺しだと言えども、その者を手にかければ同じ人殺しだ。もちろん、感情の整理の問題もあるし、この世界の倫理観と自分の倫理観は異なる上、最初に彼女の復讐に対する誓いを聞いた時にはここまでの付き合いになると思っていなかったので、深くは突っ込むことはしなかった。

 

 ただ、ある程度の付き合いになってきた今だから思う。彼女には、ただ徒《いたずら》に人を殺めてほしくないと。もし彼女が誰かを怒りのままに殺めたなら、それは仇と同列にまで彼女が堕ちることを意味するのだから。

 

 そういう意味では、先日彼女が思い直してくれたのは、自分にとっては望ましいことだった。相手の事情も知らぬ間に復讐を果たすのは違うと――誰かが聞いたら甘いと思うかもしれないが、それでも彼女のその決断は、自分にとって貴いものだった。

 

 同時に、もし仇のエルフがどうしようもない程の悪であるとするなら――。

 

(その時は……)

 

 視線を落とし、自分の右手を見つめる。この身には、エルフと同じ業がある――もし代わりに自分が彼女の仇を断罪したとなれば、エルは怒るだろうか? 自分の怒りを、失った悲しみを癒す手段を奪った自分を恨むだろうか。

 

 それでも、彼女の往く道が血で濡れるよりは良いような気がした。そうだ、それならば、彼女には幸せになる権利がある――そう思いながら、改めてクラウの方へと向き直る。

 

「そうだな、俺もエルには幸せに……」

 

 なって欲しい、そう言い切る前に、自分のセンサーが禍々しい気配をキャッチした。それは凄まじい殺気を纏い、超高速でこちらへ――いや、教会を目指して飛来してきているようだった。

 

『……アラン』

 

 同時に、男の声が脳内に響く。つまり、自分の体が最大限に警戒すべき相手が、教会を目指してきていることになる。

 

「クラウ、補助魔法を頼む!!」

「え、えぇ!? なんですか突然!」

「いいから早く!」

 

 急いで立ち上がり、体に補助魔法の淡い光がかかるのを確認して、自分は教会付近にいる野次馬をかき分けて扉を目指した。

 

 

 ◆

 

 巨大な姿見に映る自分の姿を見て、大きなため息をついてしまう。

 

「……お綺麗ですよ、エリザベート様」

「エマ、それは皮肉?」

 

 自分は振り返りもしないで、鏡の中で自分の奥に居る従者に問いかけた。

 

「申し訳ございません……ですが、きっとアラン様たちがどうにかしてくださいます。今しばらくの辛抱です」

「……そうね」

 

 一言返してもう一度大きなため息をつき、再び鏡を見ると、背後の扉の位置に派手なタキシードに身を包んだカール・ボーゲンホルンがいた。

 

「……この期に及んで、まだ逃げる算段か?」

 

 こちらとしてはハッキリ言ってコイツを憎らしく思っているので、わざわざ振り返る価値もない。対して、カールは鏡に映るこちらの姿を品定めするような視線で眺めている。

 

「ふむ……まぁ、そこそこって所だな。本当はオレの妻になるんだ、ドレスも特注したかったが……何せ、お前さんがすぐに式を挙げてくれと言ったんだ、我慢してやろう」

「私は式を急げとは一言も言っていないわ。なんだったら、今から式を取りやめてもいいくらいよ」

「それは出来ない。夫に恥をかかせるつもりか……言っておくが、これはお前にとってもチャンスなんだからな……」

「はぁ……?」

「カタリナ前王妃が、何故国外から追放されたのか……分からないほど子供でもあるまい?」

 

 コイツの言いたいことは分かっている。幼いころには分からなかったが、歳をとるに連れて理解したこと――それは、順序が逆だという事。世間的には王家を追放された妊娠中の母を養父が引き取ったという形だが、実際は王国に滞在しているときに、父が――。

 

「まぁ、オレにとっては貴様の生まれなど、そんなことはどうでもいいんだ……現国王が体裁のためなのか、お前は王家に血が連なっていると表面上は言われていることが重要なんだからな……むしろ感謝してほしい。伝統と清廉を重んじるレムリアの貴族が、領民に対する責務も果たさずに放蕩していた不義の子を嫁に迎えてやろうっていうんだからな。他にお前を嫁にもらおうなんて物好きなど、存在しないのだから」

 

 奴の言葉だけでも十分な侮辱。だが、それ以上に――コイツには王国への、同時に前領主と私の母への敬意が一切ない。確かに、二人の関係は褒められたものではなかったのかもしれない。それでも――。

 

「……良い顔をするじゃないか……だが、式ではもう少しおしとやかにするんだな。さぁ、式が始まる……覚悟を決めてさっさと来るんだ」

 

 カール・ボーゲンホルンが控室から去った後、エマが珍しく遠慮がちに目を伏せている。

 

「……エリザベート様、もしや、アナタが仇を追ったのは……ハインラインの手で、雪辱を果たさなければ……」

「止めて頂戴……馬鹿な小娘が、その場の衝動で決めたことよ」

 

 そう、王の妃との間に不貞を働いた父が、魔王を倒すという使命も果たせぬまま暗殺されたとなれば――父と母の不義はあくまで貴族間でのみ噂されていることで、一般的に広くは浸透はしていないものの、それでも名誉を取り戻す機会を永久に失ってしまった父の雪辱は、ハインラインを継ぐ自分が果たさねばらない――そう思ったのだ。

 

 とはいえ、それも浅慮だったと今は痛感している。結局、仇を見つけることも出来ないまま時間ばかり過ぎて、アランたちに会わなければ魔王を倒すという本来の使命をも果たすこともできなかったのだから。

 

 そして同時に、やはり時間が経ちすぎてしまった。本当はこれ以上の放蕩は望ましくないのも理解している。だから、せめて、あともう少しだけ――この虚飾の結婚式を終わらせて、彼らと一緒にもう少しだけ、世界を回らせてほしい。

 

(……我ながら、とんでもないワガママだわ)

 

 そう思いながら、鏡から目を離す。きっと自分は今、自嘲的な笑みを浮かべているだろう――同時に、覚悟は決まった。

 

「……行かれるのですか?」

「えぇ、行くわ……これ以上の時間稼ぎも無駄でしょうし」

 

 エマと二日間、今までの旅の話をしてきた。結局最後まで、好きとかいうことは分からなかったが、一つだけ確実なことがある。

 

 それは、アラン・スミスはきっと来てくれるという事――なんだかんだで、彼は困っている人の下へ駆けつけてくれるから。

 

 控室から出て廊下を歩き――エマが介添《かいぞ》えとして裾を持ってくれている――礼拝堂へと向かう。すでに礼拝堂は参列者で満たされているが、自分の故郷だというのに見知った顔はほとんどない。恐らく、カールの手の物や部下たちだろう。

 

 そして、教壇の前には既にカール・ボーゲンホルンが立っており、にやけた顔でこちらを見ている。奴としては三度目の式になるのだから、慣れたものなのだろう。こちらとしても愛など誓う気もないのだから、別段緊張しているわけでもないが。とはいえ、視線が集まる事に対する居心地の悪さだけはある。

 

 自分が教壇の前に立つと、ハインライン辺境伯の大司祭が少し青ざめた顔でこちらを見ていた。彼は、父と所縁のある人物だから――この結婚には反対はせずとも、思うところはあるのだろう。

 

 教会の鐘の音が鳴らされ、いわゆる誓いの言葉が司教の口から紡がれる。それをなんだか他人事の様に聞き流しながら――あぁ、これが好きな人と並んだ場であったのなら、もっと気持ちも高揚するのだろうか――そんなことを考える。

 

 隣に彼が居たら――見るのはやめよう、実際にカールの顔が目に入ってきたらいらいらしそうだ。とはいえ、もしアイツの顔があっても、なんだか癪な気持ちになりそうだ。少し緊張でもしてくれたら、可愛げがあって楽しいかもしれないが。

 

「……カール・ボーゲンホルン。汝、ここにいるエリザベート・フォン・ハインラインを妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい、誓います」

 

 二度妻に逃げられている男がどの口で愛しているとかいうのか。しかし、この先まで言ってしまえば、自分も彼のことを笑えなくなる――出来れば、偽りの誓いの前に――。

 

「エリザベート・フォン・ハインライン。汝、ここにいるカール・ボーゲンホルンを夫して愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

 

 少しでも、時間を稼ぎたい――ここで黙ったところで、数秒しか稼げないのは分かっている。いっそ、この場で「誓いません」とでも言って逃げ出せてしまえば楽なのに。あぁ、しかし――つい先ほどまで、あんなに強気だったのに、土壇場に来て急に気が弱くなってきてしまう。

 

 本当は、ここで誓うべきなのではないか? カールの言うように、どの道自分には後見人が必要であり、またハインラインを存続させるには夫が必要になる。そして、自分は貴族間では腫物扱いであり、娶ってくれる相手などいないのであるならば――愛する気持ちが無くても、この男の伴侶になるのが、正しいことなのではないか?

 

 自分が押し黙っていると、会場が少しざわつき始める。止めて、惑わさないで――心の弱い自分は流されてしまいそうになる。この場で誓わないのはおかしいことだ、普通はあり得ないことだ、そう思うと流されそうになってしまう。

 

 この数日間、色々考えてはみたのに、結局そのどれもが正解か、不正解かも分からなくなってきてしまう。ただ一つ、それでもただ一つ、やはり自分の胸に去来する思いは――。

 

(……アイツと、あの子たちと、もう少し、私は一緒に居たい……!)

 

 そう思った瞬間に、背後から教会の扉があけ放たれる大きな音がした。我に返って、扉の方を見ると、彼が――アラン・スミスが扉を開けて立っていた。

 

「あ、アラ……」

 

 彼の名を呼ぼうとした瞬間、世界が目まぐるしく変わった。破裂するような音、体に何かに引っ張られるような強い力が働いたのと同時に、視界には自分のドレスのスカート部分が目に入る。

 

 次いで、教会のステンドグラスが割れる音、そして何かが飛来して、床に突き刺さる音、礼拝堂の絨毯が炎で燃えていること――そして最後に気付いたのは、自分は足で立っているわけでなく、咳き込んでいるアランに抱きかかえられているということだった。

 

「ごほっ……エル、立てるか?」

「た、立てるも何も、何がなんだか……アラン、何が……!?」

 

 そう言った瞬間、すさまじい殺気がこちらに向けられているのに気付く。

 

「……ハインラインの器、ここで貴様を討たせてもらう」

 

 すぐにアランの腕から降り、その殺気が放たれている方を見ると、割れたステンドグラスの先に、黒装束の巨漢が立っていた。

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