B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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Sturm und Drang

 ADAMsを利用したことで、なんとかエルの救出には成功した。見れば、先ほどエルが立っていた場所に、手裏剣が無数に突き刺さっている。いや、手裏剣とは、まさかこの世界で見ることになるのも意外だが、現にそれが刺さっているのだから他に形容のしようもない。

 

 しかし、やはり補助魔法だけでは加速装置の負荷を軽減しきらないか――体中に激痛が走るが、まだ動けないと位ほどではない。あと一回ならばなんとかいける、そう思いながら声のした頭上を見上げる。

 

 そこに居るのは巨大な体の忍者だった。体躯はブラッドベリ並みに大きく、厚い胸板の前で丸太の様な二の腕を組んで、網膜まで赤く染まった瞳でこちらを見下ろしている――もう存在感はまるで忍んでいないのだが、身や頭部につけている装束が完全に忍者のそれだった。

 

「……テメェ、何者だ?」

「そういう貴様がアラン・スミスか」

「俺は、お前が何者かって聞いてるんだよ……!」

「ワタシは……」

 

 こちらの反論に対して黒装束が答える前に「なんなんだお前らは!」と横やりが入る。声のしたほうを見ると、衝撃で腰を抜かしたのか、カール・ボーゲンホルンが地面に尻もちをついたまま声を荒げているのが確認できた。

 

「オレの式でこんな狼藉、タダで済むと……!?」

 

 カールが最後まで言葉を紡げなかったのは、黒装束から放たれた手裏剣が、彼の足の間にまた数本刺さったからだ。

 

「……無益な殺生は好かん。弱者は早々に立ち去るがよい」

「ひ、ひぃいい!?」

 

 カールが悲鳴をあげるのと同時に、式に参加していた者たちもやっと事態を理解したのか、各々が悲鳴をあげながら逃げ出し始めた。無益な殺生は好かないは事実なのだろう、抜けたままの腰で四肢を使ってなんとか扉から外に出るカールを見送ってから、改めて黒装束はこちらへと向き直った。

 

「改めて、私はドラゴン……ブルードラゴンだ」

「あぁ、ふざけてんのかテメェ……」

 

 あからさまな偽名に対し、思わず悪態が口に出る。ただ、ブルードラゴン、なんとなくだが引っかかるものがある――。

 

「セイリュウ……ゲンブの手の物か!?」

「答える必要はない!」

 

 黒装束が背中に手を回し、背負っていたものを前面にかかげる。それは、直径一メートル近くある巨大な手裏剣だった。

 

「ナムサン!!」

「ちっ……!!」

 

 奴の腕の軌道、そのままあの巨大飛び道具が飛べば、エルと自分を薙ぐ軌道になる――普段なら俊敏に動けるエルでも、今のドレス姿では中々動きにくそうだ。奥歯のスイッチを入れて再度エルを抱え、背中を進行方向へ向けてバックステップをする。

 

 恐ろしかったのは、手裏剣のその速度だ。超音速の世界であって、しかし魔王の放つ衝撃波よりの何倍の速度で前面を過ぎ去っていく。手裏剣はブーメランのように弧を描いて、こちらが着地したタイミングで加速を解くと、すぐさまセイリュウと名乗った者の腕へと戻っていた。

 

「……がはっ!!」

「アラン!?」

 

 二度の加速に体が着いて行かなかったのか、また吐血をしてしまう。

 

「……やはり、生身の体でADAMsを使うには限界があるか……ぬ?」

「アラン君!」

 

 体が幾分か軽くなるのと同時に、一気に内臓が回復しているのが分かる――そして自分の名を呼ぶ声は、聞きなれていると同時にいつものものより若干トーンが低い。恐らく、クラウがティアと交代して、自分に上級の回復魔法と補助魔法をかけてくれたのだろう。

 

「エルさん、これを!!」

 

 ティアの声と同時に、こちらに向かって何かが中を切って飛んできている音がする――二本、恐らくファイアブランドとへカトグラムだろう。対して、忍者は袖に腕を入れる。

 

「やらせん……火遁の術!!」

 

 火遁の術、まさか炎の魔術的な何かか――と思ったが、非常に物理的で、非常に厄介なものが飛んできた。要は爆弾が十個ほど、それも既に導線に火がついてこちらへと飛来してきているのだ。

 

 そんなもん火遁じゃねぇ、そう思いながら、再び奥歯のスイッチを入れる。こちらも袖や外套に仕込んでいる短剣を取り出し、投げられた発破の導線に向かって投げる――爆弾の落下速度が遅くなっているわけでもないし、飛んでいくナイフの速度も劇的に上がる訳でもない。ADAMsを使用したのは、単純に爆弾の軌道と、それにナイフをあわせるため――前進しながら、飛来してくる爆弾の導線を投擲で一つ一つ消していく。

 

『このまま、アイツに一発くれて……』

 

 十個の爆弾全ての導線を落としてから、ベルトに下げられているパイルバンカーを装着するため手を伸ばしながら視線を上げる。しかし、セイリュウは超音速の世界でなお、そこそこの速度で動いている――再び巨大手裏剣を取り出し、それを教会の天井に向けて投げ出していた。

 

 つまり、火薬による攻撃は目くらまし、相手の狙いは最初から支援の出来るティアとの分断だった。

 

『相手の狙いは分断だな、どうするアラン?』

『どうするもこうするも……!』

 

 振り返ると、すでにティアは教会の途中まで走ってきている――助けに行くと、エルを分断された手前に残すことになり、それはそれで危険だ。

 

「……ティア、下がれ!!」

 

 加速を解いて大きな声で叫ぶと、ティアはハッとした表情になり、すぐに足元に結界をおいて後ろに跳んだ。導線の切れた発破が教会の床に堕ちる乾いた音と、エルが二本の剣を受け取るのと同時に、教会の天井に巨大手裏剣が刺さり、瓦礫が上から振ってくる。その結果、石造りの教会が中央で分断される形になった。

 

「……なるほど、加速装置に正確無比な投擲術……原初の虎という見立てもあながち間違いではないという事か」

 

 崩落の激音が過ぎ去った後、最初から変わらない位置でこちらを見下ろしている。

 

「貴様に関しては、殺さずに生け捕りにしろと言われている……」

「はっ、余裕だな……自分でいうのもなんだが、俺は素早いぜ?」

「あぁ、ADAMsを捉えることはワタシにも出来ぬが……だが生身の肉体で、あと何回音速を超えるられる?」

 

 それを言われるとこちらも弱い。加速装置の負荷は、使った時間に比例する――細かく刻めば後数回、長めに動けばあと一回というところか。

 

「……私のことを無視するんじゃないわよ!!」

 

 布を裂く音が聞こえ、そちらを見ると、エルがドレスの裾を宝剣で切り、そのまま先端に重力波を集めている。

 

「……虎の檻が、まさか虎と共にあるとは……皮肉だな」

「意味わからないことをぶつくさと……へカトグラム!!」

 

 エルが重力波をステンドグラスに向けて放つ。それはナイスアシスト――上を取られていると、自分も手が出しにくかったところだ。重力に引かれて上から黒装束が落ちてきて、やっと自分たちと同じ高さまで降りてくる。

 

「……このまま決める!!」

 

 白いドレスの裾が舞い、その周囲に炎を纏う――魔剣ファイアブランドを鞘から抜き、重力波が晴れた向こう、地に膝をついている黒装束へと白無垢が肉薄する。

 

 振りかざされる炎の縦一文字、だがそれは、黒装束の左手の人差し指と中指に挟まれて止まった。

 

「真剣白刃取り……」

 

 それは白刃取りじゃない、というか熱いだろう、そう突っ込みながらも、奥歯のスイッチを入れてこちらも黒装束に近づく。エルには補助がついていない、今の段階で音速の世界に幾分か着いてこれる速度を持つあの忍者の攻撃をくらったら即死だ――エルに向かって突き出されている右拳に向けてパイルバンカーを叩き込もうとするが、杭は空しく宙を打つ。相手の体が煙と共に消え去るのと同時に、天井の方からまた再び殺気が放たれてくる。

 

「……空蝉の術」

「くそっ、なんでもありかよ……!?」

 

 四肢を広げて天井の梁《はり》にくっついている巨漢を見て、思わずごちてしまう。だが、先ほどの炎の剣の一撃で、口元を隠していた布が燃えて崩れ落ちる――幾分か顕わになった顔を見ると、その肌は浅黒い。眼球の色合いとも考えると――。

 

「……魔族!?」

 

 自分が頭の中で思った言葉は、エルの方から飛び出した。自分は言葉の代わりに咳き込んで、その場に膝をついてしまう。

 

「……アラン!?」

「エル、離れろ……!」

 

 何とか強がって立ち上がり、再びセイリュウに対して向き直る。

 

「……次は仕留めさせてもらうぜ、ブルードラゴン」

「面白い……貴様が本当に不敗と言われた伝説の虎か、試させてもらう……!」

 

 天井の龍はこちらへ飛び掛かろうと手足に力を入れ始める――次は本気で加速し、相手の後頭部に杭をぶち込んでやる――杭を抜こうと右手をベルトへ移動させているタイミングで、脳内に男の声が響く。

 

『ちょっと待てアラン……ホークウィンド、間違いない、奴はホークウィンドだ』

「……ホークウィンド?」

 

 思わずその名を口にした瞬間、天井の男の気配が一気に変わった。先ほどまで殺気をアリアリとこちらにぶつけていたのに対し、今は再び天井にビシっと張り付き、驚愕に見開いた眼でこちらを見つめている。

 

「……貴様、何故その呼び名を……!?」

「何故って……」

 

 脳内で聞こえた名をそのまま呟いただけで、自分は何にも知らないのだが。とはいえ、あの驚き様を見ると、どうやらホークウィンドという呼び名はブルードラゴンと名乗ったアイツに関係があるのは間違いなさそうだ。

 

『アイツ、お前の知り合いか?』

『あぁ、以前は仲間だった者だ……出来るのなら、話を聞きたい』

 

 ホークウィンドとやらがべスターと知り合いなら、ゲンブもべスターと繋がりがあるのかもしれない――そう思うと、事情は大分ややこしくなる。自分の大まかな勘定では、べスターは味方で、ゲンブらは敵か、そうでないとしても協力しがたい存在と認識していたのだから。

 

 とはいえ、結局は単純にホークウィンドやゲンブを殺してしまうより、きちんと生け捕りにして事情を聞いた方が後々のためだろう。

 

『……クソ面倒くさいが、ぶん殴って生け捕りで良いか? アイツは、エルを殺すって言ってるんだ』

『あぁ、構わん……アレも仮初の肉体だろう、話せるレベルならば倒してしまって問題ない』

『過激だな、お前とその仲間は』

『……一番言われたくない相手にそれを言われるとは心外だ。だが、勝つ算段はあるのか?』

『それは……』

 

 次の一撃で息の根を止めるつもりで正直相打ちが良い所、生け捕りにするとなれば相手の反撃も予想されるし、万全の状態でないと厳しい――だが、やるとなったらやるしかない。

 

 ともかく、一番重要なのは相手の気をエルから逸らすことだ。ホークウィンドとは、何故その名を知っているのか質問された時点で会話が途切れているから――右の人差し指でこちらへ手招きするようジェスチャーをする。

 

「……答えを教えてやるからこっちへ来な、エセ忍者」

「エセではない! ともかく、貴様を先に無力化し、生け捕りにして後、詳しく話を聞かせてもらおう……!」

 

 互いに言い合って後、空間に静寂と緊張が走る――落下してきたタイミングが後ろを取るチャンス、それ故に相手の一挙一動を見落とさず、いつでも加速できるように意識を集中させる。

 

 そのまま、幾許の時間が流れたか。本当は十秒と満たない時間の中で、黒装束の魔族に隙を見せまいと気を張り続け――しかしその静寂は、自分と相手以外の場所で終わりを告げることになった。

 

「……アナタ達、勝手に話を進めないでよ……!!」

 

 割れたステンドグラス側から声が聞こえてくるが、そちらを見ている余裕は無い。一瞬でも目をそらしたら、一瞬で忍に首を跳ねられるだろう――対して、自分を含めて上から見下ろせるホークウィンドの方は、エルの方をちらりと一瞥した。

 

「止めておけ女、お前の出る幕では……!?」

 

 ホークウィンドが気に取られている隙にエルの方を見てみる。すると、先ほど自分が導線を切った発破の一つに向かって炎の魔剣を振りかざし――。

 

「……マジかよ」

 

 思わず自分の口から出た言葉が面白かったのか、エルは自分を見ながら口元を釣り上げた。そして同時に、彼女が何をしたいのかも理解する――奴と打ち合うくらいなら、それをやった方が確実だろう、彼女が剣を振りかざすのと同時に奥歯のスイッチを入れる。

 

 炎の刃が発破に当たった瞬間、彼女を抱きかかえて背中向きにステンドグラスの方へと飛ぶ。更に窓の縁を蹴り、爆風の衝撃波の速度よりも素早く離れ――十分な距離を取ってから加速を切り、空中で身を翻して背中を教会側へ向ける。

 

「……やっぱり、結婚なんて私の柄じゃないわ」

「……違いない」

 

 こんな過激なことをする奴が、生半可な相手と結婚生活をするとは少々おかしな話だろう――そう思った瞬間、全ての発破が誘爆したのだろう、背後から轟音とともに爆風が背中を打って自分の体が吹き飛ばされた。

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