B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ハインライン辺境伯を後にしてからは、王都を目指して西へと旅程を取った。グリュンシュタッドはレムリア内でも主要な都市であり、自然と王都へと続く道も舗装されているため、とくに道中では荒事もある訳でなく、のんびりとした移動となっていた。
馬車を使う選択肢もあるのだが、貸し切りになるため料金が高い。暗黒大陸で高額を稼いでいた時の感覚でお金を使うと、すぐに資金が尽きるとはクラウの言葉だ。馬だけならまだ安く済むのだが、エルしか乗馬が出来ない。もちろん時間を買うという観点から言えば乗り物に乗るのも在りなのだが、世界を見て回りたい自分と、何処に居るかも分からない仇を探すエル、急ぎでないソフィアとクラウという組み合わせなので、自然と徒歩での移動になっていた。徒歩で王都を目指す場合、無理なく移動して、あと一か月半程度の行程となる予定になる。
道行く先々で感じたことは、グリュンシュタッドの街で感じたことに少し近かった。端的に言えば、レムリア大陸の住民は、疲弊しているように見える――勇者の降臨までに十五年、その後の討伐期間まで含めると十七年と続く魔族との戦いに勝利した戦勝ムードは既に鳴りを潜め、荒廃した土地やその上にかかる税、野盗の増加による社会不安など、痛いほどの現実に苦しめられているように見えた。
これでもし、立て続けに大きな衝撃――たとえば人間同士の大規模な戦争など――が起こってしまえば、人々は真に明日を生きる希望を失ってしまいそうだ。一応、世情の大部分は教会と学院が連携して統治しているので人間同士の抗争は無いようだが、それでもいつ不満が爆発してもおかしくないように見えた。
さて、グリュンシュタッドの街から出て二週間ほどで、大きめの街へとたどり着いた。街はずれの宿を取ってから自分とクラウが買い出しに出かけ、既に日も傾き始めており、煉瓦造りの街並みが黄昏色に染まり始める時間――自分の横を歩いていたクラウが、紙袋を片手に郊外にある鐘楼を指さした。
「……アラン君、教会に寄っても良いですか?」
「あぁ、構わないぞ」
別に何を急いでいるわけでもないのだから、道草を食ってもいいだろう。クラウが小走りで進んでいくのを、後ろから歩いて追いかけていく。
郊外にある小さな教会のおかげか、また夕暮れ時という時間も合わさってか、教会の中は閑散としていた。まぁ、他に人もいないほうがゆっくりもできるだろう。クラウから荷物を受け取って、自分は長椅子に腰かけて、慈愛の表情に満ちた女神像に――アレはレムなのかルーナなのか――跪いて祈りを捧げる少女の後ろ髪を眺めて待つことにした。
ぼぅっとしているうちに、段々と取り留めもない考えが浮かんでくる――教会というこの場だからこそ、レムやゲンブ、それにブラッドベリが言っていた内容が思い出されるのかもしれない。
この世界は七柱の創造神が作った箱庭であり、宇宙の均衡を崩しかねない実験を行っている――それは七柱の創造神達に反する者たちの意見であるから、客観的な意見ではないとも思う。だが同時に、この世界の是非を見てほしいというレムの依頼がある以上、やはり七柱の創造神達はきな臭いことをやっているのは相違なさそうだ。
いずれにしても、七柱の創造神とは何者で、何を目的にしているのか――それが分からないと判断もできないこともある。
「……お待たせしました……と、アラン君、考え事ですか?」
「うん……? あぁ、ちょっとな……」
考え事をしているうちに、クラウがこちらを振り向いて近づいてくる。しかし、丁度いいかもしれない。教会出身の彼女なら、七柱の創造神について色々知っているだろう。もちろん、それは歪められた歴史かもしれないし、都合のいい部分だけを人類に伝えているのは容易に想像できるものの、それでも判断材料が何もないよりは余程いいに違いない。
「クラウ、ちょっと七柱の創造神について教えてくれないか?」
「別に、それは構いませんが……何故に唐突に七柱神について知りたいんですか?」
「そう言えば、俺を起こした人物のことを全然知らないと思ってな……クラウなら詳しいだろう?」
「そうですね、アラン君の周りなら、多分私が一番詳しいと思いますし……」
そこで一旦言葉を切って、クラウは西日に顔を照らされながら、こちらの左横に座った。
「いいですよ、特別にご教示して差し上げます」
「あぁ、頼む」
「とはいえ、どこから話したものですかね……うーむ……」
「できれば、そうだな、神話と絡めて話してくれないか? ゲンブなんか、七柱に倒された古の神々の生き残り何て言ってたから、そのあたりも含めて聞いてみたい」
「なるほど、了解です……それでは、七柱と古の神々の争いから創世記、それに創造神たちの概要をかいつまんで話しますね」
クラウは腕を組んで黙り――恐らく、どういう順で話せばいいか少し考えているのだろう――そして話がまとまったのか、人差し指を立ててこちらを向いた。
「まず、古の神々の争いですが……失墜した古の神々を正すようにと主神の詔を受けたのが七柱の創造神です。しかし七柱の説得もむなしく、古の神々はすでに現世の欲望にとらわれ、天上への祈りを捧げることをしなくなっていました。それに嘆いた主神が、古の神々を討てと七柱に命じ、始まったのが古の神々の争いです」
「ふむ……一つ質問していいか? そもそも、主神の目的ってのはなんなんだ?」
その主神とやらの言い分が良いものなのか悪いものなのか、それ次第ではむしろ旧神側に理があるともいえるかもしれない。むしろ、本当は主神はどちらの味方でもない、または存在しないのに対し、七柱達が主神という上位概念を打ち立てることで、この世界の人々を欺いているのかもしれない。
いずれにしても、神話で語られる主神の目的が聞ければ、少なくとも七柱が何を目指しているのか、それを推理する一助くらいにはなるだろう。そう思って質問してみた次第で、クラウも頷き返してくれている。
「主神の目的は、生きとし生ける者の、全ての魂の救済です。神を信じ、祈りを捧げるものでなければ、主神はその者の魂を救うことは出来ません。古の神々は主神への信仰を忘れ、自分たちをいずれは全てを超越する絶対者となると妄信してしまったため、もう救うことは出来ないと主神に判断された、という形ですね」
自分の感覚から言えば、それは大いにズレていると言わざるを得ない。そもそも救いたいのに討てと命じるは矛盾している。それに、もし仮に主神なるモノが存在するとして――それが全ての生物の父であり母であるとするのなら、むしろ子供が自分を頼らずに生きていけることを歓迎するような気がする。
だが、敢えて反論はしないでおいた。彼女はそれを正しいと思って今まで生きてきたのであるし、先ほどの思考は自分の倫理観の中のみで行われた問答だ。本来はどちらが正しいもないはず――そう思い、「でも」の代わりに「続けて」を返した。
「数で劣る七柱は、主神から忠実な僕である天使を与えられ、古の神々との戦いに挑みました。古の神々の名は忌名として私たちには伝わっていませんが、その中で唯一名前が伝えられている最大の神が、邪神ティグリスです.
だから、あのゲンブとやらが本名なのか、そもそも本当に古の神なのか、そのあたりはちょっと私には判別はつきません……」
ゲンブという名前が偽名であるのは確実だろうが、アイツがクラウたちのいうところの古の神であることも恐らく事実だろう。それは、レムがゲンブのことを認知していたことから、ほぼ間違いないと言えそうである。
同時に、天使という新しいキーワードが出てきた。それが何者かは分からないが、話の中でこの後も出てくるかもしれないし、ひとまず質問はせずともいいだろう、傾聴に徹することにする。
「……さて、七柱と天使たち、それに対する古の神々の長い闘争の末、七柱達が勝利しました。しかし、古の神々が住んでいた世界は荒れ果ててしまい、何者も住めない環境になってしまったため、七柱の神々は旧世界の生物たちを箱舟に載せ、新天地を目指しました。
そして長い放浪の果てにたどり着いたのが、この惑星レムなのです」
そこだけ聞くと、この世界の人々と魔族との戦いのスケールの比でない戦争があったと推察される。前世の知識に照らし合わせれば、ある星が何者も住めない環境になるなど、核戦争でも起きたと邪推してしまうが――それも多少違和感があるか。たかだが七人で世界を敵に回したとも考えにくいし、また戦争を起こす様なこともできないだろう。
そもそも、前世の感覚をあてはめようと考えるのが間違いなのか? しかし、ゲンブとホークウィンドには繋がりがあり、同時にべスターやレムとも繋がりがある――そうなれば、自分の中である仮説が成り立つのだ。
恐らく、七柱の創造神と言われる連中と古の神と言われる連中は、自分が元々居た世界の者たちなのだ。そうなれば、核戦争があったというのも一つの可能性としてはありうるとも言えるだろう。
そして同時に、自分の遺伝子がどこかに残っており、それが一万年の時を経て、この世界に再び生を受けた。だから、自分のオリジナルは元々レムともべスターとも接点があった人物――そう考えれば、ある程度取っ散らかっていた点と点が結びつく。
だが、自分の知識の中に、魔術や結界なんてものはなかった。もしかしたら、自分の知識に無い範囲で技術革新が起こり、魔術という技術が進歩して、核戦争に代わるような甚大な被害を星に及ぼしたか――この辺りは判断材料が少ない。
同時に、引っかかるのはシンイチの存在だ。アイツはどうやら、自分の知っている時代から異世界転移して来た印象だった。そうなると、転移してくるのに時間軸がズレるのか、そもそも実はシンイチも自分の様に何かしら七柱の創造神に作られた存在なのか――まぁ、この辺りは考えても結論は出なそうか。
「……アラン君、聞いてます?」
「……あぁ、すまない、ちょっと頭の中で整理しながら聞いててな……続けてくれ」
「はい。それで、話は並行しますが、箱舟で新天地を目指している間に、古の神々に代わって、祈りを捧げるものとして、七柱の神々は私たち人やエルフ、ドワーフなどの人類をお創りになられました。
ただ、惑星レムは私たち人類が住むには過酷な環境だったため、星を人が住めるように奇跡を起こされました。まず、この星にあった荒ぶる大海を治めるため、女神レムはその身を海へと投げてその身を捧げ、海の怒りを収めました。彼女が原初の女神と言われる所以はここですね。
次に、女神ルーナが荒ぶる大気を治めるため、天上にもう一つの月をお創りになられました。海と大気が収まり、大地の女神であるレア神が地に草木を植え、鍛冶の神であるヴァルカン神とが大地を均《なら》し、この惑星レムは人の住める環境になったと……これが教会に伝わる創世記です」
「七柱いるのに、四柱しか出てこなかったな」
「残りの三柱は、主に戦いや学問の領域で活躍した神ですから、創世期にはあまり関わっていません……それでは、ここからは七柱それぞれについて簡単にお話しします。まずは、そうですね、アラン君にも馴染みにある二柱からいきましょうか……先ほど名前が出なかった、武神ハインラインから説明します」
「……ハインラインって、エルの家名だよな?」
「はい、その通りです。武神ハインラインが人の子と交わり、代々続くのがハインライン辺境伯なんですよ。と言っても、テオドール・フォン・ハインラインで途切れてしまった訳ですが」
しかし、その実態もどうなのだろうか――エルの話を聞く限り、テオドールとエルの母は特別な関係にあったようだ。
何より、ホークウィンドが言っていた、ハインラインの器という言葉が気になる。それがゲンブたちにどのような不利益があるのかは分からないが、ハインラインの血をエルが引いていないならのなら家名だけの一般人なのだから、奴らが血眼になって消そうとはしないような気がする。
同時に、七柱の創造神に縁があるから、テオドールはゲンブたちに暗殺されたとも取れる。そして、エルがその血を引いているとするなら――ひとまずゲンブたちがエルを狙う理由はあることになる。
とはいえ、これ以上のことは分かりそうにない。ひとまずクラウの話の続きを聞くことにしよう。