B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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月下の二人

 話がひと段落したのか、ティアは両の手を組んで伸びをし、改めて赤い瞳でこちらを見つめてきた。

 

「……なんだか妙な話だったけど、伝わったかな?」

「あぁ、クラウのことも、ティアのことも……分かった、なんてのはおこがましいけれど、幾分かは理解できたと思う」

 

 ここまで話を聞いた今なら、ティアが何度か口にしていたことも理解できる。クラウの願いはボクの願い、ティアの存在そのものがクラウの願いであるのだから、この表現は本当に文字通りの意味だったのだろうと。

 

 いや、本当にその通りだろうか? ティアはクラウから分かれた魂だと言っていた。それならば、ティア自身の願いもあるのではないだろうか。そう思い直して、今までのティアの行動原理を思い返してみる。

 

「……勝手な邪推だが、ティアはクラウに自信を持って欲しいんだな」

 

 そう言いながら横を見ると、赤い瞳の少女は優しげな表情で頷いた。

 

「うん、そういうこと……さっきも言ったようにね、ボクが出来ることは彼女の理想、夢なんだよ。そして同時に、ボクはクラウの想像を超えることは出来ない。自分から新しい価値を生みだすことが出来ないんだ。

 本当に素晴らしい能力っていうのは、願い、想像すること……そしてそれに向かって歩みを止めないこと。願ったことは諦めなければ、きっと実現できる。クラウには、その力があるはずなんだ」

 

 そして、ティアはまた星を見上げる。

 

「ボクがなるべくクラウに頑張ってほしいのは、そう言った理由からさ。ボクが出来ることは、本来はクラウも出来るはずのこと……そして想像が出来る分、ボクより彼女の方が本当の意味では強いはずなんだ。それに、気付いてほしくってね……」

 

 その声色は、まるで妹を慈しむ姉のような声色だった。自分もティアと同意ではあるのだが、同時にこの子はなんと暖かいのだろうとも思った。

 

 元々、幼少期に過酷に対する矢面に立たされ、その後は比較対象にされ、自分がティアの立場だったらここまで相手を思いやれていた自信もない。

 

「……ティアは優しいな」

「どうだろう、厳しいのかもしれないよ?」

「まぁ、頑張らせてるって意味じゃそうなのかもしれないが、それでも厳しいのも優しさの内だろ」

「そうかなぁ、そうかも」

 

 腑に落ちなかったのか、言葉とは裏腹にティアの表情は納得したものではない。しかし、彼女なりの答えが見つかったのだろう、すぐにその口元に微笑みが浮かんだ。

 

「……ボクが優しいとするなら、それはクラウが優しいからだよ」

「うん、そうだな」

「ふふ、ありがとう」

 

 クラウが優しいことに同意するのは、言葉の上ではティアを褒めたわけではない。それでもティアが笑ったのは、クラウの幸せがティアの幸せだからだろう。

 

 伝えたいことを言い切ったのか、饒舌だったティアの言葉が止まった。そして思い出したかのように自分の肩を抱いて白い息を吐き出している。

 

「……しかし、やっぱり寒いねぇ」

「そうだな、そろそろ戻るか?」

「うーん、もう少し……」

 

 そこで、ティアの顔がパッと笑顔になる。イイコトを思いついた、という雰囲気だ。

 

「アラン君、寒いから近寄ってもいいかな?」

「あぁ、別に構わないが……」

「ふふ、ありがとう」

 

 礼を述べると、ティアはこちらが予想をしていたよりも自分の側に寄ってくる。一言で言えばほとんど密着状態で、肩と肩は触れ合うほどの距離になっていた。

 

「お、おい、結構近いな?」

「ふふふ、アラン君、緊張しているのかい? かわいいねぇ」

「あ、あのなぁ……」

 

 こちらの悪態も無視して、ティアはその大きな赤い瞳をこちらに近づけ、怪し気に口元を釣り上げている。

 

「……アラン君、クラウって可愛いと思わないかい?」

「うん、まぁ、そうだな……」

「ほうほう? 具体的にどのあたりが?」

「その、まぁよく自分で美少女って言ってるが、俺から見ても整ってると思うし……性格も適当に見えて真面目で一生懸命で可愛いと思うし……」

「なにより、胸が大きい」

「そう……いや、それは可愛さなのか!?」

 

 自分の慌てた声に、ティアはくつくつと笑う。

 

「ともかく、アラン君から見たら魅力的に映っていると」

「そりゃ、否定はしないが……ただ、あんまりじろじろ見てるとスケベって文句言われるからな」

「どうだろうねぇ、クラウの照れ隠しかもしれないよ?」

「……じろじろ見てもいいのか?」

「ははは、それはクラウの気分によるから、あまり推奨はしないよ……結構複雑な子だからね。でも……」

 

 ティアの両手がこちらの両肩を持ち――月の青い光が、彼女の美しい顔を照らし出す。

 

「……今は好きなだけ見てもいいんだよ?」

 

 ティアの言葉に緊張してしまったのか、思わず唾を飲み込んでしまう。だが、好きなだけ見ていいというのなら、見ないと失礼というもの――というより、彼女の吸い込まれそうな赤い瞳から逃げると、自然と視線が下に落ちてしまう。彼女の豊満な部分は目の前で、ほとんど自分に接触しそうな距離にあり、再び固唾を呑んで見つめてしまう。

 

 ティアは一体どういうつもりなのか、そりゃこんな役得というかありがとうございますなのだが、真意が見えず視線をあげる。見ると、流石の彼女も緊張しているのか、頭を垂れて少し震えているようだった。

 

「だ……」

「……だ?」

「ダメ!!」

 

 こちらの肩を掴んでいたはずの彼女の両手が、今度は自分の肩を押し出した。予想外の不意打ちに、自分は無様に倒れこんで後頭部を木の幹にぶつけてしまった。

 

「あ、あの、違うんですよアラン君。気が付いたらアラン君が隣にいて、それでティアがなんかこう、好き勝手してて……!?」

「お、おぉ……?」

 

 上半身を起こして彼女の方を見ると、月の光の下でも分かるくらい顔を上気させている――瞳の色もいつのも青色に戻っているので、どうやらクラウが目覚めたようだった。

 

 誰かが慌てていると、自分の方は少し冷静になるものだ。ティアにからかわれて大分どぎまぎしたのも事実だが――気が付いたら自分が居て、というクラウの表現的に、本当に先ほど覚醒した形だろう。

 

 それなら、聞かれたくないことは聞かれていないのだろう。一方で、下手すれば見られたくない所を見られてしまったのではないか。そんなこちらの思考を他所に、クラウは辺りをきょろきょろ見回して、同時に両腕をあくせくと動かしている。

 

「え、えぇっと……アラン君、何故にティアと二人っきりになってたんですか?」

「あぁ、ちょっとな、退屈な見張りを気晴らしに話し相手になっててくれたんだ」

「そ、それで一体全体なんで、あんな密着状態になるんですか……!?」

「それは分からん……ティアに聞いてくれ……」

 

 そこまで言って、ティアの雰囲気に完全に呑まれていた自分が若干情けなかったことに気付きもしたのだが。悲しいかな、あんな奇襲に対応できるほど前世の自分は経験豊かではなかったという事なのだろう。

 

「ふぅ……すいませんアラン君、先にちょっと戻ってもらっていいですか? ちょっとティアと話がしたいので……」

「まぁ、そうだよな……俺が行った方に真っすぐ行けば戻ってこれるから」

「はい、分かりました……寝ててもいいですよ?」

「いや、見張りだから寝られはしないんだが……」

 

 それだけ言い残し、自分は焚き火の方へと戻ることにした。しかし、吐息がかかるほど近くにいたティアのことを思い出し――心も体も何となく緊張したままだった。

 

 

 ◆

 

『……それで、なんであんなことになってたの?』

『アラン君が言っていた通り、ちょっとお話をしていただけさ』

 

 それも本当はどうだろうか。世間話ではなく、結構重要な話をしていたのではないか――とはいえ、それを咎める気はない。ティアだって誰かとのんびり話したいこともあるだろうし、アランとはそこまで話す機会も多くなかったはずだから、たまにはそんな時間があってもいい。

 

『……私が聞きたいのは、なんであんな、その……密着するような距離にいたかってことなんだけど……』

 

 しかも、ティアに声を掛けられて目覚めた時には、彼が真横にいたのだ。あまりにビックリして寝ぼける暇などもなかった。

 

『それはだねぇ、奥手なクラウに代わって、ちょっと押してみようかなと思ってね』

『むぅ……』

『……好きなんだろう、アラン君のこと。でも、同時に最近はちょっと焦っていたね? ハインライン辺境伯領での一件以来、エルさんのアラン君を見る目が変わったから』

『好きなんて、そんなこと……』

 

 ない、とは断言できない。しかし同時に、自分の胸に浮かんでいる感情が恋慕なのかも正直分からない。今までに異性を好きになったことが無かったから、自分の感情が正しく恋と呼ばれるものなのかも分からないのだ。

 

 とはいえ、レヴァルの地下道で二人っきりになって以来、彼のことを意識しているのは確かで――気が付けば眼で追ってしまっているし、暇さえあれば彼のことを考えてしまうのだから、ティアのいう事が正しくはあると思う。

 

 しかし、自分の感情に気付いてからもそこまで慌てることもなかった。エルはアランを異性として見ている感じではなかったし、ソフィアは異性愛というより敬愛して見ている感じだったからだ。

 

 要するに、慌てずとも自分の感情とゆっくりと向き合いつつ、彼との距離を調整していけばいい、そんな風に楽観的に捉えていたのは事実だ。

 

 そして、ティアの言う通り、アランとエルの関係性が変わったことにより、のんびりはしていられなくなった――いや、勝手に自分が焦っていただけかもしれないが。幸いにして、エルは自分がアランのことを憎からずに思っていることに気付いていないので、自分たちの関係性にとりわけ変化はない。

 

 そう、自分が変に色気さえ出さなければ、波風が立つことはないのだ。

 

『……そういう風にね、自分が我慢すれば丸く収まるって、それは違うと思うんだよ』

 

 ティアの言葉に思わずドキリとしてしまう。自分の思考を読まれたのもそうだが、一番はその言葉の重みに驚いてしまったのだ。

 

 今まで、なるべく周りを見て生きてきたと思う。なるべく皆が笑顔でいられるように、皆が悲しい思いをしないようにするために。その時、一番犠牲にしやすいのは、自分の願望だ。だから、本心を隠す場面だって、数多くあって――それが、自分の癖になっている部分があるのは確かだ。

 

 それは平穏の代償だと、今までは自分を欺くこともできた。しかし、今回の件はどうだろう――自分が行動しなければ、凄く後悔する気もする。

 

『そうかもしれないけれど……でも、さっきみたいなのも、ちょっと違うと思うの』

『そうかい?』

『そうだよ』

『まぁ、ボクの方でも一つ誤算だったのは、アラン君も意外と消極的だったってことだね……クラウも押し倒されていたら、抵抗しなかったんじゃないのかい?』

『だ、だからそういうのが違うの!!』

 

 すぐに否定したものの、言われたことを想像してしまい、再び顔に熱が戻ってくる。確かに積極的にこられたら、もう流れに身を任せてしまっていたかもしれない。胸が早鐘の様に鳴るのを抑えるため、一旦大きく深呼吸し――冷たい空気が肺に入ることで、幾分か冷静さが戻ってくる。

 

『……ティアなりに気を使ってくれたんだよね。そこはありがとう。でも、やっぱり……私は今の四人の関係性も、凄くすごく大切なんだ。だから、さっきみたいに一気に関係性を進めるんじゃなくて……うん、ゆっくり、皆の想いを確認しながら、それで後悔の無いようにしたい……なんていうのは、甘いのかな……?』

 

 段々と自分の言っていることが正しいものなのか確証が持てなくなってきて、最後は疑問形になってしまう。 

 

『……まぁ、そこはエルさんもクラウと五十歩百歩だからね。気長でも良いのかな?』

 

 そして、肉体の同居人も同じく疑問形で返してきた。それがおかしくて――質問に質問を返すのもそうだが、実際にエルさんも自分と同じくらい対人関係に関して消極的だから、思わず笑ってしまった。

 

『そうだよ』

『そうだね……うん、ボクも、エルさんもソフィアちゃんも好きだからね……クラウがそういうのなら、ボクはこの件に関しては見守ることにするよ』

『うん、ありがとう、ティア』

『どういたしまして……でもね、クラウ。君が好きな人は、ボクも同様に好ましく思う……だからもしかすると、ボクがアラン君をとっちゃうかもしれないよ?』

『そ、それはダメ!!』

 

 からかうようなティアの言葉を思わず反射で否定したが、冷静に思うとティアに取られる分にはいいのかもしれない。何せ、同じ肉体の中にいるのだから――しかし、それでも納得できなかった。やはり、自分を見てほしいのかもしれない。

 

『ふふふ、その素直さが、ボク以外の相手にも出ればいいんだけど……さて、そろそろボクたちも戻るかい?』

『……もうちょっと火照りを冷まさないと。アラン君の顔、見れないよ……』

『そうかい……申し訳ないけれど、ボクの方は眠ってもいいかな? 少し夜更かししていたんで、眠くってね』

『うん、大丈夫……アラン君が行った方に真っすぐ行けば戻れるんだよね?』

『あぁ、茂みをちょっと歩けば、焚き火が見えるはずさ……それじゃあおやすみ、クラウ』

『うん、おやすみ、ティア』

 

 おやすみの挨拶を済ませると、ティアはすぐに眠りについたようだった。そして、名実ともに一人になった今、夜の空気に頬を涼ませて、空を見上げる――とはいえ、星の輝きよりもあまり目に入らず、思い出されるのは先ほどのことばかりだった。

 

『アラン君、私のこと、可愛いって言ってくれた……』

 

 意識している人に褒めてもらえることって、こんなに嬉しいことなんだ――緩む唇を抑えることもできず、上記した頬もなかなか冷めてくれなかった。

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