B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

77 / 419
葡萄園に佇む修道院

 昨晩はしばらくクラウはキャンプ地に戻ってこなかった上、戻ってきたら来たらすぐにそっぽを向いて毛布にくるまってしまった。そして山中での一泊から一夜明け、朝から下山を始め、昼過ぎには山道を抜けて平地へと出ていた。

 

「ふぁ……」

「クラウさん、今日はあくびが多いね?」

「ふぁぁ……ごめんなさいソフィアちゃん……ちょっと寝つきが悪くて……」

 

 背後からそんな会話が聞こえてくる。まぁ、そりゃ寝不足だろう――実際、あの後クラウがずっと起きていたのは自分も気付いていたが、いやらしい目で見てしまった手前でこちらから声をかけるのも憚られ、日が出るまで声は掛けられずにいた。

 

 朝も妙によそよそしかったし、まさか嫌われたりしたのではなかろうか――と少々不安にもなったが、他のみんなが起きるころにはいつものクラウに戻ってくれていたので、ひとまずは一安心といったところか。

 

 ともかくそんなこんなでまたしばらく進むと、田園風景が広がり始める。恐らくは麦畑だが、時期的に収穫して種まきをした後で、麦穂が実る風景というわけでもなかったが――ともかくこれだけの畑が続くのだから、この辺りは人間世界という雰囲気に包まれている。

 

 大きな橋を一つ越えると、また一つなかなか大きな街が見えてきた。アソコが今回の目的地らしい。

 

「なぁクラウ、あの街の中に孤児院があるのか?」

 

 振り向いて後ろを見ると、緑髪の少女は自分から少し目を逸らして首を横に振る。

 

「いいえ、孤児院は街の郊外というか、少し離れた所にあります。場所は、そのぉ……」

「……地元でも分かんないか?」

「じ、地元って言っても、そんなに長年住んでいた訳じゃありませんし!?」

「まぁ、そうだな……小さいころは方向感覚とか土地勘なんか無いしな……ともかく、街で誰かに聞けば場所は分かりそうか?」

「はい、それは分かると思います……聖レオーネ修道院と言えば、地元では結構有名な修道院にして、孤児院ですから」

 

 街に入ってから聖レオーネ修道院の衛兵に場所を尋ねると、自分たちのいる入り口とは正反対の方向、南西の方角に抜けてからしばらく行ったところにあるという。距離にしてまたここから徒歩で一時間と言ったところのようだったが、なんとか日中には着けそうだということでそのまま進むことにした。

 

 南西の出入口からまたしばらく進むと、再び田園風景が戻ってくる。側道には枯れた樹木が立ち並んでおり、徐々に傾きかけた日が辺りを照らし――それは、何とも言えない郷愁の念に駆られる美しい風景だった。

 

「……この辺りは、葡萄畑なんです。修道院の方々と十歳以上の子たちとで、お世話をしているんですよ」

 

 気が付けば、自分の足がいつの間にか止まっていたらしい。エルとソフィアが前を進んでおり、歩みを止めた自分の隣でクラウがまぶし気に葡萄畑を見つめている。

 

「秋なんか、それは綺麗で……赤と黄色、緑が入り混じる、鮮やかな景色になるんです」

「へぇ……それは見てみたいな」

「……描きたくなりますか?」

 

 クラウが西日に染まる顔で覗き込んでくる。その柔らかい表情にドキリとしつつ、視線が合っていることで発生する自身の緊張を誤魔化すために改めて畑の方を見やり――紅葉入り混じる田園風景を心の中に思い浮かべる。

 

「……あぁ、きっと描きたくなる風景だろうな」

「ふふ、それならきっとまた来ましょう。秋もいいですけど、生命力を感じる春もいいですし、夏も雄大ですよ」

「俺は冬もいいと思うぞ」

「えへへ……それならいつ見てもお得ですね」

「あぁ、そうだな」

 

 頷き返すタイミングで、先に進んでいたソフィアから名前を呼ばれる。クラウが先立ってソフィア達の後を追い、自分は手を挙げ返して、また少しだけ立ち止まって辺りの風景を眺める。

 

 この世界は、七柱の作り上げた箱庭。元々荒れ狂う海と風が支配していた惑星を歪めて作られた人口の園。それでもこんなにもこの世界の景色が自分の胸を打つのは、本来の自分がいつかの日に夢に見た風景に近いから――これはある種、望郷の念なのか。

 

「……アランさーん! 置いて行っちゃうよー!」

 

 もう一度名前を呼ばれ、改めてその声のしたほうを見る。すると、西日を背に三人の少女たちが、こちらを見ていた。その背後には小高い丘、横には枯れた木々、だが少女たちの笑顔が生命力に満ち溢れている。その光景にまたドキリとしつつも、名を呼ばれること――それが異邦人である自分がこの世界に必要とされている気がして、不思議な充足感が胸を満たしてくれる。

 

「……悪い、今行く!」

 

 それだけ返事をして、小走りに少女たちに合流した。

 

 また少し進むと、小高い丘の麓に石造りの鐘楼が見え始めるのと同時に、子供たちがはしゃぐ声が段々と近づいてくる。石造りの建物は簡易な柵で囲まれており、その内側で十数人の子供たちが所狭しと駆けまわっているようだ。

 

「……ほら、みんな! もう今日は中にお入りなさい!」

 

 その声は、建物の扉の前にいる女性から発せられたもののようだった。少し年季の入った、しかしハッキリと響く大きな声で、それだけ切り取れば厳しいようにも聞こえたものの、子供たちの返事は元気の良い物であり、それがその女性が子供たちに好かれているのだという証明の様にも感じられた。

 

 何人かの子供たちが扉に入っていく傍らで、一人の女の子が近づいてくる自分たちに気付いたらしい。「ステラ院長、アレ……」とこちらを指さしてきた。それに気付いた女性は、眼鏡をかけなおして細目でこちらを凝視し――先頭を歩いていたクラウの方を見つめて、驚きに眼を見開いたようだ。

 

「……クラウディア?」

「はい……ステラ院長、お久しぶりです」

 

 クラウがペコリ、とお辞儀をすると、初老の女性は口元に大きなしわを作ってこちらへと駆け寄ってきてくれた。

 

 修道院の中に通されてからは、それはそれで大変だった。何せ、多くの子供たちが自分たちに興味を持って、ちょっかいを出してきていたからだ。とくにクラウは人気で、どうやら二年前に一度だけ戻ってきていたこともあるらしく、彼女を覚えている子供たちに囲まれて、しかし上手く子供たちに構っていた。

 

 同時に、子供たちはソフィアやエルにも興味津々らしく、クラウの輪に入れなかった大人しい子たちが二人の所に分散していた。とくにソフィアは小さい子から、エルは少し大きめの女の子に人気があるようだった。

 

 そして、自分はというと――。

 

「マオウめ! 正義の剣をうけてみろー!」

「ぐぁー!! ゆ、勇者めー!」

 

 大人しい子や女の子は三人の方へ向かっているので、自然とワンパクな男の子が自分の周りには集まっていた。子供のお守りなどどうすればいいかも分からないが、こう自主的に面白いことを実践してくれるのなら相手をするのも気も楽だ。体は痛いが。

 

 それにここの子供たちは、自分がこの世界で見てきた中で一番活気に溢れている――それがなんだか嬉しくもあるので、慣れない子守も苦にならずに付き合うことが出来ていた。

 

「おいみんな、今がチャンスだ!! 魔王にとどめをさすんだー!!」

「ぐぁ……お、おいクソガキども、本気で蹴るな殴るな……いてててて!?」

 

 こちらが遠慮して負け役に徹してやっているのに、力の加減を知らぬガキどもが本当に割と力を込めてこちらを攻撃してくる。それにイラついて大人の力を見せてやろうかと力を貯めているとき、また扉の方から「コラ!」と声が響く。

 

「お客さんたちは長旅でお疲れです! あまり困らせてはいけません……とくにトト、マルコ、ジャック! 暴力はいけませんといつも言っているでしょう」

「はーい、ごめんなさーい!」

 

 旗色が悪くなったと気付いたのか、少年たちは自分から離れて部屋の隅で別の遊びをしだしたようだ。

 

「アナタ達、本当に反省していますか!? はぁ……ごめんなさいね、アランさん」

「いえいえ、頑丈さだけが取り柄なんで……まぁ、ちょっとだけピキッときましたけど、子供のやることなんでね、気にしてませんよ」

 

 エルの方から「ちょっと……?」と疑問の声が上がったのを無視してステラ院長に笑顔を返す。ともかく、客間の準備が出来たということで、自分たちは二階の端の部屋へと通された。しかし、狭い空間になんとかベッドが二つという部屋で、一人が床で寝たらもう一人が入るのには厳しい広さだ。

 

「……アランさんには悪いのですが、屋根裏でもいいでしょうか?」

「大丈夫ですよ。急に押しかけてきて、泊まらせてもらえるだけでも御の字です」

 

 三人の少女たちを部屋に残し、自分はステラ院長を追って屋根裏へと招待された。屋根裏部屋は、やはり所狭しと物が置かれており――使えなくなった子供たちの遊具や、壊れた農機具、それにたくさんの木箱が積まれている。

 

 しかし、歩くと床板の軋む音が響く。見れば、床の隙間から少し階下の明かりが漏れこんでいるようで、中はだいぶ老朽化しているようだ。こんなに物があったら、床が抜けないかと少し心配になるほどだった。

 

「……すいませんね、こんなところしか用意できなくて。魔王が倒されたと言っても、不幸な子供たちが増えるのは後を立たなくて……」

「いえいえ、むしろ凄いと思いますよ……大変な状況でも、ここの子たちは元気で明るい。きっと、ステラ院長や修道院の皆さんのおかげですよ」

「そう言っていただけると、ありがたいですが……」

 

 それだけ言って振り返り、ステラは自分の寝床の準備をし始める。

 

「……でも、ちょっと安心したんです。あの子がキチンと外でもお友達を作っているって知られて」

「クラウから聞いてはなかったんですか?」

「えぇ、教会にいる間は、外と連絡も取れませんし……それに、二年前にフラっと来た時には、あんまり教会でのことを話してくれなかったんですよ。それで、心配してたのですが……」

 

 そもそも、教会にいる間は外との連絡を取れないのも初めて知ったが、二年前に来た時に話してくれなかった理由は想像できる。故郷に錦を飾るどころか、信じた神に裏切られ、友達と思っていた相手とも溝が出来てしまったのだから。

 

 しかし、こちらとしてはクラウが二年前に一度ここに戻ってきているのすら先ほど初めて知ったばかりだ。彼女はここが好きなようだし、何故ここに戻らずに暗黒大陸などという危ない場所で、冒険者家業などという危ないことをしていたのか――元々、身に着けた芸でその日暮らしをするのにお金を貯めているようなことを言っていたが、冷静に考えれば楽をするなら暗黒大陸なんて最前線である必要はなかったはずだし、変にケチってお金を貯める必要もなかったはずである。

 

「……アランさん、あの子から何か聞いていますか?」

 

 寝床の準備が終わってから、ステラ院長は心配そうな表情でこちらを見つめた。

 

「いえ……でも、一個だけ。この孤児院にいるときが、人生で一番楽しい時だったと以前言っていました」

「そうですか……」

 

 良かれと思って言ったのだが、院長は納得しなかったようだ。口元に微笑みは浮かべているものの、その瞳の色は悲しげであった。

 

「あまり嬉しくなさそうですね?」

「いいえ、嬉しいですよ。でもそれは、あの子がここを発って以来、あまり幸福でなかったことの裏返しですから……」

 

 確かに、言われてみればその通りだ。そして、その理由を自分は知っている――とはいえ、自分の口から言うものでもない。きっと時が来れば、クラウ自身の口から伝わるだろう。

 

 そして、自分と同じように思っているのか、ステラは腰に手を当ててやれやれ、という調子で微笑む。

 

「とはいえ、あの子の人生もまだまだこれからですからね……ここの思い出も大切にしてくれたら嬉しいですが、今からでももっと楽しいこと、嬉しいことを掴んでほしいなと思います」

「……そうですね」

「でも、だからこそ、アナタ達があの子と一緒にいてくれるのが嬉しいんですよ」

 

 そう言いながら院長が浮かべた笑顔は、今度こそ本物だった。そして同時に、クラウがこの人のことを信頼していた理由も、同時に彼女が過酷な環境にいても優しさを失わなかった理由も理解できた。

 

「アランさん、クラウたちに声をかけてきてもらってもいいですか? 一階で、八時から食事にすると……少し遅い時間にはなってしまうのですが、子供たちの夕餉《ゆうげ》が終わってから。少しのんびりお話を聞けたらと思いますので」

「はい、分かりました。何から何までありがとうございます」

「いえいえ、そんなに豪勢なものはお出しできないですけれど……それでは、また後ほど」

 

 先に階段を降りていくステラの背を見送って後、部屋の中をきょろきょろと見回す。しかしどうやら、ここには時計などは無いらしい。物置なのだから当たり前か――それなら、ひとまず三人の部屋にお邪魔して、八時まで時間を潰すのが良いか。そう思い、自分も階段を降りてクラウたちがいる部屋へと向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。