B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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二年間の意味

 喉の渇きで目が覚めると、屋根裏部屋の寝床で横になっていた。同時に、まだ体にアルコールが残っているのか、若干の倦怠感と頭痛がある。ひとまず、水を飲みたい――そう思って上半身を起こすだけで、若干床が軋む音が響いた。

 

 今は恐らくだいぶ遅い時間帯だろう。この床下で小さな子供たちも寝ているわけだし、あまり大きな音は立てられない。そう思いながらゆっくりと体を動かしている最中に、僅かばかり話し声が聞こえてくる。

 

 どうやら、老朽化した床の隙間から、その声は聞こえてくるらしい――話の主は二人、どうやらクラウとステラ院長が話しているようだった。

 

「……まさか、アナタが冒険者になっているなんてビックリしたわ、クラウ。でも、なぜそんな危険なことをしていたの?」

「それは……」

 

 クラウの声が一旦途切れ、何やらガサゴソと音がする。

 

「あの、この小切手を冒険者ギルドに持っていけば、七十万ゴールドほど引き落としが出来ます。これだけあれば、老朽化した修道院の修繕も出来ますし、余ったら食費にでも使えるかなと……」

 

 その声を聞いて、ようやっと腑に落ちた。いや、この孤児院を見たならば気付くべきだったのだが――恐らく二年前、教会を追放されたクラウは、何をすればいいか分からずに一度はここに戻ってきた。そして老朽化する孤児院と増える孤児たちを見て、この孤児院のために出来ることを考えたのだろう。

 

 その答えが、危険に身を投じること。彼女が僧侶の身で最前線で戦っていたのは、少しでも多くのお金を稼ぐためだった。ケチとののしられてもお金を貯めることだったのだ。

 

 純粋な彼女の献身は理解はできるものの――それは少々短絡的だったのではないかとも思う。そして、院長も自分と同じ想いだったのか、床下からは大きなため息が聞こえてくる。

 

「ふぅ……やっぱりそういうことだったのねクラウ……いいえ、クラウディア」

 

 ステラが名前を言い直したのは、何故なのだろうか――酔いが残って回らない思考では、その真意は掴めなかった。そして考えがまとまらない間に、下では話が進んでいく。

 

「アナタの気持ちはとても嬉しいわ、クラウディア。でも、私はそれを受け取ることは出来ません」

「えっ……」

「理由は何個もあるけれど……そうね、対外的には、それを受け取ってしまうのが不公平だから。今、レムリアの至る所にある孤児院はどこも困窮しているはず。当院だけ巨額の喜捨を受けるのは、良くないことだわ」

「でも……」

「それに、今ここでアナタの厚意に甘えてしまえば、私たちは日々祈り、自らの手で働くことの貴さを忘れてしまうでしょう。一度吸った甘い蜜は、なかなか忘れられないもの……きっと何かあるたびに、私たちはアナタに頼るようになってしまうわ」

「でも、でも、一度きりなら……」

 

 ステラの優しく窘めるような声と、クラウの消え入るような声が入れ替わりに聞こえてくる。いや、入れ替わりと言うには語弊があるか、ステラの方が長くしゃべっているのだから。

 

「……何よりもね、クラウディア。私は、私たちは、ここで育った子供たちには、胸を張って巣立っていってほしいの……日々の生活の中でここを思い出してもらえるのはもちろん嬉しいことだけれど、アナタにはアナタの人生がある……だから、アナタが汗と血を流しながら貯めたそのお金は、アナタ自身のために使ってほしいわ」

 

 もちろん、通常の喜捨の範囲でならありがたく受け取るけれど、ステラはそう付け足した。

 

「……でも、自分のためにって、私は何をすればいいのか分かりません……だからせめて、お世話になった人たちのためにって……」

「優しいクラウディア。もう一度言うわ、アナタの気持ちはとても嬉しいわ……私たちを助けたいという純粋な気持ちは、とてもありがたいことよ」

 

 椅子が動く音、そして足音が聞こえ――恐らく、ステラがクラウの隣に座ったのだろう。

 

「……この細く小さな手で、どれ程の過酷を背負ってきたのでしょう。真面目なアナタのことだもの……本当は教会では優秀であったのでしょうし、そして同時に、言えないほどひどい目にあってきたのも、なんとなくですが分かっています。

それでも、アナタが言いたくないのなら、私は何があったのかは聞きません」

 

 結局、口裏合わせをしていても、院長はお見通しだった訳だ。もちろん、詳細に何があったかまでは理解できていないはずだし、自分が事前に少しステラと話をしていた影響もあったのだろうが――それでも、院長の人を見る目は確かで、同時に自分の娘同然の存在に何があったのか、自分やクラウが言うまでもなく理解していたものと推察される。

 

「……でも、二年前にここに戻ってきたときと、今日戻ってきたときでは、アナタの顔が違ったわ……以前は迷子のように哀しい顔をしていたけれど、今日はとっても嬉しそうに戻ってきたもの。きっと、お友達たちのおかげね」

「……はい。凄く大切な、私の仲間なんです」

 

 返事をするクラウの声色は、強く暖かいものだった。そう思ってくれているのなら、それはとてもありがたいことで、自然と自分も嬉しい気持ちになっていた。

 

「それならばこそ、クラウディア……そのお金は未来のために、アナタの努力は使われるべきですよ。お金では買えないものがあるのも確かだけれど、お金で解決できることが多いのも確かです……今必要でなかったとしても、いざという時の備えにしておいてもいいと思うわ。たとえば、お友達たちのために使うのはどう?」

「でも、ソフィアちゃんとエルさんはご実家がお金持ちですし、そんなにお金に困るようなことも……」

「それなら、アランさんのためにはどう?」

「なっ……それは絶対に無いです!!」

 

 そんな全力で否定することもないだろう。なんなら大金ウェルカムなのだが。

 

「……それに、多分……アラン君はステラ院長と同じように言うと思います」

「そうね、そうかもしれません」

 

 うん、そうそう、実はそう思っていた――二人の信頼に胸を痛めつつ、話の続きを聞くことにする。

 

「別に、無理にお友達のために使うこともないわ……再三の繰り返しだけれど、アナタの気持ちは嬉しいのよ。でも、私が一番嬉しい時は……それは、この孤児院を巣立った子供たちが、幸せを掴んでくれた時なの。不幸な生い立ちに負けずに、強く強く生きて、未来に向かって進んでいる……そんな報告を聞けたときが、最高に嬉しいのよ」

「……それじゃあ、ステラ院長に喜んでもらうには、もっと別のことをしないと駄目ですね」

「えぇ、そうね。大丈夫、慌てることはないわ……すぐに目指すべき先が見つからなくても、アナタにはアナタが見つけた、大切な居場所があるのだから……ゆっくりとやりたいことを見つけていけばいいのよ、クラウディア」

「はい、ありがとうございます……そうだ、折角だからティアともお話しますか?」

「えぇ、そうね……お願いするわ、クラウ」

 

 院長が呼び方を切り替えた瞬間、ようやっと彼女の真意も分かった気がする。彼女は、クラウとティアを同時に見ていたのだ。二人に同時に話しかけていたから――別れた魂の本来の名を呼んでいた、そんな気がする。

 

 ティアとステラは短く言葉を交わしただけだったが、それでも互いに信頼しているのはなんとなくだが伝わってきた。そして再びクラウが表に戻ってきたところで、可愛らしいあくびが聞こえてくる。

 

「ふぁ……昨日、故(ゆえ)あってちょっと夜更かししてしまったので、少々眠いですね……」

「ふふ、それではそろそろお開きにしましょうか」

「そうですね……」

 

 自分から眠いと言ったわりに、クラウは立ち上がる気配がない。おそらく、まだ何か言いたいことがあるのだと思われる。

 

「……あの、やっぱり出来れば、孤児院のために何かしたいです。何か私にできることは無いでしょうか?」

「うーん……それも自分で考えてみてほしいのだけれど……そうね、一つだけ甘えてもいいかしら?」

「はい! なんでしょう?」

「実は、教会本部には何度か手紙を送っているです……修繕費の申請を総本山の方へ出しているのだけれど、その返事が中々来なくて……アナタの伝手で、書簡がどうなっているか、確認を取ることはできないかしら?」

 

 もちろん、難しいのならいいのだけれど――そう続いた。院長という立場上、恐らく本来はステラも教会と繋がりがあるのだろうが、同時に立場上、長期間ここを離れることが出来ないということなのだろう。

 

 しかし、クラウはどう応えるのか。総本山から追放されているのだから、対応は難しそうではあるが――少し沈黙が続いてから、少女が息を大きく吸うのが聞こえる。

 

「……わかりました、任せてください!」

「本当に? 難しいのなら、無理にとは言わないけれど……」

「いいえ、ステラ院長はここから離れられませんから。ともかく、私の方で確認してみますね」

「えぇ、それじゃあお言葉に甘えるわね、クラウディア。一応、新しくしたためるから、一日待ってもらっていいですか?」

「了解です!」

 

 追放された立場では、クラウ自身が教会の中に入るのは難しいだろうが――対応策は一つだけなら自分でも思いつく。そして恐らく、クラウもそれを思いついての返事だったのだろう。その後、クラウが部屋に戻る音を聞いてから、ゆっくりと階下へと降りて水分を摂り、再び自分も眠りに落ちることにした。

 

 ◆

 

 次の日、朝一でクラウから自分たちに相談があった。もう一度寄り道して問題ないかということ――つまり、教会に書簡を出したいということ、同時に自分では出すのが難しいから、申し訳ないがソフィアに頼むと。こういう時のソフィア頼みなのがクラウも申し訳ないと思ったのだろう、神妙な面持ちで准将に頭を下げていたが、人が良い少女はそれを二つ返事で了承した。

 

「……でも、教会に対して学院も軍も強い権限はないから、もしかしたら門前払いされちゃうかも……ダメ元で試してみる形になるけど、それでもいいかな?」

「ソフィアちゃん……ありがとうございます!!」

 

 その後、もう一日ほど孤児院に滞在し、次の日に教会の総本山に向けて出発することになった。子供たちに囲まれているせいか疲れを癒すとはなかなかいかなかったのだが、同時に悪くない倦怠感が後に残ったのだった。

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