B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
今回の依頼は、廃墟に住み着いた魔獣の討伐。場所はレヴァルより東、片道徒歩で三時間といった距離にある、古く老朽化したために廃棄された軍の詰所らしい。街道も補修によりルートが少し変わっているために、放置しても直ちに問題はない場所。とはいえ、廃墟から街道がそこまで遠いわけでもないので、いざという時に魔獣に襲撃されたらひとたまりもない、ということでの討伐依頼だったようだ。
今日は昨日と比べると暖かい――とは言っても、昨日は目が覚めた瞬間は夕方だったのに対し、まだ今日は正午過ぎといった時間帯なのだから、気温が高いのも当たり前か。
しかし、空は青く澄み渡り、石畳がどこまでも続き、そして遠景には白化粧した山々が見える。のどかなな景色にたたずむ二人、単純にこの光景だけ見れば、兄妹のピクニックのように見えるかもしれない。もちろん、見た目からは兄妹どころか、幼女を誘拐しているところと見間違われてもおかしくないのだが。
「アランさん、どうして軍の馬車を使うの、断ったんですか?」
そう言いながら、先を歩いていたソフィアが振り向いた。とはいえ、別に歩くのを苦にしているという風ではなく、むしろ若干楽しそうにすら見える。長距離を歩くのには邪魔になるせいか、ソフィアの杖はベルトにかけて背負っている状態だ。
「いや、流石に准将殿にここまでサポートしてもらってるのを、あんまり他の連中に見られるとな。歩けない距離でもなさそうだし」
「ふふ、気にしなくてもいいのに……でも、確かに知られると、皆が止めてきそうなのは想像できます」
「とくに、あのレオ曹長な」
「そうですね、彼は特に過保護なので」
最初こそ笑っていたが、少女はそこで頷き、振り向いて再びこちらの前を歩き出した。
「うん、みんな優しいんです。それこそ、本当に、過保護すぎるくらい……」
少女と自分の間を、木枯らしが通り過ぎていく。ソフィアは幼いながらに准将などやっているのだから、きっとやんごとなき事情があるに違いない。そして、それを周りの大人たちも、彼女にどう接すれば良いのか分からないのかもしれない。皆、決して彼女を軽んじているわけでない。ただ、それを彼女が望んでいるわけでもない、そこまではなんとなしに読み取れた。
レムに言われた俺自身の持つ倫理観と照らし合わせてみれば、少女に無理をさせないという周りの大人の接し方は妥当に思える。それでも何故だろうか、俺自身がまだ大人になりきっていなかったせいなのか、周りの対応は大人なだけで、正しいとも思えなかった。
しかし、事情を聞くには込み入った話になるかもしれない。むしろ、きっとソフィアが不思議とこちらになついているのは、俺がなんの事情も知らないからだろう。だからある程度、自分は周りと違う感性で彼女と接してあげることが出来る。それを、少女は望んでいるのだろうから――それなら、今はそれでいい。無理に事情を聞くこともない。
さて、いささか沈黙が続き、少々気まずくなってきた。丁度、先ほどから気になっている物が再度目に入ってきたので、それについて質問してみることにした。
「なぁ、ソフィア。さっきから定間隔で立ってる、あの柱はなんだ?」
こちらの持っている知識と照らし合わせてみれば、街灯に近い。とはいえ、電気が通っているわけでもないだろうし、街灯が必要なほど人通りがあるとも思えない。その証拠に、すでにそれなりに歩いているものの、人とも、もっと言えば魔族ともすれ違っていない。この世界には自分とソフィアと、あとは空を行く鳥くらいしかいないと錯覚するほどだ。
ソフィアは振り返り、こちらが指さしているほうを見た。
「あれは、結界ですね」
「結界?」
「はい。魔獣から人の住む地域を守るためにあります」
「ふぅん……」
話していて、若干の違和感を覚える。ソフィアのことでなく、彼女の言葉選びについてだ。相槌を返してからその違和感の正体に気づいて、更に質問を投げかけることにした。
「もしかしてなんだが、魔族と魔獣って別物か?」
「あ、そのあたりの説明をしていませんでしたね。はい、アランさんの推察の通り、魔族と魔獣は別物になります。魔族は、人型であるか、高い知能を持つか……詰まるところ、魔王によって統べられ、人類と敵対しています。
対して魔獣は、基本的に知能は低いか、ほとんど本能にしたがって生きている生物です。大体巨大で、人や家畜を捕食することが多いので、今回のように人里や街道の近くに生息しているものは、冒険者に討伐を依頼しています」
ちなみに、魔獣は魔族も食べますけれどね、そう付け加えられた。つまり、この世界は三すくみ――いや、明確に敵対している人類と魔族と、見境なく襲ってくる魔獣だと三すくみが成立しているとは言えないか。ともかく、大雑把に三種が互いに対立しているというわけだ。
「知能の低い大型の化け物とか、それは恐ろしいな」
「はい。なので、それを防ぐための結界です。この結界の半径二百メートルほどは、魔獣は入ってくることは出来ません。なので、主要な街道や、人里には結界を設置し、魔獣の襲撃から守っています」
昨日、エルとの帰り道には結界は無かったと思うが。しかし、あちらは最低限舗装されているだけで、こちらのようにしっかりとした石畳などひいてなかった。つまり、あちらは主要な街道ではない、ということなのだろう。
「しかし、結界があるなら、わざわざ討伐しなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、それがそうもいきません。結界はずっと効力のあるものでないので、切れた瞬間に魔獣には襲い掛かられるリスクがあります。また、魔獣が近くにいる時間が長いほど、結界が切れるのも早いです」
「なるほど、それなら目についた奴は、しっかりと倒したほうが良いんだな……しかし、そんな大物、二人でどうにかなるのか?」
「それは、試してみないと分かりませんが……多分、大丈夫だと思いますよ。問題なくこなせそうなのを選びましたので。ただ、無理せず、で行きましょう。厳しそうと判断したら退却して、かなり強そうなら正規軍で対応します。それに……手前味噌ですが、こう見えて結構やりますよ」
ソフィアは胸元に手をおいて、にっこりと微笑んだ。実際、身体検査をした時にも上級な魔法を使っていそうだったし、その言葉に嘘はないだろう。
「あぁ、頼りにしてるよ」
「はい! 頼りにしてください!」
「逆に、俺のほうが足手まといにならないようにしないとなぁ」
一応、バーンズからの厚意で盾――鉄で補強してあるラウンドシールド――と、両刃の長剣を借りており、盾は左腕に持ち、剣は腰のベルトに刺してある。一応、ディフェンダーをメインに考えている、という上での練習用にという処置だ。
「えぇっと、その……アランさんのことも、頼りにしてます?」
「いや、いいんだぞソフィア、そんな疑問形になるくらいなら、正直に言ってくれても」
「えとえと……うーん、じゃあ無茶しないでくださいね!」
「あぁ、合点だ」
「頑張りましょう、おー!」
「おー」
小さな女子に頼りっぱなしというのは気も引けるせいか、こちらの掛け声は小さくなってしまった。
そして、しばらく街道を何事もなく進み、太陽が真南より少し西に進んだころ、ソフィアが地図を開いた。
「えぇっと、多分この辺り……あれ?」
辺りを見回しているところで違和感があったのだろうか、ソフィアは小走りに移動し始め、一つの結界の前に止まって上を見ているようだ。
「……この結界、切れかけてます。討伐に来て正解でしたね」
言われてみれば、先端の部分が、他の結界と比べて少し黒ずんでいるように見える。そして、その結界のすぐ隣に、すでに使わなくなって久しいのだろう、朽ちかけた石畳が側道として繋がっていた。その先はちょっとした丘になっており、またうっそうとした木々に囲まれている。
「さて、アランさん。準備はいいですか?」
そう言いながら、ソフィアは背中の杖を手に取って丘を見つめる。
「あぁ、無茶しないよう頑張るぜ」
「はい、それでは行きましょう」
こちらも盾を持つ腕に力を入れながら、ソフィアの前に立って獣道を進みだした。
獣道を抜けるまで、何かに襲われることもなかった。丘を登り切り、陽光とともに視界が一気に開ける。その場所には、崩れ落ちた煉瓦と枯れ葉とが散乱する廃墟があった。生命力というやつは凄いのだろう、長い時間をかけたのか、すでに古の遺跡と言ってよい趣の建物は草や木々に浸食されている。本来は人工物の天井であったであろう建物は、代わりに木の枝という生命の屋根が覆っているのが見えた。
「さて、ここからは特に注意が必要……アランさん?」
「……正面右の柱の後ろ」
そう言いながら、俺はソフィアの前に立った。ソフィアはまだ勘づていなかったらしい。対して、意外と自分は気配を読んだり、消したりするのが得意なのかもしれない――そう思いながら剣に手をかけると同時に、後ろで少女が杖を構える気配が聞こえた。
「……アランさん、稲妻の槍【ライトニングスピア】を使います。魔術名を私が言ったら、敵をおびき出して、発射【ファイア】、と聞こえたら横に跳んでください。できますか?」
「あぁ、やってみる」
緊張に固唾を飲みながら、一歩、もう一歩と進む。敵はこちらの気配に気づいている――恐らく、もう一歩進めば、襲い掛かってくるであろう間合い、そこで止まると、背後で少女が今朝と同様にレバーをいじる音がした。
「第四階層魔術弾装填、構成――帯電、放電、磁力、加速――駆けよ稲妻、稲妻の槍【ライトニングスピア】!」
その声と同時にこちらは左足を踏み込み、次いで右足で大きめの石を柱のほうに蹴り飛ばす。相手も気配に気づいたのだろう、柱の陰から猛スピードで、人間サイズの大きな蠢くものが這い出した。ただ、それをまじまじと見ている時間はない。
「発射【ファイア】ッ!」
すぐさま横に跳ぶと、自分がさっき立って居場所に轟音とともに稲妻の一線が走る。すぐに跳んでいなければ、即死していたであろう一撃、それが飛び出した生物に直撃し――後には黒こげた煤(すす)が残り、着弾した廃墟の壁が真っ黒に焦げていた。
「ふぅ……アランさん、お疲れ様です……えと、大丈夫ですか?」
勢いよく飛んだ挙句、着地に失敗して変な姿勢になってしまっているため心配されてしまった。ソフィアの方を見ると、相変わらず金属板から煙が噴き出している。しかし、戦闘においては魔術師が殲滅、その意味もよく分かった。
「あぁ、大丈夫だ……でも、まだお疲れって言うには早いと思うぜ」
言いながら、建物の奥のほうへ意識を向ける。ソフィアのほうもすぐに察してくれたのか、横に並んで屋内を睨め付けている。
「アランさん、索敵ができるんですね……あと、何体いますか?」
「正確には分からんが、恐らく最低でも三体……そのうち一体はバカに大きい」
「そうですか……アランさん、ちょっと待ってください」
「……うん?」
「正直に言います。私の目測が誤っていました。規格的に人間サイズなら、巨大魔獣認定されるので……今の一体程度の魔獣だと思っていました。でも、今のより大きいのが居るのなら、それは結構危険な相手です。本来なら、小隊を編成して対処すべき敵かと」
「うん、それなら戻るか?」
「いいえ、私は戻れません。ですから、アランさんは結界のある所まで戻って待っていてください」
「……はぁ?」
先ほどの一撃で、ソフィアが強いのはよく分かった。だがそれにしても限度がある。本来、魔術師は詠唱の隙があるから、前衛と組むのが基本なのではないか。しかも、この子は立場のある人間でもある。ここまで甘えた自分が言う権利もないのかもしれないが、死地に赴くこの子を止めないわけにはいかない。
そもそも、最初は無理せず、と言ったのはソフィア本人だ。そのため、どうしても戻れない理由を考えてみる。
「……入口付近の結界が切れかけていたから?」
「はい。街道の先には前線基地があり、定期的に食料の補給であの道は使われるんです。勿論、魔族の襲撃に備えて補給隊には護衛はつけますが、それでも先ほどのよりも大きな魔獣は下手な魔族より危険です。この場で対処しておかないと……」
そこまで言って、少女はぎゅ、と杖を強く握る。
「私は、人々の生活を、平和を守るために、魔術を学び、研鑽を積んできました……ですから私は、ここで退くわけにはいきません」
「ソフィア、君は……」
立場があるんだから、そう言いかけたが、彼女の瞳の奥に見える決意は固い。生半可な言葉では、テコでも動かないだろう。それなら仕方がない、俺は盾を持ち直し、少女よりも先に一歩進んだ。
「……とりあえず即席だけど、今は俺もソフィアの盾だからな。退くわけにはいかないな」
「あ、アランさんはダメです!」
「それならソフィアもダメだ。どっちかだぞ、俺と一緒に化け物退治するか、一緒に戻るかだ」
「でも、でも……うぅ……」
こちらはめちゃくちゃな理論を展開しているだけなのだが、少女には効いているらしい。もう一押しか、いや逆に引いてみるか。
「……どう足掻いても足手まといっていうなら、少し考える」
「いいえ、詠唱に専念できるのはありがたいですし、何よりアランさんの索敵は、入り組んだ遺跡の中だとありがたいです。ですから、足手まといだなんてことはありません」
「じゃあ決まりだな。俺はもう腹を決めたぞ、大将」
「ですから、准将です! むー……アランさんまで……分かりました。でも、さっき以上に無茶しないって約束してください」
「あぁ、分かった。ついでに、同じ言葉をそっくり返すぜ」
もう! と可愛らしい抗議の声を背中に受けながら、遺跡の内部に足を進める。恐らく、頬を膨らませながらソフィアも着いてきているに違いなかった。
遺跡に一歩足を踏み入れても、中はなかなかに明るい。木漏れ日が枝葉の間から射しているからなのだが、なかなかに幻想的な雰囲気になっている。これで中に魔獣なんぞいなけれな最高なのだが。
壁も崩れており、所々にイヤに大きい蜘蛛の巣が見える。元々の間取りはよく分からないが、入口からして狭いということもあるまい、おそらくここは大講堂のような場所なのだったと推察される。
意識を集中し、敵の気配を探る。呼吸、心音、匂い、視線、そして空気の動き――そういったもの全て――微細なものも逃さぬように、神経を尖らす。
「……右手の通路に二体、さっきの奴くらいの大きさのやつ。あと、この広間の奥に一体、これが多分ボスだ」
「他に気配は感じますか?」
「恐らく無い……とはいえ、デカいやつの後ろに潜んでいたら、分からんな」
「それなら、まず右手を当たりましょう。挟撃されたら厳しいですし、逆に挟まれさえしなければ、何とかなると思います」
「あぁ、分かった」
少女のほうを振り向いてから頷き、通路のほうへと進む。元々は兵舎か何かだったのか、両面には腐り穴の開いた木製のドアが定間隔で並んでいる。もっとも、大半のドアはすでに無く、部屋と通路を隔てるものも無くなっているのだが。
「ここから数えて、右手三番目の部屋の中に一体、左手五番目の部屋の中に一体だ」
「同時に来るでしょうか?」
「多分な」
「それでは、手前側の足止めをお願いします。危ないと判断したら、全力で逃げてください」
「いや、そういうわけにも……」
「大丈夫です。近接戦闘にも、切り札がありますから」
ソフィアの切り札は、ハッタリではないだろう。最初、一人でも超巨大な魔獣を相手にする気だったのだから。
「ちなみに、その札は何回切れる?」
「……一回です」
「それなら、俺も気合入れないとな。ボスに取っておきたい」
切り札も出し渋ると結局使わないのかもしれないが、今回は小隊を組むレベルが相手、それなら、ここぞという所にまで温存しておくべきだろう。
「それじゃあ、いくぞ」
ソフィアが頷き、こちらは盾を構えて剣を抜き、前へと進む。先ほどはソフィアの攻撃で瞬殺されていたので、魔獣とやらの外見はほとんど視認できなかったが――しかも、さっきは屋外だから飛び道具でけん制できたが、今度は壁のせいもあってそうもいかない。
あと一歩、その間合いまで進み、一度振り返る。ソフィアは杖を構えて、左手の壁際のほうへその先端を向けた。それを見て、こちらも一歩、敢えて足音を立てて進めた。
その瞬間、通路に二体の魔獣が姿を表す。それは、なんとも形容しがたい見た目をしていた。依頼にあったように、強いてを言えば蜘蛛型、というのが近い。その理由は、足が八本だから、それだけである。
魔獣は高さだけで一メートルは超えており、足の幅で考えれば全長は三メートルは超えているだろう、これだけでかなり巨大と言える。そして、本来生物というものは――とくに、ある程度の大きさを持ち、大気の元にいる生物ならば――甲殻か、体毛か、皮膚か、いずれかに覆われているのが一般的と思う。しかし、目の前の敵は、筋肉がむき出しになっているようで、体中が気味悪く赤く蠢いている。それは、蜘蛛というより宇宙生物という方が正しい気もする。そしてその魔獣が高速でこちらへ突進してきた。
「う、おぉおおおおおお!?」
正直、見た目のインパクトだけでも腰が抜けそうになるが、それ以上にその速度が驚異的で思わず叫んでしまった。しかし、叫んだことで少し気分も鼓舞されたのか、それともひとまず自身の防衛本能が働いたのか、左手が勝手に動く。そのまま突進されていたら、質量で負けて無様に吹き飛んでいたであろうが、敵は止まって前足での突きに切り替えてくれて助かった、左手の円盾でその一撃をなんとか防ぐことはできた。
「こ……のぉ!」
相手の重い一撃にふら付きながらも、右手の長剣で反撃しようとする――轟音が鳴り響く――魔獣の動く音、稲妻が放たれる音、うるさくて頭がゴチャゴチャだ――盾を持つ左腕を引き、上半身を捻って斬撃を放つ。しかし、刃は化け物の脚の表面に弾かれてしまった。
「……ライトニングスピア、アランさん!」
その声だけは妙にハッキリ聞き取れ、そして声の主の真意を悟り、剣を離してそのまま左に飛ぶ。発射の声、そして再び稲妻の槍が化け物にあたり、直後、稲妻が化け物の体を貫いた。後に残ったのは通路に充満する肉の焼ける嫌な臭いだった。
「はぁ……はぁ……助かったよ、ソフィア」
正直、二重の意味でかなりきつい。魔獣とやらは昨日のワーウルフと比べても生理的な嫌悪感があるし、それを相手に前面に立つ緊張感もかなりのものだ。とはいえ、一応格好つけた手前、なんとかもう少し頑張ろう、そう思いながら落とした剣を拾って振り向いた。
「アランさんも、ナイスな盾役でした!」
少女の笑顔に緊張感も和らぎ、やはりもう少し格好つけてもいいか、そう決断しながら親指を立てることで労いに応じた。
「さて、アランさん。残り、どうですか?」
二体の雑念が消えたところで、もう一度気配を手繰る――と、その瞬間、建物全体を震わせるほどの咆哮が響き渡った。もしかすると同胞が、はたまた自らの肉親をやられたこの廃墟の主が、怒りのままに叫んだのかもしれない。
「……多分、今の声の主で最後だと思う。そうじゃなくても、これだけ気配のデカいやつがいれば、やっぱり他には気づけないかな」
「分かりました。背後を取られない確率が高いと分かれば十分です……さぁ、行きましょうか」
ソフィアは近くの左手の部屋に進み、こちらもその後を追う。部屋の奥の壁はすでに崩れており、また広い空間があるのが見て取れた。
最初、その空間が何のための場所か分からなかった。暗闇に目を凝らせば、そこは詰所の兵たちが、集会を開いたり訓練をしたりするための中庭だったのだろうと推察された。本来なら今の時間なら太陽が|燦然(さんぜん)と照りつけているはず――しかし、今は日の明かりはほとんど中庭を照らしていなかった。
中庭に一歩踏み出した瞬間、そのほの暗さの理由を知った。他の場所と同様に、木の枝が伸びているのもそうなのだが――。
「……なんじゃ、こりゃ」
前世のものとだいぶ違うが、アレはやはり蜘蛛だったのかもしれない。中庭は吹き抜けも、周囲の壁も、蜘蛛の巣のようなもので覆われていた。これのせいで、日の光が入らなかったのだ――いや、それよりももっと悪いことに気が付いた。
天井が動いている。いや、正確には、天井にその主がいたのだ。
そして、巨大な蜘蛛型の魔獣が、天井から中庭に落ちてきた。巨大質量が落ちてきた影響で、土煙が舞う――そして煙が消えると、その先には先ほど倒したものの三倍程度の超巨大な魔獣が姿を表した。しかも、やはり外角や体毛もなく、筋肉がむき出しなせいで、自分の知識にあるそれよりもかなりグロテスクだった。
「おい、ソフィア、下がって……」
自分よりも前に陣取っているソフィアを下げるべく声をかけるが、彼女は微動だにしない。
「……いいえ、大丈夫です。アランさんが、ここまで繋いでくれましたから」
「し、しかしアレ相手じゃ、お得意の電撃でも一撃とは……」
こちらの忠告に、ソフィアは悪戯っぽく微笑んだ横顔を見せる。
「ふふ……本当の得意、お見せしますよ」
少女は杖を正面で回し、一歩、軸足で大地を踏み、巨大な化け物と対峙した。
「さぁ、掛かってきなさい巨大蜘蛛。ソフィア・オーウェルの魔術がアナタを討ちます」
少女の挑発を本能で察したのか、巨大蜘蛛は巨大な咆哮でこちらを威圧してきた。嫌な汗が出てくる――あまりに生き物としての格が違うせいか、情けないことに自分は立ちすくんでしまう。
対して、少女は毅然と立っている。咆哮が終わると、まずはけん制なのか、相手は口から糸の塊のようなものを吐き出す。対して、少女は杖の切っ先を、寸分の狂いもなくその射線に合わせた。
「光の矢【レイ】!」
簡単な魔法なのか、詠唱なしで、文字通り光弾が敵の攻撃を弾き飛ばす。そのやり取りを三度繰り返し、すぐに相手のほうがしびれを切らしたのか、再度咆哮をあげてこちらへ接近してきた。
「それを待っていた……いくよ、グロリアスケイン!!」
少女は杖を両手に持ち、今度は頭上でクルクルと回しだした。そして十分に相手をひきつけた瞬間に、杖の石突を地面に叩きつける。
「蒼の衝撃【ショックウェイブ】!」
蜘蛛の咆哮の中でも響く、少女の凛とした叫び。それが聞こえた直後、蜘蛛のいるほうに、地面から半円状の青いエネルギー波のようなものが一気に広がっていく。その威力は凄まじいのか、恐らく何トンもある蜘蛛の巨体が吹き飛び、建物背後の壁に打ち付けられ、そのまま崩れ行く煉瓦にその身を沈ませていく。とはいえ、流石の生命力と言うべきか、巨大な脚がまだ崩落の下で蠢いているのが見える。
しかし、少女はその隙を見逃さない。また杖の先端を敵に向け、レバーを捻って押し込んでいる。
「第六階層魔術弾装填……構成、冷気、凍結、強風、全て強化! 我、編みなすは氷結の棺! 汝、奈落の果てにて永久に眠れ!!」
杖の前に、六個の方陣が現れる。六個のうち、三つは同色で同じ文様をしているように見える――恐らく、強化、という構成があの方陣なのだろう。
そして、ソフィアは一番手間にある方陣を、杖の先端で押し抜いた。
「氷獄の墓標【コキュートスエンド】ッ!!」
方陣が弾けて飛び、そこから氷の塊が射出される。その冷気は凄まじく、少女の後ろにいても、一気にこの場が氷点下の世界になったと分かるほど――氷の先端が魔獣を捕らえると、そのまま一気に魔獣の躰の全体が氷漬けになり、辺りの残骸を巻き込みながら巨大な氷の柱を成した。
恐らく、あの氷の中に居ては魔獣も生きてはいまい。それどころか、冷気が伝播し、天井を覆っていた蜘蛛の巣まで凍っているほど――生の途絶えた死と静寂、氷獄の棺にふさわしい威力だった。
「す、凄いなソフィア……ソフィア?」
流石にもう終わりだろう、そう思って賛辞を送ろうとしたが、彼女の背中から見える闘志はまだおさまっていない。少女は蒸気の噴出する杖をちょうどバットのように構え始めた。
「仕上げ……第三階層魔術弾装填、構成、加速衝撃強化、破壊の戦槌【アクセルハンマー】!」
今度の魔法陣は、杖の後ろ側、少女の背中側に現れる。コートが陣に隠れると、ソフィアの背中付近で一気に弾ける。そしてその反動を利用し、少女は高速で氷の柱に接近した。
「はぁぁああああっ!! トドメッ!!」
杖の一閃、それは普通の女の子が決して出せない威力で横一文字に振り抜かれる。そして、氷の柱に亀裂が入り――直後、魔獣を封じ込めた柱とともに、天井を覆っていた蜘蛛の巣までが粉砕された。
氷の天井が割れ、空から日の光が差し込む。砕け散って中を舞う氷の粒子が光を反射し、ダイアモンドダストとして輝いていた。
「……ふぅ、お疲れ様でした、アランさん」
青く閃く細氷の中で杖を一振り、微笑む金髪の少女、その景色はどこか幻想的で美しかった。
「あ、あぁ……お疲れ様、ソフィア」
最後のあれはやりすぎなのでは、と言おうかと思ったが止めておいた。もしかすると、あっちの世界のやりすぎくらいが、こっちの世界では丁度良いのかもしれないからだ。