B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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海都ジーノ

 教会の総本山のある海都ジーノへは、聖レオーネ修道院より南西に徒歩五日という距離。王都の方角と少しズレるものの、これも数真っすぐ向かうのと比較して数日の寄り道で清む程度らしい。

 

 海都に近づいていくと、次第に遠方からも視認できるほどの巨大な人工物が見え――海岸沿いを進んで街が見える距離になってくると、その人工物の正体が明らかになった。

 

「……天を衝く塔……」

 

 遠くからは目の錯覚かと思っていた長い棒が、実際には天上の果てまで見えないほどの高さを誇る塔だったとは。しかもアレ、基盤はどうやら地面でなく、海上にあるように見える。

 

 塔を眺めてぼうっと歩いていると、後ろにいたはずのソフィアとクラウがそれぞれ自分の左右に並んだ。

 

「……海都ジーノは、教会の尊本山である海と月の塔に隣接する形で栄えた街なんだよ。同時に、南の大陸との交易も盛んで、商売の街でもあるんだ」

「海と月の塔は、人々の信仰のために女神ルーナによって作られた塔です。そしてその名の通り、海と月とを結ぶ……なので、女神ルーナと女神レムが同時に奉られている場所なんです。あの塔の麓、地上百階くらいまでが主に教会の本部として使われています。天を衝く塔からは、月の巫女や異世界の勇者が降り立つのです」

「ふぅん……」

 

 この世界が仮に自分が住んでいた時代よりも未来だというのなら――本来なら全てが発達しているべき中で、惑星を丸ごとテラフォーミングするほどの技術を七柱が本当に持っているというのなら――アレはさしずめ、自分の生きた時代にすら存在しなかった軌道エレベーターとでも言うべき存在なのだろう。

 

 とはいえ、外観は露骨に機械感がある訳でもなく、青い神秘的な外壁に包まれている。アレならば神が建てた塔と言われれば、この世界に来たばかりの自分でも信じたかもしれない。

 

「逆に、地下の方はどうなってるんだ?」

「えぇっと、言い伝えによれば、海底まで塔は伸びているらしいのですが……実際、地下への道は無かったので、本当にあるかは不明ですね。でも、天上からはルーナ神の、海底からレム神の詔がそれぞれ出されているらしいです」

「なるほどな」

 

 上が軌道エレベーターなら、下に海底エレベーターがあってもおかしくはない。しかし、クラウは一時でも教会内でそれなりの立場があったはずだから、それでも知らないなら恐らくほとんどの人間に聞いても分からないだろう。もちろん、肝心のレム本人に聞けばすぐわかるのかもしれないが、未だに連絡は途絶えたままだ。

 

 海都に入ってからは、ここは今まで見た中で一番活気のある街だという印象を受けた。もちろん、魔王を倒して平和が訪れたというのもあるだろうが、それにも増して人々の顔に活力があり、同時に多くの人々が入り混じっている。

 

 ぱっと見で、人種も多い。中には、今までほとんど見なかったエルフや、ドワーフ――背が低く、恰幅の良い外見から恐らくそうだと認識しているだけだが――なども見られる。

 

「賑やかな所なんだな」

「そうね。ソフィアも言っていたけれど、ここは交易の要でもあるから、南大陸に住むエルフやドワーフも自然とここに来るのよ」

 

 今度は、隣を歩いていたエルからガイドが入った。

 

「へぇ、話はズレるが、エルフやドワーフなんかは南大陸とやらに住んでいるんだな」

 

 なんとなくだが、エルフやドワーフというとむしろ北の僻地とかに住んでいそうなイメージがあるが――そう思っていると、エルが頷いた。

 

「えぇ。エルフの住む世界樹とドワーフの住む山地がそっちにあるのよ。とは言っても、レムリアから見たら奥地だから、そんなに積極的な交易はないけれどね」

「なるほどな」

 

 返事を返し、改めて辺りを見やる。白煉瓦を基調とした街並みは美しく、人々の活気と合わせてなんだかワクワクするような情景だった。これは海側に出れば、もっと綺麗に違いない――そんなことをボンヤリと思っていると、喧騒の中からクラウがうろたえる声が僅かに聞こえてくる。

 

「そ、ソフィアちゃん、あんまり離れないでください……迷子になるぅ……!」

 

 振り向くと、ソフィアのケープの裾を掴んでいるのが見える。

 

「それは、構わないけれど……クラウさん、海都は流石に私より詳しいんじゃ?」

「ほとんど教会に缶詰めで、あんまり外は出歩いていませんでしたから……たまに出歩く時には、アガタさんと一緒だったので……」

 

 得てして、道案内を他人に任せている時は道を覚えないものだ。というか、方向音痴でなくとも、この人ごみの中ではぐれたら厄介だろう。そう思ってエルを呼び寄せ、後ろの二人に歩調を合わせながら進むことにする。

 

「というか、冷静に考えれば、クラウはこの辺りをほっつき歩いていても大丈夫なのか?」

「えぇっと、それは大丈夫だと思います。私は、ルーナ神から破門宣告を受けただけで、レム神からは認められてますし……まぁ、ルーナ派の偉い人に出くわしたり、塔内に行かなければ問題ないかと」

 

 それに、教会の人はほとんど塔から出ない、と付け足された。それなら、確かに大手を振って歩いていても問題なさそうだ――当の本人は自分より小さな女の子におっかなびっくり着いて行っている形ではあるが。

 

 ジーノの駐屯地は、大通りから海沿いに出た場所、海と月の塔へと続く橋の近くにあった。しかし、街の規模と比較して、大分建物の大きさが小さい。中へ入ってソフィアが受付と話をしている間に、クラウに質問してみることにする。

 

「なぁ、ここの駐屯地って結構小さいよな?」

「えぇ、そうですね。ジーノに関しては、やはり教会の影響が強いですから……教会が僧兵を持っていますし、結界を作成することも可能です。

 そのため、学院との最低限の連絡をするための支部としてあるだけで、他の街のように治安維持に軍が影響力を持っていないので、小さいのではないかと」

 

 雑談しているうちに、受付の方からソフィアが「ダメだったよー」と眉をひそませながら戻ってきた。

 

「やっぱり、世俗のことでこちらから教会にコンタクトを取るのは難しいみたい」

「とは言っても、修道院は教会と繋がりはあるんだろ?」

「うん、でもそれを学院が仲介するのは難しいかなぁ……」

「そうなれば、教会内の当てになりそうな人に頼るしかなさそうだが……」

 

 クラウの方を見ると、明らかに沈んだ表情をしている。そもそも何か伝手があったら、ソフィアに頼んでいないだろう。それに、元々クラウはルーナ派であり、そちらの知り合いは多少いるかもしれないものの、その者たちがこぞって破門してきたのだから頼れそうもない。

 

「うーん……何か学院側から要件があれば、それに合わせて中に入るくらいは出来ると思う。ステラ院長がお手紙出していたことの確認や、新しいお手紙を出すのは難しいかもしれないけれど……」

「……それに、少し考えれば良い案も出るかもしれないわ」

 

 ソフィアとエルが沈むクラウに声を掛けている横で、自分の方は一つ気配を察知する――殺気ではないものの、明らかにこちらを見ている気配。その気配の正体をたぐるべく、窓へ近づくと、ガラスの向こうに薄紫髪の少女が一人、巨大な塔の基幹部分を背後に立っているのが見えた。

 

 どうして自分たちがここにいるのかを彼女は知っているのか。そういえば、レムは自分のことを見ていると言っていたし、同時に彼女にはレムの声が聞こえる。それならば、わざわざ声を掛けに来たということになり、恐らく今回の件に協力してくれるつもりなのだろうと思われた。

 

「……クラウ、当てが出来たぞ」

「はい……?」

 

 クラウからの返事を待たずに外に出て、アガタ・ペトラルカが立つ方へと向かう。背後から少女たちが来る前に、一言二言くらいなら言えるだろう。

 

「……偶然かい?」

「えぇ、そういうことにしてくれると助かりますわ」

 

 こちらの言葉に、アガタは後ろ髪をかき上げて不敵に笑った。背後から小走りでこちらに近づいてきたのは、足音的にソフィアだ。

 

「アガタさん! お久しぶりです!!」

「えぇ、ソフィアさん、お久しぶりね……そして、エルさんと……クラウも」

 

 アガタの視線の先を見るべく振り向くと、クラウはまた神妙な表情でアガタを見つめている。

 

「……アガタさん、お願いがあります!!」

「ちょっ……何があったんですの?」

 

 すでに事情も知っていると思われるが――いや、もしかするとレムに差し向けられただけで、要件までは知らないのかもしれないが――アガタは驚いた表情で深々と下がった緑の後頭部を見つめている。

 

「……あの、私が育った修道院、覚えていますか?」

「えぇ、何度も何度も、お話をうかがいましたね……それが?」

「その、レオーネ修道院の老朽化が進んでて、孤児もたくさん増えていて、私の方で喜捨しようと思ったんですけど断られてしまって、それで本部の方にお願いしていたんですけど、あ、ステラ院長が……」

「落ち着きなさい、クラウ……何を言っているのか分かりませんわ」

 

 矢継ぎ早に紡がれるクラウの話をアガタが切り、クラウも一息ついてからゆっくりと事情を伝えた。

 

「ふぅ……なるほど、そういうことね」

「はい……それで、アガタさんなら、どうにかできると思いまして……あの、あんなに怒って、恨んでますって言って、それでこんな風にお願い事するのも違うって分かってます……それでも、頼れる人が他に居なくて……」

 

 言葉を切り、クラウは再び深々と頭を下げた。

 

「だから、今までごめんなさい! そして、お願いします! この手紙を、どうか……」

 

 そして、ステラ院長のしたためた手紙をアガタに向かって差し出した。アガタの方は――瞳を閉じていて、何を考えているのか読み取りにくい。少し間があって、アガタは眼を開き、一歩二歩とクラウの方へと歩みを進める。

 

「……顔をお上げなさい、クラウ」

「アガタさん……」

「私からしたら、手紙をルーナ派の財務に渡せばよいだけだから、たいした労力ではありませんわ……」

「それじゃあ!」

 

 クラウの上がった顔が、パッと明るくなる。アガタも口元をほころばせながら、クラウが両手で差し出している手紙を大切なものを扱うかのようにそっと受け取った。

 

「えぇ、いいでしょう……ただ、一応、私がきちんと手続きをしたのか見届けるのに、証人が居たほうがいいでしょうね……アランさん、お付き合いしていただいてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わないぞ」

 

 本来なら、立場のあるソフィアやエルを誘う方が自然なのに名指しをしてきたということは、自分に話したいことがあるに違いない。そのため、二つ返事で了承することにした。

 

 そして、海と月の塔へと続く橋の方へと向かう。前世にも、こんな観光名所があったはず――干潮の時だけ行ける海の教会、これはその大規模バージョンと言ったところか。橋の長さだけで恐らく一キロメートルほどあり、そしてそれだけ離れているのにも関わらず、なお存在感を放つ巨大な塔。基幹部分だけで数百メートルほどある円形の建物で、それが階層上に重なっていき、最後には細い一本の線になっている――そんな建物だった。

 

「……こりゃ、行って帰ってくるだけで滅茶苦茶時間かかりそうだな」

「えぇ、そうですわね……書類出すだけでも、最低でも一時間くらいはみていただきたいかと」

「なるほど、それじゃあ皆は宿でも探しておいてくれないか?」

 

 振り向くと、ソフィアが元気に「了解だよ!」と手を上げてくれた。

 

「あの、アガタさん……ありがとうございます」

 

 アガタはそれに対して、振り向くこともしないで右手を上げて応えていた。

 

 ◆

 

「それじゃあ、宿を探しに行こうか……一人はここで待っていたほうが、アランさんが戻ってきたときに混乱しなくていいよね?」

 

 アランとアガタの背が見えなくなってから少しして、ソフィアがそう切り出した。

 

「それなら、私が残りますよ。下手に移動してお二人とはぐれたら、迷子になるのは私でしょうし」

「でも、アナタは大丈夫なの? その、場所的に……」

 

 自分の提案に対して、エルが心配げにこちらを見つめている。とはいえ、はぐれたら最も危険なのは自分で間違いないし、移動しないのが最も安全ともいえる。同時に、二人のことを――アランとアガタが出てくるのを、一番に出迎えたい、そんな気分でもある。

 

「大丈夫ですよ、エルさん。さっきも言いましたけど、別に疑惑で追放されただけで、悪いことした訳じゃありませんし」

「そう? それじゃあソフィア、行きましょうか」

 

 そう言って、エルとソフィアも人ごみの中に消えていった。自分も少し橋から離れて、彼らが戻ってきたらすぐ戻れる場所に腰をかける。大丈夫と言っても、やはりルーナ派の顔見知りに見つかったら気まずそうではあるから、ちょうど塔が作る大きな日陰の場所に陣取ることにした。この距離でも、ひっそりと目立たなくても、彼ならきっと自分を見つけてくれる――そんな確信がある。

 

 しばらく、ぼぅっと塔を見上げていた。あそこが、私が七年間過ごした場所。祈りを捧げ、友人と共に切磋琢磨した場所――辛いこともたくさんあったけど、同時に楽しいことも確かにあった場所。

 

 今日のことで、彼女とも少し距離を縮められた気もする。もしかしたら、そのうちなんであんなことをしたのか事情を聞いて、以前のような関係に戻ることも可能かもしれない。

 

 そう思えば、今日は良い日だ――ふと、上がっていた視線が下に戻る。この辺りは市街地と比べれば静かな方だが、それでも人は多く、喧騒は絶え間ない。そんな中で、耳に残る小さな声、その音がする方を見てみる。

 

「うぁぁあ……ママぁ……」

「あー……」

 

 自分でも無意識に、不思議と声が出ていた。一瞬だけ迷う、ここから離れたら、果たしてここに戻ってこれるのか――とはいえ、気付いてしまった以上には無視をしたくないし、何より困っている小さな女の子を放っておきたくもない。

 

 そこまで考えたら、あとは体が勝手に、迷子の女の子の方へと吸い込まれていっていた。

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