B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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二人部屋

 逃げるように乗ったエレベーターの中で、荒くなった呼吸を整える。すでにべスターの声は聞こえなくなっており、落ち着いたタイミングでアガタに声を掛けることにした。

 

「……なぁ、さっきのはなんだったんだ?」

「それは……アランさん、もう少しお時間ありますか?」

「あぁ、問題ない」

 

 返事を返すと、アガタは壁をタッチする。すると、下がっていたエレベーターが再び上がり始め、少しして新たな階層への扉が開いた。そこは居住区といった趣で、円形のロビーの四方にそれぞれ四つの扉があるようだった。

 

 アガタが一つの扉を開き、自分もその中へと入る。扇状に広がる部屋の奥は薄青い窓ガラスになっており、ちょうど大陸側を見渡せる。絶景をなるべく近くで見たいと窓の方へと行くと、眼下にはジーノの街が広がっており――ここも相当高い場所なのだろう、遠景の山々まで見渡せるほどだった。

 

「……ここが、教会での私の部屋です。ここなら、ルーナ神の介入なく、少しのんびり話せますよ」

 

 そう言いながら、アガタは部屋の隅にあるカーテンを手で引き始める。自分もそれに合わせてもう片側のカーテンを引くことにする。絶景は名残惜しかったが、恐らくは部屋を見られないようにするための処置だろうから、協力することにしたのだ。

 

 カーテンが引き終わり、一つの椅子を壁の方からアガタが持ってきて机の前に置いた。そこに座る様に促されてたので腰かけて、改めて部屋の中を見渡す。ベッドに机が一つずつ、備え付けの水回りもあるような、この世界の基準で言えば恐らく豪華な部屋だ。しかし、一人で使うには少々広過ぎるような気もする。

 

 視界を一周させると、ちょうどアガタもカーテンを背に腰かけているところだった。

 

「さて、さきほどのことですが……アランさんの精神に対して、セレナは魅了の干渉を行っていたようですね。もちろん、私の方で解呪しようとしていましたが、アランさんが事前に勝手に解いてしまうものですから、少々緊張した場面になってしまいました」

「あぁ、それは……悪かった?」

「いえいえ、むしろよくご自分で解除なされました……感心しましたよ」

 

 アガタは話しながら、ペンと紙を机から取り出して筆を走らせ始める。

 

「何を書いているんだ?」

「請願の受理証明です……レムに確認してみたところ、あの書類は偽装です。ですから、私の方で……レム派の方で聖レオーネ修道院の保守費に関しては手続きを進めておきます」

「なんだ、それじゃとんだ茶番に付き合わされたわけだな……」

「いいえ、茶番ではありません。セレナは貴方のことを原初の虎と呼んでいました。恐らく、レム神が貴方を転生させたことにルーナ神は気付いており、それの邪魔をしようとしてきたのか……はたまた、貴方を懐柔しようとしていたのでしょうから」

 

 幸い向こうの準備が甘かったため、その場を凌ぐことは出来ましたが――そう続けているうちに、アガタの筆が止まった。

 

「……それじゃあ、まさかの虎穴に入っちまったわけだな」

「虎が虎穴に入るとは、草ですわね」

 

 アガタはそう言って口元を抑えて笑う。笑っていること自体は隠している訳ではない、単純に上品さから口を隠しているだけ――つまり、旧世界のスラングを知っていることを、もはや隠していない訳だ。

 

「……その言葉遣いは、レム譲りか?」

「えぇ、そういうことです……幼いころからレム神の声を聴いていたせいで、下品な表現も少々身についてしまって、これがなかなか癖が抜けず……」

 

 幼子になんてことをしてくれたんだあの女神、そう心の中で突っ込みつつも、レムが自分に対する態度とアガタに向ける態度では、また異なるのだろうと思った。自分に対してもレムは割と砕けた対応はしていたものの、まだ丁寧な感じは崩していなかったように思う――そう思えば、本当はもっとユニークな女神なのかもしれないし、レムは自分以上にアガタに対して心を許しているということなのだろう。

 

 同時に、先ほどの件で一つ確信したこともある。自分が元々、レムによって生み出された存在だからレムに親近感があると言えばそれまでかもしれないが、ルーナ派はやはりどことなく胡散臭く感じられたということだ。

 

「……なぁアガタ、もしかしたらなんだが……ルーナ神からクラウを引き離すために告発したのか?」

「なぜそのようにお考えになったのです?」

「ルーナ神は、流石に信用できないからな……その実態を知っているアガタが、なんとか友達を悪い宗教から脱却させよう、みたいな感じなのかと思ったが……また黙秘権を使うか?」

 

 こういう込み入った話、とくにクラウに関係することは答えてくれない可能性もあるかと思ったが、アガタは珍しく首を横に振ってくれた。

 

「いいえ、今回ばかりは明確に否定いたします……ルーナ神が信用できないのは私も同感ですが、だからと言って信教は人の自由ですし……実際、私はルーナ神自身が良い神だとは思いませんが、ルーナ信仰自体は問題ないと思っています」

「はぁ……? なんだか難しいな?」

「ルーナ神を信じている皆さんは、実態のルーナ神ではなく、虚像を信仰しているのですよ。神話に語られる慈愛の神、教会に佇む優しい表情をした女神像、それらを信仰するのは、人の心が博愛を希求しているからに他なりません。その博愛を慈しむ心を、私は否定する気はない、そう言いたいのです。

 それに、流石に友人の目を覚まさせるにしても、異端審問に掛けられるようなやり方は雑過ぎます」

「そうだな……要は、もっと大きい意志が動いていたってことだよな?」

 

 そう、流石に本気で、ルーナ神からクラウを引き離すためだけに告発したとは思っていない。恐らく、レムからの指令があったはず――ここまで追い詰めてやっと観念してくれたのか、はたまたレムからの了承が出たのか、アガタは小さくため息をついて頷いた。

 

「……えぇ、その通りです。クラウディアを告発したのは、此度の魔王征伐に関して、古の神々の暗躍があることをレムの方で察知していたからです。そこで、勇者のサポートをする以外にも、急な例外に対応するためには、神の声が聞こえる私の方が適切とレムが判断した……。

 ですが、それをルーナ神は潔く思いません。ルーナはレムに対して敵愾心が強く、レム派が活躍するのを快く思いません。また、古の神々の暗躍は、レムの中だけの秘密になっていたのです。そのため、出来る限り隠密に、魔王征伐を済ませようと思い……強硬策に出たのが事の顛末です」

「どうして、七柱全員で共有しなかったんだ?」

「……その理由までは、私にも共有されておりません。これは本当……信じてください」

 

 ここまで、言いたくないことには黙秘権を使ってきた彼女だ、言いたくないだけならまた同じようにすればよかっただけのはず。だから、彼女の言葉は恐らく真実だろう。

 

「……私は真実を、あの子にいう事は出来ませんでした。私がレムの声を聞けることは、レムとアランさんしか知りません」

 

 そう言いながら、アガタは椅子から立ち上がって、歩きながら話し続ける。

 

「……この部屋は、元々二人部屋でした。高い恩寵を持つ者たちが、この高層に集められ……そして、私は一人の少女に出会いました。その子は私と同じように、内から別の声を聴ける子で……私はあの子にはそれは言えませんでしたが、私の方では彼女にシンパシーを感じていたんですよ」

 

 そして、一人でいるには広すぎる部屋の片隅にあるベッドに腰かけなおし、アガタは少し寂し気な微笑を浮かべてこちらを見てくる。

 

「私とレムにできるせめてもの罪滅ぼしは、ルーナ神の加護を失ったあの子に少しばかりの助力をすることくらい……アランさん、クラウディアには請願書は普通にルーナ派側で受理されたとお伝えください」

「いや、しかし……」

「以前にも言ったでしょう。私はあの子に理由を言えない……それなら、許される必要なんかないんです」

 

 そうやって瞳を閉じているアガタは、きっとこの部屋での出来事を思い出しているに違いない。ここで友達と過ごした日々は明るく鮮明で、そして同時に二度と戻ってこない――そんな風に思っているのかもしれない。

 

「……そうやって貧乏くじ引いても黙って我慢するところなんか、誰かさんと似た者同士なのかもしれないな」

「ふふ、いいえ、そんなことありませんわ……今回の件は、世界の命運にかかわる重要な命題だったから我慢しただけです」

「そんな世界の命運を背負う覚悟がある時点でとんでもないと思うがな。俺は目に見える範囲で手いっぱいだ」

「……それでいいんですよ。人それぞれ、やれることは違うのです……レムがアナタにそれを望み、そしてそんな貴方だから、あの子も信頼しているのでしょうから……」

 

 アガタは歳に似合わない達観した表情で立ち上がり、今度はカーテンの方へと向かい、布を勢いよく開け放った。そして、もう秘密の話は終わりとでもいうように、いつもの不敵な表情で後ろ髪をかきあげてみせる。

 

「それに、あの子から悪態つかれようと、へでもございませんわ。所詮は精神年齢おこちゃまの戯言ですもの」

「本当かぁ? 実は影でこっそり泣いてたりしてな」

「なっ……そんなことございません!!」

 

 意外と図星か、アガタは今度は顔を真っ赤にして否定して見せている。その所作は本来の年頃っぽいものであり、なんだか安心すると共に少し笑ってしまう。

 

「悪い悪い……ともかく、もし何か俺にできることがあったらいつでも言ってくれ」

「ふぅ……とくにアランさんに頼るようなことも無いと思いますけれど、一応胸に留めておきます。さて、そろそろ降りましょうか」

「あぁ、そうだな。ともかく、ありがとうアガタ。クラウの……いいや、クラウディアのために色々と手をまわしてくれて」

 

 なんとなくだが名前を言い直すべきだと思った。きっと、レオーネ修道院の問題は、クラウだけでなくティアも心を痛めている問題で――二つに分かれる前の名で呼ぶことが、この場では相応しいと思ったから。

 

「えぇ……私もあの子の役に立てて、少しだけ気分も晴れました。私はこうやって時折しかサポートできませんが……アランさん、クラウディアをよろしくお願いいたします」

 

 きっとこちらの真意を見抜いたのだろう、アガタも彼女の本当の名前を呼んで微笑んだ。

 

 エレベーターを降り、塔の出入口でアガタと別れた。レオーネ修道院の補修費に関する手続きを進めるのと、他の事務作業が残っていることのことで――アガタはもう数日ジーノに滞在し、それが済み次第、馬車で王都へ向かうので、また王都で再会しようと約束した。

 

 そして、一人でノンビリと橋を渡り切る時、ソフィアとエルが見えた。とくにソフィアがなんだか慌てているようで、エルがそれを宥めているようだった。

 

「……あ、アランさん!! どうしよう、クラウさんがいないの!!」

 

 ちょうど自分が橋を渡り切ったタイミングで、ソフィアがこちらの存在に気づき、そう大きな声で言ったのだった。

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