B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ソフィアが慌てていた理由を聞くと、こういうことらしい。俺と入れ違いになると困るから、クラウにはこの場に待機してもらっていた。そして、エルとソフィアで戻ってきたときには、ここにクラウは居なかった。軽く周辺を二人で探してみたが、見当たらないと――そう報告を受けた。
「……どう思う、アラン」
事情を聞き終わったタイミングで、エルの方から質問が出る。
「自分から出歩くとは考えにくいな……」
はぐれたら危険だからって、年下のソフィアの服を掴むほど方向音痴のヤツが、フラフラと自発的に出歩くとは考えにくい。それは全員思っていたことだろうし、改めて自分が口にしたことで、ソフィアが再び慌て始めてしまう。
「そ、それじゃあやっぱり、何か変なことに巻き込まれて……!?」
「落ち着きなさい、ソフィア。あの子だって、ここよりももっと治安の悪いレヴァルでそこそこ長かったのだから、そういう可能性は低いと思う……」
ソフィアを安心させるためか、途中まで優しい口調だったのか、話しているうちに自分の言葉に疑問が出たのか、エルは口に手を当てて考え事をし始める。
「……とはいえ、あの子も結構お人よしだから……何かに巻き込まれたって可能性は、ゼロではないか……」
それは、自分も考えていたことだ。クラウもあからさまに怪しい連中や無法者のような見た目なら取り合わないだろうが、案外困っている風な人が居たらフラフラと助けに行きそうである。
それが、悪意のある者であったのなら――最悪の可能性も頭をよぎる。もちろん、本当の窮地でもティアがなんとかするだろうが、何某かの方法で神聖魔法が封印されればティアだってそこまで身体能力は発揮できないだろう。
他の可能性として――やはり異端として追放された身分でこの街を出歩くのは危険だったのかもしれない。とくに、月の巫女のことを思い出せば、やはりクラウのことを良くは思っていないはず。適当なならず者ならばクラウやティアでも問題なくても、教会の手練れが複数で襲い掛かってきたのなら、それは彼女の体一つでは対処できないかもしれない。
何にしても、早くクラウを探したほうが良いだろう。ソフィアとエルに向き直り、今後の方針を伝えることにする。
「それじゃあ、こうしよう。エルと俺で、可能な限りクラウを探す。ソフィアは駐屯所で待機して、そうだな……」
言葉を切って、海沿いに立つ柱時計に目を向ける。現在午後三時、とはいえ冬も深まって日も短いので、一時間もすれば暗くなってくる。暗い中で少人数で探しても、なかなか見つからないだろう。
「夜八時になっても俺たちが戻らなかったら、捜索願を出す……というか、捜索願を出すのは軍で良いのか?」
「うーん、軍は警察機構も兼ねているから、問題は無いんだけれど……数時間行方不明くらいじゃ、取り合ってもらえないかな」
「それじゃあ、予定変更。ソフィアは宿で待機しててくれ」
「私もクラウさんを探しに行くよ!」
「ダメだ、一時間もしたら暗くなるからな……いくら泣く子も黙るソフィア・オーウェルでも、夜の街は流石に危険だ」
自分かエルがソフィアに着いていれば問題ないだろうが、足早に動き回るのならソフィアがいないほうが動きやすい。
「……それに、エルも言っていたように、アイツだって危険な街で長いこと一人でやってたんだ。きっと大丈夫だよ」
そう言いながら、ソフィアの綺麗な金髪に手を添え、頭を撫でてみる。これでちょっとは落ち着いてくれないだろうか――いや、逆効果だった、不機嫌な時特有の頬膨らませが発動している。
「むぅ……そうやって子ども扱いする……」
「えーっと……」
どうするべきか困ってエルの方を見ると、やれやれ、という調子でため息を一つ、その後はソフィアの方へとゆっくりと手を差し伸べてくれる。
「……いいわ、ソフィアは私と一緒に行きましょう。眼が増えれば、それだけ見つけやすいのも確かだし」
エルはそう言いながら、こちらをじっと見つめてくる。恐らくだが、気配を察知できる自分が足を回せるように取り計らってくれたのだ。もちろん、ソフィアが居れば眼が増えるのも嘘ではないし、エルがソフィアに着いていてくれるのならば自分も安心だ。
「エルさん! うん、私もしっかりと役に立つよ!!」
ソフィアはエルの隣に立ち、エルが自分の方へと向き直る。
「それじゃあ、夜八時まで捜索。見つからなくても一旦宿で落ち合って、その後どうするかはまた決めましょう……宿は中央広場の黒猫亭というところを私の名義で取っているわ」
「了解だ……ちなみに、ハインラインで?」
「えぇ、もちろん……それじゃあ、私たちは海沿い方面を探すから、アナタは街の中央部分を探して頂戴」
二人と別れて街の中央へと小走りに進んでいく。もちろん、その途中も辺りを見回し、見知った緑髪を探す。覚えている彼女の足音、息遣い、気配――そういったものを意識してはしてみるものの、人が多すぎるせいで雑念が多く、なかなか細かい所作までは察知しにくい。
街の中央にたどり着くと、より一層人も多くなり、個別の気配を手繰るのは難しくなる。とは言っても、やるしかない――神経を集中させて、行き交う人々の中から彼女の気配を探し出そうと努めてみる。しかし、やはり他の人々の雑念が多すぎて彼女の気配を見つけることは出来ない。
(……クソっ!)
こうなれば眼だけが頼りか。まだ日があるうちなら、外見で判断すること自体は難しくない。もちろん、それは視界内に入っていれば、の話ではあるが。
しばらく中央付近を探し回っても見つからず、出店をしている人たちにも聞き込みをしてみる。とはいえ、有益な情報も得られないまま時間ばかりが過ぎていった。
一旦、少し冷静になって、状況を整理してみることにする。
(……海と月の塔をランドマークにすれば良いんだから、迷いようもなくないか?)
そう思い、一旦足を止めて振り返って上を見上げてみた。いつの間にか西日が塔を照らし出している――この街ならほとんど何処から見てもあの塔は見えるはずなのだから、それを目指して歩けば海に出られる。絶望的に方向音痴でも流石にどうにかなるはずだ。
一応、クラウ自身がそれに気付いてくれれば、海沿いを探しているエルたちと合流してくれるかもしれない。自分が考えなければならないのは、この街にいてあの塔が見えない場所にいる場合だ。
そう考え、少し高い所に移動し、改めて街中を見回してみる。もちろん高所から、彼女のシルエットを探すが、やはり見当たらない――諦めて視座を高く持って確認すると、街の入り口から海の方面は区画が整理されており塔の発見は難しくなさそうだが、街の北側方面、恐らく旧市街地のようなところであろうが、そちらは道も細く周りの雑居もやや背が高いので、あそこに迷い込んだら塔を発見できなさそうではある。
というか、そもそも絶望的な方向音痴とはなんぞやと想定してみた時に、何かを目印にして移動しようとか、そういう発想が無いから方向音痴なのではないか、とも思った。要は、今考えたことも徒労で、実は市街地方面にいるのに迷っている可能性だってあるのかもしれない――流石に海沿いにさえ出られれば迷わないとは思うが。
そうなれば、結局探す範囲を狭めることは出来ないか。向こうだって移動していて、無限に行き違う可能性だってあるし――そもそも迷っておらず、何か厄介なことに巻き込まれている可能性だってある。ともかくこうなったら、しらみつぶしに探す気概で行くしかない。下に降りて、また人通りの多い中で、クラウの気配を探すことに専念してみることにする。
(……よりにもよって、こんな人の多い街で迷子になることもないだろうがよ)
もっと人が少なければ、それこそレヴァル程度の規模感だったら、きっとすぐに彼女の気配に気付いてあげられたように思う。もう夕暮れも近づいて来てるというのに、相変わらず陽気で雑多な人ごみをかき分けながら、方向音痴な彼女を探し続けることになった。
その場所に着いた時には、もうすっかり日も暮れていた。今は何時なのか――もうとっくに八時は過ぎてしまっているかもしれない。
最終的には北側の旧市街地を探し回り、段々と坂を上って途方に暮れかけていた時のこと。頭上にある丘の上の公園から、なんとなくだが気配を感じたのだ。それを頼りに丘の上の公園に向かうと、ようやっと見知った緑髪が、地べたで小さくうずくまって海と月の塔を眺めているのが見えた。
「……探したぞ」
聞こえるように声を掛けたはずだが、彼女からの返答は無い。代わりに、鼻をすする音が聞こえた。
「なぁ……」
「……今、こっちに来ないでください」
小さな声で反論されて、一瞬どうしたものかと立ち止まってしまう――とはいえ、言われた通りにしても埒が明かない。制止を無視して、隣に座り込むことにする。
「来ないでって、言ってるのに……」
「あー……まぁそれはアレだ、さんざ探し回らせたことへのバツだ。だから聞いてやらん」
寒さと長時間動き回ったせいなのか、少し足が痺れるのを感じる。神経も随分とがらせていたし、こちらとしても疲労しているので、こちらか上手い言葉も出てこない。
「……アラン君、怒ってます?」
少女はこちらを見ることもなく、膝を抱えたままぽつりと呟いた。
「それは、本来いるべき場所と正反対の場所にいる理由次第だな……どっちかと言えば心配したんだぞ」
「……女の子が、迷子だったんです」
「なるほど……」
「……呆れませんか? こうやって自分が迷子になってたら世話ないって……一応、塔を目印に戻ろうとは思ったんですよ。でも、女の子家の周りが、迷路みたいになってて……気が付くと、ここに戻ってきちゃうんです」
別に呆れはしない。むしろ、彼女らしい理由で安心したくらいだ。もちろん、ここからなら道は下るだけでいいだろうとか、そもそも道に明るそうな人などに迷子を引き渡すべきだったのではとか、色々と突っ込みどころはあるのだが。
とはいえ、これらの言葉も全部飲み込んで、敢えて黙ることにした。きっと、彼女が肩を振るわせていた理由はそれではない。そして、それを聞くまで相手の言葉を遮るべきではない――そう思ったから。
「私……もう、皆の所に戻れないんじゃないかって……馬鹿みたいですよね、そんなことある訳ないのに……今日はいい日だって、思ってたんですよ。アガタさんとも少し話ができて……でも迷ってたら、なんだか急に不安になっちゃったんです。
今日まで、皆で旅してたのは実は夢か幻で、本当の自分は、こうやっていつも通り……誰とも上手くいかなくて、居場所がないんじゃないかって……なんだか全部嘘みたいな気がしてきてしまって……」
なるほど、それがうずくまっていた理由か。気持ちは理解できないでもないが、ハッキリ言ってそんなことで悩んでいたのは自分たちに対して失礼な気もする。
それに少しむかっ腹が立ち、少女の視界を遮る位置に移動する。膝からわずかに覗く瞳に、一杯の涙を貯めて――それが星明かりで僅かに煌めいて見えた。
「ちょっ……見ないで……」
「クラウディア」
その名を呼ばれたことに、クラウディア・アリギエーリはハッと顔を上げた。それを逃さないようにするため、少女の肩を強くつかむ。
「俺はここにいる、目の前にいる……そうだろ?」
逃げられなくなった彼女が、青い瞳と、更にその奥にある深紅の瞳でこちらを真っすぐ見つめてくる――自分がここにいることを、クラウディアはやっと本当の意味で認識してくれたようだ。こちらもやっと少女を探し出せたことに安堵して、自然と口元がほころぶのを感じた。
「お前が迷ったら、何度だってこうやって、俺が見つけ出してみせる……だから、大丈夫だ」
「あ……うぁぁ……!」
彼女も安心やっと張り詰めていたものが緩んだのか、絞り出すような声をあげて、こちらの胸にしがみついてきた。
なんだ、しっかりしてるようで、まだまだ幼い部分もあるんだな――そんな風に思ったが、それは言わぬが花だろう。肩にあてていた手を背中に回し、ただ彼女が落ち着くのを待った。
そうしてしばらくすると、クラウの震えが止まった。呼吸も落ち着いてきたし、もう大丈夫だろう。
さて、こういう時にコイツなら何とのたまうか、よく言っていた言葉がある気がするが。
「……違うんですよ、か?」
「ちがっ……うぬぬぬぬ……!」
苦労して探したのは間違いないのだから、ちょっとした反撃のつもりだったのだが、相手からしたら相当癪だったらしい。呻いているのが面白くて眺めていようかと思った矢先、こちらの上着を掴まれ、思いっきり鼻をかまれる音が胸下から響いた。
「うぉっ!?」
今度はこちらがビックリして、思わず腕を離して後退してしまう。
「ふん! 繊細な乙女心を弄んだお返しです!!」
目元を袖で拭ってから現れた顔は、いつも通りのクラウだった。
「あのなぁ……繊細な乙女は、人の上着で鼻かんだりしないの」
「それはアラン君の押しつけですよーだ……こっちだって、色々と複雑なんですから」
唇を尖らせながらそっぽ向かれるが、少しして立ち上がり、しおらしく頭を下げてくる。
「……探しに来てくれて、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして……さて、それじゃあ行くか?」
「えぇっと……」
クラウはこちらから視線を外し、自分の背後まで歩いて遠くを眺めだす。自分も振り返り、彼女の背中とその先にある塔を見る――夜間でも淡く青色に輝き、海から星の海へと抜ける一本の筋はどことなく幻想的にも映る。
「……アレが気になるか?」
「そうですね。夜にこんな風に眺めることもなかったですから……でも、大丈夫です」
少女はそこで言葉を切って自分の方へと振り向く。夜に吹く穏やかな風が髪を撫で――クラウディア・アリギエーリはこちらを見据え、海と月の狭間で微笑んだ。
「さぁ、行きましょうか……今晩は、エスコートしてくださいね?」
「……あぁ、了解だ。ま、宿までだが」
「それでもいいんですよ」
クラウはそう言うと自分の横へと並んだ。そしてしばらくは住宅街を下っていく――改めてみれば、細い道が不規則に並んでいるこの区画は、方向感覚が無い者が入ったら迷うのも仕方がない感じもする。そう思っている間に、クラウからは女の子はキチンと家まで送り届けられたこと、この辺りまで来たら女の子が道を覚えており、送り届けるまでは意外と難なく行けたことなどを聞いた。
「……今更だけど、ティアも方向音痴なのか?」
「そうですね……そうでなければ、私も道に迷いませんし」
「そうだよなぁ。でもまぁ、そのおかげっていうのもなんだが、こうやって出会ったんだから不思議なもんだ」
実際、彼女が自分に声をかけてくれたのは、自分一人では何処にも行けないから――もし内にあるもう一つの魂が完全に彼女のことを導けるとするなら、きっと自分たちは出会っていないのだろう。
「……でも、ティアが随分励ましてくれてたんじゃないか?」
「えぇ、それはそうですけど……」
クラウはそこで一旦言葉を切って、小さく笑う。
「ふふっ」
「どうした?」
「いえ、珍しくティアが慌ててるんです。二人一緒に沈んでたの、ばらさないでって」
「つまりそれは、クラウも相当落ち込んでたってことだな」
「ぐぇー……自爆でした」
ティアが言っていたことをなんとなくだが思い出す。ティア自身の能力はクラウの理想ではあり、ある種の限界値であると――要するに、クラウディア・アリギエーリの方向感覚は筋金入りで、きっと一生直ることは無いのだろう。
そして同時にだが、やはり分かたれた二つの魂の本質は一つ、そんな風にも思った。今自分の隣にいる少女は、自分のことをクラウと認識しており、彼女の奥底に存在する魂は自分ティアと認識しているものの、その大本は一つの存在なのだ。
そんな風に考え事をしていると、横から真剣な面持ちでこちらを見られていることに気づく。
「……なんか顔についているか?」
「いいえ、そういうわけじゃないんですけど……アラン君、本当に成人してるんですかね。下手すれば十歳近く離れてるってなったら、ショックなんですけど」
「そういうもんか?」
「そういうもんですよ。五歳も違えば話が合わないっていうじゃないですか」
「うーん、そうかなぁ。仮に結構歳が離れてるとしても、俺はクラウとは結構気があってると思うぞ」
「本当です? 例えば、どんなところが?」
「そうだな……ほら、武器の件とか」
割と趣味嗜好に関して、自分とクラウは感性が近いと感じる。そして同時に、一つの約束を思い出した。
「そう言えば、武器の礼がまだだったな……どう……」
「いいんです」
どうしようか、その言葉は少女の言葉に遮られた。いつの間にか、自分の方が数歩進んでいたのに気付き、声のしたほうに振り返ると――すでに迷路のような住宅地を抜けており、彼女の背後には丘状になった白い住宅と、瞬く星空が見える。
「もう、お返しはもらったから、いいんですよ」
人通りもない静かな街中に、静かだが、確かにクラウの声が響いた。
「……迷子なのを探したのが礼になるか?」
「もう! そういうのは分かっても口にしないのがデリカシーってもんですよ……それに、ちょっと違います」
「えぇっと……」
「そこまで聞いたらほんっっっとうに野暮ですからね!?」
先ほどまでえらく穏やかな顔をして笑っていたのに、今度はまたつんけんぷりぷりしている。
「なるほど、複雑なんだな」
「そうです、複雑なんです」
その後、お決まりの如く「アラン君なんですから」と続いた。まぁ、本人が良いと言っているのならひとまずは良いし、かと言って自分は返した気になっていないのだから、折を見てまたこちらで考えれば良いだろう。
宿に着いて時間を確認すると、時刻は十時を過ぎていた。ロビーで右往左往していたソフィアが、すぐ泣き顔でこちらへ飛んできて、クラウはまた大きく頭を下げて二人に謝り、エルはやれやれ、といった調子で嘆息を漏らしたのであった。