B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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五章:王都騒乱
サンシラウの村にて


 海都ジーノから王都に向けて出発し数日。教会の総本山と王都を結ぶ街道は整備されており、一日歩けばそれなりの規模の町があるので、野宿とは無縁な旅路となった。街道の両端には結界もしっかりと張られており、すぐに衛兵が出張れる位置でもあるから、魔獣や魔族、野盗の心配もない――最近は平坦で気の抜ける旅路となっている。

 

「……アランさん、おっきなあくび!」

 

 気を抜いてゆっくり歩いていたところを、隣に並ぶソフィアに見られてしまった。

 

「まぁ、普段はなかなか、ここまでのんびり歩けないからな……」

「そうだよね……いつもはもっと気を張ってるもんね。改めて、索敵お疲れ様、アランさん」

 

 そう言いながら、ソフィアは丁寧にお辞儀をしてくる。

 

「それを言うならこちらこそ。ソフィアもいつもお疲れ様だ」

「えぇっと、それは何に対して?」

「うーん……いつも一生懸命に頑張っている所に対して? ともかく、いつも助かっているよ」

 

 本当は魔族や魔獣を瞬殺することに対しての礼のつもりだったのだが、これは女の子に対するお礼としてはアレかと思い控えることにした。

 

「ダメですよアラン君、女の子の頑張りは具体的に褒めないと」

「うぅん、いいんだよクラウさん。皆が助かってるってだけで、私は嬉しいから」

 

 自分がクラウの横やりに答える前に、ソフィアは笑顔のまま首を横に振った。それは遠慮から建前を並べたという感じでなく、本心からといった雰囲気だ。

 

「ソフィアちゃん……! なんと良い子!!」

「あはは……そう言えばだけど、エルさんもクラウさん、二人の故郷、素敵だったね」

 

 ソフィアの言葉に、先行していたエルが振り向く。

 

「……そうかしら?」

「うん、二人にとっては色々あったと思うけれど……でも、シルバーバーグさんやエマさん、ステラ院長に孤児院の人たち、みんな素敵だった……エルさんとクラウさんが優しいのも、なんとなく理解できた気がする」

 

 確かに、エルもクラウも生い立ちは過酷な部分もあるものの、成長の過程で供にいた人の中には真っすぐで優しい人がいたから、二人とも根が善良なのだろう。同時に、そう言うソフィアの顔はどことなく寂しげなものだった。

 

 そういえば以前、ソフィアの生い立ちについて少し考えたことがあった。幼いころから英才教育を施され、常に大人の中に放り込まれていた少女のことを思うと、その両親は自分の感覚値から言えば優しいとか穏やかとか、そういう類の者でないと想像できる。

 

 もちろん戦時中であったのだから、優れた才能を持つものが戦うことで、被害を抑えられるという考え方もあるだろう。同時に、それだけの才覚を発揮できる場所に送り込むのだって、ある種は親の愛なのかもしれないが――自分としてはあまり共感のできない親なことには相違ない。

 

 そして、ソフィアが寂しげな顔をしたのは、自分が邪推した方向性とズレていないからとも思う。そうなると、安易にソフィアの生家の話はしないほうが良いか――ちょうど、会話は自分から離れて三人の方が中心になっているので、わざわざ藪蛇をつつくこともない。

 

 手持無沙汰を解消するために地図を取り出し、歩きながら現在位置の確認をする。海都と王都は共に主要な都市なので一本道で繋がっていて迷うこともないし、道の先導は基本的にエルがしてくれるからあまり自分がすることでもないのだが。

 

 だが、ふと近場に少し気になる地名を見つけたので、三人の少女たちを呼び止めることにする。

 

「……なぁ、このサンシラウの村って所、ちょっと寄ってみたいんだが……」

 

 自分の提案に対して、エルが身を乗り出して自分が持っていた地図を覗き込んだ。

 

「ちょっと奥まったところにあるから、まるまる寄り道になるわね……別に構わないけれど、理由はあるの?」

「あぁ、アガタから聞いたんだがな。ジャンヌの故郷で、そこに戻っているらしいんだ」

 

 自分の言葉に、クラウが肩を強張らせたようだ。アガタにジャンヌ、どちらも彼女にとって因縁のある名前だから、緊張するのも無理はないか。

 

「……その村に寄るのは良いとして、あんまりいい顔はされないんじゃないかな?」

 

 クラウの緊張を察したのだろう、代わりにソフィアが自分に意見を出して来た。

 

「俺もそう言ったんだがな。アガタからはちょっと見に行ってみてくれ、と念を押されていて……皆が反対なら、無理にとは言わないが……」

 

 自分としても、無理に行きたいというほどでもない。ただ、アガタが言っていたことの真意を――大丈夫にした、という言葉の真実を知りたい。だから、行けるなら行く程度の感覚だ。ソフィアとエルは問題なさそうだが、やはり気になるのはクラウか。

 

 しかし、クラウも深呼吸して、落ち着いた表情になり頷いた。

 

「……いいえ、行きましょう」

「クラウ、いいのか?」

「はい、私は大丈夫です……そりゃ、結構酷いことも言われましたけれど、ジャンヌさんがどうなっているのか、気にはなりますし……」

 

 まぁ、私は会話はしないようにするかもしれないですけれど、そう付け足された。

 

 その後はサンシラウの村に進路を取り、到着するまでには片道一日分の寄り道になった。主要な街道から逸れた先にある、山々の麓《ふもと》にひっそりと佇む集落だった。そんな様子なので、他の街のような外壁も無ければ見張りが居るような気配もない。旅人が来ることなど普段は滅多にないのだろうから、時折行きかう人から奇異の視線を浴びせられるくらいだ。

 

 さて、村の何処にジャンヌが居るかも分からないのだが、如何せん知り合いなどもこの村にいる訳ではない。流石にこの規模だと軍の駐屯地や冒険者ギルドも無いので、情報収集するような当てもない。

 

「……どうしたもんかな」

「えと、ひとまず教会に向かえばいいんじゃないかな。異端審問は受けただろうし、この村の司祭様の耳には、何かしらの情報は入っていると思うから」

 

 ソフィアの意見を受け入れ、通りすがりの老人に場所を聞き、村の奥まった所にある教会まで向かうことにした。到着するころには天気も悪くなってきて、寒さも増してきている――これは雪でも降りそうだ、そう思いながら教会の扉を開いた。

 

 教会の中は薄暗く、奥などは眼を凝らさないとほとんど見えないほどである。しかし、奥の祭壇の元に一人の気配を感じる――向こうから見ればこちらは来訪者と分かりやすいだろう、跪いていた女性は立ち上がってこちらに振り向いた。

 

「……あら、すいません。司祭様は外出しておりまして……旅の方でしょうか?」

 

 そう屈託のない笑顔でこちらを見ているその人は、間違いなくジャンヌ・ロビタその人だった。

 

 これはあまりにも妙だ――彼女の本性というか、普段とあの地下空間で見せた二面性を考えれば、確かにこのように無害な表情を取り繕うことも出来るだろう。しかし、彼女は既に自分には本性を見せた後なのだ。今更すっとぼける必要もないはずだし、他に人が居ないのならなおさらに取り繕うことないはず。

 

「あの……皆さん、驚いた表情をされていますけれど……」

 

 自分の後ろで、他の三人も何が起こっているのか分からず、唖然としているのだろう。ふと、自分の横にクラウが並び、自分を指さしながら口を開く。

 

「……ジャンヌさん、私が誰だか分からないんですか?」

「はい……? その、初対面ではないのでしょうか……それに、どうして私の名前を……?」

 

 ジャンヌの戸惑う口ぶりは、確かに演技という感じではない。自分と同じように、本当に記憶を失っているようであった。

 

 その後すぐに司祭が戻ってきて、自分たちを教会の中に招いてくれ、とある一室に自分たちを通してくれた。一応、これは何かの罠でもあるのかと警戒はしたものの、司祭も悪い人ではなさそうだし、今のところ何かに見られているような気配も無い――恐らく、危険は無いはずだ。

 

 暖炉の燃える一室のテーブルに腰かけ、ジャンヌは視線を落としながらゆっくりと口を開く。

 

「……私、どうやら魔王に操られていたらしく……その影響か、記憶が曖昧なんです。とくに、レヴァルに居た時のことはほとんど覚えておらず……所々抜け落ちているというか……」

 

 そして顔を上げ、自分たちの顔を一人一人覗き込みながら話を続ける。

 

「あの、皆さんは、もしやレヴァルにいらっしゃったのではないですか? 貴方達を見ていると、胸がざわつくというか……それで、私がご迷惑をおかけしたんじゃないかと……」

 

 そう言うジャンヌの瞳は、不安そうに揺れていた。これが演技だとしたら、たいした役者だと言える。むしろ、記憶が抜けているというのを信じるほうが、まだ演技をしているというよりは信憑性がありそうだ。

 

「いや、まぁそうだな……迷惑を被ってないと言えば嘘になるが……」

 

 この状態の彼女にあれこれ聞くのも、またどんな迷惑を被ったのかも逐一話をするのは憚られる。かと言って、とくにクラウなぞ散々な目にあったのだから、単純に許すのも違うと思ってお茶を濁したのだが――そう思いながら少女たちの方を見回すと、真っ先にクラウが微笑みを浮かべながら頷いた。

 

「……アラン君の言う通り、全く何も無かったわけじゃありません。でも、アナタが悪い訳じゃないんですから……気になさらないでください。でも、ちょっとビックリしたというか……私はジャンヌさんと、海と月の塔ににいた時に知り合っているのですけれど」

「……そうなのですか?」

 

 ジャンヌはクラウの顔をじっと見つめ――自分の記憶の中に合致するものが無いか、一生懸命思い出そうとしているのだろう。しかし少しして、諦めたように首を振る。

 

「……ごめんなさい、レヴァルのことだけでなくて、それ以前の記憶も曖昧みたいで……」

「や、全然気にしないでください。むしろ、ジャンヌさんが大丈夫ですか?」

 

 以前にアレだけ好き勝手言われたのに、人の心配をするとはクラウも甘い。しかし、これだけ毒気が抜けていると、逆に心配というか、不安になるのも頷ける。クラウも相手を労わっているというより、どこか不思議なものを見るような眼でジャンヌを見ているのが実態だ。

 

「……大丈夫、と言いたいですけれど。やはり、不安は隠せません。自分のあずかり知らないところで、誰かに迷惑をかけていた罪悪感も間違いなくあるのですが、それ以上に……自分が自分でないような、そんな焦燥感があるというか……。

 何か、大切なことがごっそりと抜け落ちてしまっている気がするんです。それが何なのか……分からなくて不安で……」

 

 ジャンヌはそこで一度言葉を切り、今度は食い入るように自分たちの方へ顔を近づけてきた。

 

「あの、ご迷惑をおかけしたのに不躾なのは承知です。でも、教えてほしいのです。以前の私が、どんなであったのか……」

「話す気はない……知らないほうが良いこともあるさ」

 

 ジャンヌの真剣な眼差しに一瞬心を揺さぶられたものの、ひとまず「話す気はない」という流れを作った方が良いように思われた。さもないと、クラウかソフィア辺りが情にほだされて話してしまうかもしれない――そう思ったから。

 

 何も、自分がしてやられた仕返しだとか、ともかく相手に嫌がらせをしたかったわけではない。むしろ、彼女自身があの地下で言っていたこと――七柱は人々の思考を読み、逸脱した考えは矯正されると言ったのを思い出して、下手なことをするのはジャンヌにも、また周りにも危険を及ぼすと思ったから止めたのだ。

 

 以前は陰謀論みたいなことを言い出したと鼻で笑ったが、この世界の構造が幾分か見えてきた今なら、ジャンヌがかつて言っていたこともそれなりの説得力があると推察できる。ここで下手に真相を思い出させてしまえば、また再び思考を矯正される可能性もある――それなら、最初から下手に思い出させることもないだろう。

 

 そして、アガタが、いやレムが見せたかったのはこれなのだろう。七柱には、人を別人のように変えてしまう力がある――記憶を改竄し、人の尊厳を簡単に奪ってしまう力がある。見せつけられて気分の良いものでもないが、とはいえこういった世界の在り方を見てほしいというのが本来の彼女の願いでもあるから、それも致し方なしか。

 

 ともかく、自分が相手の嘆願を切ってしまったので、ジャンヌはもちろん、周りの少女たちも幾分か腑に落ちないという表情をしている。とはいえ、自分のいう事も一理あると察してくれたのか、「でも」と言い出す子も居なかった。

 

「……そうですか。そうですね、きっと酷いことをしていたのでしょうし……」

「あぁ、アンタは魔王に操られていただけ……過去はそうだったとしても、未来は違うだろう? 自分が何者かも大切だとは思うが、この先どうするかだって、同じくらいかそれ以上に大事だと思うぜ……さて……」

 

 そろそろおいとましようか、そう言おうと思った時に、ふと窓の外に雪がちらついているのが見えた。

 

「あの、よろしければ今日は、教会に泊まっていかれてはいかがでしょうか? 小さな村です……宿泊施設もありませんし、この雪の中で他の街に移動も大変だと思いますので」

「えぇっと、いいのか?」

「はい。たまにいらっしゃる旅人の方は、この教会にお泊りになるので」

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 どの道、悪路では日のあるうちに他の街には着けないし、雪の中で野宿などしたくもない。厚意は素直に受けるのが良いだろう――少女たちも同意の様子だった。

 

 こういったケースには珍しく、今回は自分にも真っ当な一室を与えられた。普段は物置とか屋根裏倉庫だったからな――それに異様に喜んだせいで、毒の抜けたジャンヌからすら奇異の目で見られたが――ともかく、荷物を部屋に置いて夕食を取ることになった。

 

 先ほど、自分が話す気はないと明言したおかげか、クラウもソフィアも下手にレヴァルでのことを蒸し返すこともなく、ジャンヌの方も変に聞いてることもなかった。そのまましばらく談笑して、その場は解散となった。

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