B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
レヴァルを発って二か月ほどで、ようやっと王都ロルバーンにたどり着いた。てっきりレヴァルと同じように四方を城塞に囲まれているような場所を想定していたのだが、その都は広く開かれているようだった。
「都市全体は結構開けてるんだな」
「うん、王都は来る人も多いし、貧民街を除けば治安もいいから、王城と学院の敷地以外は逐一身分確認とかはしないね……もちろん、街の四方には結界もあって、並の魔獣や魔族じゃ侵入できないようにはなっているよ」
馬車の中でふと呟くと、ソフィアが王都の解説を始めてくれた。
王都全体は概ね六つの区画に分かれており、開かれていて面積の広い場所は平民の居住区、商業区であり、王都全体を走る川を挟んで居住区の工業区が並んでいて、半円状の都の外側をそれぞれ形成している。
王都の中央部分、半円の中心点の付近は丘になっており、貴族の居住区となっているらしい。確かに、遠目に見ても立派な建物が並んでいるようにも見える。そして、その貴族の居住区の更に奥には、立派な城壁に囲まれた王城がそびえたっていると――そんな感じの区画になっていた。
都市の規模間で言えば、レヴァルやグリュンシュタッドの倍以上、海都ジーノをも凌ぐ広さで、端から端まで歩けばそれだけで半日は潰れるらしい。そのため、一定以上の身分の者は都市の中でも馬車を使うほどということだった。実際、都に入ってすぐ、自分たちもある場所に向けて馬車に乗ることになった。
活気としても、流石この世界の中心というべきか、海都に並ぶほど賑やかで人も多い。その活気は、馬車に乗ってしばらくしても絶えることはない――向かっている場所が商業区の奥であり、人が多めの所だから自然とそうなっているのかもしれない。
そしてしばらくすると、壁に囲まれた区画の前へとたどり着いた。馬車を降りるとすぐ前に巨大な門があり、ソフィアが門番に挨拶すると、その扉が開かれた。
「……シンイチさんたちが王都の何処に居るかは分からないけど、多分ディック先生は自分の研究室にいると思うから」
王都に来たら、まずは勇者シンイチに挨拶をするつもりだった。恐らくテレサは王城に居るのだろうが、アポが取れなければ流石のソフィアでも王城に入るのは難しい。そうなれば、ソフィアが自然と入れて、シンイチの居場所を聞けそうな場所ということで、王都内にある学院を訪れているのだった。
扉の奥に広がるのは、煉瓦造りの建物と、白いコートに身を包む学生たちがちらほら、そして立ち並ぶ広葉樹たち。冬なので葉は散ってしまっているが、落ち葉が所々に落ちており、これはこれで趣がある。建物はかなりの数の棟があり、前世的な感覚で言えば大学のキャンパスを思わせるような造りだった。
「ふふ、アランさん、口が開いてる……学院は気に入った?」
自分がぽかんと周りを見渡していたせいだろう、ソフィアが笑いながらこちらを見上げていた。
「あぁ、なんだろうな……なんというか、趣があって……ともかく、気に入ったよ」
何の気なしにそんな言葉が出たが、ともかくこの景色が気に入ったのは確かだ。これは、懐かしさというより、憧れのような感情なのかもしれない――自分はこういった場所に身を置きたかった、なんとなくだがそんな気がする。
「ふふ……それなら、アランさんも勉強して学院に入る?」
「アレ、学院に入るのって難しいって言ってなかったか?」
「そうだね……頑張って勉強して、何年かは掛かると思うけど……」
吹く風に風を棚引かせ、ソフィアは微笑みながら道の先を見ている――ふと、ソフィアの奥の方にクラウが並んだ。
「ソフィアちゃん、アラン君ですよ? 真面目に勉強できるとお思いで?」
「そうかなぁ、アランさんなら、きっと入学できると思うな。もちろん、たくさん頑張らないと、だけど」
ソフィアがフォローしながら、こちらに笑顔を向けてくれる。それに気をよくして、自分をコケにした緑に向かって不敵に笑いかけて見せる。
「ほら、俺の頭脳は現職のお墨付きだぞ?」
「別に、アラン君の脳みそが足りてないなんて一言も言ってないじゃないですか。単純に、その脳を活かすほどに勉強するのが難しいって話です」
「……違いない」
確かに、自分が何年も机に向かって粛々と勉強というのも考えにくい。クラウのいう事に頷くのも癪だが、自然とその言い分に納得してしまっていた。
しかし、この敷地も広大だ。ソフィア曰く、ここは魔術を学ぶ場所である以上に、この世界のほとんど全ての学問が学べる場所であるとのこと。学生も数万単位で在籍しているらしく、この世界唯一の総合大学が一つのキャンパスに収まっていると考えれば、納得の広さでもある。
教員の研究室も何棟かあるらしいが、ディックはその中でも一番立派な所に構えているらしい。しばらく歩くと、壁の外からも見えていた荘厳な時計塔を持つ一つの棟にたどり着いた。
「……ここは、魔術に関して教授の位を持つ人だけが研究所を構えられる時計塔だよ。一応、私もここに研究室を持ってるんだ……第七階層を編み出したのと同時にシンイチさんのお供として旅立って、その後はレヴァルに赴任していたから、ほとんど空き部屋にしちゃっているけど」
「えぇっと、つまり、ソフィアって軍の准将であるうえに、学院の教授でもあるのか……?」
「うん、そうなるね。教授職に就くには、本来的には第七階層の魔術を編み出すことが求められる……とは言っても、第七階層を扱える人は一世代の中でも一握りだから、実際には第六階層の魔術を多く収めていれば教授にはなれるよ」
「はぁ……改めて、第七階層の魔術ってすごいんだな」
自分の言葉に、扉を開けた少女は振り向き、照れたように笑う。
「うーん、自分のことだからそうだよ、っていうのもおこがましいかもだけれど……でも、かなり難しいのは確かだね。以前にも言った通り、第三階層でも使えれば立派に魔術師を名乗れるくらい、魔術の扱いは難しいって言われているから」
「今更だけど、どう難しいんだ?」
「単純に、魔術に関する構成要素の知識もそうだけれど……それらの要素を矛盾なく編み合わせるには、緻密な計算と術の正確さが求められるんだ。簡単にたとえるなら、計算の速さと正確さが必要なのに近いかも?」
「なるほど……分かるような、分からないような……」
前世的な感覚で言えば、暗算が滅茶苦茶に得意なほど、高位な魔術が使えるという感じか。とはいえ、学院に入るために何年も勉強した秀才ですら第三階層を使えれば十分ともなれば、第七階層というのは電卓レベルというより、もはやスーパーコンピューターレベルの演算能力が無いと扱えないのかもしれない。
ともかく、そんな話をしている間に階段と通路を進んでいき、一つの扉の前に着いた。ソフィアが扉を叩きながら「ディック先生、いらっしゃいますか?」と尋ねると、中から「開いていますよ」と声が返ってきた。
扉を開くと、中からは独特な匂いがして、光がちらついているのが見える――少しして匂いは机や椅子の上に詰まれた古書のもので、光は男の後ろから指す光が埃を照らしているのだと分かった。
「すいません、埃っぽくて……ともかく皆さん、お疲れ様です。旅はどうでしたか?」
相変わらず、アレイスター・ディックは温厚そうに微笑んでいた。
詰まれている本をどかしている間に、ディックがお茶を淹れてくれ、男は再び本が山積みの机に戻った。
「……旅先でのご活躍も聞いていますよ。カール・ボーゲンホルンの検挙に、道すがらに大量発生していた魔獣討伐もしてくれたようで」
「あぁ、どっちもソフィアが大活躍だったな」
「あはは、それは何より。アナタの活躍を師として誇らしく思っていますよ、ソフィア」
「先生、ありがとうございます!」
そしてしばらくの間、弟子から師にこの旅のことを報告する時間が続いた。ソフィアは嬉しそうに話しているし、同時にディックの方も我が子のことのように頷きながらその話を聞いていた。
話がひと段落したところで、ディックが「ところで……」と切り出し始める。
「……ソフィア、アナタのお母さまが、何度か学院に問合せしてきていましたよ。娘はいつ帰ってくるんだって……」
「あっ……はい……」
母という言葉が出た瞬間、先ほどまで生き生きとしていたソフィアの顔が曇ってしまった。それに対し、ディックも小さくため息をつく。
「……なかなか、ご家庭のことをとやかく言う筋合いもありませんので、これはあくまでも私の意見ですが……アナタは立派にレヴァルで務めを果たしましたし、立派に一人前です。ですから、もう少しワガママになってもいいと思いますよ?」
「あはは、そうですね……そうかもしれません……」
「でもまぁ、一度は顔を出して、きちんと話し合いをしたほうが良いでしょうね」
「はい。この後、帰宅するつもりではいました」
「そうですか……何かありましたら、私も協力しますよ」
二人の間で話が進んでおり、自分たちのつけ入る隙が無い。とはいえ、なんとなくだが推察は出来る。ソフィアの母親は、あまり良い親とは言えないのだろう。それがどのタイプの良くない、なのかまでは推察できないが――ともかく、それをディックは苦々しく思っているが、ソフィアはもう少し複雑な心境なのだと思われる。
「それで、えっと、シンイチさんは何処に居るか、先生はご存じでしょうか?」
「はい、彼は王宮の方に厄介になっているはずです……アランさん、これを」
ディックから差し出された封筒に身を乗り出して受け取る。何やら封蝋のなされた厳格そうな封筒だった。
「私からの紹介状です。それを王宮の門番に見せれば、シンイチさんと面会できますよ」
「あぁ、サンキューな」
「……あと、これも」
ディックはペンを走らせて判子を押し、また一枚のカード状の厚紙を差し出す。その紙は向こう一か月間利用できる学院の通行許可証のようだった。
「ソフィアが居れば、顔パスも出来ますが……別行動しているときに私の所に尋ねたければ、それを使えば中に入れます。もちろん、入れる場所は限定されますが、開架図書などの施設は利用できます」
「至れり尽くせりだな、ありがとうアレイスター」
「いえいえ、魔王討伐に協力してくださり、我が愛弟子がお世話になった方々です。これくらいの礼じゃまだ足りないくらいですよ。とはいえ、私にできることなど精々これくらいのもので……そうだ、ちょうど魔王征伐の祝賀パーティーが一週間後に迫っていますから、足らない分はそちらでもてなされてください」
その後、もう少し歓談をしてディックの研究室を後にし、学院の門から出るころには、すでに日も傾きかけ始めていた。
「……こりゃ、シンイチに会いに行くのは明日でいいかな」
「えぇ、そうね……どの道、王都に滞在するのに宿を手配しないといけないしね……せっかく長く滞在するなら、少し良い宿を取りたいわね?」
エルがそう言いながら財布の紐を握っているクラウの方を見る。
「そうですねぇ……長旅の疲れを癒すのにも良いでしょうし、この前の魔獣討伐で結構余裕もありますしね。ロイヤルスイートと言わないまでも、ちょっと奮発するくらいなら問題ないと思います」
長旅で意識と財布の紐も緩んだのか、クラウも良い宿を取るのはやぶさかではないようだ。そして、その奥でソフィアが腕をピン、と上げて自己主張している。
「それなら、貴族の居住区に近い所に宿を取ってほしいな。そうすれば、私も行きやすいし!」
「あ、そうですよね……ソフィアちゃんはご実家があるんですから、そちらに戻りますよね」
「うん、そうだね……」
「……別に、毎日だってこっちに遊びに来ればいいじゃない」
ソフィアの返事に元気がなかったせいか――むしろ、先ほどのアレイスターとのやり取りを見ていれば何かと察するだろう、エルもソフィアのことを気にかけているようだった。それに対してソフィアは「ありがとう、エルさん」と力なく笑っていた。
貴族の居住区の近くに宿を取り、明日は九時にロビーに集合とソフィアに伝えてその日は解散となり――。
そして次の日の朝、約束の時間を過ぎてもソフィアは現れなかった。
「うー……ソフィアちゃん、大丈夫でしょうか?」
豪華なホテルのロビーのソファーに座りながら、クラウがそう呟いた。エルも先ほどから所在なさげに時計をチラチラと見ている。すでに九時も三十分は過ぎ、互いに話すこともなくなって口数も減って気まずい空気が流れている。
「……どうする、アラン?」
「ソフィアの実家の場所が分かれば、殴りこみに行ってもいいんだが……」
「いや、どうするって聞いたのは私だけど、アナタはどうしてそう発想が物騒なのよ……単純に遅れているだけかもしれないでしょう?」
たしなめるようにそう言ってくるものの、自分たちの中でソフィアが一番時間を守るというか、なんなら集合時間に一番早く集まるタイプというのも知っているのだから、エルも何事かあったとは推測しているだろう。その証拠に、言った後にまた小さくため息をついている。
そして、ちょうどエルの呼吸にあわせて、宿の扉が開く。皆一様にそちらを向き――入ってきたのは初老の執事風の男だった。背筋はピンとしており、どことなく油断ならない厳格な表情で辺りを見回し、その男性はこちらを見て迷うことなく近づいてくる。
「……もし、アラン・スミス様ですか?」
「あぁ、そうだが……」
「そうですか……ソフィア様より伝言です。もう、アナタ方と行動することはありません、と」
「……はぁ!?」
思わず自分が男に掴みかかりそうになるのを、エルが腕で制止した。
「……違うでしょう? マリオン・オーウェル……ソフィアの母親がそう言ったのでしょう、訂正しなさい」
「……貴女は、エリザベート・フォン・ハインライン様……左様でございます、と言えば引き下がってもらえますかな?」
「それとこれとは話が別ね。ただ、あの子が言いもしない嘘を騙ったことだけは水に流してあげる」
「ふぅ……それでしたら、私から言えることはただ一つです。マリオン様がおっしゃったとしてもソフィア様がおっしゃったのだとしても、どちらの場合でも結果は変わりませんと……それでは、確かに伝えましたぞ」
男は吐き捨てるように言って、こちらに対して背を向けて歩き出す。
「……おい待て!!」
「待ちなさい、アラン。彼に食って掛かっても仕方がないわ」
「そうだとしても、せめてアイツの後を追えば、場所は……」
「オーウェル家の邸宅なんて、少し聞き込みすればすぐに場所は分かる。それに、殴りこみに行くには少し早いわよ」
エルと言い合っている間に、執事風の男がホテルから出て行ってしまう。とはいえ、場所が分かるのなら、アイツを追う理由もない――ここはひとまず、エルの意見を聞くことにしよう。
「……なんでだ?」
「ソフィアが私たちと行動しないというのはあり得ないとしても、ソフィアの気持ちが分からないもの……いいえ、正確に言えば、あの子が自分がどうすべきと思っているか、ね。もしかしたら、あの子は自分の意志で、ひとまず母親の言いつけを守っているのかもしれない。それなら、まだ私たちが手を出すには少し早いわ」
「それは、そうかもしれないが……」
「ふぅ……あの子のことになると必死ね、アナタ」
そこまで話して、エルはソファーから立ち上がった。
「もちろん、手をこまねいて待っているだけとは言わないわよ。アレイスターの所へ行きましょう……多分、彼はこれを見越して、私たちに通行許可証を渡していたのよ」
なるほど、確かにそうかもしれない。そう思い、昨日受け取った通行許可証をポケットから取り出して眺め、自分もソファーから立ち上がることにした。