B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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母と娘、二人の英傑

 研究室へは連日の訪問になったが、アレイスターは迷惑そうな顔を一切せずに自分たちを通してくれた。昨日と同じような位置関係で座っているが、今日はソフィアがいない。

 

「……やはり、そうなってしまいましたか」

 

 アレイスターは背を椅子に深く預け、大きくため息をついた。

 

「教えてくれアレイスター、ソフィアの親ってどんな奴なんだ?」

「えぇ、あくまでも私から見て……という評になりますし、また私自身がソフィアの両親とはほとんど話したことがある訳ではないので、あくまでもほとんど主観ということを断っておきますが……」

 

 一旦言葉を切り、アレイスターは伏せていた顔をあげてこちらを見る。

 

「私から見て、ソフィアの両親、特に母親のマリオン・オーウェルは、親としての愛情を持っているように思えません。いいえ、それだけならまだマシでしょう……誤解を恐れずに言えば、我が子を本当に道具の様に思っている風に見えます」

 

 アレイスターから見た実情は、ある意味では半分は予想できていたことだ。そもそも、シンイチと旅立った時にソフィアが十一歳だったことを考えれば、貴族の英才教育というのを差し引きにしても無茶な教育をしていたことは察しがつく。

 

 しかし、それを実際に親子を知る者の口から語られると、思っていた以上のショックにはなる――自分のイヤな予測が当たっていたということになるのだから。

 

「少し遠回りにはなりますが、まずオーウェル家の成り立ちについてお話します。オーウェル家は古くからの貴族ではなく、新興の貴族……とはいえ、たまたま現当主のウィンストンの父、つまりソフィアの祖父が当てた鉱脈で成り上がっただけで、そこまで商才に優れていたというわけではありません。

 落ち目だったオーウェル家を再興したのは、他でもないウィンストンの妻、マリオンです。彼女もまた没落貴族の娘でしたが、同時に高い向上心と稀有な商才を有しており、結婚後は精力的にオーウェル家を再建していきました。

 そして、魔王の復活は、皮肉にも鉄鋼オーウェルの更なる一助となりました。戦争が始まれば、鉄の需要が増すのは自然な流れ……それを通じてマリオンは財界や貴族、商家の人脈を形成し、更なる利益をあげました。ですが……」

「……マリオンはそれだけでは満足しなかった。軍の主導は、学院が握っているから」

 

 エルが入れた横やりに、アレイスターは深く頷いた。

 

「その通りです。武器を売るなら、一番効率が良いのは軍とのコネクションを作ること……ですから、マリオンは学院との連携を図りました。もちろん、軍自体も武器は必要ですから、オーウェル家をないがしろにしたわけではありません。ですが学院としては、新興勢力の急成長を好ましく思っていませんでした」

「……それで、我が子を学院に送り込んで、コネを作ろうとしたっていうのか?」

 

 自分の言葉に、アレイスターは今度はこちらを向き、また深く頷く。

 

「ですから、マリオンは自分の子供たちに多くの家庭教師を付け、学院へ送り込もうとしたわけですが……幸か不幸か、オーウェル家の末子は稀代の天才でした。

 物心が着いたらすぐに多くの家庭教師が付けられ、そしてすぐに頭角を表し……その子が学院に入学したのが六歳、七歳の時にはすでに第五階層までの魔術を使いこなしており、それならばと……勇者の供となるのに専用の教育が施された、その子こそがソフィア・オーウェルです」

 

 アレイスターはそこで一度切って、少しぬるくなっているであろう紅茶を一啜りして、カップをゆっくりとコースターに戻す。

 

「ともかく、勇者の供であれ、将軍という立場であれ……むしろ、マリオンからしたら准将という位の方が丁度良いのかもしれません。ソフィアが軍籍を返上しようとしたのを止めたのもマリオンです。

 魔王征伐後も、魔獣の脅威や社会不安による野盗の被害などは続きます。まだまだ、武器は売れる余地がある……それで、ソフィアを軍籍から外したくなかったのでしょう」

「……どうしてマリオンは、そんなに金儲けに必死なんだ?」

 

 そこで初めて、アレイスターは少し考え込むように視線を斜めにし、口元を手で押さえた。そして少しして、彼なりの答えが見つかったのだろう、改めてこちらを向いてくる。

 

「その理由は、本人に聞いたわけではないので分かりませんが……彼女の場合、金を儲けたいわけではないと思いますよ。ただ、世の中には一定数、自分の存在証明から逃れられないタイプの人間が居る……彼女はそれが強いのだと思います」

「……ちょっと抽象的で分かりにくいな。もう少しわかりやすくいってくれ」

「つまり、こういうことです。マリオン・オーウェルは、レムリア大陸の商家として、自身がどこまで行けるのか試したい……そう思って行動しているように私には写る、と言ったところでしょうか。その手段が商売であり、目的ではないのだと思いますよ」

 

 皮肉にも、その一途な探求心が我が子にも受け継がれていたのでしょうけれど――アレイスターはそう付け加えた。

 

「そして、先ほど話したことはマリオン・オーウェルの親としての側面です。彼女は質の悪い商品を売ったりするわけではありませんし、不当に高い物を売ったりするわけでもありません。

 また、彼女のおかげで流通が合理化されましたし……此度の魔王征伐の立役者の一人であることは疑いようはありません。女傑と呼ぶに相応しい人物でもある、それもまた忘れないので欲しいのです」

「……立派な人物が、立派な親とは限らないってことか」

「そうですね……これが平時ならば、まだもう少しマリオンのことを冷たいだけと断ずることもできましたが……ある意味、母子で有事の際に、貴族としての使命を果たしたとも言えます。事実、ソフィアも母のことは尊敬はしてはいるはずですよ」

 

 なるほど、確かにそういう見方もできるのか。自分が少しソフィアに入れ込みすぎていて頭がカッとなっていたが。確かに客観的に見れば、二人とも有事の英雄なのだ。

 

 そして、王都に近づくにつれてソフィアの元気が無くなっていった理由も、同時に家に帰らないという選択肢を取ることもなかった理由も理解できてしまった。実家が嫌だから、嫌いな親だからと、単純に切り捨てることが出来ない関係。

 

 思い返せばソフィアはこの旅を始める最初の段階から、実家に顔を出すとは言っていた。どのように親と話を進める気だったのかまでは分からないが、彼女なりに家のこととも向き合おうとしていたのだろう。

 

「……そう言えば、親父の話があんまり出てこなかったな。マリオン・オーウェルよりはマシなのか?」

「マシと言えばマシ、ある意味ではより性質が悪いと言えば性質が悪いとも言えます。先ほど言ったように、落ち目だったオーウェル家を再興したのはマリオンです。

 夫のウィンストンは恐妻家で、マリオンのいう事に逆らえない……もちろん、我が子に対する愛情が深ければ、仮に彼自身に商才が無くともマリオンと対立するでしょう。ですから、子供にもそんなに関心が無く、マリオンの言う通りにしている……というのが、私の所感ですね」

 

 良くも悪くも、課題は母親か――そう思っているとアレイスターは机の上で手を組みながら、こちらをじっと見つめているのに気付いた。

 

「さて、アランさん……貴方はどうしたいですか?」

「俺は……」

 

 ここに来るまではオーウェル家に殴りこんでやる、くらいに思っていたのだが。諸々の事情を聞いた時に、簡単に結論を出せなくなっていた。そもそも親の側から見れば、自分だって他所の子を連れまわしている厄介な無頼漢と思われたっておかしくないのだ。

 

 そう思い、自分が返答に窮していると、アレイスターが小さく首を振って口を開いた。

 

「……そうですよね、やはり家庭の問題というのは難しい物です。一つの側面を切り取れば、安易な感情論になりやすい。

 貴方がソフィアを大事に思ってくれているのは分かっていますし、彼女もまた貴方によく懐いています。だから、彼女を助けてあげたいという気持ちがあるのも理解できます」

 

 アレイスターは立ち上がり、窓の外を眺めだした――もしかすると、外の風景にいつかの日を重ねて見ているのかもしれない。

 

「少し話は逸れますが……学院で魔術を学ぶソフィアには、二つの原動力があったのだと思います。一つは、家のために努力するというもの。ソフィア自身、家庭には複雑な思いがあるのは確かですが、同時に全てを否定的に思っているわけではない。

 そしてもう一つは、勇者の供となり、世界に平和をもたらすこと……自分の努力が世界の役に立つ、それが彼女の生きる理由であり、存在意義だったのです」

 

 初老のくたびれた男性は、一度こちらを振り向いた。その眼には悔恨の色が写っているように感ぜられる。

 

「……私はそれを理解したうえで、あの子に魔術を教えることしか出来ませんでした。自分が修めている魔術より、より実戦的な魔術が使える優秀な魔術師が必要だったのも確か。彼女のひたむきさと、勇者と共に世界を救うという信念にかまけて、彼女の家庭の問題や、人間性の部分を直視することはできなかった……。

 そういう意味では、私もマリオンと変わりません。ただより強力な魔術を身につけさせ、魔族と戦うための教育を彼女に施してきたのですから」

 

 再び窓に向かうアレイスターの背は、いつもの猫背から更に折れ曲がって小さく見えた。

 

「……あの子がシンイチさんからパーティーを追い出されたと聞いた時、私は目の前が真っ暗になった心地がしました。あの子が頑張ってきた理由が、真正面から否定されてしまったのですから。

 そして同時に、勇者の供として危険に身を投じるのは、自分が出来るせめてもの贖罪なのだとも。あの小さな手に全てを委ねて、眼をそらしていた自分が果たさねばならないことだと……」

 

 懺悔するように語るその背中を見て、この人がソフィアの師であって良かったと思った。実際、あの子の素直さや優しさは、この人がいたから養われたもののように思う――アレイスター本人はもっと出来ることがあったと後悔しているかもしれないが、自分だって事情を色々と加味したら、一概に結論を出せなかったのだ。自分より聡明で立場があるアレイスターともなれば、色々悩みながらも様々な決断をしてきたに違いない。

 

「……アンタはお人よしだな、アレイスター。そんな罪悪感を背負ってちゃ、窮屈だったろうに」

「ははは、そんなことはありません……ともかく、私は貴方に感謝しているんですよ、アランさん」

 

 アレイスターはこちらを振り向くと、口元に皺を寄せて笑っていた。

 

「レヴァルで燻っていたあの子の心を、蘇らせてくれたのは間違いなく貴方です。きっとあの子も、貴方に会えば元気になると思いますから……是非あの子の味方であってほしいのです」

「それは言われなくともそうするつもりさ」

「ありがとうございます……ともかく幸いにも、学院という場所は多少隔離された場所です。そして、あの子は立場上、そのうちここに来るでしょうから……その時にでも彼女自身から、もう少し話を聞いてみるといいでしょう」

「あぁ、そうだな……ソフィア自身の気持ちも聞かないとな……しかし、ソフィアが来るタイミングも分からない訳で、もしかしたらここに通い詰めたほうが良いか?」

「いえいえ、宿の場所を教えてもらえば、使いを出しますよ。恐らく、数日は来ないでしょうから、今日はシンイチさんたちに会ってきたらいかがでしょうか?」

 

 ソフィアがそのうち学院に来るのは間違いないだろうし、それなら一旦は当初の目的を果たすのもいいか。アレイスターの提案の通り、自分たちはシンイチに会いに行くことにした。

 

 ◆

 

 自宅の食堂の長机に座りながら、壁に立てかけてある時計を見る。時刻は九時ちょうど、本当なら皆の下に行っている時間だ。

 

 しかし、やはり悪い予感は当たった。家に帰るなり、両親から――主に母だが――言い渡されたのは外出禁止令だった。一応、父からはこの二年間の労いはあったものの、母からは何もなかった。

 

 改めて室内を見回す。この家の中に関する記憶は、実はそんなにない。幼いころは部屋に籠って勉強ばかりだったし、学院に通うようになってからは家にいる時間も減った。また、ここ二年は丸々帰宅もしていなかったから――まるで他所の家に居るような疎外感を覚えてしまう。

 

 ともかく、もう少し母と話す時間は必要だとも思う。自分にだって、やりたいことはある――母だって、魔王復活という世界の窮地に奔走していたのだから、きちんと自分の気持ちを理解してもらいたい。

 

 とはいえ、自分が来ないことにアランたちも困っているかもしれない――そうなれば、外出が難しくなった旨は、彼らにきちんと伝えておきたい。食堂のはるか上座で、朝食を済ませて口元を拭いている母に向き合うことにする。

 

「……お母様、せめてアランさんたちに、挨拶をしてきてはいけないでしょうか?」

「その必要はないわ。すでに使いを出して、もう貴女が関わることはないと伝えているもの」

「そ、そんな……!?」

 

 別に、外に出る言い訳を得て逃げるつもりがあったわけでもないのに――それ以上に、自分の大切な人たちが無下に扱われているようで、胸に怒りがこみあげてきてしまう。

 

「……アランさんたちは、魔王を討伐した功績があるんです。その方たちに使いを出して一方的な対応をするなんて、失礼に当たります……!」

「いいえ、そんなことはないわ。本当に無下に扱うのなら、無視したってよかった……使いを出したのは敬意を払っているからよ。

 しかし、身元の知れない粗暴な冒険者に、教会を追放された異端者、それに不貞を働いた両親を持つ辺境武者……私としては、得体の知れない無法者達に娘を預けていたのに近い。むしろ、貴女には私の気持ちを汲んでほしいわね」

「ですから、私はきちんと事情を話すために、こうして家に帰ってきました! それにあの人たちは、そんな人たちじゃ……」

「……黙りなさい」

 

 その一言の冷たさに、こみあげてきていた熱い感情が一気に引いてしまう。客観的な自分は、ここで臆することなどないと言っている。自分にだって、感情が、人格があるのだから――仮に自分が母から見て正しくなくても、同時に自分から見て母が正しくない部分だってあるのだ。

 

 しかし、ダメなのだ。幼いころに仕込まれた彼女への潜在的な恐怖が、理性を押し殺してしまう――母が厳しいのが怖い。だから、これ以上怖い思いをしなくて済むようにするため、従順な態度を取ってしまう。

 

「そもそも、私は何度も軍に連絡を入れていて、貴女は先々ですぐに帰って来いという伝言を受け取っていたはず……それなのに二か月も放蕩して……貴女には立場があるのよ、ソフィア。そして何を言い出すかと思えば、今後も旅を続けさせてほしい……? 馬鹿も休み休み言って頂戴」

「ですが、此度の魔王征伐の残党がまだ残っているのです。それを放っては……」

「本来なら、将軍は前線になど出ない。出たとしても、命令を出す立場……それを貴女は自分の手で処断するというの?」

「……ソフィア・オーウェルは、戦うために研鑽を積んできました……世界に生きる人々の明日を護るために……」

「それは二か月前までの話。残党狩りなど、兵たちに任せておけば良い」

 

 しどろもどろになりながら取り繕おうとしても、母は自分の言葉を切ってしまう。

 

「……貴女は、私の立場が欲しいだけですよね、お母様」

 

 そう、最後の抵抗のつもりで小さくつぶやいて見せたが――戻ってきたのは小さな嘆息と、変わらぬ冷たい視線だけだった。

 

「えぇ、そうよ。そのために貴女を学院に入学させたのだもの……貴女のいう残党や治安の悪化で、まだまだ軍には武器が必要。貴女が立場を捨てなければ、私はまだまだ商売が出来る。

 悔しいのなら、貴女も自分の子に同じことをすればいいわ。もしくは逆に、ただ甘やかして無能で何の役にも立たない子を育てたっていい。もちろん、私の目が黒いうちは、孫にだって口出しするけれど」

 

 情に訴えてもダメだった――いや、そんなことは分かっていた。母が情で動くタイプでないことなど分かっていたはずなのに、それでも自分が悪態をついてみせたのは、アナタに――。

 

 母の冷たい言葉の雨に耐えられなくなり、自然と視線が自分の膝に落ちてしまう。

 

「……話は終わりかしら? 私は忙しいの……もう数日ほど部屋で頭を冷やしたら、貴女は自分の職務に戻りなさい。むしろ、その歳で世界に対して影響力を持っているなんて、私にはうらやましい限りよ……」

 

 そこで母が席から立つ音が聞こえ、扉が閉まる音がした。自分は泣きそうになるのを何とかこらえながら、その場から動くことは出来なかった。

 

「……私は、アナタに……認めてほしかったのに……」

 

 そう呟くと、本当に自分の心が折れて泣き出してしまいそうだった。

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