B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「報酬は全額、アランさんが受け取ってくださいね」
依頼達成をバーンズに報告しに来た冒険者ギルドのカウンターで、唐突にソフィアから切り出された。
「いや、待ってくれ、それはおかしいんじゃないか? ギリギリ半々、貢献度で考えたら一対四くらいで、ソフィアが多く受け取るべきだと思うが……」
「いえ、軍の規定で、副業禁止なんです」
まさか、異世界に来て公僕は副業禁止を聞くことになるとは思わなかった。
「むしろ、想定以上の魔獣を倒したので、もっと多く支払っても良いくらいなのですが……」
そこで、ソフィアはバーンズのほうをチラと見る。対して、髭面の壮年は笑いながら首を振るだけだった。
「額を変えるなら、変更の手続きをしていないとできないぜ、大将。倒しちまったのなら、後の祭りだな」
「准将です。ということなので、五千ゴールドはアランさんが受け取ってくださいね」
一日に掛かる生活費が、宿暮らしで大体五十ゴールドらしい。装備品を買わないならばなんと百日間程度は生活できる。とはいえ、暗黒大陸で戦える装備を揃えるなら、三千程度は見積もったほうが良いとのこと。少し良いのを買えば、あまり貯蓄は出来ないかもしれない。
「うーん……あんまり納得いかん」
「それでしたら、軍がアランさんに失礼をしたお詫び込み、ということでどうでしょう?」
「それならで返すが、せめて飯でも奢らせてくれないか? いや、奢るってのも変かもしれないが……でも、二人で稼いだお金だし、それに時間が許すようなら、魔法のこととか聞いてみたいしな」
「二人で稼いだお金……そうですね、そのお金で食べるご飯は、美味しそうです。ただ、一旦は結界が切れかけていたことを駐屯地に報告しに行きたいので、少し待ってていただいてもいいですか?」
「あぁ、問題ない。場所はどうしようか」
「ふふ、アランさんに任せても大丈夫なんですか?」
ソフィアは意地悪っぽく笑った。廃墟からの帰路では、お互いに――主にこちらだが――疲弊していて口数も少なくなっていたが、戻ってきて少し元気も出てきたらしい。
「すまないが、全く分からないので場所を指定してほしい」
「はい、それでしたら、冒険者ギルドの右手の食堂でいいかなと。私も第一駐屯地で寝泊まりしていますし、アランさんも今日はここの二階の宿を取るといいと思うので、解散後もすぐにお互い眠れますしね」
「あぁ、分かった」
「それでは、三十分ほどで戻れると思うので」
そう言い残し、ソフィアはギルドの扉を揺らして出て行った。
「宿の手配も酒場側だ、アラン。この後はクソッタレどもでにぎわう場所だ、席を予約しておいてもいいと思うぜ」
見送る背後から、バーンズが声をかけてきた。
「予約しておけば、素直に席を譲ってくれるような連中なのか? 冒険者ってのは」
「はは、違いねぇ! だから、部屋を取ったら、席にさっさと座っておいたほうが良いだろうな」
「ご忠告どうも」
「あぁ……オレは現場にいたわけじゃねぇ、お前がどんくらいやったかは分からんが、准将の顔を見る限り、結構頑張ったんじゃねぇか? ほれ、その頑張りに対する報酬だ」
カウンターに革袋がドン、と置かれる。五千ゴールド、なるほど中々の重さらしい、自分の頑張りを持ち上げてみると、周りが評価してくれるのに見合うかどうかはまだ分からないが、そこには確かな重みがあった。
◆
冒険者ギルドの二階の宿を取り――安いのは相部屋だったが、いろんな意味でちょっと怖いので個室を取った――酒場の窓際の席を取って窓の外を眺める。現在時刻は夜の七時、大通りは城塞都市に戻ってきた冒険者で溢れているようだった。それに比例して、確かに食堂も段々と席が埋まってきている。これは先に取っておいて正解だっただろう。
ソフィアが来るまでの手持ち無沙汰を解消するため、そして何にも注文しないで席を陣取っているのを周りの目線を少しでも和らげるため、席に備え付けのメニューを手に取ってパラパラと眺める。料理名にも豚、牛、鳥、卵、魚など、前世の感覚とそう違わない名称が表意文字で並んでいる。つまり、この世界にはあちらの世界と同種の家畜が存在し、漁業が存在していることになる。
飲み物は、見たところ酒とコーヒーくらいしか無い。周りの冒険者も、とりあえずエールで、から入っている。とりあえず文化はこちらにもあるのか、そんな風に眺めていても、あまり魅力的に映らなかった。ファンタジー世界のエールと言えばお約束な感じがしてワクワクするかとも思ったが、もしかしたら前世では酒が好きでなかったのかもしれない、もしくは未成年だったのか、ともかく飲んで食卓を囲んでいる冒険者はこれぞ、という感じで絵になっているのだが、自身で飲みたいとは思わなかった。
「……お待たせしました!」
正面を見ると、ソフィアが目の前の席に座っているところだった。急いできたのだろう、少し息があがっている。それに付随して周りの熱気のせいで暑く感じているのだろう、ソフィアは先ほどから羽織っていたコートを脱ぎ、椅子に掛けた。
「あはは、服、よく見るとちょっと汚れちゃってますね」
「ソフィアが頑張ってくれた証拠だ……決まったら店員呼ぶから言ってくれ」
メニューを手渡し、ソフィアが食べるものを決めている間、改めて周りを少し見る。准将がいることに周りも気づいたのか、少し視線がこちらに集まっている。とはいえ、冒険者と軍隊では毛色が違うのか、こちらのことは気にしているようで声を掛けてくる訳ではなかった。
「えぇっと、それで、魔法のことが聞きたいんでしたよね」
注文を通してのち、飯が来るまでの時間つぶしには丁度良い話題をソフィアが提供してくれた。
「あぁ、よろしく頼む」
「多分、アランさんが聞きたいのは、正確に言えば魔術のことだと思いますので、それをメインに話しますね。一応補足すると、私が使っていたのは魔術です。魔法と分類されるのは、神官職の方が使う神聖魔法と、エルフが使える精霊魔法ですね」
「うん? 魔術と魔法は違うのか?」
「はい、知らない方からすると、詠唱して何かしらの事象を顕在化させる、という点では同一です。なので、スペルユーザーと一括りに分類されていますね。しかし、魔術と魔法では、自身で術を構築するのか、それとも上位存在に奇跡を起こしてもらうのか、という点で異なるのです」
「……えーっと?」
「まず、魔法は大いなる者との契約を元に成り立ちます。神聖魔法はこの世界を創造した神、精霊魔法は四大元素を司る精霊ですね。こういった上位の存在からの恩寵がないといけないので、魔法を使うには努力で埋めがたい才能が必要なのが特徴です。
対して、魔術は、この世界の要素や観念を理解し、再構築する術です。そのために、魔力と、それを顕在化させるための詠唱が必要になります。魔術は全部で七つの階層があって、レベルが上がるごとに一つの要素を追加できます。
たとえば、第一階層だと簡単な炎しか出せませんが、第二階層にして炎を二重に重ねれば大きな炎に、火と風を合わせれば広範囲を攻撃できる熱風の魔術が出来るという感じですね」
「成程な。でも、ソフィアは魔術を打つ時、杖を結構いじってるよな? アレも必要な作業なのか?」
「というより、アレは詠唱を簡略化するための装置なんです。予め魔力を込めた弾を消費して、要素を構成だけすれば、すぐに撃てるようになってるんですよ」
そこまでソフィアが言い切った時に、注文していた料理が来た。こちらは牛肉、ソフィアは鶏肉のソテーに、二人の間にサラダの皿が置かれた。とはいえ、値段のわりに量は多くない。これはエルが言っていたように、戦時で食糧に難があるせいかもしれない。
「これじゃあ足らないかもしれないな。ソフィアは頑張ってくれたし、もう少し追加しようか?」
「いえいえ、これで十分美味しそうですし、おなか一杯になりそうです」
「そうか? でも、俺も足らなそうだし、もう一品くらい頼むか。なんなら、デザートとかでもいいな」
そう言いながら、こちらはメニューのデザートを探してみる。相手は女の子だし、甘いもののほうが良いと思って提案してみたのだが、デザートが無かったら困る――いや、何個か甘いものも取り揃えているらしい。どうせどれがいいとか聞いても遠慮されるだろうから、こっちで勝手に頼んでしまうことにする。もしソフィアが食べないなら、自分で食べてしまえばいい。
「店員さん、フルーツタルトを追加で一つ。それじゃあ、いただきますか」
「はい、いただきます」
ソフィアは両手をぽん、と合わせて食器を取った。いただきますという文化が通じたことに多少違和感を覚えつつ、魔術の講義の続きをしてもらうことにした。
「えぇっと、どこまで話しましたっけ」
「弾丸を込めてるから、すぐに撃てるって所までだな」
「そうでした。それでもし、魔術弾が無ければなんですが、自前の魔力と詠唱が必要になります。魔力を事象の彼方に接続するのに、長い詠唱が必要になるんですね」
「じ、事象の彼方……?」
かっこいいワードが出てきたが、残念ながら理解が追いつかない。そして、こちらの質問に対してソフィアも苦笑いを浮かべるだけだった。
「事象の彼方については、私たち魔術師もよく分かっていないのが現状です。ただ、あらゆる物理法則はそこで計算されており、そこに接続することで、普段起こりえない現象を起こすのが魔術、というのが今の学院の解釈です」
「なるほどなぁ、よく分からないということは分かった」
「そうですね、私もよく分かりません。ただ、明確なことは、魔術弾がない魔術は実戦に耐えきれない、ということです。
第一階層はほぼ無詠唱で打てますが、実戦レベルで強力になる第三階層辺りからは、一般的な魔術師の集中力で三分ほどの詠唱が必要になります」
「その間、棒立ちは厳しいな」
「はい。そのため、魔術弾が何発か装填されている魔法の杖を使うのが、魔術師としては一般的ですね。私の杖には、第一から第六階層までの弾丸が各九発、計五十四発搭載されてます。あと、この魔術弾を利用するというのは、防犯にも役に立つんですよ」
「うん、どういうことだ?」
「魔術って免許制なんです。学院の学部以上を卒業して、初めて外で魔術の利用を許可されます。そして、その魔術師の格に合わせて、携帯できる魔術弾の数が決まっています。この魔術弾は、軍しか支給できません。そうなると……」
「成程、魔術は強力だから、それこそ街中の喧嘩でぶっ放されたら大事になる。それで、ちゃんとした人には相応の数の魔術弾を支給する、こんな感じか」
そうなるとソフィアはその学院とやらの学部を最低限卒業していることになる。この世界の学部生がどれくらいの年齢で卒業するのか分からないが、彼女のそれが早いのはほぼ確実だろう。
「はい。ちなみに、正規軍の半数は、学院の出身者です。残り半分が王国の騎士や、徴兵された平民の方ですね。冒険者と一緒に行動している魔術師も、正規軍には所属していないものの、学院との繋がりはあります」
つまり、魔術は学院の関係者で牛耳られていることになる。また、全くの勘だが、恐らく軍隊でも魔術師のほうが立場は高い。
「……この世界において、魔術師の立場はかなり高い?」
「そうですね、そうかもしれません。魔術師になるには、勉強さえすれば誰でもチャンスはあります。しかし、なかなかそのチャンスを掴むにも、生まれた家柄が重要になってしまいます。学院の試験は広く門戸を開いていますが、入学できるのは一握りですから」
「まぁ、簡単に入学できるなら、みんな魔術師になりたがるわな」
「はい。魔王のいない平時でも、魔獣討伐や治安維持、新たな魔術の開発にと、学院は世俗に対して大きな影響力を持ちます。多くの魔術師が生まれるのは望ましいことかもしれませんが、学院の指導体制が人気に追いついていないのが現状ですね」
そこまで聞いて、自身がスペルユーザーになるのが厳しいという理由もよく分かった。神聖魔法は恩寵がないと使えない、魔術師になるにはこの世界流の受験戦争を勝ち抜かなければならない訳だ。
そう考えている隙にお互いの食事が終わり、直後に良いタイミングで追加の注文を女性店員が机に置いた。値段のわりに小さいが、色とりどりのフルーツとクリームの乗った、美味しそうなタルトだった。
「わぁ……なんだか可愛らしいですね」
「准将さんにお出しするので、せめて盛り付けだけは気合入れました!」
「お気遣いありがとうございます」
ぺこり、と店員に対して礼をしてから、ソフィアはデザートをじっと眺めている。
「……食べたいなら、遠慮せずに食べてくれていいんだぞ?」
「い、いや、なんだか食べるのがもったいないです……」
両の手平を振って、私などが、みたいな雰囲気で遠慮したのもつかの間、ソフィアはまたじぃ、とデザートを見つめだした。
「折角出てきたものだ、食べなきゃもったいないぜ」
そう言いながら、スプーンを差し出すと、ソフィアは意を決したように力強くそれを受け取った。
「はい……それでは……いざ!」
まるでこれから決闘が始まるというような気迫でタルトの一角を崩し、フルーツとクリームを乗せて口に運ぶ。そしてゆっくりと、目を瞑って咀嚼し始める。
そして唐突に、まるで宇宙の真理に気づいたかのように少女は目を見開いた。
「お、美味しいです!」
「それは良かった。もっと食べてくれ」
「で、でもでも、アランさんが食べたくて注文したのでは?」
「そうだなぁ、俺も半分いただこうかな」
「ぜひ! こんな美味しいもの、食べたの初めてかもしれません!」
こちらにも食べることを施した後に、ソフィアはゆっくりとタルトを味わっている。しかし、小さいから半分と言えば男の口だと二つ口くらいで終わってしまいそうだ。
「ソフィア、あんまりデザートは食べたことないのか?」
「は、はい、果実や簡単な焼き菓子などはいただくこともあるのですが、このように工夫されたお菓子は食べるのは初めてで……はふぅ」
ソフィアはしばらく目を輝かせていたが、いつかは終わりというものは来るもので、半分食べきってしまった。少女は名残惜しそうに、残っているもう半分を見つめている。
「うん、残り半分も食べてくれないか?」
「い、いいんですか!?」
「あぁ、なんだか記憶を失う前は、甘いものはそんなに好きでなかったような気がする」
「もう、本当です?」
「少なくとも、ソフィアほどのリアクションを取れるとは思わないな」
「それはそれで恥ずかしいような……それじゃあ、お言葉に甘えます」
そう言いながら、再び目を輝かせてスプーンを運んでいく。今日頑張った彼女に対する礼なのだから、喜んでくれてよかった――少し周りを見渡すと、美味しくデザートを頬張る少女を見て、周りの冒険者たちも気持ちほっこりしているようだった。
最後の一口に手を付けようとする瞬間、ソフィアは手を止めて、使っていないスプーンを差し出してくる。
「最後の一口になっちゃいましたけど、やっぱりアランさんも食べてください。二人で頑張ったんですし、美味しいもの、共有したいです」
「そう言われたら、食べないわけにはいかないなぁ」
残った柑橘の類と生地をスプーンに乗せて頬張る。故郷の味はどんなだったか――しかし、これはこれで、甘さ口いっぱいに広がり、格別な味がしたのは確かだった。
「……やっぱり、甘いものも好きだったかもしれない」
「もう、調子いいんですから」
「うん、美味しいな」
「はい、美味しいです!」
少女の笑顔は、准将という重苦しい肩書を一切忘れさせる、年相応のものだった。
食事が終わり、ソフィアを見送ることになった。と言っても、扉を出てすぐ目の前なのだが。食事でそこそこ時間が経っていたのか、先ほど比べると人通りも減ってきており、正門前は静かで落ち着いた雰囲気になっている。
「それじゃあ、今日はありがとうソフィア。メチャクチャ世話になった」
「いえいえ、私のほうこそ。偶然ですが、早急に対応しなければならない事案も解決できましたし。それに、美味しいものも食べられましたし!」
ソフィアにとって、先ほどのスイーツが余程衝撃だったのだろう、それに疲れもあるせいか、少女は叫んだ後に少し呆けた顔をしていた。少しして我を取り戻すと、少女はその肩書に似合わないほど大きなお辞儀をしてきた。
「本当に、今日はありがとうございました。アランさんからすると、命がけの面もあったと思いますが……それでも、私、楽しかったです」
「あぁ、俺も楽しかったよ」
「ほんとですか!? それなら良かったです! それで、また何かありましたら、ぜひお声がけくださいね。普段は、執務があってご協力できないこともあるかもですが……基本、書類仕事で、そんなに忙しくないので!」
その言葉には少し違和感があった。恐らく、ソフィアの実力は魔術師としてもトップクラス。それに、歳に見合わず判断力や決断力もあるので、本来なら仕事も多そうな印象だが。そうなると、恐らくどちらか、過剰に仕事をしてしまっているか、准将という立場でかつ、年端もいかない少女に周りが無茶をして欲しくないために仕事を回していないか――なんやかんや、どちらも正解な気がする。
いずれにしても、立場ある彼女の手を、これ以上煩わせるのも気も引ける。もちろん、相応の大事には協力してもらうこともあるかもしれないが、基本的にはもう少し自力で頑張っていかないといけない。とはいえ、少女の厚意を無駄に削ぐこともあるまい、とりあえず同意することにする。
「あぁ、また何かあったら頼むよ、ソフィア」
「はい! こちらも、何かあったらお声がけするかもしれません。それではアランさん。記憶がないのは大変だと思いますが……どうか、アナタの冒険者としての生活が、素晴らしいものになるのをお祈りしています」
再度、少女は深々とお辞儀をして、駐屯地の方へと向かっていった。食後で少し火照った体を夜の風が冷ましてくれると同時に、確かな疲労感を感じ、こちらも部屋に戻って休むことにした。