B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
アレイスターの研究室を出て王城へと向かう途中、クラウとエルが先を歩いて話し合っている。
「……ソフィアちゃん、大丈夫でしょうか」
「まぁ、今朝のことを見る限り、あんまり良い感じにはなっていないでしょうね……とはいえ、あの子もきちんと親と話し合おうと思って帰宅したんでしょうから、もう少し様子見はすべきだとは思うわ……親がいるうちじゃないと、出来ないこともあるでしょうし」
「……そうですね」
二人には既に親は居ない。エルの方は国王が父なはずだから、正確には存命しているのだろうが――とはいえ、きちんと説明を受けていないものの、辺境伯領で言っていたことを考えれば、エルの実の父はテオドールなのかもしれない――そう思うと色々とややこしいが、ともかく母と育ての養父が亡くなっていることを考えれば、もはや親はいないというのに近いだろう。
親孝行したいときに親は居ないというし、まずは話し合おうというスタンス自体は大切だと思う。もちろん、前世的な感覚で言えば、ソフィアはまだ未成年であるし、親のいう事は多少は聞くべきという意見もあるかもしれない。
しかし同時に、ソフィア・オーウェルは歳に合わない才覚と頭脳を持ち合わせている、一人の人格者でもある――もし母子の意見が平行線になったら、親のいう事を全て護る必要もないだろう。
「……俺らにできることは、何かあった時にソフィアの味方になってあげること。あとは、彼女の将来を考えて……安易なこと結論に俺ら自身が流されないようにって所かな」
「安易な結論に流されそうになっていたアナタがそれを言うの?」
「うっせー、反省してるよ」
エルから差し込まれた横やりにひらひらと手を振って返す。一方で、クラウはこちらが言った内容を深く考えているようだった。
「ソフィアちゃんの将来、ですか……まぁ、そうですよね。私たちも色々と事情があるって言っても、世間的に見たらただの冒険者ですし。ソフィアちゃんの将来を考えたら、一方的に連れまわすっていうのも違いますよね」
「あぁ、そういうこった」
しかし、自分は親との関係はどうだったのだろうか。記憶にないから明確なことは言えないが、世間的に見れば割と普通だったようにも思うし、同時に結構反発していたような気もする。
まぁ、反発していた気がするのは、自分の性格がひねくれているから、きっと親の正論を素直に受け止められなかったから、そんな気もする――などと思っていると、隣を歩いているエルがこちらを覗き込んでいることに気づく。
「ねぇアラン、意地悪な質問かもだけれど。もしソフィアが連れて逃げてって言ったらどうするの?」
「そりゃあ……まぁ、ケースバイケースだな。本当に切羽詰まっているのなら、連れて逃げてもいいと思っているぞ」
「ふふ、豪商オーウェルの英才にして学院の教授、軍の准将を連れて逃げるって? 世間を敵に回すわよ?」
「むしろ好都合だな。世間を敵に回したって味方をする奴が居るって、ソフィアには分かってほしいから……まぁでも、言った通りケースバイケースだ。本当なら、きちんと親と和解して、ソフィアがやりたいことをやれるのが一番だからな」
「なるほど……少し妬けるわ」
少し妬けるとはどういうことだろうか。エルの真意が分からないので、ひとまず話を元に戻すことにする。
「そう言うエルはどうなんだ、俺がソフィアを連れて逃げたら、一緒に来てくれるか?」
「私は、領民に約束してしまったから……あまり世間様を敵に回したくはないのが本音ね」
「まぁ、そうだよな……」
「だからまぁ、ひとまず一緒に逃げて、どうにか丸く収める方法を考える、かしら?」
エルはそう言いながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「エル、お前……前々から思ってたけど、結構優しいよな」
「ふぅ……結構って部分に突っかかればいいかしら? それとも、優しくなんかないって照れるべきかしら」
そんなことを言わずに、素直にこちらの言う事を受け取らないからエルはエルなのだが。エルは小さく笑った後、すぐにすました表情になる。
「でも真面目に言えば、ソフィアは学院との関係性は悪くないし、そちらのコネを使えば仮に家から離れてもどうとでもなると思う。
それに、血縁を使ったコネは強力ではあるけれど、反発者だって出てくるものだから……もしソフィアがその気なら、家との距離を開けるのも悪くないかもしれないわね」
「まぁ、そうだな」
エルとの話にひと段落着き、いつの間にか後ろに居たクラウの方へと振り返る。すると、なんだかソフィアがするように、頬を膨らませてこちらを見ていた。
「……どうしたんだクラウ」
「つーん、知りません……そもそも、年端もいかない女の子を連れ去るって、立場とか無視しても犯罪だと思いますけど?」
「いや、冷静に真理を突くなよ……そもそもそういったことがあったらどうするかって話で、連れ去る前提なわけじゃないからな?」
「まぁ、そうなんですけど……それで、私には聞いてくれないんです?」
「…………何をだ?」
とりあえず、答える前に何を聞くべきなのかは考えたが、分からなかったので素直に聞くことにする。多分、こう聞くとより一層不機嫌になるのは分かっているのだが――案の定、頬が倍は膨らんだんじゃないかと見まがうほど、クラウは不機嫌になってしまった。
「……仮にソフィアを連れ去ろうってなったら、着いて来てくれるのか、かしら?」
エルがそう横やりを入れると、クラウの膨れていた頬がしぼんで、代わりに口が大きく開いた。
「んがっ!? エルさん、それは言わぬが花というか……!」
「あら、あてずっぽうだったのだけれど、図星だったようね?」
驚愕するクラウに対して、エルは涼し気に笑っている。
「ぬー……それでどうなんですかアラン君、私が着いて行ってあげるか知りたいんですか!?」
あげるか、とか上から目線だなおい、と突っ込もうと思ったが止めておいた。余計に不機嫌になるのは目に見えているからだ。それよりは、素直な本心を伝えたほうが良いだろう。
「そうだなぁ……クラウが来てくれないと困るな」
「ふ、ふーん……そうです?」
「そうですそうです」
「なんか返答が雑ですね!? まぁ、困るっていうなら、着いて行ってあげてもいいですよ?」
そう言いながら、クラウは少し歩調を早めて自分を追い越し、前を歩いているエルに並んだ。
◆
恐らく、アランに顔を見られないようにするために逃げてきたのだろう。口元を緩ませたクラウが自分の横に並んできた。
「……素直に一緒に行きたいって言えばいいじゃない?」
「……それ、エルさんが言います?」
「ふふ、そうね……私も人のことは言えなかったわ」
アラン・スミスが雑でいい加減だからムキになってしまう気持ちも分かるし、それ以上に素直になるのもなんだか癪なのだ。自分たちはある種、心が幼いのかもしれない――むしろいつも素直に好意を見せられるソフィア・オーウェルの方が大人とも言えるかも、そう思うと自虐的な気持ちでまた笑ってしまった。
◆
王城の外壁はかなり高く、ここだけレヴァルの防壁並みかそれ以上の防御力がありそうだった。その入口に到着し、門番にアレイスターの紹介状を見せたのだが、書類の確認のために外で待たされる羽目になった。
しばらくすると、書類の確認が取れたとのことで、王城の巨大な門は――流石に開かなかった。代わりに横についている小さな扉が開かれ、防壁の中を通って王城の敷地内へと入ることになる。
「……アラン君、なんで残念そうな顔してるんです?」
「いや、だって、景気よくデカい門が開くところを見たかったじゃないか……」
「……門が開くところを見たいのなら、祝賀会までお待ちください。その時は、王城の門も開きますよ」
返答は、クラウの方からではなく背後から聞こえた。振り返ると、亜麻色の髪を棚引かせ、煌びやかなドレスに身を包んだ女性が立っていた。
「えぇっと……テレサ?」
「はい! すいません、格好が違うから、気付きにくかったかもしれないですね」
なるほど、着ているものや髪型次第で、随分雰囲気も変わる――もしかしたら、化粧なども少し変えているのかもしれない。暗黒大陸であった時は、テレサにはもう少し快活な印象を覚えていたが、今は本当に高貴なお姫様、といった風体だ。
「アランさんたち、シンイチさんに会いに来たんですよね? 私が案内しますよ!」
「え、いや、お姫様に案内させるなんて……」
「いえいえ、良いんです! アランさんたちもシンイチさんと並んで、王国きっての大切なお客様なのですから……それに、少しお話したいこともあるので」
そこまで言われれば、こちらから断る道理もないだろう。そもそも、知っている人に案内されたほうが安心もできる――と思ったのも案内を依頼した最初のうち、すれ違う兵たちは皆、テレサに向かって大きく敬礼をするし、その後は奇異の目で自分が見られるので、少々居心地の悪さを感じてしまう。
「……しかし、驚いたな。まさかテレサに案内してもらえることになるなんて」
「ふふ、それは偶々ですね……散歩している時に兵の一人が持っている封蝋に見覚えがあったので、引き止めて私が案内を買って出た次第です」
そうは言っても、兵の方としては雑務を姫に任せる形になるから、気が気でないような気もするのだが――しかし、テレサの人懐っこく明るい性格を考えれば、案外こういったことは日常的に起こっており、特別なこともでないのかもしれない。
「……そうだ、お義姉さま。お父様に会っていかれますか? 今日は執務が忙しく、面会は少ししかできないと思いますが……」
「……いいえ、いいわ。陛下も私と会っても、何を話せば分からないでしょうし」
「そんなこと……此度の魔王征伐の件で、是非労いたいとおっしゃっていましたよ?」
「まぁ、それはありがたいことだけれど……でも、唐突に会いに行けば迷惑でしょうから。それこそ、祝賀会でお話するわ。それでテレサ、話したいことって?」
そうエルが切り出すが、テレサは「もう少し人が居ないところで……」と返し、自分たちを先導していく。
塀の中には巨大な庭があり、その中にいくつかの建物が並んでいる。それらの建物も豪華で、王家の縁の縁者の邸宅地なのだとか。いくつか簡素な煉瓦づくりもあるが、それが塀の詰め所らしい。
しかし何といっても、中央にそびえる王城の存在感は凄まじい。五階建てなのか六階建てなのか、ともかく縦にも高く、横にもそこそこの広さがある。サイドについている尖塔などまで合わせれば、相当な高さがある――まさしく、ファンタジーの世界からそのまま切り出してきたような城そのものだった。
シンイチが居るのは王城の方らしく、庭を抜けて王城の立派な扉から入り、多くの階段を上がっていくことになる。城の内部もザ・城という感じで、ホールには意匠の凝った階段に大理石の床、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。そのシャンデリアの横を通り過ぎるタイミングで人も少なくなってきて、今までの旅の話が一区切りしたのを見計らったのだろう、テレサの表情が真剣なものに変わった。
「……あの、実は皆さんに……シンイチさんにこの世界に留まってくれるよう、お願いしてみてほしいんです」
「ふむ……それはまた、どうして?」
エルがそう問いかけると、義理の妹は頬を赤らめて、珍しく恥ずかしそうにしている。
「あの……私はあの方を、お慕い申し上げていて……それで出来れば、離れたくないなぁ、と……」
「……なるほどね」
テレサが照れて顔を逸らしたのに対し、エルは腕を組みながら頷いた。
魔王を倒した後、シンイチの奴は元の世界に帰るって言ってたっけ――だが、旅の中で少し得た知識を元に考えると、それもそれでどうなのだろうか。
シンイチの知識と自分の前世の知識はある程度合致する物であり、そして自分の仮説としては自分が元々いた世界は既に存在していないか、人の住めない環境になっている――そんな場所にシンイチを帰すのはどうか?
そもそも、異世界の勇者とはなんなのだろう。七柱の神々は時空を超え、一万年前の世界から人を召喚できる――ことは無いように思う。そうなると、一つ生まれる仮説としては、そもそも異世界の勇者とやらは、七柱の神々に造られた人間なのかもしれない。
その根拠は薄いながらにある。勇者が降臨するのには、魔王が復活してから十五年の歳月が必要になると。もしかすると、その間に赤子から勇者を造り上げ、成長する時間を待ち、その者をこの世界に送り込んでいるのではないか――そんな風にも推察できる。
我ながら突飛な考えでもあるが、もしこの仮説が正しかったとする場合、元の世界に帰ろうとする勇者はどこに帰るのだろうか? そう思えば、シンイチをどことも分からない所に送るよりは、この世界に留まってもらった方が安全といえるかもしれない。
自分がそんな風に考えている先で、義姉妹が話を続けている。
「……でも、それはアナタの口から言ったらどうなの、テレサ?」
「実は、一度はお話したのです。この世界に残って、この国の行く末を見てくれないかと……そうしたらシンイチさん、困った顔をされてしまって……それ以上はなかなか私の方からもお願いしにくくなってしまい……」
「ふぅ……なるほど……」
「逆に、私がシンイチさんに着いて行くというのも考えたのですが……」
確かに、アイツが残らないのなら着いて行くという選択肢もあるはずだ。もちろん、一国の王女をそこまで惚れこませているシンイチも凄いが――などと思っていると、自分の隣にいたクラウが慌て始めた。
「そ、それは止めた方がいいです! テレサ様の立場もありますが、アルフレッド・セオメイルの件もありますし……」
「クラウ、アルフレッド・セオメイルって誰だ?」
「えぇっと、先代勇者のお供の一人です。元々、勇者のお供は別の人だったのですが、途中でお亡くなりなってしまい……その後を継いだのが、エルフにして弓と精霊魔術の名手、アルフレッド・セオメイルです」
クラウは自分に何かを解説するときによくやる、人差し指をピン、と伸ばして話を続ける。
「アルフレッドは先代勇者、ナナセ・ユメノのことを深く愛していたと言います。それ故に、元の世界に帰ろうとするユメノを追って、海と月の塔まで着いて行きました。しかし、彼はこの世界に生まれ落ちた身であり、異世界の勇者の故郷には招かれざるものでした。そして行き先のない彼は転移することが叶わず……その魂は、時空の狭間で永久に彷徨っている言われているのです」
実態はどうだか分からないが、ひとまずそのアルフレッドとやらが勇者の後を追おうとしたものは帰らぬ人になった、これだけは間違いないのだろう。
そして同時に、ブラッドベリがユメノという名を呼んでいたことを思い出す。先代勇者は、魔族と人類の共存の道を、七柱に願い出ようとしたと。そして同時に、それを七柱が許すはずもないと。
そうなると、やはり使命を終えた勇者は――。
「そういうことだからアラン、お願いね」
「……あ?」
考え事をしている間に名前を呼ばれたせいで、我ながら間抜けな返事をしてしまう。気付くと前を歩くエルとテレサの足が止まっており、とくにテレサが真剣な眼でこちらを見ていた。
「その、シンイチさんはアランさんのことを信頼していますし、出来ればアランさんからお話していただくといいかなぁとは思っていました……不躾なお願いにはなるのですが、どうかお願いします!」
そこまで言って、テレサはこちらに向けて深々と頭を下げてきた。
「いいじゃないですかアラン君、減るもんでもないし」
「まぁ、そうだなぁ……」
先ほどの仮説を元に考えれば、確かにこの世界に残った方がシンイチのためかもしれない。それならば、とりあえずこの世界に留まろうと打診するくらいはしてもいいだろう。
「……テレサには、稽古をつけてもらった恩もあるしな」
「稽古をつけてもらったって、一方的に吹き飛ばされてただけじゃない」
こちらとしてはそれっぽく理由をつけただけなのに、エルから高速で揚げ足を取られた。
「うるせー……ともかく、提案だけはしてみるよ」
「は、はい! アランさん、ありがとうございます!!」
お姫様はもう一度深々と頭を下げてきて、はにかんだように笑ってくれた。
気が付けば、随分と階段を登ってきたが――ここは外から幾つか見えた尖塔の一つなのだろう、螺旋階段を登って最終的にたどり着いた扉をテレサが開けると、青い空と地平線が一望できるテラスのある部屋だった。
そしてそのテラスの手すりに背を預けながら、勇者シンイチが柔らかい笑顔でこちらを見ていた。