B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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アレイスター・ディックの研究室にて

 アラン達と別れて六日後、学院の方から招集が掛かった。何やら学長ウイルド直々に話がしたいということで、学長からの招集なら行くべきだと母の許諾が出て、現在は馬車に乗って学院に向かっている最中だ。

 

 貴族街を抜けて商業区に入ると、いつも賑やかな街並みがより一層の喧騒に包まれているのが見えた。明日に控えた祝賀会の前夜祭が行われているから、街はお祭り騒ぎで色めき立っているのだ。

 

 そんな外の景色をぼぅ、と眺めていても、何の気持ちも沸いてこない。本当なら、皆の笑顔を護れた自分の功績をもう少し褒めてあげてもいいのかもしれないが――今の自分の気持ちとの落差に、外の世界の出来事が他人事の様に感じられるせいかもしれない。

 

 こんな気持ちになったのは、一度や二度ではない。王都に住んでいた頃には、よくこんな風に窓の外を見ていたようにも思う。愛おしそうに我が子の手を引く母親と、嬉しそうにそれを握り返す子供。自分と近い年齢の子供たちが、友達と一緒に商店を駆けまわっている姿――それを最初は羨ましく思っていたはずなのに、何時の頃か無感情になっていた。

 

 思い返せば、自分は未来に希望を持つことで、現実の絶望を誤魔化していたように思う。自分には使命がある。勇者様と共に世界を救う使命があるのだから。それは、何物にも代えがたい名誉であり、自分の存在意義になると信じていた。だから、過酷な勉強や修練も耐えられたし、何より自分にとって世界に居場所があるように感じられたから頑張れたのだと思う。

 

 実際に、勇者から追放の処分を受けてからは自分の存在意義を失いかけてしまったのだが――そしてレヴァルでは腫物のように扱われていた自分が、新たに存在意義を取り戻せたのは、他でもないアランたちのおかげだった。

 

 シンイチのことは今でも尊敬しているし、凄い人だとも思う。ただ、彼の心は全く読めない。もちろん、異世界から召還されてこの世界を救ってなどと、重大な責務を一方的に押し付けられたのに、魔王と戦ってくれた誠実な心と優しさがあるのは確かなのだが。

 

 しかし、彼の考えていることは結局イマイチ掴めないままだった。自分を追放したのもなんとなく表面上の理由を取り繕っただけで、本心は別の所にあったように思う――ともかく、どこか信用できないような、そんな裏を感じてしまうのも事実だった。

 

 同じ異世界から来たのなら、あの人の方が真っすぐで好感が持てる。というよりも――何となく自覚はしているが、彼に抱く感情は崇拝に近いかもしれない。

 

 それは、元々シンイチに抱いていた感情が、そのままアランに移ってしまったとも言える。恐らく、自分は何かにすがらないと自分の存在に不安を覚えるのだ。もしかすると、シンイチにはそれが重荷だったのかもしれない。彼は私の感情など、お見通しだったから。

 

 一方で、アランの方はそんな自分を邪険にしないから、自分は彼のことを好意的に思っているのだろう。彼が鈍くて私の感情に気付いていないのが半分、同時に優しいから、自分のことを受け止めてくれるのも半分――ともかく、今の自分は彼がいるから、精神的にある安定していたと言っていいかもしれない。

 

 もはや、彼が異世界から来たとか、そう言ったことに関係なく――自分は彼に信頼を寄せているし、尊敬しているし――同時に、好意を寄せている。

 

 仮にこのままアラン達と別れて、王都に残ったとしたら、自分はどうなってしまうのだろうか?

 

(……何のこともない。母の傀儡《かいらい》になるだけ……)

 

 自我を持つことを望まれない人形、政治や商売の道具、それが母の求めるソフィア・オーウェル。そういう意味では、今の自分は母の望むモノに近づいているのかもしれない。もちろん、求められていないよりは幾分かマシかもしれないし、母が人類に対して行った貢献も尊敬は出来る。

 

 それでも――。

 

(……無感情なんかじゃない、無感情のふりをして、現実から目を背けているだけなんだ)

 

 そう思うと、自虐的な笑みがこぼれてくる。本当は窓の外に見える人々が羨ましいし、何の努力もせずに平和を享受している人々が妬ましいのかもしれない――いや、止めよう。妬んだところで所で何にも建設的じゃない。

 

 結局、憂鬱な気持ちのまま馬車は学院の前までたどり着き、私はその門をくぐった。学長ウイルドが居るのは、教授が研究室を構える棟の最上階――つまり、時計塔の内部だ。重い足取りのまま建物に近づいていくと、入口に見知った男性が立っている――ディック先生だ。

 

 あまり景気の悪い顔を見せても、心配をかけるかも――そう思って、まだ幾分か心の奥から取り出せる余所行きの笑顔を纏いつつ、私は小走りに手を振る先生に近づき、そして頭を下げた。

 

「ディック先生、おはようございます!」

「おはよう、ソフィア……今日は学長に呼ばれて来ているんですよね?」

「はい! 先生もご一緒に行かれますか?」

「いいえ、私は招かれていないので……それよりも、学長の所に行く前に、少しお茶をしていきませんか? まだ、指定の時間までは余裕があるでしょう?」

 

 確かに、指定の時間まではまだ三十分ほど余裕がある。一応、今後の拠点になるかもしれないので、時間までは自分の研究室の整理でもしようと思っていたのだが。とはいえ、それも緊急の用事ではないし、師の提案は二つ返事で受け入れることにした。

 

 師の研究室に通されると、いつも通りに先生がお茶を淹れて差し出してくれた。学院に居た頃は、こんな風にここで色々と教えてもらったもので――魔術のことはもちろん、政治や歴史、宗教についても語り合ったものだ。

 

 しかし、先生が盆に載せてきたカップは三つだった。そのうち一つを自分の机に置き、残りを来客用のテーブルに盆ごと乗せ、先生は自分の席に戻った。

 

「……あれ? カップ、一つ多くないですか?」

「いいえ、足りていますよ……実は、今日招かれたのはソフィアだけではありませんから」

 

 そう言われた瞬間、イヤでも期待してしまう。もしかしたら、あの人が来てくれるのかもしれないと。そして、期待に気分が高揚するのに合わせて、こちらに走って向かってくる足跡が聞こえ始める。

 

「……噂をすれば、早速来たようですね。ソフィア、お出迎えを」

「は、はい!」

 

 返事をするのと同時に、研究室のドアが叩かれる。私は小走りにそちらへ向かって扉を開くと、そこには息を切らせながら微笑むアラン・スミスの姿があった。

 

「……おはよう、ソフィア」

 

 自分のためにこんなに息を切らせて走ってきてくれたのかと思うと――今まで我慢していたものが一気に噴き出し、感情のコントロールが出来なくなって、目から自然と涙があふれ出てしまう。

 

「お、おはよ……おぉ……! アラン、ざん……!」

「お、おいおい……まぁ、泣いて喜んでもらえるのは、悪い気はしないけどさ」

 

 そう言いながら、自分の髪に大きな手が添えられる。たまに安易に撫でられるのは子ども扱いされているようでちょっとムッとするけれど、今は心地いい。

 

 少し泣いて自分が落ち着いた後、喉が乾いたと言ってアランはお茶を一気に飲み干し、熱いと叫んで椅子の上でうずくまっていた。それがまたおかしくて、つい笑ってしまい――なんだか先ほどまでのイヤな気持ちが全て吹き飛んでしまった。

 

 

 ◆

 

 ソフィアも落ち着き、渾身の熱い茶を一気飲みというボケで場も和んだようだ。決して喉が乾いていて何の気なしにお茶を飲んだら舌を火傷してしまった訳ではない。これは名誉の負傷なのだ。

 

「……そういえば、エルさんとクラウさんは?」

「あぁ、朝から買い出しに出ててな。書置きを残してきたから、そのうち来るだろう」

 

 ひとまず、アレイスターからの使いが来てから、一目散にここまで走ってきた。とはいえ、きちんと書置きを残す配慮までしてきたのだから、問題は無かったはず――しかし、自分の言葉にアレイスターが苦笑いを浮かべている。

 

「……アランさん、通行許可証は一つしかありませんよね?」

「あっ……」

 

 そうなると、エルたちはここに入ってこれないか。これは後で謝り倒すしかない大ポカをしてしまった。

 

「いえ、しかしアランさんだけの方が好都合かもしれません。どの道、学長にお会いするのに、エリザベートさんとクラウディアさんはここに残ってもらうことになったでしょうから」

「んあ? どういうことだ?」

「使いの者から聞きませんでしたか? 学長がアランさんにお会いしたいと言う事で、ソフィアと一緒に招待したのですが……」

 

 言われてみれば、使いがそんなことも言っていた気がする。しかし、ソフィアに会えるとなって、すっかり失念してしまっていたようだった。

 

「しかし、学院のお偉いさんが、俺になんか用があるのか?」

「えぇ、此度の魔王征伐で、活躍されたアナタに興味があるようで……ぜひ一度お会いしたいと」

「ふぅん……」

 

 あんまり偉い人に会うのも乗り気はしないが、学院の長ともなれば会う価値もあるかもしれない。確か、クラウが以前に神話を語ってくれた時に、学長は七柱と交信できるとか言っていたような気もする――向こうが色々と素直に話してくれるかは分からないが、この世界のことを色々と聞くチャンスかもしれない。

 

 しかし、以前に海と月の塔であった時のような緊張する場面にならなければいいが。

 

「なぁソフィア。学長ってどんな人だ?」

「えぇっと……変わった人、かなぁ?」

「えぇ、一言で言えば変な人ですね」

 

 会う前に人となりを確認しておこうと思ったら、ソフィアは苦笑いでそう答えた。次いでアレイスターからも同様の意見が入ったのだから、変人だというのは間違いなさそうだ。

 

「えと、そんなに緊張しなくても大丈夫な人だとは思うよ。礼節とか出自とか、そういうのは一切気にしない人だから……でも、独自の倫理観を持っているというか、マイペースというか……頭が良すぎるというか……ともかく、あんまり会話が噛み合う人じゃないかな」

 

 学院の英才、ソフィア・オーウェルをして話が噛み合わないとは凄まじい人物なのだろう。ただまぁ、ルーナ派の巫女に会った時のような緊張した場面にはならなそうなので、ひとまずそれだけでも良いか。

 

「学長ギルバート・ウイルドは、常に時計塔の最上階で自身の研究に勤しんでいます。世俗のことにはほとんど口出しをしません。

 彼が自身の研究室から出るときは、新たな教授職が生まれた瞬間……つまり、新しく生まれた第七階層の魔術を確認するとき位です。それ以外では、たまに気になった人物を自身の研究室に招く程度の社交性しかありません。

 流石に魔王征伐の時に限っては、派遣する人員の選定も行いますが……ソフィアの後に私を指名したのは学長です」

 

 アレイスターの説明を聞く限り、なるほど、確かに天才肌の学者という感じがする。

 

「……学長っていう立場なら、もう少し学院の運営とかに口出しすべきなんじゃないのか?」

「あはは、いやごもっとも……でも、歴代の学長はみなこんな感じです。魔術に最も秀でた者が、学長の位を継ぐ……そして、その立場に立った後も、その道を追求し続ける。それが学院、それが学長です」

「でも、それは逆を言えば、学長になる前には雑務とかもこなしていたわけだから……学者の本懐は、その道の飽くなき探求。だから、ある意味では学長になって世俗を断ち思いっきり研究できるのは、頑張った自分へのご褒美なのかも?」

 

 確かにソフィアの言う通り、そういう見方もできるか。ともかく、少しの沈黙の間にアレイスターとソフィアの顔を交互に見ているうち、以前にレヴァルで三人で話した時のことを思い出した。

 

「……話は変わるが、学院と教会の知識の占有について、異議を申し立てようとか言ってたな? それは進んでいるのか?」

「いいえ、正直に言えば、当面は難しいかな、とは思っています……軍の方でも、魔王征伐後の社会不安の報告は多数受けていますし……実際に、私の予想を上回る報告が成されています。魔王征伐の回数を重ねるごとに、戦後の社会不安は増しているようです。

 ともかく、そんな中で学院や教会の威信に関わることに口出しするのは避けるべきかなと」

 

 そう言うアレイスターは落ち着いている――というより、少し安心しているようだった。確かに、自分が矢面に立ち、改革を行うなど危険も伴うし、ある意味ではタイミングを逃したことに少しほっとしているのかもしれない。

 

「……ある種、こういった事態に対処するために、権力と知識を集中させている部分もあるのだろうと……本来的には、学問が広く開かれ、社会不安に立ち向かうだけの知識をより多くの者たちが持っているのが一番です。

 しかし、それは教会の教えと反しますし、実践的な問題として、広く啓蒙できるだけの人材も不足しています」

「そうなると、ある程度は絶対的な権力が社会のかじ取りしたほうが、対応もしやすいってことか」

「そうですね……なので、魔王征伐後の社会不安が落ち着くまでは、私もどうするべきか今一度考えたいと思っています」

 

 社会不安がある時ほどそれに乗じた改革の方が効果もありそうだが。逆を言えば、アレイスターはそこまで急進派ではないという事なのだろう。それにどの道、啓蒙活動をしたところで、ジャンヌの様に記憶を改竄される恐れすらあるのだから、下手に行動しないほうが良いかもしれない。

 

「そうだな。アレイスター、アンタの思想は立派だが、あんまり無理もするもんじゃない……ゆっくりでいいんじゃないか」

「はい、そうですね……さて、そろそろ時間です。お二人とも、学長の所へ向かってください」

 

 アレイスターの研究室を出てから、ソフィアに連れられて教授棟の端まで行くと、そこにはエレベーターがあった。とはいえ、海と月の塔で見たような高い技術力の物ではなく、年代物の昇降機ともいうような代物で、前世でいうところのアンティークなホテルに備えつけられているような手動式の物だった。

 

 エレベーターに乗ってしばらく上がり、蛇腹の戸を開けたすぐ先は、時計塔の機械室になっていた――いや、中から人の気配がする。

 

 リズムよく回る歯車の向こう側をよく見ると、そこにはアレイスターの研究室に匹敵するか、それ以上に雑然と山積みにされた本と、所せましと立ち並ぶ本棚が見えた。まさか、ここをそのまま研究室にしているのか――向こうもこちらに気付いたらしい、山積みの本の一部が動かされ、そこから一人の老人の顔が現れた。

 

「やぁ、君がアラン・スミス……それにソフィア・オーウェルも。よく来たね……まぁ、適当にくつろいでくれ給えよ……ところで、飴ちゃんはいるかい?」

 

 そう言って笑う髭面の老人は――いや、間違いなく老人と言って差し支えない感じなのだが、どこかエネルギッシュで年齢が読めない。五十路と言われればそれでも納得するし、七十を過ぎていると言われても違和感もない――ともかく、学長ウイルドとやらは、紙袋に包まれている飴を手のひらに二個載せてこちらに差し出していた。

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