B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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魔術学上級と主神について

 学長の研究室で適当にくつろいでくれと言われたものの、くつろげるスペースなどない――と思っていると、ソフィアが一部の本を片づけて埋もれていたソファーを掘り出してくれた。

 

「……そんなところに椅子があったのか」

「ソフィア君は何度かここに来ているからね……そんなことより、飴ちゃんはいらないのかい? 糖分は脳に良いからね」

「は、はぁ……それじゃあ、遠慮なく……?」

 

 本の隙間から差し出された手のひらから飴を受け取り、一つをソフィアに手渡してからソファーに腰かける。

 

「さて、改めまして、僕が学長の……えーっと……ギルバート・ウイルドだ……まぁこれが君とは最初で最後だろうから、別に覚えなくてもいいけどね」

 

 そう言いながら屈託なく笑われると、嫌味なのか本心なのかも掴みにくいが――なるほど、先ほど二人が変人だと言っていたのも頷ける人柄という事か。

 

「えぇっと、こちらはアラン・スミスだ」

「うん、良くぞ来てくれた……僕が君を認識したことで一つ、新たな魔術が完成する」

 

 学長は口角を釣り上げながら、傍らに置いてあったのだろう、彼の魔術杖を手に取りレバーを押し込む。

 

「……第六階層魔術弾装填」

 

 第六階層、かなりの高位魔術じゃないか――というか、自分が来て完成する魔術とはなんなのだろうか。

 

「構成、資料、二三〇〇の五、飛翔、向けて、アラン・スミス、手……」

 

 なんだその間抜けな構成、はじめて聞いたぞ――そう思っていると、学長の後ろから数枚の紙が浮き出て、高速でこちらに飛来してくる。

 

「……うぉ!?」

 

 慌てて手のひらで顔を隠すと、丁度自分の手にそれらの紙がひっついく。そして数秒して、それらの紙は魔術の力が失われたのだろう、パラパラと自分の膝の上に落ちた。

 

「ふむ……やっぱり速度指定するべきだったかな? でも、そうすると第七階層になってしまうのよなぁ……コストパフォーマンスが悪い。名前は、アラン君に資料をお渡し大作戦、でいいか……どうせもう二度と使わないだろうし、適当でもいいだろう」

 

 いつの間にかウイルドは杖を手放し、机の上にあった眼鏡をかけ、手元の紙にペンでつらつらと何かを書き連ねていた。

 

「……今のが、新しい魔術?」

「あぁ、そうさ。アラン君に資料をお渡し大作戦という名のね」

「はぁ……そんな簡単そうなことなのに、第六階層とか高位の魔術にしないといけないのか?」

 

 こちらの質問に対し、学長はまた口元を釣り上げて、ちっちと指を振った。

 

「君が見てきた魔術なんぞ、僕から見たら野蛮でくだらない魔術さ。何せ、ある種のエネルギーを一定の指向性を持って放出している簡素な物なんだから」

 

 老人はこちらから目線を離すと、再び手元のペンを動かし始める。

 

「攻撃に用いる以外の魔術は、これまた作成が難儀でね。一見すれば、紙を人に渡す、これなら三つの構成で行けそうだ。しかし紙と指定しても、世の中に無限にある紙を指定できないし、そもそも紙とはなんぞやという定義……パルプなのか木簡なのかとか、そういった指定まで必要になる。

 また、アラン・スミスに該当したの構成要素を人や男性など抽象的なものにしても、世に数多くある人や男性を指向してしまうので術がエラーを起こす……また、渡すといっても具体的な動きが無いから、飛翔にしたんだが……」

「は、はぁ……」

「ともかく、攻撃魔術や光源を起こすなどの単純な魔術以外は、どのように世界に作用したいのか細かく指定する必要がある。魔術師になりたいって学院の門戸を叩いてくる連中は、派手で見栄えが良い攻撃魔術ばかりに飛びつくが……本来的には魔術というものは、この世界の物理法則に抗う力なんだよ」

 

 そこで学長は再び顔を上げて眼鏡を置き、こちらの顔をじぃっと覗き込むように見つめてくる。

 

「君ぃ、くだらないと思っているだろう? 先ほどの魔術なんぞ使わなくたって、この飴と同様に手渡せばいいだけだろうと、そう思っているんじゃないかい?」

 

 今度は飴を一つ取り出し、袋を開けてそれを口に放り込む――老人の訝しむような表情が一転し、子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「飴ちゃんおいちい! ……だがね、僕は先日調査した資料が、この研究室の何処に行ってしまったかすっかり失念していてね。幸いなことに資料番号を覚えていたから、魔術で掘り出そうと考えた訳なのだが、せっかく作るなら少し複雑な奴が良い……そしてこうやって、君に資料を渡すことが出来た訳だ。どうだ凄いだろう?」

「あ、あぁ……凄い、のか?」

「ふぅん、君はまだ魔術の可能性を疑っているようだね? まぁそうだな、僕も先ほど作った魔術のことは、実はそこそこにくだらないとは自負している。だが、可能性は見えただろう?

 第六階層では、君にこの研究室に埋もれた資料を渡すことくらいしかできなかったが、これが第七、第八、第九と階層が上がっていけば、可能なことは指数関数的に増えていく……それこそ、惑星の自転の方向を変えて、太陽を西から東へと沈ませることだって出来るかもしれないし……文字通り、宇宙の法則だって変えられるかもしれない」

「……ちょっと待て、魔術って第七階層が一番上位なんじゃないのか?」

「それは、現状の惑星レムにおける、人が演算しうる魔術の限界値ってだけさ。事実、魔術神アルジャーノンは、第八階層までの魔術を扱うことが出来る……しかし、そう考えれば、七柱の創造神だってくだらないものだと思わないかね?

 神だとか言いながら、結局はこの世界の住民における人理の一歩先にしかいないのさ。そんな高等なもんじゃない」

「……第九以上の階層も、確かに存在すると?」

「あぁ、するさ。我らが主神ならば、無限の階層を扱うことが出来る」

 

 主神、思わぬところでこの世界のルーツにつながるような言葉が出てきた。学長の雰囲気に呑まれて聞き手に回ってしまっていたが、元々こういう話を聞きたかったのだ。

 

「なぁ、学長さん。よければ主神とやらについて詳しく教えてくれないか?」

「ふふふ、なかなかアラン君は知識欲が旺盛のようだ……良いだろう、少し話をしよう。主神というものは、この三次元空間よりも外に存在するモノさ」

「えぇっと、つまり四次元存在……?」

「そうだな、仮に四次元だとして、縦横高さ以外のもう一個の軸は?」

「……時間か?」

 

 よくよく、創作物の中などでは時間を入れて四次元であったと思う――だが、学長はまた指をちっちと振って不敵に笑っている。

 

「まぁ、一般的な解釈はそう。しかし、別に多次元における軸なんて言うのは、別に何だってありうる……主神は縦横高さの三軸、空間を超越する軸、時間を超越する軸、そして可能性を超越する軸の最低でも三軸の外にいると推測されている。

 つまり、高次元存在は六次元以上に干渉できることになる。ここに超弦理論を付け加えれば、一気に数は増えるのだけど、ひとまずその辺りは今日の議論には捨ておいて良いだろう。

 ともかく、主神と言われる存在は、高次元存在として認識してくれればいい……要は空間も時間も可能性も、それらの狭間を自由に行き来できる、それが主神さ。一言で言えばやりたい放題だよ」

 

 高次元存在だからやりたい放題は意味が良く分からないし、そんなものが実在するのかどうかもこちらとしては半信半疑なのだが。しかし同時に、なんとなくだが、そんな話を以前にどこかで聞いたことがあるような気もする――。

 

 しかし、こちらが情報を整理する間もなく、学長の口は止まらない。

 

「さて、ここからは魔術の講釈にもなる。魔術は事象の境界面という可能性の坩堝《るつぼ》から、この世に本来的には存在しないエネルギーを抽出する作業だ。たとえば……」

 

 ウイルドは再び傍らの魔術杖を取り、本の隙間からその先端をこちらに差し向けた。レバーを捻り、土、凝固、射出という三つの階層からなる魔術を構成すると、杖の先端から石が飛び出し、それらは自分の頬を掠めて後ろの機械仕掛けに命中し、室内に乾いた音を響かせた。

 

 しかし、石の落下音が聞こえない――改めて、その跳んだ石を見るために振り返ると、そこにはすでに石はなく、粒子のようなものが淡い光を発しながら立ち上り、次第に消え去った。

 

「……こんな風に、投石の魔術を扱ったとして、これは異なる時空間でこのように石が跳んだという可能性を引き出しているんだ。しかしその石はこの次元には本来的に存在しない物。質量保存の法則に則って、石は元の時空間に帰っていく」

 

 老人の講釈が背中に当たり、再び自分も机の方へと向き直る――確かに、今まで見た魔術は冷気や電撃、炎などエネルギーを操る物だったから、こんな風に物体をどうこうするものは初めて見た。こんな風に役目を終えたら消え去るのか。

 

「魔術というものは、主神の……高次元存在の持つ力の一部の行使に過ぎない。遥か昔に七柱が主神と契約したことで、七柱の創造神と惑星レムの住民たちは、可能性の次元……いわゆる事象の境界面にアクセスする権限を得た。

 魔術の構成要素というのは、我々三次元存在が、どのように魔術の力を行使するか、それを指定するためのものだ」

 

 分かるような分からないような、ともかくレムの民が魔術を行使する力があるのは、七柱の影響だということは分かった。それ以外の話は難しくあまり頭には入ってこないが――こちらの顔など見ていないのだろう、学長は少し興奮した様子で話を続けている。

 

「可能性の次元というものは、時と空間の更に外側にあると想定される。君が乗ってきたエレベーターを想像してもらえれば分かりやすいか……エレベーターの箱が三次元、君たちが乗った三階とこことの空間の断然をつなげるのが空間の次元、エレベーターの上下運動が時の次元……可能性の次元っていうのは更にもう一つ、別のエレベーターに乗るということだ。

 主神は、好きなエレベーターを選び、望む階にいつでも現れることが出来る……要するに高次元存在というのは、好きな場所、好きな時、好きな世界を自在に行き来し、力を行使できる存在なのさ」

 

 これも分かるような分からないような。ともかく、主神とやらは先ほど学長が言っていたようにやりたい放題ということは何となくわかった。しかし、その高次元の存在は、何故七柱に――厳密に言えば、旧世界の人類にそんな力を渡したのか、その理由は不明なまま学長の講義はヒートアップしていく。

 

「さて、魔術は時空間の更に外側の可能性にアクセスする力だ。今の人間の演算能力では、攻撃魔法なんてちんけなことをするのが手一杯だが……もし構成要素を無限に増やすことが出来れば、人類は主神に匹敵する力を持つようになる……」

 

 そこで学長は飴を噛み砕き――その真に迫った雰囲気に、こちらとしても思わず固唾を飲んでしまう。しかし、直後にウイルドは気の抜けた表情になり、思いっきり肩を竦めて見せた。

 

「と、いうのが僕の考えさ」

「え、いや、根拠はないのか?」

「まぁ、学院が重ねてきた長年の研究からそうだろう、と推察しているだけだからねぇ……ソフィア君も言ってたんじゃないかい? 結局、事象の境界面というのは良く分からないと。いわんや主神おや、ってところさ」

「なんだ、あまりに真に迫った顔で話すから、本当のことかと思ったぜ」

「繰り返しだが、何の根拠もなく言っているわけじゃあないよ。それに、先ほど君に見せたように、魔術というのは何も壊すだけが能じゃない。より複雑な構成が出来れば、もっと色々なことが出来るようになるのも間違いないのさ……ソフィア君」

 

 そこで学長は、一枚の封筒を本の隙間から差し出した。ソフィアが立ち上がってそれを受け取り眺めているのに対し、学長は話を続ける。

 

「それを、帰ったら母君に見せると良い。僕からの……学院最高職からの直々の辞令さ。ソフィア・オーウェル、貴殿は学院の教授として、更なる魔術の発見に貢献すべく、研究に専念すべし……まぁ、有り体に言えば、屋敷になんぞ引きこもってないで僕の研究を手伝いなさい、ということだ」

 

 そこで初めて、自分としては学長に対して好ましい感情が沸いてきた。別にここまで不快に思っていた訳でもないのだが、圧倒されてばかりで共感とか理解から程遠い所にいたので――要するに、彼はソフィアの現状を聞いて後、彼女が外に出れるようにお膳立てしてくれたのだろう。

 

「そもそも、魔王征伐はギリギリOKとして、本当は君にはさっさと学院に帰ってきてほしかったのが本音だ。何せ、十一歳の若さで第七階層に到達し……人類ではじめて第八階層へと至る可能性を秘めているのだから」

 

 学長の言葉を聞いて、改めて再確認する――ソフィア・オーウェルは天才なのだと。自身が到達できてない高みへ、この子は到達できるのかもしれないと学長は判断しているのだから。

 

 一方、少女は神妙な表情で学長の顔と封筒を見比べている。なかなかこんな風に惚れこまれるのも名誉なことだとも思うのだが、腑に落ちない点があるのかもしれない。

 

「……あの、お気持ちは嬉しいのですが、少し考える時間をいただいてもいいでしょうか?」

「あぁ、構わんよ……乗り気でないのに研究しても、良い成果は出にくいからね。どちらかといえば、その書状は君の母君への当てつけさ。ひとまずそれさえあれば、君が外を出歩く大義名分は出来るからね」

「は、はい! ありがとうございます!」

「さて、これでソフィア君への用は終わった。あとはアラン君、君への用だ」

 

 そこで学長は改めて飴を一つ取り出して口に放り込んでから、また楽しげにこちらを見つめてきた。

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