B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ソフィアと別れて宿に戻り、二人を置いて勝手に出ていったことをこっぴどく怒られて、明日の夜に舞踏会で襲撃があるかもしれないことをエルとクラウに伝えた。
「……このタイミングで襲撃を掛けてくるって、果たして何者で、何が目的だと思う?」
「社会不安に駆られた誰かが権力者に殴り込みをかけようとしているか、魔王を倒された魔族の復讐か……」
「そうね、そう考えるのが妥当よね。でも……」
「あぁ、ゲンブ一派が動いているのかもしれない。何にしても、用心するに越したことはないな」
「そうね……やっと、追っていたアイツと出会えるかもしれない……」
エルはこちらまで聞こえてくるほどの歯ぎしりを立て――その怒りを内に仕舞い、だが激情冷めやらぬ瞳でこちらを見てくる。
「……事情をテレサに話して、私たちは武器の携行を認めてもらいましょう」
エルはそこまでは真面目な調子だったが、クラウを見ると少し雰囲気が柔らかくなった。
「残念ながら、おめかしは無しねクラウ」
「ふぅ……まぁいいですよ、そもそも躍る気もなかったですし」
「そうね。一度はドレスも着れたしね」
「そうそう……いえ、全然それはどうでもいいですけど!?」
大きな声を上げてエキサイトした後、クラウは一つ咳ばらいをした。
「でも、その襲撃があるかもって言った人、どんな人だったんです?」
「あぁ、なんか落ち着いた調子だけど、外見に抑えきれない自己表現が溢れている子だったな」
「……はぁ?」
ぽかんとするクラウを他所に、セブンスと名乗った少女のことを思い出す。あの子自身は個性的ではあるものの、そこまで邪悪な感じもしなかったが――まぁ、人は見かけには寄らない。聖女だと思っていたジャンヌだって魔族と組んで居た訳だし、甘い考えは捨てよう。
一夜明け、翌日は昼から街は賑やかで、とくに街の広場で執り行われる凱旋式には王都中の人々が詰めかけているようだった。式の段取り自体は事前に取り決められており、数日前に到着した自分たちは式自体に出る幕は無かったものの、ソフィアだけは元勇者のお供兼レヴァルの総司令ということで祝辞を読むことになっている。
「せめて、エルだけはあっち側で参加したほうが良かったような気もするがな」
「まぁ、ハインラインが参戦したことは喧伝するメリットはあるかもしれないけれど……大勢の前には立ちたくないしね、私はここでいいわ」
言い終わると、エルは朝食兼昼食のパンをかじった。凱旋式開催のファンファーレが鳴り響くと、大臣らしき人物が挨拶を行い、すぐに王冠を被った立派な人物が巨大なステージに立ち、「レムリアの臣民諸君」から始まる演説をしだした。
「……アレが、レムリアの王様か。随分立派なおヒゲだ」
「アラン君、ここから見えるんです……?」
言われてみれば、ここは参列者の最後尾から少し離れた場所で、ステージまでは数百メートルは離れているだろう。自分としてもちょっと輪郭が見える程度ではあるが、なかなかこの距離からの判別は本来は難しいかもしれない。
しかし、王には威厳も気品もあるが、言うほど覇気は感じられない――組織のトップとして君臨している者としては、気迫が足らないように思う。人として良いか悪いかは置いておいて、月の巫女セレナや学長ウイルドなんかは、圧倒的な何かがあったのだが――王にはそれが足りていないように思う。
「……なんか感じのいいおっちゃんって感じだな」
「あ、あのねぇ……あんまり大きな声で言うんじゃないわよ? 普通に臣民には人気があるんだから」
「まぁ、怖いオッサンよりはいいだろうしな。しかしそう言えば、魔王征伐の時にも旅の途中でも、あんまり王様の話って聞かなかったな」
「まぁそこは、王は君臨すれども統治はせず……ってところかしら。実際、レムリア王家の世俗に対する影響力はあまり大きくはないわ。世俗に関してはむしろ、貴族と学院、教会が役割を分担して統治しているから」
要するに、この世界なりに三権分立しているのか。とはいえ、立法はどこに属するのか良く分からないし、それぞれ貴族も学院も教会も司法と軍事には噛んでいるので、パワーバランスは取れているとは言い難いが。
そんなことを考えていると、クラウがまた指を立てた。どうやら補足をしてくれるようだ。
「とはいえレムリア王家は、地上の権力をまとめるべく七柱の創造神たちに認められた由緒正しき御家柄です。世俗に対する影響力は大きくなくても、人類の精神的な支柱にはなっていますよ」
「なるほどな」
そんなこんなで王室の講釈を二人から聞いていると王様の番が終わり、その後数名は名前も知らないがとりあえず偉そうな人たちが演説を行い、次いでソフィアが出てきた。
「きゃー! ソフィアちゃんですよ!! 頑張ってください!!」
見知った顔の登場に、隣のクラウが立ち上がって諸手を挙げて振っている。コイツはアイドルのコンサートなんかに参加したら、サイリウムを全力で振るタイプだ――あそこからじゃこちらには気付かないだろうが、応援する気持ち自体は気持ちのいいものだし、民衆も前を向いてこちらを白い目で見たりはしていないので、とりあえずクラウのこは止めないでおくことにする。
テンションの上がっている緑と比べて、レイブンソードさんは感心した様子で少女の言葉に聞き入っているようだ。
「……ソフィア、演説上手いわよね……アレ、自分で考えたのかしら?」
「そうじゃないか? レヴァルでも、一度立派に演説してたしな……しかし、エルがハインライン辺境伯でした演説も良かったぞ?」
「や、止めてよ……別にあれだって、準備していた訳じゃないし……」
逆に準備してないのにアレだけ話せるお前は凄いよと思いつつ、視線をソフィアの方へと戻す。レヴァルで亡くなった兵や冒険者達の英霊に哀悼の意を表し、彼女の演説は終わった。
そして亡き人々を悼む静粛な空気の中、主賓中の主賓である勇者シンイチが壇上へと姿を現した。
「レムリアの民たちよ……」
彼は会場の人々に視線を回し、しばらく押し黙った。あまりに長い沈黙のため、会場が少しざわつき始めたタイミングで、シンイチはバツが悪そうにはにかんで後ろ髪をかいて見せる。
「……申し訳ない、あまり人前で話すのに慣れてなくて、緊張してしまって……」
勇者の一言に、先ほどまで張り詰めていた会場の雰囲気が少し和らいだようだった。しかし、シンイチが右手を小さく上げると、また会場は静寂を取り戻す。
「……ひとまず、世界の脅威は取り払われた。もちろん、僕も魔王を倒すために死力は尽くしたけれども……僕らために多くの人たちが協力してくれたからこそ、今日の平和が実現した。
それは、最前線で戦っていた人たちだけじゃない。今日まで脅威に屈せず、日々の生活を護ってきた人々……日常を護るという強い意志が、僕がこの世界に現れ、魔王を倒すまでのバトンを繋いでくれたんだ。
だから今日の勝利は、決して異世界の勇者だけのものじゃない……この星に生きる、全ての人たちの努力によって成しえたものなんだと思う」
そう言いながらシンイチは会場に集まる人々を改めて見回した。この星に生きる全ての人たち、その言葉が出たことで、民衆にとって遠い英雄の話ではなく、彼の言葉が一気に自分ごとに変わったのだ。
「……異世界の勇者の戦いは終わっても、この世界は……日常は続いていく。その日常を守り未来へ引き継いでいくのは、剣じゃない。アナタ達のその両手こそが、この先の未来を護っていくんだ」
民衆が、彼の言葉に引き込まれているのを感じる。皆の前で話すのが緊張するとか嘘じゃないか、全然堂に入っているぞ――そう思いながら、自分もいつの間にか、彼の言葉に聞き入っていた。
「……残念なことに、戦乱が残した爪痕は、まだ各地に存在している……散発的な魔族の反乱に、荒れた土地の開墾、社会不安……でもそういった苦難も困難も、きっとアナタ達なら乗り越えていけると信じているよ」
そこで言葉を切り、シンイチは小さく息を吸い――どこか儚げな笑顔で、この場にいる人々を見つめた。
「親愛なるレムリアの民たち……この世界の主役であるアナタ達……もしよかったら、僕のような異邦人が居たことを、時折でいいから思い出してくれ……それでは」
勇者は小さく会釈をし、マントを翻して壇上を後にした。その後、民衆からの拍手はしばらく鳴りやむことは無かった。
昼間の講演が終わり、既に夜になった。あの後はすぐに王城へ移動し、襲撃の件をシンイチとテレサ、また舞踏会に参加予定でこちらに来ていたアレイスターに報告した。その結果の裁定として、ただのデマの可能性もあるので舞踏会自体は行うが、王城と学院の警備自体は強化するとのことになった。
背後から優雅な音楽が流れる中、自分は曇天の下、冷たい風の当たるテラスから外の様子を伺っている。確かに地上部分には警備の兵もたくさんいるし、生半可な相手ではここまで侵入も難しいのだろうが――。
「……アランさん、こんな所に居たのかい」
背後から唐突に声をかけられ振り向くと、そこには腰にサーベルを刺し、貴族風の正装に身を包んだシンイチが立っていた。一応この世界の、というよりパーティーの男性版ドレスコードというところか。
「お、なんだ伊達男のご登場だな」
「止めてくれよ、むず痒い……襲撃があるとするなら、僕も迎え撃つ準備をしたかったのだけれど」
「お前さんは主役だし、そうもいかないだろうさ……しかし、シンイチ、昼間の演説はかなり良かったぞ」
「あはは、ありがとうアランさん」
「しかし、慣れた風だったな?」
「そんなことはないよ、皆の前に立った瞬間、何を言おうか分からなくなったくらいで……頭が真っ白になったさ……そういうアランさんは見張りかい?」
「あぁ、恐らく来るとするなら、ここからだろうし……違うとしても、襲撃の気配をいち早く察することもできると思う」
寒空の下でわざわざ風に吹かれている理由はこれだ。ゲンブは浮いているし、ホークウィンドやエルの仇なんかが来たら、あの城門も地上数階なんぞ訳もなく飛び越えてくるはず。壁でもぶち開けて乱入されたらそれまでだが、そうでなければもっとも侵入しやすいのはここになるはず――そういった強襲にいち早く対応するために自分はここに陣取っているのだ。
「……それに、こんな格好じゃあ式場にいても浮くしな」
そう言いながら、こちらの姿が見えやすいようにわざとらしく肩をすくめて見せると、シンイチはくつくつと笑った。
「別に、着替えたってよかったんじゃないかい?」
「そうは言うが、そんなパツパツの服じゃ武器を仕込みにくいからな」
「まぁ、それもそうか……先輩は袖下から色々出すからね」
「おい、なんか胡散臭い奴みたいな言い方はやめろ」
「あはは、申し訳ない」
シンイチは再度楽しげに笑い――少しして落ち着き、また真剣な表情に切り替わった。
「……アランさん、調停者の宝珠を今持っているかい?」
「あぁ、持っているが……返したほうが良いか?」
「うん、この場にはソフィアがいない。代わりに、テレサ、アレイスター、アガタは揃っているからね……何かがあった時に、トリニティバーストを使えるよう準備しておいた方が良いと思うんだ」
「そうだな、それじゃあ……」
ポケットからついている宝珠を取り出し――やばい、ポケットのごみが付着してる――糸くずを払って綺麗になったのを確認してから差し出すと、シンイチはいやな顔をひとつせず笑顔でそれを受け取った。
「うん、確かに受け取ったよ」
「なんとか主賓殿の手を煩わせないようにしたいんだがな」
「その気持ちはありがたいけれど、用心するに越したことはないからね……」
ふと、優雅な音楽の鳴り響く室内から勇者を呼ぶ声が聞こえた。その声の方を見ると、綺麗なドレスに身を包んだお姫様が、元気そうに手を上げてシンイチを招いているのが見えた。
「……それじゃあ、僕は向こうに行ってくるよ」
「あぁ、お姫様にエスコートされて来い」
あまりシンイチの持っている記憶について深く言及をしたことがある訳ではないが、前世の一般人をトレースしているのならダンスなんぞ躍れないはず――そう思って言った皮肉だったのだが、姫の手を取って躍り始めた勇者は何の問題もなく躍れており、むしろ姫をエスコートしているようにすら見えた。
「……どうしたのですか、アランさん。そんなあんぐり口を開けて」
「いや、アイツなんで躍れるんだよ……」
「なるほど、それで驚いていらしたと……」
声のしたほうを向くと、そこにはいつもの聖職者風の衣服に身を包んだアガタ・ペトラルカがいた。
「そういうアガタは、ドレスじゃないんだな?」
「えぇ、聖衣は正装ですから。これで参加でも問題はございません。踊るならば別でしょうけれど」
「なんだ、クラウは着替えるって言ってたのに」
「あの子は衣装をアレンジしてますからね……まぁそれよりは、誰かさんに着飾ったところを見てほしかったんじゃありませんか?」
「ふーん……?」
前世的な感覚から言えば、クラウもオシャレをしたいお年頃だし、そういうのもか――そんな風に思っていると、いつの間にかアガタは呆れたように眼を細めてこちらを見ていた。
「……アランさん、索敵するよりもうちょっと他の気配を感じたほうが良いんじゃありませんか? 百メートル先の敵の息遣いに勘づくよりは簡単だと思いますけど」
「えぇっと……どういうことだ?」
「それは言ったら野暮ってものでしょう……はぁ……」
アガタは顔を手で塞いで、大げさにため息をついてみせる。しかしその手をどかすころには、釣り目にキッと力が入り、張り詰めた表情になっている。
「ところで……襲撃予告があったそうですね?」
「あぁ……レムの方で何か察知はしていないのか?」
「王都の半径百キロメートルを警戒していますが、今のところ怪しい動きはないそうです」
「ひゃ、百キロ……」
「あら、それこそ旧神達が本気を出したら一瞬の距離、というより世界全土を監視可能ですわ……しかし、あまり意味はないかもしれません、とのことです」
「なんでだ?」
「恐らく、ゲンブ一派はこちらの探索に引っかからない、何かしらの技術を利用して潜伏しているのでは、とのことで……恐らく地中だろうという目測はついているのですが、超音波などで地中を探しても偽装がされているのか、なかなか居所が特定出来ないみたいです」
超音波で地中捜索とは、完全にこの星本来の技術力を超えている。それを何者がどう探索しているのかまでは分からないが、やはり自分の惑星レムに対する推測はある程度の的を得たものであり――少なくともかなりの技術を持った者たちが、この世界を管理しているというのは間違いなさそうだった。
「……それに、個体レベル、というか人間サイズの者が潜伏していた場合、かなり捜索は難しいようです。昨日アランさんが視認したセブンスという子なのですが……彼女も超音速で何者かによって屋根の上に移動させられたところまでは確認できたようなのですが、その後は……」
「……超音速ってことは、やはり……」
「えぇ、テオドール・フォン・ハインラインを殺害した人物……その者の正体は……」
アガタの言葉を聞ききるより先に、全身の毛が逆立つような緊張感が走り――本能に従い奥歯を噛むと、舞踏会の優雅な音楽が消え去った。
そして同時に、自分の背後に何者かが降り立つ。コートから短剣を抜き出して振り返ると、向こうも自分の気配を察したのかこちらを見て――相手が対応するより早くこちらは右手のナイフを振りぬく。
ほとんどこちらの奇襲だったのに、相手も良く対応しただろう。男は体を捻ってナイフの軌道を寸前でかわし、ナイフの切っ先は幾許か頬の肉を切り取るに終わった。互いの体が交差する瞬間に、ようやっと相手の顔を凝視する――長い銀髪に傷だらけの顔、そして長い耳――エルが言っていたのに違わない、テオドール・フォン・ハインラインを殺害したエルフの特徴に合致していた。
それならばこそ、一切の油断も手加減もできない相手だ。一歩踏み出して距離を取り振り返ると、相手はすでに手斧を持って、それをこちらへ投擲してきた。加速した勢いで投げ出される投擲物は幾分か速度を増すものの、それ自体は物理法則に従い減速していく――つまり、反応できない速度ではない。斧の描く軌道のすれすれに踏み込み肉薄すると、相手はバク転する形で背後へと跳んだ。
(甘い回避行動……!)
踏み込んでいる分、相手の着地よりこちらが接敵するほうが早い――そう思って一気に近づいたのがマズかった。相手の体がマントに隠れ、視認できない部分があり――マントの一部分が鋭利な軌跡となりがこちらに振り上げられているのを見た時には、完全な回避は間に合わなくなっていた。
(ぐっ……!?)
そのマントに並々ならぬものを感じてなんとか少しでも身を翻す――弧は自分の右肩を薙いでそのまま中空を切り、相手が着地する直前に互いの時の流れが正常に戻った。
「がっ……!」
世界に音が還ってくる。石畳を叩く靴の音、相変わらず鳴り響く優雅な演奏の中、闇夜に血しぶきと、誰かの右腕が飛び――。
「……っ!? アランさん!?」
目の前から消えたのだから、自分を探すのに周りを見回して反応が遅れたのだろう、アガタの声が少し遅れて聞こえてきた。
「……アガタ、さっきの話の続きを聞かせてくれ……」
まだ脳内麻薬が過剰に出ているおかげだろう、右腕を失った痛みはほとんど感じない――
腕を押さえてしゃがみ込み、男を見上げながら、背後のアガタに問うた。
「……えぇ、テオドール・フォン・ハインラインを殺害した人物……その者の正体は、アルフレッド・セオメイル……かつて、勇者である夢野奈々瀬と共に、魔王と戦った人物です」
こちらの右腕を切り飛ばした手斧の血を払って拭い、目の前の男――アルフレッド・セオメイルと呼ばれた男は、アガタの言葉に頷きも首を振ることもせず、ただ自分の方を冷酷な瞳で見つめていた。