B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……その名は捨てた。今の私はT3……三番目の虎。ゲンブという通称に合わせるのなら、ビャッコと言ったところか」
銀髪の男は先ほどのアガタの言葉に少ししてから反応した。
しばらくけん制し合うように視線を逸らさず互いに睨め合う時間が流れる。いくら腕を飛ばしたと言っても、こちらも超音速の世界、つまりT3と同じ動きが出来るのだから警戒しているのだろう。
『……アラン、大丈夫か?』
自分の脳内に男の声が響く。あまりお喋りしている暇はないので、相手にガンを飛ばしたままその声に応えることにする。
『これが大丈夫に見えるか? だが……!』
相手がADAMsで動くとなれば、自分が打って出るしかない――しかし、肉体強化なしに加速した反動と、右腕が吹き飛んだ痛みとが遅れて同時に自分の体を襲ったため、ついにはその場に崩れ落ちてしまう。
「止めておけ、アラン・スミス……今日の相手は貴様ではない……」
恐らく倒れたことで俺を相手にする必要はないと考えたのだろう、T3は城内の方へと向き直った。中の方もテラスで異常があったことが徐々に広まっているらしく、すでに音楽は止まり、ざわつきがこちらにも聞こえ始めている。
そして、男が奥歯を噛んだ直後、そのざわつきをかき消す爆音が鳴り響く。次いで、城内にいた警備員達が血しぶきと共に倒れ――揺れるカーテンレールを鮮血が染め、T3は舞踏会会場のど真ん中へと移動していた。
そうなると、中は阿鼻叫喚の様相になる。あり得ない状況に、中の人々もどう対応すればいいのか分からないのだろう。逃げればいいのか、立ち向かえばいいのか――ただ尋常でないことが起こっているという恐怖感から上がる悲鳴が次々に伝播して、そのせいで人々はパニックを起こしているようだった。
だが、ざわめく民衆の中から、一つのシルエットが現れる。その者は落ち着き払っていて、腰に掛けた剣の柄に手を添え、襲撃者を真っすぐと見据えた。
「……そこまでだ」
制止する声に襲撃者は反応し、声を上げた者の姿をじっと見つめる――最初は品定めするように、しかし何者か分かると、T3の表情は憐れむような、同時に相手を見下したような冷たいモノに変わる。
「聖剣の勇者、シンイチ・コマツ……その剣を下ろせば、幾許か生きながらえることが出来る。無駄な抵抗は止めろ」
「そうは言うがね……それでもボクはこの世界を救うために召還された勇者なんだ。だから……」
シンイチは鞘から刃を抜き、その切っ先を長耳の銀髪へとむけた。
「命を脅かされる人々を前に、逃げ出すわけにはいかない」
「ふっ……そうか。愚かなことだが……貴様もまた、勇者ということなのだな」
勇者の覚悟を悟ったのか、銀髪はシニカルに笑い、マントの下からもう一本の手斧を取り出す。そして左手のモノを少年の方へと突きつけた。
「T3、少し待ってほしい……無関係な人々を巻き込むのは……」
シンイチが全てを言い切る前に、T3は右手の斧をおもむろに真横に投げた。その斧は逃げ惑う人々の真上で弧を描き、ちょうど二枚扉の取っ手の部分にがっしりとはまってしまう。
「……どさくさに紛れて、獲物が逃げるかもしれない。それはできない相談だ」
「そうかい……だが、時間稼ぎは済んだ……!!」
シンイチの一言ともに、T3を中心に重力の檻が発生する――時間稼ぎが済んだというのは、エルフの周りから人々が退避するだけの時間を稼いだといういう意味か。見れば、先ほどよりもシンイチとT3の周りから人が引き――同時に、巨大な重力波が二人の男の真上から覆いかぶさるように発生した。
「……この時を、どれだけ待っていたことか!!」
その声は、玉座の近くの柱の裏から聞こえる――仇のエルフが襲撃したときに、少しでも相手の動きを鈍化させらるようにと、エルは隠れてこの機を伺っていたのだ。
肝心のT3も、予測していなかった一撃を防ぐことが出来ず、その場に叩き潰されている――どころか、恐らく加減なしの重力波なのだろう、城の床に亀裂が入り、T3は崩落しそうな床に手をつく形になる。
「お義父様の仇……覚悟!!」
「いや、待ってくれエルさん」
炎の魔剣に手をかけて今にも飛び出しそうになっているエルを、シンイチが後ろを振り向きながら制止した。
「……でも、そいつは!」
「事情は汲むけれど、コイツの狙いはアナタだ……同時に、重力の軛のない状態の虎は手が着けられない。だから援護に徹して欲しい。大丈夫、必ずコイツはアナタの元に突き出すから」
エルは納得いってないようだったが、炎の魔剣の柄から手を離し、代わりに宝剣を強く握りしめた。アイツの速度を落とす宝剣の使い手が真っ先にやられるわけにはいかない――それを汲んでくれたのだろう。
「……お父様、失礼します!」
その声が聞こえてから、すぐに緑色の光が場内を明るく照らし出す――ドレス姿のままのテレサが跳躍し、そのまま玉座の後ろの壁に飾られていた神剣を引き抜いたのだ。
「テレサ、アレイスター、アガタ! 今一度、僕に力を貸してくれ!!」
シンイチが左手に調停者の宝珠を掲げると、三者は頷き、近くにいたアガタは金色の粒子を纏いながら渦中へと走り去った。
「トリニティ・バースト、発動!!」
シンイチが叫ぶと同時に、屋内には緑色の光と金色の光、それに重力波が生み出す黒い光とで一種異様な光景になる。檻から逃れんとT3が動き出し――シルエットは肉眼では捕らえきれないものの、走る銀の流線は追える程度に速度は落ちている。
T3が目指していたのは、やはりエルの方だ。しかし、その凶刃が彼女を捉えることはなかった。銀色を金色が追い、金属がぶつかり合う音と同時に二つのシルエットが姿を表す。片や聖剣の勇者――とは言っても、今手に持っているのは軍用のサーベルで、片や銀色の虎――こちらも特別な仕様のない、どこにでもありそうな手斧をシンイチの持つ刀剣に打ち付けている。世界の命運を賭ける一戦にしては、両者がぶつけている獲物はある種異様な感じである。
「……アナタは重力の檻で速度を割かれ、味方のみ重力を無効化する神剣の加護と、トリニティ・バーストがある……これなら、音速を超えるアナタともやり合うことが出来る」
「……貴様!!」
T3が斧を力強く薙ぎ、シンイチのサーベルが弾かれる。T3も標的をエルからシンイチへと切り替えたのだろう、目の前の相手を打ち倒すのに専念しているようだった。
こうなると状況的に見れば圧倒的にこちらが優位にも感じる。相手はシンイチ一人に手間取っているのに対し、こちらにはエル、テレサ、アレイスター、アガタと控えているのだから。
しかし、言うほど状況を楽観視は出来ない。シンイチとT3の打ち合いが激しく、下手に割って入ることが出来ない状況になっているのだ。こうなれば、ほとんど一対一の状況に近い。改めてみればシンイチの剣捌きも相当だが、魔王と戦うための補助を全部乗せで、更に重力で速度を削がれている状態で五分に打ち合っているT3も相当か。
そう状況を推察していると、また二つの刃が火花を散らし、銀の流線が後ろへと下がった。どうやら、加速時間の限界が来る前に一旦距離を離したようだ。
「アラン君! 無事……」
状況が少し落ち着いた時を見計らってきたのだろう、クラウがこちらへ走って向かってきてくれた。彼女は自分の方を見ると眼を見開き、しかしすぐに冷静になって自分の隣にしゃがみ込んだ。
「……じゃないですよね。ともかく、ティアと交代してすぐに治療を……」
予想より冷静な声でそう言って、クラウは瞳を閉じた。同時に、脳内に男の声が響き始める。
『アラン、お前の再生能力なら、飛んだ腕をくっつける方が良いだろう……生半可に代謝を促進させたら、皮膚で覆われて末端は再生できん』
確かに、右腕が無くなるのは大分困る。そう思い、痛む体を押しながらテラスの隅に転がっている自分の右腕を左手で掴み、それらの切断面を合わせて赤い瞳の少女の方に向き直る。
「……ティア、治療を頼む」
「あ、あぁ……」
自分で腕を傷口に抑えながら待つ自分が一種異様に見えたのか、ティアは一瞬息を飲んで返事をして、しかしすぐにこちらの右肩に淡い光と共に手を差し伸べた。すぐに切断面が繋がり始め、まだ幾分か残る痛みと共に右腕にも再び血が巡り――しかしまだ痺れて動かない感じで、妙な違和感がある。
「それにしても……改めて驚きの再生能力だね。神経が切れた腕が、綺麗に繋がっていくなんて……少し、いやだいぶ異常だよ」
『あぁ、安い腕だな。以前に腕が吹っ飛んだときは、修理するのにどれ程の予算が飛んだことか……』
自分のオリジナルは文字通りに腕を吹っ飛ばすことがあったのか。しかし、再生ではなく修理というべスターの口ぶりから察するに、自分の体が真っ当な状態であったとは少々考えにくい。
『……人の腕を安い扱いするな……しかし、優勢に見えても油断ならん相手だ。俺も……』
『いや、お前なしでもこのまま行けるかもしれん……虎を倒すために生まれた二対の剣があるのだからな』
『あぁ……? そういえば、ホークウィンドがヘカトグラムを見て虎の檻とか言っていたな……』
脳内で会話をしている横で、今度はテラスの下から轟音がし、背中を預けていたテラスの手すりが大きく震えた。首を回して下を見ると、巨大な手裏剣が広大な庭の草木を薙ぎ、兵たちが雄たけびやら悲鳴やらを上げている光景が見えた。
「……噂をすればなんとかってやつか!? くそ、俺も……」
「アラン君、ダメだ……治療は済みましたが、まだ右腕は動かないと思います。利き手が動かせない状態で、無理はしないでください」
「くっ……」
赤い瞳が途中で青い瞳に戻り、動き出そうとする自分を少女が制止する。確かにまだ右腕に感覚は無いし、動かそうと思っても動いてくれそうもない。
右手に神経を集中させている傍らで、更に何かの気配を察知する。それは、かつて暗黒大陸で感じたことがあるもの。生物としての格が自分たちとは違う、大空の覇者――しかし気配のする方を見ても視界には何もいない。
だが確実に気配はあるのだ――そう思っていると、また世界を揺るがすような咆哮が遠方から届いてくる。その咆哮に合わせて、気配がしていた箇所の輪郭が次第に浮き彫りになる。雲の切れ間から差し込む月光に一部が照らされて突如として空に姿を表したそれは、やはり暗黒大陸で見たドラゴン、それも七体ほどいるようだった。
「……おいおいおいおい!?」
「さ、流石にアレに攻め込まれたら、王城と学院どころか王都そのものがひとたまりもありませんが!?」
そう、予告で襲撃されるのは二か所だったはずだ。アレが攻め込んできたら、仮に自分が本調子でもどうすることも出来ない――自分の最大火力は左手の杭、こんなものでは龍の体表を幾分か抉って終わる程度だろう。
同時に、屋内の方でも再び剣戟の音がなり始める。そちらに視線を移すと、重力に耐えきれずに幾分か崩落を始めている床にシンイチが構え、銀閃の暴風に耐えている姿が目に映った。シンイチの方が防戦一方という風にも見えるが、その眼には希望の光が宿っている。
ふと、一層激しい音が響き、一つの刃物がその手から落ちる。切り上げられたサーベルは、虎の軛たる重力が上乗せされた手斧の重い一撃に逆らえなかったのだ。そして軍刀が地面に落ちると同時に、シンイチの前に銀髪のエルフが姿を現した。
だが、シンイチの目に一層の闘志が燃え上がったのが見える――アレは弾かれたのではない、狙っていたのだ。
「……そこ!!」
マントから新たな手斧を出そうとしていたT3の腹部に、シンイチの膝が埋まった。勇者はそのまま左足を軸に体を捻り、エルフの体を一気に蹴り飛ばした。
『……ADAMsの永久利用はできない。仮に肉体改造を受けていたとしても、加速した時に神経が耐えきれないからな……あの少年、それを見切っていたというのか?』
べスターの講釈が終わると同時に、T3の体が柱に叩きつけられる――そして、それに合わせていち早く動いたのが黒衣の剣士だった。左手に宝剣を持ったまま、右手に短剣を持ち、それをすぐにエルフの口内へと差し込んだ。
アレではT3側は奥歯を噛むことが出来ないし、相手が下手な動きをしたらエル側としてはそのまま突き刺せばいい。これは勝負あったか。
「お義父様の仇……」
一体、いま彼女はどんな表情をしているのか――少なくともこちらから見えるエルの背中は、わなわなと震えている。
「武装を解除しなさい、T3とやら……アナタには、色々と話してもらわなければならないから」
今にも爆発しそうな感情を押し殺しているのだろう、少し上擦って聞こえる剣士の声に、銀髪の襲撃者はただ――つまらなそうに、同時に侮辱をするような眼で、自分の命の手綱を握っている相手を見下していた。
「……そう、何にも話す気はないって眼ね……それなら……!!」
エルはその短剣を押し込もうと力を込める――しかし、それは実現されなかった。
もはや何度目かも分からない急展開、しかし今回のは今日の中でも最大のモノだ。比喩ではなく、文字通りに王城全体が大きく揺れ、重力の軛で痛んでいた会場の床は、その最後を迎える――ほとんど全体が崩落するのにエルの足が取られて、意識が削がれたのと同時に、銀髪のエルフを息を吸ったのが見え――。
気が付けば自分は無意識に奥歯を噛みしめていたのだろう、世界から再び音が消えていた。そして、これから起こる惨劇を回避すべく、一目散に崩落する会場へと走り出した。