さて今回は大人同士での飲み回となっております。
それでは……
本編どうぞ!
「おっさん……オレは呪われているのか?」
「う、ううん……」
「答えてくれよ……なんでこうなったんだ?」
「俺の方が聞きたいんだが……」
酒は飲んでも飲まれるな。生きていく中でコイは学んだ。未成年の頃から飲酒をしていて酒は酔うものではなく栄養剤のようなものだった。壱護に珍しく誘われて居酒屋で二人で飲んでいる今、彼女はとても酔いたい気分になっていた。
「なんでバカとニノがオレを取り合うようになってんだよぉ……」
アイが絡んでくるのはいつものことだったが、そこにニノも絡んでくるようになった。吹っ切れた後、絡んでくるようになっていたが今まで以上に積極的になり、アイが傍に居てもお構いなく関わってくるようになった。アイも以前よりもスキンシップが激しくなってコイは鬱陶しく思っている。どこかアイがニノを見つめる瞳に嫉妬と苛立ちを感じるようになったのもそれからだ。何より二人がバチバチにやり合うようになったことが最近の悩みとなっていた。
アイは輝いていたがより輝かしさを増し、全ステータスが引き上がった。多くの人を惹きつけていたアイドルが更なる進化を遂げた。ニノも輝かしい光を放つようになり、多くのファンを増やした。もう引き立て役だなんて到底言えない存在になり、アイの二番手ではなく宿敵として君臨していた。
ニノがアイのことを『アイちゃん』と呼んでいたのが呼び捨てにするまでになった。
何がどうなってるの?と困惑がコイを染め上げた。ニノが輝いたことにコイは心当たりがある。ニノと遊んだあの日、頬にだがキスされた。それが何を意味していたのか?『信頼』なのか、それとも『愛』の証なのかコイにはわからなかった。メールでも好きだと伝えられたがそもそもそれが『LIKE』か『LOVE』かは彼女にはわからない。
『愛』を知らず、与えたことも与えられたこともない。ニノが自分に向ける感情が『愛』だったとしても、友人としてなのか恋人としてなのか理解できないでいた。そもそも『愛』とはなんなのか?
『愛』がわからない人間、わかったフリをしているだけの人間、それが天野コイだった。
「なぁ、オレを誘ったんだから答えを教えてくれ。どうしたらいいんだ?」
「そう言われてもな……悪ガキのお前をどう思っているかなんて当の本人にしかわからない。ただお前に気があるのは傍から見ていれば何となくだがわかる」
「それは……まぁ。でもオレもこんな成りしているけど一応女なんだ。女同士それも人気アイドルがどこぞの訳のわからない某アイドルと瓜二つってだけの不良に夢中になるとか何それ?そんでその不良は何人もの男を抱いた女なんて世間に知られたらまずいんじゃない?」
「こんなところで抱いたとか言うな」
「あっ、悪い」
「そうだな……世間的に見ればそうかもしれねぇな」
「だったら……」
「まぁ、世間的にはだ。俺は人が恋をして愛するのに性別も歳も関係ないんじゃねぇか?」
「バカの件も仕方ないと?」
「いや、あれは予想外過ぎた。関係ないと言ったが限度と常識を守ってくれ」
壱護はアイが妊娠した当初のことを思い出してげんなりした。
「まぁバカの件は過ぎたことだからどうでもいいとして……関係ないと言われてもそこがよくわからない。人に恋をしたことも愛したこともないけど一般的な知識はある。あるけどそんなものは知識だけ、実感なんて今まで一度も体験したことはオレにはない」
コイは知識だけはある。だがそれは一般的なものに過ぎず、辞書に載っている言葉をただ憶えているだけであった。そんな彼女がニノに好意を寄せられてもどう返せばいいのかわからないのだ。
大好きなお酒も食卓に並ぶつまみも今は味わう気にもなれず、視線は虚空を眺めていた。壱護もそんなコイに言葉をどうかけたらいいのか悩む。
アイを嫌うB小町の連中と仲良くする為にアクアとルビーを使う作戦に保護者が必要だった。その役割とスタッフが足りず、猫の手も借りたい状況に現れたコイ。大人として暗い過去を持つ少女を見捨てておけずに彼女を雇った結果、まさかのアイドルがコイに恋をするとは思いもよらなかったのだから。
「ま、まぁあれだ、今はそんな深く考えるよりも流れに身を任せてみろ」
それでも誘ったのは壱護の方、何も言わずに重い空気のまま終わらせるのは流石にまずいと思って話題を変えることにした。
「……先延ばしにするつもり?」
「そうしないと胃が持たねぇよ。これからのことを思うと考えていても次から次へと問題が浮上するだろう。特にクソアイドル、あいつを何とかしてくれ」
「それは無理、バカをスカウトしたのはおっさんだから責任取れ」
「すまん、俺も無理だ。最近あいつが怖くてな……」
「それでも男か?
「こんなところで下の話はやめろ!!」
下品な会話につい声を張り上げてしまい、ギロリと居酒屋の客と店員に睨まれて縮こまって謝っていた。ひとしきり謝った壱護は目の前の悩みを抱えているコイに対してため息が出てしまう。
コイがいなければ今の状況は訪れなかったと壱護は確信している。
今のアイはアイドルとしてまさに孤高だった。それに追いついてきたニノも恐ろしいが、アイドルの皮を剥いだアイは恐ろしかった。
コイに近づくニノを笑顔で見つめていた時があった。しかし瞳に不気味な光を宿して星がジッと二人を見つめt……睨んでいるようだった。その視線を向けられていたコイはゾクリと鳥肌が立つぐらいだった。それだけでは終わらず、コイの話題には敏感になっている。コイのことを恐れている他のB小町の連中の一人が「二人は何か脅されているんじゃない?」と呟いたのを聞いたアイがその子と
16歳で妊娠し、妊娠させた相手は不明という非常識な行動をもたらしたアイだったが、以前にも増して厄介なアイドルになってしまったと壱護は嘆く。ニノはアイに似てきたと言う頭を抱える事態にもなり、苦労は絶えず続くことを意味していた。
それもこれもコイとアイが出会ったことが始まりだった。
コイがいなければアイがいなかったかもしれない。
ニノは輝いていなかったかもしれない。
B小町は解散していたかもしれない。
壱護が夢見た自分が育てたアイドルをドームに立たせる夢は潰えていたかもしれない。
コイに対してため息をついたが、それは呆れたとかマイナスな意味合いではない。寧ろこうして一緒にお酒を飲むことができた安心感、娘のように思っていたアイを支えてくれる頼もしい存在、そしてもう一人娘ができたような複雑な心境。心のどこか今ある状況に安堵したことにため息が漏れたのだ。
「さっきも言ったが、今はあいつらに振り回されていろ。その中でお前自身が感じるものを学んでいったらどうだ?」
「けどなぁ……」
「グチグチ言うな、今は酒を飲んで何もかも忘れろ。それに今だけだぞそうして酒を飲んでいられるのは」
「あん?なんで?」
笑みを抑えきれていない壱護の言い方に妙な違和感を覚えて聞き返す。
「今年は忙しくて無理だが、来年か再来年にはあいつらのドリームツアーを考えてんだ!」
「ドリームツアーだって?初耳だぞ?」
「ああ、今言ったからな」
「まさかそれをオレに伝える為に誘ったのか?」
「それもあった。まぁクソアイドルとニノの奴の事に関しても話し合えたらと思っていたんだけどよ、ドリームツアーに向けての準備を今からしようと思っていてミヤコとは帰ってから話し合うつもりだ」
壱護の夢は叶った。だがそこで終わりじゃない、彼は新しい夢を抱いてその為に動き出す。それがドリームツアーだと彼は言った。
「ふ~ん、あのバカがドリームツアーか……って早くない?」
「そんなことあるか。地下アイドルだったあいつらが今は人気のアイドルグループ、それを超えて伝説のアイドルになるんだぞ!その為にも最高の舞台を用意してやらねぇといけないんだよ!!」
「アイドルの皮を被った化け物が伝説にね……星野UMAになるのか」
「お前それギャグで言ってんのか?」
「おっさんこそギャグで言ってる?あれを人間と思っちゃダメだ」
「お前ってほんとすげぇよ、あのクソアイドルをそんな扱いするのお前ぐらいだぞ?」
「当然じゃね?事実だし、あいつの本性を知ればみんな泣いて許しを請うだろうな」
「がははっ!そういうお前も伝説になるかもな!」
今やアイドルグループ『B小町』そのセンターのアイをここまでボロカスに言えるのはコイだけだろう。そう思うと笑いが止まらない。
「ならねぇよ、姉妹だからって思っているようなら殴るからな?」
「いや、お前はお前の魅力がある。クソアイドルに負けねぇ程のな」
「そんなのあるわけないだろ?やっぱりあのバカをアイドルなんかにスカウトするおっさんの目は節穴だったようだな」
「ならお前もアイドルになってみねぇか?」
「なるわけないだろぉ!!」
壱護は勿体ないと思いつつも嫌がるコイにこれ以上アイドルの話はせず、互いに他愛のない話で盛り上がりいつの間にか結構な時間が経った時だ。
「あっ、そうだ。おっさんにこれを渡しておく」
「?なんだこれは?」
コイから渡されたのは折りたたまれた紙、それを手渡された壱護はどういうものかわからなかった。
「バカとニノを除いたメンバーの改良点を書き出しておいた。歌を歌う時にここをこうすれば良く見えるとか、ここのダンスでこの角度から相手に見えるようにすれば印象が変わるとかそう言ったことを纏めておいたんだ」
「……えっ?お前が?」
「まずかったか?」
「いや、ありがたいことなんだが……なんでこれを俺に渡す?」
「なんでって……オレは怖がられているからな。オレの口から言っても聞かねぇだろ?おっさんも社長という立場はあるが地下アイドル時代からB小町の連中と直接関わってきたんだ。連中にいい印象を持たれていないとその内見限られる可能性だってある。若い子贔屓して引かれていた聞いたぞ?」
「そ、そんなことがあったな……」
「おっさんがそれを伝えれば連中からの印象は少しはマシになるはずだ。それにバカとニノの奴が力をつけたおかげで他のメンバーは肩身が狭いはずだからこのままだと脱退する奴が現れる。いいのか?B小町は二人だけになっちまうぞ?」
「それはやばい。だが何故そこまでしてくれる?」
「あん?ドリームツアーしたいんだろ?夢なら追いかけ続けろよ、これからの未来がある奴に力を注げ。オレのように終わった奴なんかいつでも捨てられるようにしておけ」
「お前……」
「んじゃ、金はおっさんの奢りってことでオレは先に帰るぜ」
「お、おい!」
「あばよ、おっさん」
そう言って静止を聞かずにさっさと居酒屋を出て行ってしまった。残されて一人だけとなった壱護は手元の紙を広げればビッシリと改良するべき点が載っていた。しかしそれだけではなかった。個人の良い点が纏められそれを活かせばアイとニノに追いつけるだろうと勇気づける言葉も載せられていた。
「……本当に勿体ねぇ」
壱護は本心からそう呟いた。
「煙草は……おっと、もう残り少しか。帰りしなに煙草と追加の酒でも買って帰るか」
壱護の呟きはコイには届かず、彼女は悠々と帰路についた。
「おや、彼女は
居酒屋を出て去っていくコイの背を眺めていた一人の若い男の存在に気づくことはなかった。