それでは……
本編どうぞ!
それは偶然……いや、必然の出会いだったのかもしれない。
街灯やネオンの光に照らされる街、仕事帰りやこれから仕事に出向く人、遊びに行く人、飲みに行く人、様々な人間が行き交う中でパーカーを着込みフードで顔を隠した人物が煙草を吹かしていた。
天野コイ、彼女は三日月が浮かぶ夜の街をここ数日間彷徨っていた。
アイが風邪を引き、彼女のフリをして仕事に出向いたコイだった。仕事は順調に進み、アイだと誰も疑わず撮影は無事に終わりこれで帰れると思った矢先に男達の会話を耳にした。そこから彼女の様子は急変した。ミヤコや現場にいた五反田泰志とも碌な会話をせず苺プロダクションへと帰ってきた。しばらく仕事を休むと困惑するミヤコに告げてアパートへと帰ってしまい、彼女は胸が苦しくなり涙が止まらなくなった。大っ嫌いなアイに謝罪の言葉を無意識に呟いていて訳が分からず叫んでも何故こんなにも苦しく悲しいのか理解できない。苦しみ続け、泣き続けて少しだけ冷静になれた彼女は考える。出した答えが罪悪感を抱いているというものだった。
罪悪感を抱いているなんてあり得ないと感じた。それもアイに対してなら尚更だった。自ら出した答えに納得がいかず、ますます訳がわからなくなった。ただ彼女はアイと出会ったあの日からおかしくなってしまったことだけは間違いない。
泣き腫らした瞳のまま、何も気力が湧かずボケっとしているとスマホに何通ものメールと着信が届いていた。無気力のままスマホを手に取って見ればそこにはバカと表示されていた。しかしそれだけではなかった。ミヤコや壱護そしてニノからもメールと電話が掛かって来ていた。ニノには恐らくミヤコが伝えたんだろう。メールはどれもコイを心配し、アイに至っては風邪を引いて今も辛いはず、それでも彼女のことを心配しているようだった。でもコイはそれを見ても何も感じず、誰にも返信することなくベッドから立ち上がった。お風呂も入らず、髪も金髪に染めることなく、昨日着替えたパーカー姿のまま彼女はアパートを出て行った。
そこから何日か経った。何かすることもなく目的もなくただ街を徘徊して、煙草を吸って公園でボーっと遊ぶ子供やその親達を眺める日々を過ごした。その間はアパートに帰らずネットカフェで寝床を過ごしていた。何度もスマホにメールや電話を知らせる着信音が響いていたが電源を切ってしまうと沈黙した。
どうしたのだろうか?以前のコイなら鬱陶しいと思うことはあっても興味を無くすことはなかった。だが今の彼女は興味を無くして何に対しても無気力であった。
この日も行き交い人々を眺めるだけで夜になってしまい、またネットカフェで一夜を過ごそうと歩き出した。
歩道橋を渡り終えて、ここ数日過ごしたネットカフェに向かっている時だった。
「ああっ!?」
背後から女性の声が聞こえてきた。その拍子に振り向くとコイの足元にビールの缶が転がってきた。見れば一人の女性が歩道橋の階段前で座り込んで周りには食材が転がっていた。階段から足を踏み外したようだった。コイは無気力で無視することにしようとしたが、何故だろうか……女性が気になった。無意識に足元のビールの缶を拾って女性に近づいた。一瞬女性がビクッと体が震えたが、構わず転がっている食材を拾っていき、その食材とビールの缶を座り込む女性に押し付けた。
「ほら、これで全部だ。次は気をつけろ」
「え、ええ……どうもすみまs……!!?」
「?なんだよ?」
そのまま去ろうとした時に女性と目が合った。その瞬間女性の瞳が見開き驚愕の表情を浮かべたのを見たコイは去ろうとした足を止めた。
「………………………………………………アイ?」
「……違う、別人だ。あばよ」
また間違えられた。いつもはそのことに苛立ちを感じるが今は何も思わない。ただ間違えられただけ、それだけだとその場を去ろうと一歩踏み出した。
「………………………………………………コイ?」
「――ッ!!?」
その言葉にそれ以上踏み出すことはできなかった。何故名前を知っている?アイに間違えられたのは瓜二つだからだと思ったが、この女性はハッキリとコイの名前を言った。コイの名前を知っているものは限られている。苺プロダクションの関係者ならばコイの事を知っていてもおかしくはないが、憶える気もない相手の顔など憶えているわけもない。しかしこの女性の事が気になって意識が向いてしまう。
座り込んだ女性は驚愕の表情を浮かべたままコイを凝視していた。口をパクパクと動かし何かを言おうとしているが言葉が出て来ない様子であった。そんな女性を眺めていたコイだったが、周りに視線を向けると行き交う人々に注目されている。歩道橋からも人が降りてこようとしており、ここに居れば通行の邪魔になる。
「おい、ここに居ると邪魔だ。早くそこをどいた方がいいぞ」
「あっ……えっ……」
どかせようと声をかけたが、女性は辛うじて出た言葉がそれだけだった。何をそんな驚いているのかと思ったコイだったが、よく見てみると女性の足が赤くなっているのを見つけた。恐らく踏み外した時に痛めたものだと理解し、コイは頭をかいた。
「なぁ、あんた家はこの近くか?」
「……」
コクコクと首を縦に振る。コイは女性の手から食材とビールの缶が入った袋を奪い取り、女性の前に背を向けて屈む。
「とりあえず乗れよ。家まで送ってやる」
「……」
女性は何も言わずにコイの背に身を預けた。小柄のコイからしたら多少きついだろうが、力はその辺の少女よりも力をつけていた。ちょっとふらついたが女性を背負いその場を離れた。
それから知らない場所を巡り、大通りから人気の少ない裏路地を通って遂に女性の家まで辿り着いた。そこはコイよりも小さく安そうなアパートだった。
「おいあんた、部屋はどこだ?」
「……2階の一番奥」
コイにおんぶされながら質問には答える女性だったがそれ以上のことは何も喋らなかった。驚愕の表情を浮かべてからずっとこんな調子で空気が重い。だがそれももうすぐ終わる。2階の一番奥の部屋に辿り着けば後は関係ない。
そう思っていた。
「……はっ?」
コイの口から短く戸惑いが洩れた。女性を背負いながら階段は少々きつかったが何事もなく2階の一番奥の部屋に辿り着きこれで終わりだと気を抜いた。その拍子に見てしまう。部屋番号と共に書かれた住人の名前を示す表札にはこう書かれていた。
『星野』と。