それでは……
本編どうぞ!
B小町はこの日、とある会場でファンの前に姿を現す。B小町と言えば地下アイドルから上り詰めた人気アイドルグループ、七名のアイドルが表舞台のライブ会場で光を浴びる日となる。そんな彼女達も初めは大勢のファンの前に姿を現すことは緊張したものだ。しかし今の彼女達は幾多のライブをこなしてきた強者達、緊張も慣れてしまえばどうってことなどありはしない……おや?その中でも一際目立つ子達が二人いた。
B小町のセンターであるアイとライバルのニノの様子がおかしい。何度も深呼吸を繰り返し振り付けの確認をしている。特にアイは地下アイドル時代からセンターを務めており、今更大勢の前で緊張するような子ではない。そんな彼女が落ち着かずファンが集まる舞台の裏で既に汗を掻いている状態であった。
何故そうなったのか……話は少し時間を遡ることになる。
事の発端はアイが風邪を引いたことから始まった。見かねたコイがアイに成りすまし仕事をこなした矢先で彼女の心に影が差す。アイ達と距離を取る為に彼女は放浪していたが運命の出会いを果たす。アイの母親である星野あゆみで偶然出会い、母と子の暮らしが始まった。しかしアイはそれを知ると母親から逃げるようにコイを連れ去り関わらないように伝え親子の縁を切ったつもりだった。だが本当は心の奥底では今でも母親を求めていた。そんな別れをした後にあゆみが苺プロダクションに現れ、アイとコイとあゆみとの家族対談が行われ母親の本心を聞くことになった。
あゆみは後悔していた。何度も謝る姿を前にアイは一枚のライブチケットを差し出した。その行動は親子の縁を切るつもりだった彼女に再び縁を結びつけるものとなった。こうしてアイとあゆみは複雑な形であれど縁はまだ繋がっている。
もうここまで語ればわかるだろう。渡したライブチケット、その公演日が今日なのである。あゆみのことを意識してしまい、珍しくアイに緊張が走る。しかもそれだけではない。何度もライブに誘っても来てくれなかったコイが見に来るのだ。スタッフとしてではなくファン(本人は否定)として。それを聞いたアイは一瞬ポカンとしたが満開の花が咲いた笑顔を浮かべたのは彼女だけではない。ニノもライブ当日に向けてアップし始めたことにコイも苦笑いを抑えられなかった。
コイは「ただの気まぐれだ」と誤魔化していたが、あゆみのことを心配してのことなのだろうとアイとニノはその優しさにまた惚れこんでしまう。うっとりした表情で見つめられたコイに鳥肌が立っていた。そんなこんなでライブ当日になったわけだが、アイとニノにとってはいつものライブではない。
特別なライブになるだろう。
コイとあゆみに今まで磨き上げてきた輝きを見せつける為、心を釘付けにする為に今日のライブに己の信念を掛けている。いつも以上の気迫を纏い、落ち着かない緊張を宿しながら公演時間まで後もう少し……
「早く始まらねぇかな~!!」
「おいお前は誰推しだ?」
「勿論アイでしょ!!」
「私はニノ推し!!」
「他の子も好き!!全推しの俺に隙はない!!」
「野郎ども!!今日も俺達の熱意をB小町に届けるぞぉぉぉお!!!」
「「「「「おおー!!!」」」」」
会場から聞こえてくるファン達の声。既に始まる前からボルテージは上がっている。当然だろうここにいるのはB小町のファン達なのだから。しかし最前列の一角だけは様子が違っていた。
「い、今更なんだけど……最前列に居ていいの?もっと後ろの方で……」
「昨日から会場前でこそこそしていた不審者として警備員に御用となっておいて、オレが偶々下見していなかったらあんたの恥がバカにも伝わる所だったくせにそれを言うのか?」
「だ、だってあれは!!……だって……楽しみだったのよ。アイから誘ってくれた大切なライブを見逃すわけにはいかないのよ!!」
「だからってビデオカメラをライブ会場に持ってきたらダメだろ。マナー違反だぞ」
「安い給料で買った新品だったのよあれ!!それを没収するだなんて……」
「預かるだけだって。ライブが終わったら返すってスタッフが言ってたろ」
「うぅ……ごめんねアイ……ダメな母親で……」
「(こいつポンコツかよ。バカと親子だから当然か。似る必要がない所がそっくりとはな……頭が痛くなる)」
その一角には変装したコイとあゆみの姿があった。コイはアルバイトスタッフながらも今日だけは休みを取った。気がかりな存在……言わなくてもわかるだろうがあゆみのことだ。既にあゆみが問題を起こしており監視する為に休みを取ったが正解だったようだ。彼女が前日に会場の下見に来なければあゆみの恥ずかしい行動がアイの耳に届いて関係が悪くなっていたかもしれない。コイはあゆみのポンコツ具合に頭を悩まされる状況になっていた。
「ところでこの子達は……事務所で見かけたけど?」
「あ、ああ、このガキどもはあのバカが世話になっている社長夫妻のガキだ」
「
「……ルビーです……」
アイのライブとあってこの二人が黙っているわけにはいかない。アクアとルビーもライブを生で見るつもりだ。しかしあゆみの存在が二人に気を遣わせることになっている。
星野家は複雑な環境にある。血は繋がっていても他人のように振る舞うコイに双子のアイは母親のあゆみとの過去には辛い思い出がある。血は繋がっていながらも『家族』としては歪な関係を持ち、アクアもあゆみに対してよそよそしい。アイの子供であるがそれを伝えるわけにはいかず、二人からしてみればあゆみは祖母に当たる。その人に隠し事をしなければならないことに複雑な感情を巡らせる。それにルビーはあゆみを好いていない。覗き込まれてもコイの陰に隠れて目すら合わそうとしない。
そのことを知らないあゆみは「可愛い子達ね」と言う。まさか二人が自分の娘の子供とは思わないだろう。
「二人とも似ている気がするわ。特にルビーちゃんの方は顔がどことなくアイに似ているわ」
「「――ッ!!?」」
「た、偶々だって。世の中似ている人間なんて沢山いる。ガキなんて大体似たり寄ったりだろ?」
「ううん?そう……かしら?」
「そうなんだよ!!」
しかし母親の勘なのか、アクアとルビーにアイの面影を感じた。二人は心臓がドクンと飛び跳ねたがコイが無理やりあゆみを納得させたので詮索されずに済んだ。それに今はライブの方に意識がいっていることだろう。
もう一度、母と子の時間を取り戻す為の一歩……その一歩がこのライブ。あゆみとしてこのライブを一瞬たりとも見逃すことはしない。もうあの頃の愚かな自分には戻らないと過去の自分と決別する為にもあゆみの意識はライブに全てを注ぐ。
そしてその時が来る。
ファン達は歓声を上げ、ステージが色とりどりに輝いて大きなスクリーンにはB小町の姿が映し出された。遂に始まった……星野家にとって大事なライブがスタートする。
「アイィィィィィイイイイイ!!!」
「
会場の熱は一気に跳ね上がった。ファン達は己の熱き思いを雄たけびとして響かせ、アクアとルビーもライブが始まればあゆみに対する意識も忘れて大好きなアイに声援を送る……勿論サイリウムを装備して。
「………………………………………………」
ファン達が騒ぐ中で対照的に静かに眺めていたコイ。彼女が隣を盗み見ればステージ上で歌って踊るアイをコイと同じく眺めているあゆみの姿があるが、その表情に笑みはない。
「どうしたんだよ?折角バカのライブを見に来たのになんだその顔は?」
「……私がこんな幸せを与えられていいの?」
「あん?」
「……今まではこそこそとライブを見に行っていた。身勝手に捨てておいて、身勝手に後悔して、許してもらおうだなんて都合がいいことを考えた。散々酷いことしたのにあの子に情けをかけられて……けど今この瞬間に幸せを感じている私って卑怯な人間よね」
みるみるうちに表情に影が差す。ネガティブに考えるあゆみにコイはため息をついた。
「はぁ……まったく卑怯な奴だよ。ライブを楽しみにしていたくせにいざ始まれば暗い顔しやがって。自分は悲劇のヒロインのつもりってか?」
「い、いえ、そんなつもりじゃ……」
「……ほら」
「……これは?」
「ファンもガキどもも手に持っている奴だ。名前は……さう?さい?さいなとりうむ?まぁなんか光る棒だ」
コイはサイリウムをあゆみに渡す。ちなみにこれはアクアとルビーから押し付けられたもので手放したかったものだった。
「名前は知っているわよ。なんでこれを渡したの?」
「あんたは
コイは指さした。その先にはアイの姿……だが彼女の視線が泳いでいる。コイやアクアとルビーに視線を向けてもあゆみは逸らしてしまうが、それでもチラチラと視線を向けようとしていた。汗水流すその姿はアイドルとしてのアイの姿だが、コイにはあゆみのことを意識し過ぎて緊張していることが読み取れた。
「あのバカはあんたを意識している。これだけ大勢のファンが居るのにそいつらよりも苦手意識のあるあんたを見ようとしているんだぞ?誰でもないあんたを……あのバカなりに辛い過去を乗り越えようと踏み出しているのに目を逸らすのか?向き合おうとしているのに逃げる気か?」
「アイ……」
コイの言葉があゆみの胸の奥に届く。あゆみは一度も使ったことのないサイリウムを掲げ……
「アイ……アイ!」
「アイィ!!
叫びが届いたのか、アイは瞳を見開きあゆみと視線が交わるその瞬間……
「(……おかあさん……!!)」
アイの瞳から一粒の液体が流れ出たのを見たものはコイだけだった。
「どうせわたしは……アイの添え物ですよぉ……」
「いや、ちゃんと見てたって」
「……最初はアイばかり見てたじゃないですか」
「いや……まぁ……そうだな」
「やっぱりアイの事が好きなんですね」
「だ、誰があのバカの事が好きなんだよ!?あ、あいつがまた面倒事を起こさないかと監視していただけだ!!」
「まぁアイのお母さんの件がありましたし、今回だけはアイに勝ちを譲りますよ。けど次はわたしだけを夢中にさせてみせますから覚悟していてくださいね?」
「お、おう……お手柔らかにお願いします」
ライブは大成功。ますますファンを虜にしたB小町だった。打ち上げも終わって帰り道、ミヤコに自宅まで送ると言われてもニノは「今日は歩いて帰りたい」との希望であったが、人気アイドルの夜道の一人歩きは危ないとコイが付きそうことになった……というか本当はコイと色々と話がしたかったからだ。
二人になった途端に不貞腐れるニノ。ライブ始まりから中盤まではコイがアイに夢中になっていたことで不貞腐れていたのだ。ニノもあゆみの件を知っているので今回ばかりは仕方ないと諦めたが次こそは夢中にしてみせると覚悟している様子であった。
「でも良かったですね。アイとアイのお母さんとの距離が近くなって」
「オレには関係のない話だがな」
「そんなわけないじゃないですか。天野さんだってお母さんのこと心配だったんですよね?」
「ち、違う!!誰があのポンコツ女なんて心配するか!!」
「はいはい、そういうことにしておきますね」
「お前なぁ……」
「ふふっ♪」
呆れた様子のコイをクスッと笑うニノ。
ライブの後、あゆみはアイと対面した。あゆみ「ライブ良かったわ」と伝えれば「うん」と返すだけ、二人だけで居られた時間は短いながらも、それだけでも今の二人にとっては十分なものだった。あゆみが帰った後はアイはいつも通り……いや、いつもよりも素敵な笑顔を浮かべていた。また彼女は一層輝いていた。
「アイのお母さんとの仲も少しずつですけど、これからもきっと良くなると思っています。これで心置きなくアイを潰せるわけです!」
「お前物騒だな……」
「わたしの目標はアイを超えて天野さんを夢中にさせることなんですから。アイを倒すのは当然です。今日は負けてしまいましたが、こんなことでへこたれるわけにはいかないんですよ!!」
「やっぱりお前強いな」
「天野さんにそう言ってもらえると嬉しいです♪」
本当に嬉しそうに笑みを浮かべるニノ。アイとあゆみの関係はほんの少しずつだが改善されていくだろう。そしてニノの自宅に近づいてきた。以前デートで別れた場所まで送り届けたコイは帰ろうとするとニノが呼び止める。振り返ったコイだが、先ほどとはまるで違う真剣な表情を浮かべたニノがそこにいた。
「……どうした?」
「天野さん、わたし達がアイのお母さんのアパートを突き止めた時のこと憶えていますよね?」
「ああ」
「その時に教えてくれた男の人……ライブ会場に居たんです」
「なにっ!?」
コイの表情が驚いた途端に険しくなった。出会った金髪の男性は知り合いの誰かに似ていたとニノが言っていたが、その時のメールで「
ニノはただコイと一緒に居たかっただけではない。コイとニノだけの秘密、金髪の男性がライブ会場で見かけたとニノは伝える為に二人だけでいる瞬間が欲しかったのだ。
「天野さんが理由は聞かないでくれと言ったので聞きませんでした。けどもしその男の人が訳ありの人なら……」
「いや、訳ありかどうかまでは……ただちょっと気になることがあってだな……」
「気になること?あの人、アクア君にそっくりでしたけど、あの……もしかしてアクア君とルビーちゃんの……」
「――ニノ!!」
「……悪い。だがこれ以上は何も詮索しないでくれ」
「……わかりました」
「悪いな、今度何か奢ってやるから」
「だったらデートしてほしいです」
「……ま、まぁ暇なら付き合ってやるよ」
「やった♪」
ニノは小さくガッツポーズを取った。その姿を見てコイも先ほどまでの気迫も失われた様子で、そのままお互いは余計なことは言わずに別れた。だがコイは自宅に帰ってもライブ会場に居たと伝えられたニノの言葉が頭から離れない。
アクアによく似た男性……コイは考える。アクアは将来イケメンに育つだろう。ルビーはきっとアイに似て男達を虜にする愛らしい姿に育つだろうと。ルビーは母親似、ならアクアは……父親に似ているはずだ。アクアのような顔の整った彼に似た人物は滅多にいないはず、なら金髪の男性はアクアとルビーの父親だと思うのが妥当だ。
アイと別れた父親がアイやアクアとルビーのことを心配してライブ会場に居たと考えれば気持ちも楽だったろうに。しかしコイは知っている。自分の父親はクソだった。父親の存在に良い思い出がないコイは金髪の男性のことを信用していない。それに嫌な予感がする。理由はわからないが、アイとその人物を引き合わせると良からぬことが起きてしまう……そんな予感がした。
「……考えすぎかな?」
呟いた言葉通りならそれでいい。だがもしもがあるのならば……
「……オレは……どうするんだろうな……」
そうなってしまった時に答えは出るのだろうか。