それでは……
本編どうぞ!
「おかしい……こんなのおかしい……オレが何をした!?」
「まぁ、その……アイがごめん」
「やめろ、ガキに慰められるとか憐れすぎて死ぬ」
「じゃあ死んだら?」
「おいやめろよ。すみません妹のルビーが失礼をしました」
「……お前本当にガキか?」
「あっ!?いや、その……我々はただの一般的な幼稚園児ですはい!!」
「……ああ、うん。幼稚園児だよな……うん」
「ほっ」
天野コイは人生の地獄を味わっていた。
短くも煙草と酒が禁止された長く感じる入院生活を終え、いざ自由の身となった途端に連れ去れた。そこでは『苺プロダクション』と言う監獄に囚われ、アイドルにお持ち帰りされるという珍事を体験。一日だけの約束のはずが今度は子供のお守りをさせられることになった。
だが一番のダメージは彼女の手に握られた壊れたスマホ。某アイドル様に不必要なものとして水没させられ、本体どころかデータそのものがダメになって起動すらしなくなった。
そうなればコイがお金を得られる為の収入源として見ていた男達との連絡が取れなくなってしまい、彼女は電話番号もメールアドレスを覚えるほどに男達と親しい間柄ではない。ただのギブアンドテイクの関係にあっただけだが、時には一日で何十万を稼げる手段を失ったと言ってもいい。
絶望の底に落とされた彼女は子供のアクアに慰められて……悲観に暮れていた。子供とは思えないアクアだが今の彼女にはそんなの些細なことでしかなかった。
「あのバカめ、絶対泣かしてやる」
「はぁ?ママを泣かすとかこのアマ何考えてんの?死んで?」
「おいガキ、子供だからって調子乗んなよ?こっちは理不尽な目にあって無理やり契約書にサインまでさせられて、しまいにはお前達ガキの面倒みろと……オレの意思は完全に無視してふざけてるだろ!?」
「調子に乗ってるのそっちでしょ?ママの姉妹だからって優しくされちゃって……感謝の『か』の字もないの?」
「どこが優しいんだよ!?善意の押し売りじゃねぇか!!いや、善意ですらない……こんなの悪意10割だろ!!」
コイは叫んだがアクアには憐れみの視線を向けられ、ルビーからは蔑んだ視線を向けられた。残念ながら彼女の叫びは誰にも届かない。
コイ達は『苺プロダクション』の待合室で待機中。アクアとルビーにとってここは推しのアイが所属する事務所であるが、コイにとってはただの監獄である。
子供のことなど無視して彼女はこの監獄から抜け出そうと初めは思っていた。そもそも強制的に雇われているので逃げ出しても問題はない。しかしスマホがダメとなり、収入源との連絡が取れなくなってお金が得られない。しばらくは預金で持ちそうだが、拉致監禁までして来た連中だ。彼女がいなくなれば探し出して連れ戻しにやってくる可能性があった。それだけならまだいいが、アイが見せた不気味に輝く瞳を思い出す。
逃げたらどうなるか?想像もしたくないが、死なないのであれば手足ぐらいは……などとコイの中で最悪な監禁生活を嫌でも想像させられる。
この瞬間、コイの足が止まったことは言うまでもない。
さてと、そんな憐れな役目を押し付けられて絶望していたコイだったが、待合室の扉が開いた。
「それでさ……あっ」
「どうしたの……えっ?」
二人組が固まった。
アクアとルビーには見覚えがあった。二人組の彼女達はアイと同じB小町のメンバーだと思い出す。
事務所の待合室を訪れた二人は子供がいたことに驚きもあったが、コイの姿を確認するなり露骨に嫌な顔を示した。
その二人は待合室に用があったのか、扉を閉めて見なかったことにする選択肢を取らずため息を隠すことなく部屋に入ってきた。さっさと用を済ませればよかったのに、内の一人がわざわざコイに声をかける。
「子供じゃない。なに?アイちゃんってば子供でも産んだの?」
「あっ、いや、おr……僕達は……」
「そうじゃなくてもアイドルに子供なんてスキャンダルにしかならないんだけど?誰の子か知らないけど連れてきていいと思ってるの?アイドルとして自覚ある?自分のこと恥ずかしくないの?」
「ちょ、ちょっと子供が見てるんだしやめとこうよ」
声をかけてきた一人が絡んでくる。彼女の目は呆れた様子で悪意の言葉を投げかける。もう一人は子供の存在が気になっている様子で止めようとしたがそれでも絡んできた彼女の方はやめる様子はない。
「みんなの迷惑になることはやっちゃダメなんだよ。わかる?」
その瞬間アクアとルビーはアイとこの二人の関係性を理解してしまった。アイが同じB小町のメンバーのことをあまり話さなかった訳もここにあった。
「……」
「はぁ……もう行こ」
「う、うん……」
悪意の言葉を投げ続ける彼女は何も返してこない
「おい」
待合室に響いた低く黒い声。誰にも似つかわしくない謎の声が全員の動きを硬直させる。
ドン!
「……えっ?」
扉に手をかけようとしていた彼女は何が起こったのかわからなかった。わかるのは扉に叩きつけられ誰かに胸ぐらを掴まれている自身の状況だった。呆けた声が漏れ、その誰かが目の前にいることを理解してしまう。
「――ひぃ!?」
その瞬間今度は小さな悲鳴を上げた。
彼女はありえないものを見た。
彼女の中のアイは自分達から見せ場を奪ってきた気に入らない存在だった。決して誰かに手を挙げるような存在ではなかった。しかし今、彼女が見ているアイは獰猛な猟犬のように牙を剝き出しにして自分を睨んでいる。胸ぐらを掴み、暴力を振るいそうな……かけ離れた姿を見て、自分は暴力を振るわれる立場にあるのを理解した。
恐怖心が彼女を支配する。蛇に睨まれた蛙とはこのことだろうか、どちらが獲物であるかは一目瞭然。獲物の立場を理解させられた。
「お前達アイドルのいざこざなんぞに興味はねぇ。バカがどうこう思われようと知ったことではないからな」
「あっ、えっ……?」
「だがな、一つだけ言っておく。このオレを……あんなバカと間違えるなっ!!」
「――ひぅっ!!?」
彼女には聞きなれた声だが、一度も聞いたことのないものに聞こえた。怒りを孕み敵意を含んだ怒号が響き、恐ろしくて瞳の端に涙を浮かべていた。
「お、おい天野やめろ!!」
「手を放しなさいよこのアマ!!」
アクアとルビーがこの状況は流石にマズイと思い、止めに入る。子供の存在を気にしていたもう一人の彼女は震えてこの光景を見ているしか出来なかった。
「……チッ、舐めた口をしていると痛い目を見るぞ?」
そう言い手を離すと彼女は力なくズルズルとその場にへたり込んだ。アクアが彼女の様子を見てみると軽いショック状態にあるとわかり、ハンカチで涙を拭いてあげていた。
「このアマ!一体なにしてるの!?」
「こいつがオレとバカを間違えたのが悪い」
「マm……そっくりだから間違えられたことだって今まで何度もあるでしょ?」
「あるからむかつくんだ。それにバカの代わりになんで嫌味を言われなきゃいけないんだ」
ルビーと苛立った様子を隠すことなく会話している
「あれ?扉が開かないね」
「もうそんなわけ……?何かつっかえているのかしら?」
扉の外から聞こえてきた声は二つ。一人はミヤコの声、そしてもう一人……この場に居るはずの
「すみません。ちょっとトラブルが起きまして……」
「アクア?中で何があったの?」
「ごめん、君ちょっとここから動こうか。動ける?」
「あっ……う、うん」
アクアに促されてゆっくりとその場を離れた。扉が開いたミヤコは困惑し、アイは同じB小町のメンバーがいるとは思っていなかった。へたり込んだ彼女ともう一人の子もアイが二人いることに困惑しており、ミヤコはアクアから事情を聴いて頭を抱えた。
それから落ち着いた彼女達をミヤコに任せてアイとアクア達は一度その場を離れた。むしゃくしゃしているコイを宥める為である。コイは喫煙所で壱護からもらった煙草を吸っており、少し離れた場所から見ていたアイ達も機嫌が徐々にマシになっているのが見えた。一服し終わったコイが喫煙所から出てきて煙草の臭いが鼻につく。
「煙草くさっ!」
「そりゃ煙草吸っているんだから当然だろ?」
「マm……アイちゃんに臭い着いちゃうじゃない!!」
「なら近づいてくんな」
「ルビーも天野さんもこれぐらいにしておいた方がいいと思います。人の目だってありますから」
「お前本当にガキっぽくないな」
「い、いえ……そんなことはないですよはい」
「噓くさ……」
疑いのジト目でアクアを見つめている。見つめられているアクアは冷や汗をかき、視線を逸らしていた。だがコイは興味をなくし、今度はアイに視線を向ける。
「噓つきバカアイドル」
「なにかな?」
「なんで言い返さないんだ?」
「なんのこと?」
「とぼけんな。お前いじめられてんだろ?」
「……」
「黙秘か?まぁいいさ。オレには関係ないことだからな。だけど関係のないオレが巻き込まれたことに対して謝罪はないのかよ?」
「ごめんね?」
「チッ、相変わらずうざいな。お前もお前だ、いじめを受け入れていたらあいつらを調子着かせるだけだ。実際ガキどもが居ても平気で悪意を向けてきやがった奴がいたぞ?よくそんなんでドーム公演が成功したもんだ」
「そこはほら、私の溢れ出るオーラで魅了したってこと♪」
「お前が溢れ出てんのはうざったいバカのオーラだろ」
「ひっどーい!!」
「ひどいのはお前の頭ん中だ」
間違えられて本来アイに向けられている悪意を向けられたコイはこの状況を作り出す原因となったアイに何度目かわからない苛立ちを覚えた。
「お前のおかげでB小町は存続していると言ってもいい。おばさんから聞いたぞ。まだ地下アイドルだった頃からお前がセンターに立ったことに嫉妬した連中から嫌味や悪さをされていたって。それで辞めさされた奴もいたとな」
「……うん、あの頃は辛かったなぁ」
「今も辛いだろ?」
「ううん、そんなこと……あるかな」
「そうだろうな。一度アイドル辞めるとかおっさんに言ったことがあるんだったな?」
「ああ……B小町に加入して少したった頃だったね」
二人の会話を聞いていてアクアとルビーは「アイがアイドルやめる!?」と驚いていた。しかしそれは過去の話だから心配しなくてもいい。
「お前的には連中と上手くやっていきたかったのか?」
「……できるならね。私だってできることをしたんだよ?」
「だけど結果には表れていない。効果はなかったわけではないが、それよりも嫉妬が勝ったってところか。へっ、B小町の連中はどいつもこいつも噓つきだな。ファンには私達は仲良しです~とかほざいておきながら蓋を開ければ嫉妬に恨み辛みの数々だ。まぁ噓つきアイドル様がセンターだから当然か」
「……」
アイはただコイの言葉を聞くしかなかった。コイの指摘は間違っていないのだから。
「忠告しておいてやる。B小町はお前の存在で成り立っている。お前がもしいなくなれば必ずB小町は解散する。それはおっさんも理解しているはずだ。ドーム公演が成功し、少なからず連中にも仕事が回ってきたらしいが、一時的なもんだろう。だから今がチャンスなんじゃないか?アクアとルビーを使ってでもバカと連中の関係を変えて、真の意味でアイドルグループ『B小町』にしたいんじゃねぇの?」
「……」
「後はお前がどうしたいかだ。このままでいいならそれでいいだろう。もしも変えたいと思うならどうにかするしかないな」
「……どうにかってどうするの?」
「知らね。オレは興味ないし、お前がどうなろうと知ったことじゃないからな」
そう言ってコイはアイ達を置いてさっさとこの場を離れて行った。
「マm……アイちゃん大丈夫?」
「ルビー……私は大丈夫だよ。アクアもごめんね?二人には心配かけちゃって」
「いや、天野さんの言うことも間違っていないと思う。アイはこれからどうしたいの?」
「私は……どうしたいんだろうね?」
アイはコイに助けを求めるように去った方へと視線を向けたが、既に彼女の姿はなく歩くスタッフがちらほら見えただけだった。
「……天野コイだ。おっさんおばさんに強制的に雇われた可哀想な一般人だ。そこのバカアイドルとオレは何の関係もないんでそこんところ
「もう嘘ばっかり。コイと私は姉妹でしょ?」
「誰がお前なんかと姉妹だゴラァ!!」
アイドルグループ『B小町』のメンツはとんでもない奴が来たと誰もが思った。